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110 過去2


 アークエル軍が最前線でグーエンド軍との戦闘中、後方の離れた別の場所まで進軍してキャンプ地を設置する任務を言い渡された学徒兵で構成された5分隊。

 その中に、秋斗達の分隊である23学徒兵分隊も加わっていた。


 最前線から離れた後方に位置する場所、というのは『死ぬ確率が低い』と死の危険が最前線より低い事に誰もが胸を撫で下ろす。

 

 そんな場所で死ぬ訳がない。自分達の前方に味方がいるのだから敵が現れる訳がない。

 そう考えてしまうのは軍人としての経験が浅いからか。それとも学生というまだ未熟な精神だからだろうか。


 学徒兵だけでなく、正規軍人の大人も同行はしているが数は少ない。

 正規軍人はしっかりと周囲警戒を怠らず気を引き締めているが、今日も生き残れそうだと心に想いを抱いていたのは秋斗達以外の学徒兵も同じであった。


 目的地に到着すると学徒兵達は簡易的な拠点を設置し始める。

 秋斗の分隊も医療テントなどを組み立てたり、運搬していた兵器などを設置。


 全ての設置が終了した後に後方から砲撃隊を呼んで撤収の手筈であったのだが、秋斗とグレイは最近になって前線に呼ばれた学徒兵の隊がテントの設置に手間取っているのを見つけた。


「なんか手間取ってる隊がいるから秋斗と手伝ってくる」


「りょうかーい」


 ルカにそう言い残して秋斗とグレイは、最も戦闘区域から離れた場所にテントを張る隊へ近づいて行った。

 

 この行動があったから秋斗は生き残れたのかもしれない。


「うあああああ!!」


 テントの設置を手伝っていると秋斗とグレイがいる逆側が騒がしくなり、叫び声までが上がった。


「なんだ!?」


 誰かの叫び声に気付いた秋斗とグレイはすぐさま武器を持って周囲警戒――しようとした瞬間に秋斗達の分隊が設置した医療テントが爆発して吹き飛んだ。


「ヤベェ! 秋斗、隠れろ!!」


 秋斗とグレイは遮蔽物に身を隠し、爆発した方向を見やる。

 ドン、ドン、と連続でキャンプ地が爆発。そして魔法銃の発砲音が鳴り響き始める。


「敵!?」


 前線のアークエル軍が戦っている敵の別働隊が回り込んできたのか? 回り込む敵がいたのなら何故、この場に来る前に本部から連絡が無かったのか? 様々な思いが込み上げるが今はそれどころじゃない、と秋斗は気を引き締める。


「秋斗! ルカとパーシィと合流しよう!」


「わかった!」


 未だ爆発と銃声は続くが、秋斗とグレイは遮蔽物に隠れるように移動し始めた。

 少しずつジリジリと物陰を移動し、ようやく医療テントを張っていた場所が視界内に入る場所まで辿り着く。


「ハハハハ!!」


「殺せ! 殺せ!」


 秋斗とグレイが見たのは、敵らしき者達が魔法銃を片手に学徒兵と戦っている様子であった。

 奇襲されたのかどうかは離れていた場所にいた秋斗とグレイには不明であったが、被害の甚大さは設置された物が無残に壊されている様子で推測できた。


 秋斗は首に掛かっていた望遠鏡を取り出し、日光がレンズに反射して位置がバレないように戦闘している者達の様子を覗き見る。


 応戦している学徒兵や正規軍人もいるが、未だ混乱している者が多いようで味方側の統率が取れていない。

 正規軍人と学徒兵は遮蔽物から魔法銃を撃っていて、敵も遮蔽物から撃っている者や回り込もうとハンドサインをしているのが見えた。


 敵の数は正確には数えていないが、動きから見るにアークエル軍の正規軍人と同じ練度に見える。つまり、ベテラン揃いだ。


 確認し終えた後にグレイにも望遠鏡を手渡して状況を確認させる。


「マズイな。ルカとパーシィがどこにいるかわらない」


 どうするか、と頭の中で解決策をフル回転させていると再び爆発が起きる。

 

「馬鹿野郎どもがッ!! さっさと正規兵だけ殺しちまえばいいんだよ!!」


 イラついているのが簡単に読み取れる怒号を放ち、グレネードランチャーを持って相対するアークエル軍正規軍人が隠れる遮蔽物を爆発させる頬から口まで大きな傷跡がある大男。

 秋斗が再び望遠鏡を覗き込んで男の顔を見ると、ソイツは有名な男であった。


 グーエンド軍の雇った多国籍傭兵部隊のリーダーでトリスタンという名の男。アークエル軍が最も危険視している者だ。

 

 ソイツの姿を確認した秋斗は再びグレイへ望遠鏡を手渡した。


「クソッタレ! どうすりゃ――」

 

「おい! 正規兵はまだいるか!?」


「さぁ? 物陰でガタガタ震えてるガキしか――」


 グレイが舌打ちした時、再びトリスタン達の話し声が聞こえ始める。 

 叫び声以外は離れているので聞こえづらいが、この場にいる正規軍人のほとんどは殺されてしまったのかもしれない、と予想できる内容だった。


「秋斗、ここから左側に、いつでも撤退できるよう近づきすぎずに移動しよう」


「わかった」


 リーダーであるグレイの提案に頷き、秋斗は五月蝿いくらいに鳴る心臓の鼓動を感じながら彼の背中について行く。


 少しだけ移動し、トリスタン達の姿と物陰に隠れて息を潜める学徒兵が見える位置まで移動した2人。

 再び物陰に潜みながらその位置から仲間の姿を探すと、遂にルカとパーシィの姿を捉えることが出来た。


(ルカ! パーシィ!)


