109 過去1
現在では魔工師と呼ばれ、賢者と崇められている秋斗。
しかし、過去の秋斗は少しだけ勉強の出来る至って普通の青年であった。
引き取られた孤児院での評価は年下の子供の面倒よく見る年長者でみんなの優しいお兄さん。
小さな頃から孤児院の職員に迷惑かけまいと勉強に励み、高等学園も入学金や授業料の掛からない優秀特待生枠として入学。
そんな彼を変えた出来事は戦争。
魔法技術で国益を上げるアークエルとそれを良しとしない隣国グーエンド。
当時のグーエンドは独裁政治で小国に戦争を吹っかけては土地と他国の技術を吸収していく国であった。
そのグーエンドが遂に大国アークエルに牙を向けたと全世界が注目する事件となり、グーエンドは他国からの制裁なども気にせずにアークエルへ宣戦布告して戦争を開始。
独裁政治と軍事力拡大を行っていたグーエンドの戦力は馬鹿にはできないもので、大国アークエルとも言えど泥沼の戦争状態へ移行してしまう。
そして決め手を打てず、戦争に投入する軍人の数が減ったアークエルの執った行動は学徒徴兵。
世界でも最も注目され、今後200年は技術的にも経済的にも伸びるだろうと言われている分野であった魔法科学専攻して成績優秀。学年主席でもあった秋斗は当然の如く徴兵された。
秋斗が徴兵され、最初の3ヶ月は後方基地で軍属の技術者と共に魔法銃の修理と改修が主な仕事だった。
しかしその1ヶ月後、最前線にいた大隊がグーエンド軍と傭兵部隊によって壊滅したという報が齎される。
「御影秋斗。貴様は前線基地で技師として従事しろ」
元々知識を持っていた秋斗は戦場という名の実地研修所で働くことによって、更に優秀な技師として昇華していた。
それがいけなかった。将校の目に留まり、前線に送られる切っ掛けとなってしまった。
反対する事は叶わず、前線に送られた秋斗に待っていた現実は技師という役割からは遠く離れたモノになる。
「君は技師だが、戦ってもらう」
前線基地で指揮を執る将校から渡されたのは修理道具でも無く、一丁の魔法銃。
当然のように部隊へ配属され、その場で魔法銃を修理できる便利な戦闘要員として扱われてしまった。
しかし、不幸な事ばかりではない。
配属された部隊で秋斗は戦友、親友という絆で結ばれた仲間を得る事が出来た。
「よう。お前も前線に送られたのか? 俺はグレイ。グレイ・ジャックマンだ。よろしくな」
グレイ・ジャックマン。
分隊の隊長役で、常に明るくムードメーカーな男。
「私は新堂・ルカよ。よろしくね」
新堂・ルカ。
数少ない女性学徒兵であったが、彼女はごく普通の女学生であった。
「俺はパーシィ・ウォーラム。よろしく頼む」
パーシィ・ウォーラム
彼は短距離走の特待生をやっている、若手注目のアスリート。
「僕は御影秋斗。技師なんだ。よろしくね」
秋斗と歳が近く、学徒兵隊として編成された部隊で出会った3人の仲間達。
この3人と秋斗を入れて、編成されたのが第23学徒兵分隊であった。
分隊として行動し、戦争を生き抜き、戦友として。親友として絆で結ばれた3人の出会い。
そして、秋斗にとっての地獄の始まり。
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学徒兵分隊員として戦場で戦い、時には傷を負う事もあったが秋斗の部隊は奇跡的にも誰も欠ける事無く生存していた。
今日も1日生き抜けた。
そう誰もがホッとしながら前線基地に戻って来て、配給される夕飯を分隊のテントに持ち込んで食事を行っている時だった。
「なぁ。そろそろ戦争も終わりそうだろ? 戻ったら何するんだ?」
そう皆に告げるのは分隊長でムードメーカーのグレイ。
彼が言う通り、アークエル軍はグーエンド軍を押し込み始めていて終戦も近いと前線にいる軍人達の間では噂が飛び交っていた。
「うーん。私は学校に戻って卒業して……結婚かな?」
