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107 小話1 親方 / ハナコ


 御影家建設



 トントン、カンカン、とハンマーで釘を打つ音が鳴る中、王都一と名高い大工商会を営むドワーフ族の男は腕を組みながら部下である職人達の仕事を見守っていた。

 通称、親方と呼ばれるこのドワーフは人生の中でも一番の大仕事を王命として請け負った。


 レオンガルド王フリッツより下された王命は『賢者の屋敷』を建設する事。建設費はケチらない。賢者様にふさわしい最高の屋敷を頼むと念を押された。

 

 王城の謁見の間に通されて4ヶ国の王達を前に告げられた際は驚きすぎて言葉を失った。

 しかし、同時に大工としての血が滾る思いであった。王都一と呼ばれた自分が偉大なる賢者の屋敷を建てる。これ以上に、大工職人の魂を燃やす仕事があり得るだろうか。


 親方はすぐさま王命を拝命し、己の商会へダッシュで戻った。

 帰る途中に贔屓にしている酒場の前を通り、酒場の中から大好きな酒の匂いを感じるが無視。酒のツマミとして大好きな屋台の串焼きの匂いを感じるがそれも無視。

 文字通り脇目も振らず商会へ帰ったのだ。


 商会に戻ると全職人を呼んで事態を説明。

 急な事態にざわつく職人達であったが、一世一代の仕事であると叱咤して職人達に気合を入れる。


 その後は王より手渡された屋敷の構成要望書を片手に部屋に篭って屋敷の設計。貴重な紙を何枚もダメにしたが後悔は無い。

 出来上がった最高傑作を持って再び王城へ。建設のGOサインが出たら頼れるツテを総動員して最高級の建材を仕入れ始めた。


 1週間後、最速のフォンテージュ商会より届けられた建材で建設を開始。

 

 そして現在。


 親方の設計した屋敷はほぼ完成。今は細かい飾りや装飾を施したドアなどを製作しているところであった。


「どうもー。家具の搬入です」


 そんな時、フォンテージュ商会の商会長であるサイモン子爵自らが部下数名と共にケンタウロス荷馬車に乗って登場。


「おう。運びやすいようにドアはまだ取り付けてないぜ。うちの職人にも手伝わせるから使ってくれ」


「すいません、助かります」


 サイモンは荷馬車から降り、部下達と職人達を指示しながら家具を入れて行く。

 運ばれる家具は4ヶ国から仕入れられた最高級の物ばかり。職人達が運んでいるクローゼットだけでも一般家庭の月収三ヶ月分くらいはする値段の物だ。


「次はベッドのパーツを運んで組み立ててしまおう」


 そうサイモンが言って運ばれて行くベッドのパーツも普通じゃない。

 設計した寝室の半分はベッドで埋まるのでは? と思えるほどの長さをした枠組みに使用するパーツを運んでいた。


 全てを搬入し終えたサイモンはハンカチで汗を拭いた後に親方の傍へ歩み寄る。


「いやー。もうすぐ完成ですね」


 サイモンはあと数日で完成するであろう屋敷を見上げながら、笑顔で告げる


「うむ。これ程の仕事は生涯これっきりだろうなぁ」


 親方も人生で一番の大仕事、自分の技術を結集させた最高傑作ともいえる屋敷を見上げた。


「ん? 次は軍将様の屋敷じゃないですか? あとは賢者様の創設する学園とかも依頼されそうですが」


「え? 初耳」


 親方の大仕事はまだまだ続く。




-----



 ハナコの1日



 

 ハナコの朝は早い。


 朝午前5時。秋斗の自室のリビングにハナコ専用のベッド――高級毛皮カーペットと高級羽毛クッションが置かれている――で丸くなっていたハナコは耳をピクピクと動かした後に目を覚ます。


