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111 過去3


 ミサイルが空から降ってきて以降、敵がどうなったのかは覚えていない。

 覚えているのは自分が地面に倒れていて右腕が瓦礫の下敷きになって千切れていた事。破片が右目に刺さって見えなくなっていた事。


 そして、自分に覆い被さったグレイが背中に大火傷を負って瀕死になっているという状況。


 どうして助かったのか。


 グレイが覆い被さり、庇ってくれたからに違いない。

 彼が辛うじて生きていたのはアークエルが製造した防具のお陰だろうか。


 秋斗は立ち上がり、周囲を見渡す。

 

 銃弾が飛び交い、発砲音が鳴り響いていた現場は恐ろしいほどに静かだ。

 遮蔽物として使っていた崩れた家の壁はミサイルの着弾で吹き飛び、周りは瓦礫と何かが燃えた灰が舞う。


 秋斗とグレイが生きているのが不思議なぐらい何も無かった。

 他の者達が生きているかも確認せず、秋斗の頭の中はグレイを基地まで連れて行って治療しなくてはいけない、という考えで埋め尽くされた。


「あき……と……」


「帰ろう……グレイ……」


 秋斗はグレイを背負い、指令部のある基地を目指す。

 グレイを基地に連れて帰り、治療しなければという思いだけが秋斗を突き動かした。


「あきと……ごめん、ルカと……パーシィ、救え、なくて、ごめん、止めて……ごめん」


 グレイが秋斗を止めた判断は正しいものだろう。

 あそこで彼が制止していなければ確実に秋斗はトリスタンに殺され、ルカもパーシィも殺されて無駄死にになった。


「グレイは、悪くないよ」


「ごめん、ごめん……」


 ハ、ハ、っと短く息を吐きながら秋斗はグレイを背負って帰路を歩く。

 

「なんで、こんな、ことに……」


 グレイを背負い、懸命に歩く秋斗の耳元にはグレイの呟きが零れる。


「パーシィ、ルカ、ごめん、ごめん」


 秋斗に背負われるグレイは、見捨てる形になってしまった仲間へ懺悔し続ける。

 彼の目からは焼かれて枯れた体の中にある水分を搾り出すように、涙をポロポロと少しだけ零れた。


「グレイの、せいじゃ、ない」


 ハ、ハ、と息を吐きながら秋斗は呟く。彼の目からは血の色と透明な2つの涙が流れて頬を伝う。


「あき、と。幸せに、なってくれ。生きて、ゆめを、おれの、みんなの――」


「グレイ……?」


 それっきりグレイの呟きは聞こえなくなる。

 しかし、秋斗は歩き続けた。グレイを治療しなければ、と懸命に歩いた。


 数時間か歩いた所で装甲車に乗って哨戒に出ていた正規軍人の部隊に出会い、拾われて基地へ戻った。

 帰る途中に装甲車内で秋斗は治療薬を打たれながら、何があったのかを話す。


 秋斗を拾った部隊の者達は、何があったのかを秋斗から聞いてからは皆黙ってしまい、拳を強く握り締めていたのが印象的であった。


 基地に到着し、秋斗はすぐさま治療施設へと運ばれて処置された。

 手術中に麻酔を打たれ、目が覚めたのは1日経った後。


 目を覚ました秋斗はグレイがどうなったかを軍医に問うと。


「君の連れていた彼は、救えなかったの。ごめんなさい」


 軍医は力を尽くしたが救えなかったと秋斗に告げる――が、それは嘘だ。

 秋斗が哨戒部隊に拾われた時には既にグレイは息絶えていた。


「なんで、なんで救えなかったんだ!! なんでだ!! お前は医者だろうがああッ!!」


 秋斗は救えなかったという言葉を聞くとベッドの上で叫び、目の前に立つ軍医を掴もうとするが右腕は無く空を切る。

 それでも納得できない秋斗は大声で叫び、目の前の軍医を罵倒し続けた。


 救えなかったと告げれば、秋斗がこうなる事は軍医も理解していた。

 懸命に仲間を背負って基地を目指していた秋斗の話は、哨戒部隊にいた友人から聞かされていた。


 しかし、彼女は辛い事実を告げられなかった。それを教えれば、この患者は死んでしまう。


 アークエル首都で長く医療に拘り、戦場に呼ばれ、人の生き死にを見て来た彼女の経験が告げる推測。


 人は脆い。何か支えが無ければすぐに諦め、死んでしまうのが人間だ。

 長く人を治癒するという仕事に従事していた彼女は――アドリアーナ・ヘルグリンデはそれを知っている。


 学徒兵という戦争の被害者。国を動かす大人によって理不尽を突きつけられ、人生を変えられた青年。


 今、彼に必要なのは怒りと恨みだ。事実を突きつければ、御影秋斗は死んでしまう。



-----



 この日より、秋斗の地獄は始まった。


 戦線への復帰は不可能と判断された秋斗はアークエル首都にある軍病院へ送られて失くした右目と右手の治療を続け、平行してメンタルケアが始まった。


 魔法によって進化した医療により、失くした右手と右目は戻らないものの死は免れた。

 しかし、秋斗は眠る事ができなくなった。


 目の前で殺された仲間の叫びが耳にこびりつき離れない。

 仲間を殺した傭兵達の笑い声。

 ただ息を殺してその光景を見ているしかなかった無力さ。

 仲間を救えなかった無力な自分への怒り。


 仲間への懺悔。


 ああしていれば、こうしていれば、という終わった事実への後悔。


 何より。

 軍病院で囁かれた事実。


 秋斗の分隊を壊滅に追い詰めた元凶、トリスタンが生きているという事実。


「うああああああッ!!」


 眠れぬ日が続き、意識を失くすように眠った後で、あれは夢で今でも仲間は生きているんじゃないかという希望を打ち砕くように失くした右腕と右目が痛んで現実へ引き戻される日々。


