108 始まりの魔法使い
御影邸完成。
その噂はすぐさまレオンガルド王都を駆け巡った。
そもそも建設している事を隠しているわけではなかったので住民達は建設中の屋敷を散歩ついでに見に来たりはしていたのだが、完成したとあれば一目見ておきたいと御影邸の敷地前には大量の人が押し寄せていた。
新たにできた観光地の如く人が集まり、画家は屋敷の全貌が視界内に収まる場所に陣取ってキャンバスに筆を走らせる。
この事態を完成前から予測していた王家達は屋敷の受け渡しと入居の日付を完成から3日後とし、3日後以降は敷地前で騒がないようにと住民へ釘を刺していた。
そんなわけで完成から3日経ち、秋斗達は親方から鍵を受け取って引越しを開始。
引越しと言っても既に家具はフォンテージュ商会によって運び込まれ、アレクサを筆頭とするメイドと執事によって配置が完了している。
秋斗も完成の少し前に足を運び、お手製の生活用マナマシンの設置を済ませているので運ぶ荷物は王城で使っていた衣類や小物のみであった。
それらも鞄に収めて運び出して玄関でメイドに手渡せば彼女らが収納してくれる。
よって、秋斗と4人の婚約者達とグレンを加えた一行は屋敷内を見て回っていた。
まず最初は玄関だが、現代では靴を脱いで上がる習慣はない。
外から中へ入ると床には玄関マットが置かれ、目の前には玄関ホールと二階へ続く大きな階段。
玄関ホールから右は調理場や食料庫と備品庫、それに勤務中のメイド達が待機したり休憩する待機室がある。
ホールから左はパーティー会場にもなる大きな部屋と食堂、客人を迎える応接間と客人の泊まる客室が4部屋。家族で寛ぐための暖炉付きリビングも1階に存在する。
「この照明、魔道具?」
「そうだよ。この壁に付いているスイッチで消したり付けたりできる」
室内照明は全てマナマシン化されており、スイッチ1つで明るい光が部屋の中を照らす。
秋斗は白い壁に埋め込まれたスイッチをポチポチと押して ON / OFF してみせる。
他にも調理場には大きな冷蔵庫を始め、様々なマナマシン化した調理器具が取り揃えられている。
ミキサー、コンロ、レンジ、パンを焼く釜など全て魔石カートリッジで動くマナマシンだ。
「ほんと便利で助かります」
これらは御影邸の食事を担当するソフィアに使用感などを聞いて改良された物で、後の魔道具全国販売時には店頭に並ぶだろう。
一番の見所となったのは1階左側の最奥にある風呂場だろうか。
白いタイル床と壁に囲まれ、大きな湯船とシャワーが取り付けられた洗い場。
湯船の縁にはハナコの姿をした像が口を開けたポーズで置かれ、内蔵された給湯器を起動するとハナコ像の口から温かいお湯が湯船に供給される。
さらに脱衣所には洗面所と大きな鏡があり、ドライヤーやヘアアイロンなど女性向けのマナマシンが各種取り揃えられていて大好評だ。
「家の外見は違うが利便性は賢者時代とそう変わらんな」
グレンも取り付けられたマナマシンを見ながら感想を零す。
テレビや通信系の物などがあれば完全再現といったところだろうか。
1階を全て見て回ったところで2階へ。
玄関ホールから階段を上がり、2階へ行くと個人部屋がずらりと並ぶ。
秋斗の執務室に加えて4人の婚約者の私室、ハナコ専用の部屋、将来生まれるであろう子供達の子供部屋。
中でも一番インパクトが強い部屋は秋斗と婚約者達の寝室だろう。
部屋の半分が巨大なふかふかベッドで埋まり、クーラー、ミニ冷蔵庫、収納スペースが完備されている。
「お前この部屋……」
グレンが異様な寝室を見た後に秋斗へ視線を向けると、彼の目は死んだ魚のようになっていた。
そう、この寝室の設計は秋斗には秘密にされて完全に婚約者達が設計した部屋なのだ。
「これで4人一緒に寝れる」
ニコニコ顔の4人。
グレンは横に立つ友人の顔を見ながら絶対に嫁を貰うなら1人と強く、それはもう強く誓った。
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屋敷内を見学し終えた一行はリビングでお茶を飲みながら寛ぎタイム。