 2人はまだ生きていた。

 生きてはいたがパーシィは脇腹を押さえ、ルカは彼を心配そうに時折見つめながら敵の様子を窺っていた。


 ルカとパーシィは秋斗とグレイの姿に気付いていない。

 どうにか気付かせようと秋斗が考えている間に――


「おいおい、こんなところに女がいたぎゃっ」


 傭兵の話し声が聞こえたと思った瞬間にタン、タン、と2発の発砲音。


 秋斗が再び物陰から2人の姿を確認すると、傭兵に見つかったルカが発砲して傭兵を撃ち殺した瞬間だった。


「パーシィ! 走って――あぎぃ!」


 発砲したルカが立ち上がり、パーシィを連れて走ろうとした瞬間。

 彼女は肩を撃ち抜かれて地面に転がる。


「チッ。ガキ如きに殺されやがって」


 あっという間に銃声が聞こえた場所に集まってくる傭兵。その中にはニヤニヤと笑みを浮かべたトリスタンも存在していた。

 ルカとパーシィは掴まり、銃を頭に突きつけられてしまう。


「おい。他にも隠れてるヤツがいるだろう! 出てこないとコイツ等は死ぬぞ!」


 と、叫ぶトリスタン。

 出て行っても敵う数じゃない。しかし、仲間を助けなければという一心で秋斗が立ち上がろうとするがグレイに押さえつけられる。


(どうして!)


 仲間を助けないと! と叫びたいのを我慢してグレイを見るが、彼は首を振るだけだった。

 出て行っても、ここから発砲したとしても結果はルカとパーシィも自分達も殺されるだけ。グレイは冷静に判断していた。


 だが秋斗にとって人生を変える、運命の時はやって来た。


「ま、出てこねえか」


 ザクリ。


 一言呟いたトリスタンは腰からナイフを取り出し、パーシィの目に突き刺した。


「ぎゃああああ!!」


「ははは。いい声で鳴けよ。お前の鳴き声が他の奴らに伝わるようにな」


 他の学徒兵達が身を隠しているのも、秋斗達が物陰から見ているのも、傭兵達は既に気付いている。

 気付いているが、脅威に感じない故に遊んでいただけだ。


 学徒兵という甘ったれた思考で戦争にやって来た者達の精神を壊そうと、遊んでいるだけ。

 

 トリスタンは何度も、何度もパーシィへナイフを突き刺す。

 既にパーシィーは血まみれで、両手をダラリと垂れ下げるが髪を掴んで持ち上げ、彼の腹へ何度もナイフを突き刺し続ける。


「やめて! やめてええ!!」 


 それを間近で見るルカは涙を流し、やめてくれと懇願するがナイフを持ったトリスタンの手は止まらない。


(パーシィ……! パーシィ……!)


 秋斗も物陰からパーシィの様子を見続けていた。

 唇を噛み締め、仲間が切り刻まれて行く様子を見ることしかできない自分を呪う。


 すると、秋斗の視線に気付いたのかパーシィの口が微かに動いた。


「にげ……ろ……アキ……」


(パーシィッ!!)


 ガリガリ、と地面の土を抉るように握り締める秋斗。


「よし、次はアレだな」


 投げるようにパーシィを地面に投げ、アレをよこせと部下に告げるトリスタン。

 彼の部下が持ってきたのはボトルに入った液体だった。


 部下からそれを受け取った彼はパーシィとルカに液体を振りまき――火をつけた。


「ああああああ!!!」


 生きたまま焼かれるルカは絶叫しながら地面を転げ回り、パーシィは既に息絶えたのか声は聞こえてこない。

 聞こえて来るのはルカの絶叫とそれを見て笑うトリスタンと部下の笑い声だけだった。


「ぐっ……ふっ……」


 仲間が燃やされ、殺された。


 秋斗はその様子を息を殺しながら見ている事しか出来なかった。


(ごめん! ごめん! 許してくれ!!)


 秋斗は泣きながら、嗚咽が漏れ出る口を懸命に自分の手で押さえ、ルカとパーシィに謝罪を叫ぶ。


「さーて、もういいか」


 そう言ったトリスタンは再び魔法銃を構える。


「そこに隠れている奴ら。そろそろ飽きたんだ。死んでくれや」


「――ッ!!」


 トリスタンは肩に掛けていた魔法銃を構え、秋斗とグレイの隠れている遮蔽物に向かって発砲する。

 彼に続いて部下達も他の学徒兵が隠れている遮蔽物に向かって一斉に発砲を始めた。


「クソッ!!」


 こうなっては撃ち返すしかないと判断したグレイは応戦を開始。

 秋斗もグレイと共に応戦し、しばらくしてから周囲に状況を変える物がないか探し始めたが何もない。


「おい! 本部に通信を送った!」


 別の場所に隠れていた者がグレイと秋斗へ叫ぶ。


「ようやく繋がったんだ! 援軍を寄越すと返答が来た!」


 どうやら隠れながら通信を試みていたようで、彼は援軍が来るまで時間を稼げと再び秋斗とグレイへ叫ぶ。

 その言葉を信じた秋斗とグレイ、他の学徒兵は懸命に時間を稼いだ。


 遮蔽物に隠れ、倒れる味方の学徒兵に生きているかと叫び、応戦し続ける。

 

 助けが来るのを信じて。


 しかし、やって来たのは。


「なんで……」


 轟音を撒き散らしながら、空から落ちて来るのはエンピツのような形をしたモノ。


「なんでだよ……」


 援軍じゃない。

 やって来たのは全てを無に還す地獄の炎だ。


「秋斗ッ!! 伏せろォォォォッ!!」


 グレイは空を見上げ絶望している秋斗を大きな背の遮蔽物に引き寄せ、秋斗の上に覆い被さった。

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