 そして、後悔と懺悔を続けた秋斗の中に1つのモノが生まれた。


 必死に戦っていたのに、切り捨てるようにミサイルを撃ち込んだ軍。何も悪い事をしていないのに、仲間を殺したアイツラ。普通に生活をしていただけなのに自分達を徴兵した国。仲間を助けられなかった無力な自分。


 憎い。


 無力な自分が憎い。仲間を殺したアイツらが憎い。戦争を起こしたヤツらが憎い。


「殺してやる……」


 憎い。憎い。


「殺してやる……ッ!!」


 憎い。憎い。憎い。


「必ず殺す。敵は容赦無く。必ず、殺し尽くしてやるッ!!」


 御影秋斗という青年の心に狂気の火種が点る。


 彼はこの日以降、全てに憎しみを持って折り合いをつけた。


 理不尽を殺し、自分の邪魔をする者を殺し、仲間を殺した者を殺すと誓って。

 心に点った狂気の火種を大事に、大事に育てながら半年を過ごした秋斗は軍病院を退院。


 秋斗は軍から出た報酬金を握り締めて日常の生活に戻った。

 奴らを殺す為の算段は既に考えているが、秋斗にはまずはやらなければいけない事がある。


 秋斗は軍から支給された軍服を身に纏い、死んだ仲間の家族へ会いに行った。

 懺悔する為に。何故、貴様だけ生き残ったのだ、と仲間の家族に責められれば楽になるかもしれないという『逃げ』もあった。


 しかし、ルカとパーシィの家族は頭を下げる秋斗を責める事はなく、君は無事に帰ってこれて良かったとまで言う。

 

「申し訳ありませんでした……。必ず、仇は討ちます」


 秋斗はそう告げた後に頭を下げて、立ち去った。


 最後に訪れたグレイの家族――魔法科学技術院でアークマスターをするグレゴリーには中々会う事が出来なかった。

 それでも彼の養子であるグレイの件で話がある、と魔法科学技術院に連絡をしてグレゴリーと会う約束を取り付けることが出来た。


 アークエル首都にあるグレゴリー邸を訪れ、チャイムを鳴らすと現れたのは1人の男性。


「君が御影秋斗君かね? 私はグレイの養父、グレゴリーだ。さぁ、入ってくれたまえ」


 そう言ってグレゴリーは秋斗を家の中へ招き入れた。


 豪華な家。高価であろう家具。天井から部屋に光を灯すシャンデリア。

 秋斗はリビングへ通され、ソファーに座るよう手を差し出される。


「君はグレイと同じ隊だったんだね?」


「はい」


「なら、聞かせてくれないか。グレイの最期を……」


 グレゴリーに話して欲しいと言われた秋斗は包み隠さず全てを話す。

 仲間を失った事、グレイが自分を庇ってくれた事、瀕死のグレイを本部まで連れて行ったが救えなかった事。


 実際のところ、グレゴリーは既にグレイの死亡を軍の友人から聞いていた。

 生き残った同じ部隊の者がグレイを背負って本部に戻った事も、背負って戻る最中に息絶えたという話も全て――旧知の知人であるアドリアーナから聞いている。


 しかし、軍が秋斗達を切り捨てるようにミサイルを撃ち込んだのは初耳だった。

 グレゴリーは国の軍部へ怒りを抱き、手を握り締める。


「君は……これからどうするのかね?」


 全てを話し終え、申し訳なかったとグレイの死を謝罪する青年へ問う。

 

 彼が謝罪の為に下げていた頭を上げて、これからの『予定』を告げようとする()はグレゴリーでさえ心の底から恐怖するほどの目であった。

 

 その冷え切った、全てを無価値とし、殺意と狂気の孕んだ目で秋斗は告げる。


「殺します。グレイを、仲間を殺した者を――」


 最後の言葉を告げる時、御影秋斗の口元は釣りあがって行く。


「蹂躙してやる」


 優しいお兄さんと呼ばれていた青年は戦場で死んだ。

 ここにいるのは、殺意と狂気に満ちた三日月を口元に浮かべて復讐を誓う男だ。 


 グレゴリーは秋斗の笑みを見て心を決める。

 彼の復讐に付き合おう、と。


「ならば、私のもとに来たまえ」


 死んでしまった大切な友人から預かった養子を軍によって切り捨てるように殺されたグレゴリー。

 彼の胸の中にも秋斗と同じ感情が芽生えていたのだから。


「魔法科学技術院に来たまえ。私なら君に力を与えられる。私の持つ全てを君に託そう」 


 奴らを殺す為には力をつけなければいけない。

 軍病院のベッドで考えていた、奴らを殺す方法。


 戦場で学び、培った魔法技術。これで奴らを殺してやろう、と。

 故に、秋斗は魔法科学技術院に入学しようと既に考えていた。


 そんな考えを持っていた秋斗にとってグレゴリーの提案は渡りに船であった。


「わかりました。貴方から学んで奴らを殺す。この世の理不尽を全て殺し尽くす」


「ああ。良いとも。私は君の目的が達成されるまで、必ず力になろう」


 これが、魔法を極めし魔王と魔工師になる青年の最初の出会いだった。


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