ルカはクソマズイと常々漏らしていたレーションを口に運ぶ。
彼女は昔のようにしかめっ面で食べるのではなく、最早慣れたという感じだ。
「結婚?」
グレイが水を一口飲んだ後に聞き返す。
「うん。やっぱり女は結婚でしょ! 玉の輿よ! 玉の輿に乗って一生苦労せずに生きる!」
辛い戦争を体験しているからかルカはもう苦労したくない、楽にいきたい、と強く笑いながら繰り返した。
「結婚ねぇ……。パーシィは?」
「俺は、体育教師かアスリートコーチかな。もうアスリートは無理だし、そっち方面に転向するよ」
戦闘中、太腿を怪我したパーシィは昔ほど全力疾走できなくなってしまった。
魔法技術によって優れた医療薬品があるので命の危険や足を失う事はなかったが、それでもアスリートの道は諦めざるを得なかった。
「そっか。秋斗は?」
「僕? 僕は……。どっかの技術企業に就職かな?」
嫌というくらいマナマシンの修理や改修を行ってきた秋斗は、その経験を活かして就職を望む。
戦争から帰れば報酬として金は手に入るが孤児の秋斗は生きる糧を手に入れなければいけない。技術系の道に進んだ理由も稼ぎが良いからだ。
グレイは全員の希望を聞き終えると、なるほどねぇ~と頷きながらレーションを食べる。
「そういうお前はどうなんだ?」
聞くだけ聞いて、自分は話さないグレイにパーシィが問いかける。
するとグレイは待ってましたと言わんばかりに、いつもの笑顔を浮かべて口を開いた。
「俺はオヤジの学院に入るぜ! そこでオヤジと同じくらい立派になるんだ!」
胸を張って答えるグレイだが、他の3人の感想は「やっぱり」で、聞かないと拗ねるグレイに対してパーシィも結果を知ってて聞いたのだ。
「ほんと。あんたは義親父さん好きね」
「まぁ、実際凄い人だしね」
ルカと秋斗も苦笑いを浮かべあう。
グレイの義父、名はグレゴリー・グレイ。
アークエル最大の学び舎で研究機関でもある魔法科学技術院に所属する魔法の研究者であり、魔王の異名を持つアークマスター。
グレイの義父は国からも頼られ、魔法技術者にとって憧れの存在であった。
彼が言うにはグレイの両親はグレゴリーと親友同士であり、息子に君の名を貰ったと言って名付けるくらいに仲が良かったらしい。
同じ研究所に勤めていたらしいのだがグレイがまだ小さい頃に魔法事故で両親共に死亡。
残されたグレイをグレゴリーが養子として引き取り、育ててくれたという。
「ふふん。俺はオヤジを超えるんだ。オヤジ以上のアークマスターになるんだからな。今のうちにサインしてやっても良いぞ?」
グレイは立ち上がり、腰に手を当てて胸を張る。
「いらねーよ!」
「そんな事より戻ったらグレゴリー博士に会わせてほしいなぁ」
「アークマスターになったらお金ちょうだい」
パーシィ、秋斗、ルカの順で好き勝手にグレイに言い放つ。
「お前らなぁ……」
「まぁ、何にせよ。幸せにはなりたい」
ガリガリと頭を掻くグレイの傍で、ルカが告げる。
「幸せかぁ。幸せって何を指すんだ? どうなれば幸せなんだ?」
ルカの言葉にパーシィが首を傾げながら返した。
「さぁ? 幸せなんて人それぞれじゃない?」
わからない、と秋斗が真面目に返答。
「んー。じゃあ、さっき言った夢を叶えるって事が幸せになるって事で良いんじゃね?」
グレイが名案だ、とばかりに告げる。
「結婚して、教師になって、マナマシン作って、アークマスターになる事? 無理じゃね?」
パーシィは呆れ顔でグレイを見やる。
「ばっか! 全部じゃねえよ!」
ははは、と笑いながらグレイはツッコミを入れ、全員で笑い合った。
今は辛く厳しい戦争中。
だが、こうやって心から笑える仲間が出来たのは素晴らしい事だと秋斗は純粋に嬉しかった。
戦争が終わり、安全地帯の街に戻っても彼らと馬鹿騒ぎしながら笑い合いたい。
そう思いながら就寝した翌日。
秋斗達の分隊は、秋斗を残して全員死亡した。