公務の終わったイザークとエリオットも加わり、皆でソフィアの作ったクッキーを食べながら雑談していると秋斗とグレンはリリから質問される。
「秋斗とグレンの名前や家名ってケリー様と違うよね。なんで?」
リリの唐突な質問に秋斗とグレンは顔を見合わせる。
「違うって?」
「ケリー・オルソンとミカゲ・アキト。なんか雰囲気が違う。アメミヤ・グレンも家名と名前の雰囲気が違う」
雰囲気? ケリーと秋斗の名前と苗字が逆転している点だろうか? とケリーとの違いを探るが、リリの言いたい事は何となく理解できた。
「ケリー・オルソンって正真正銘アークエル大陸人の名前なんだよ。俺は別の国にルーツがあるからだね」
「???」
秋斗の言った事が理解できなかったのか、リリは頭の上に疑問符を浮かべる。他の皆もどういうこっちゃ、と疑問を浮かべているようだ。
「賢者時代、俺やグレンが生まれるずっと前にはアークエルのすぐ近くに『ジャポヌ』っていう別の島国が過去にあったんだ。俺はジャポヌ人の血が入っているからジャポヌの名前と苗字なんだよ」
ジャポヌ人最大の特徴は黒髪黒目だ。
秋斗が孤児院に引き取られた時は秋斗の本当の名前は不明だった。御影秋斗という者の人生は、捨てられていた秋斗を引き取り対応した職員がジャポヌ人の赤子という事でジャポヌ風の名前と苗字を付けたのが始まりだ。
グレンの雨宮はグレンの父がジャポヌ人の血筋だったからである。
「ジャポヌという国が過去にあった、ってどういう事ですか?」
秋斗の命名経緯を聞いた後、エルザは語られた内容の中で疑問を覚えた箇所を問う。
「魔法というモノが発見された経緯に絡むんだが『過去に存在していた』という、そのままの意味でジャポヌという国は昔に消えたんだ」
「魔法の発見?」
「国が消えたって……」
イザークとエリオットは秋斗の口から飛び出したとんでもない過去の出来事に強い衝撃を受ける。
国が消える。
事の大きさと魔法が発見された経緯という単語に皆は興味を惹かれる。
皆が興味津々になっているのを感じた秋斗は1つずつ追って話を進める。
「ジャポヌが消えた最大の理由。魔法という神秘を生み出す魔素の発見。それは1人のジャポヌ人の男から始まったんだ」
当時の技術といえば科学技術だけで、魔法という存在はファンタジー小説の中にしか存在しない空想のモノだった。
黒魔術やら錬金術が存在すると信じ、研究を続ける研究チームや企業・組織もいたが成果は当然無かった。
太古にヌンジャーという国家暗殺家やブシーという世界最古の戦闘民族が存在していた世界一歴史の深い国ジャポヌ。
そのジャポヌは時代を追う事に科学技術大国へ進歩し、小さな島国でありながらジャポヌの首都トキヨーは眠らない大科学都市として世界に最新技術を発信する世界で最も注目される国になった。
周辺国家の企業はジャポヌ人を他の外国人よりも優先して雇い入れ、国政はジャポヌ企業を積極的に誘致して技術を学んでいた。
次第に科学技術はジャポヌ人によって技術の頂が見え始め、頭打ち状態となる。
そんな時代に、1人のジャポヌ人『イチロウ』が大学と呼ばれる学園である検証をしていた。
その検証の名は『未知のエネルギーの存在証明と魔法の発現』である。
今では魔素と呼ばれるエネルギーの証明方法、最初の証明方法は未だ不明であるが――後にイチロウ教授とは別の方法でアークエル所属の学者が魔素の存在を証明した――証明するための検証中に大事故が起きる。
その事故は後に魔素と呼ばれる魔法の素が暴走し、大学のあったジャポヌ中心部に大爆発を起こす。
さらには大爆発だけに止まらず、空間の歪みが発生して小さな島国であったジャポヌ島を丸ごと消し去ってしまった。
――この空間の歪みで消えた事は事件から10年以上経った後に証明された――
多くのジャポヌ人が世界から消える大事故であったが、別大陸で暮らすジャポヌ人も多くいた為にジャポヌ人全滅には至らなかったのが幸いとされている。