「ワフゥ~(よく寝た~)」


 ハナコは体を伸ばし、尻尾をパタパタッと振った後に主人と主人の(つがい)が寝ている寝室へ視線を向ける。


「キャフ(ご主人はいつも頑張ってるな~)」


 主人は昨晩も遅くまで子を作る行為をしていた。自分はまだ発情期じゃないから分からないが、きっと主人の番が発情期なのだろう。

 主人を囲うメスからはそんな匂いがする、とハナコは森の奥で発情期になっていた同族のメスから漂っていた匂いを思い出しながら鼻をフンフンと鳴らす。


 この時間に主人が起きてくる事は滅多に無い。


 主人に飲み物や食べ物を出し、自分にも良くしてくれる耳の長いメスが現れる時間もまだ先だ。

 なので、ハナコはまず1人で朝の見回りへと出掛ける。


 自身の決めた縄張りを見回るのは大切だ、と自分を産んだ母もよく言っていた。

 森の女王時代は他のオスがやっていたが今は森を出た身。なので自分でやらなければいけないのだ。


 ハナコは部屋のドア下部に設置されたハナコ専用の出入り口を通って廊下へ。

 本来ならば部屋周辺にマーキングしたいが主人に禁止されているので我慢。


 テテテ、と廊下を歩いて階段を下って行く。


「おや。ハナコ様。おはようござます」


「キャウ!(おはよー)」


 階段を降りて王城1階の玄関ロビーで警備する兵士に毎朝の挨拶を交わす。ロビーを警備している兵士はポケットをゴソゴソと弄って干し肉を取り出すとハナコへ差し出した。


「ご賞味下さい」


「キャウ!(ありがと~)」


 毎朝この兵士から干し肉を貰うのは日課になっている。

 兵士が手渡した干し肉はB等級魔獣のホーンバッファローと呼ばれる魔獣の肉を加工した物で、市場では高級品に入る肉だ。

 聖獣と認定された後、王城で高級肉を食している舌の肥えたハナコも満足する一品。


 因みにこの肉は毎朝ここを通るハナコへ渡すよう指定された、王城調理場からの支給品であった。


 ハナコは一口サイズに切られた干し肉を咀嚼しながらそのまま外へ。

 次は王城入場門を守る門番へ挨拶した後に街へ向かう。


「あら。聖獣様。おはようございます」


「おや、ハナコ様。おはようございます」


「キャウ!」


 貴族街で散歩している貴族の年老いたメスとオスに挨拶を交わしながら、貴族街と職人街を抜けて一般街へ向かって行く。


 ハナコの目的地は王都入場門の外にある。

 一般街に入り、大通り沿いに店を構える商会や屋台の店員が準備を進めるのを横目にそのまま王都入場門方向へ進む。

 

「ハナコ様。本日も朝のお勤め、ご苦労様です!」 


「キャウ!(どうも~)」


 入場門の門番へ挨拶した後に外へ出て、すぐに右折。 

 王都を囲む城壁沿いに少し歩いてマーキング。これで朝の日課は終了だ。


 このマーキングには意味があり、ハナコのマーキングの匂いが風に乗って漂うと王都周辺に潜む魔獣が近寄らなくなる。

 実際にハナコがレオンガルドに来てマーキングを始めた日から王都入場門付近に現れていた魔獣の姿が見られなくなった。


 最初は王都の騎士団や傭兵ギルドも魔獣の襲来が無くなった理由に対して疑問を抱いていたが、たまたま朝の日課を行うハナコを見た魔獣の生態研究学者が後を追ってマーキング現場を発見し、調査した結果導き出された答えが『聖獣のマーキングを恐れて魔獣が王都を警戒している』であった。


 特に匂いに敏感な犬系魔獣は全く姿を現さない。

 傭兵ギルドの魔獣分布報告でもレオンガルド王都周辺から縄張りの移動が読み取れる。


 魔獣の生態研究をしている学者を筆頭に、やはりS等級魔獣、聖獣はスゴイ、とハナコはレオンガルド王都住民からも歓迎されていた。

 ハナコの匂いや尿を採取し、各街の城壁にぶっかけたら魔獣対策になるのでは? と魔獣の生態研究界では今一番ホットな研究案件になっているのだ。


 そんな聖獣マーキングというホットワードを知る由も無いハナコは満足気に入場門を潜る。

 この後は王城へ帰るだけだが、帰るのは毎朝のお楽しみタイムを堪能してからだ。

 

「お、ハナコ様じゃないか。これ食うかい?」


「おや、ハナコ様。このハム食べるかね?」


「ハナちゃんおはよー。はい、新鮮な牛乳よー」


「キャウウン!(人の住むとこサイコー!)」


 ハナコのお楽しみタイム。それは起床して活動し始めた王都住民によるおすそ分けだった。

 肉屋から貰う生肉、サンドイッチ屋台から貰うハムのスライス、喫茶店で貰える配達されたばかりの牛乳。


 どれも卸したての新鮮で美味な物ばかり。

 それらを食したハナコは幸せな気分で口周りをベロベロと舐めながら主人の部屋へ帰るのであった。


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