当時の資料では存在していたジャポヌ島は元々そこに無かったかのように、島を構成する土や石など他にも色々1つも残さず全て消えたと書かれており、爆発によって起こった島の崩壊や海への沈没によって消失したとは言い難い状態であった。
――後にジャポヌ島跡地を調査した結果では地表の抉れなどは存在せず、本当に島など無かったかのように海の底が平らになっていたと報告されている。
当時は当然『魔素』というエネルギーは存在されず、未知のモノであった。
しかし、消えたジャポヌ島があった場所に『魔素の残滓』未知のエネルギーの抜け殻のようなモノが存在するのだ。
この未知のモノであった魔素の残滓を研究した結果に判明したのが魔素であり、魔法の発見に繋がった。
そして、この時より加速的にジャポヌ島消失の原因が証明され始め、ジャポヌ島が空間による歪みが発生して消えたという結論はジャポヌ島消失事件から5年経ってから証明された。
これは歴史上最初の魔法事故と呼ばれており、爆心地となったジャポヌ中心部は超高濃度の魔素残滓が残る大事故現場として記録されている。
そして、このジャポヌ島消失事件には続きがあり、事件は島国が消えただけでは済まなかった。
事故から10年後、ジャポヌ島が存在していた付近の海上から10km離れた海上に1人の男性が浮かんでいるのをアークエル大陸所属の船が発見。
男性を海から引き上げると男性は生存しており、船医の治療によって意識を取り戻す。
救助された男性の名前は『イチロウ』
ジャポヌ島消失の原因となった検証実験をしていた男で、後に『始まりの魔法使い』と呼ばれる男であった。
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「始まりの魔法使い……?」
皆は秋斗の話を聞き入っていた。
その中でエルザはぽつりと呟き、秋斗はエルザの呟きに頷く。
「始まりの魔法使い、最初の魔法使い、原初の存在、色々言われているがイチロウはアークエル人に助けられた後、自分は魔法が使えるようになったと告げて世界で始めて魔法を使ってみせた存在なんだ」
アークエル人によって救助されたイチロウ。
警察や軍、政府の聞き取り調査を受けた彼はジャポヌで未知なるモノの証明実験をしていたと語った。
その事からジャポヌ消失事件の発端となった爆発は彼の実験が引き起こしたモノだと判明する。
さらには聞き取り調査に参加した者達へ彼は魔法という神秘を遣ってみせたのだ。
これにより魔法の存在が世界的に認められ、多くの者達から否定的であった魔素の証明がより確かなモノになった。
「そのイチロウはその後、どうなったのですか?」
「それがなぁ……。彼がその後どうなったかは正確には不明なんだ。名前を変えて一般人となった、アークエルの収監所で死んだ、突然消えた、とか憶測は飛び交ったが政府からの正式な回答は無かった。生きている、とは発表はあったらしいが本当かどうかはわからない」
陰謀説やら何やら色々な憶測が飛び交い、彼を題材にした都市伝説本みたいなものも多数出版されたがアークエル政府は沈黙を貫いた。
それは賢者時代が滅ぶまで続き、遂には真相も真相を追っていた人間もいなくなって闇に消えた。
「そうなんですか……。その後、魔法を使って技術が発達したのが賢者時代なのですね?」
エリオットは興味深そうに腕を組みながら告げる。
「うん。魔法の使い方をイチロウが伝え、魔素のエネルギー転用化やマナマシンの製造に続いて行くんだ」
エリオットの問いに答える秋斗。
「その後に秋斗が生まれて魔工師になるんだ」
ほほー、と納得した様子のリリ。
「そういえば、グレゴリー博士に師事したキッカケは何なんだ?」
グレンはふと思いついた事を秋斗に問う。良い機会だから聞こうという軽い気持ちであった。
「ああ、爺さんとの出会いか……」
グレンは軽い気持ちで聞いたのだが、若干失敗だったか? と思えるほどに秋斗の顔は険しくなる。
しかし、時間は巻き戻せない。
聞いてしまったものは仕方がない、と心を平静に保ち秋斗の言葉を待つ。
「爺さん。グレゴリーとの出会いは最初に参加した戦争のあとだ」