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105 報告と祝杯


 ちゅんちゅんという鳥の鳴き声とカチャカチャと朝食用の食器を並べる音が鳴る中、イザークは目を覚ます為に味の濃い紅茶を飲みながら皆が揃うのを待っていた。

 

 外に用意されたテーブルとイスに座っているのはイザークだけ。何故かと言えば、昨晩は寝ていないからだ。


 眠れなかった――寝かせてくれなかった原因のナディアは未だベッドで夢の中。

 イザークも少しでも寝ようとしたが夏の暑さで寝苦しくなって、結局眠れずに起きる事にして今に至る。


 そんなワケで朝食を摂る為に用意されたテーブルに一番乗りしていたのだが、少し経ったところでエリオットが姿を現した。


「おはよう。イザーク。早いじゃないか」


「ああ、おはよう。暑いせいか寝苦しくて、あまり眠れなくてね……」


「そうだったのかい」


 イザークに笑みを浮かべるエリオットだが、イザークが眠れなかった理由は他にもあるだろうと既に分かっていた。

 しかし、自分もそうであったように王家で次期王候補のイザークならば子を成すのは義務と言える。故に、エリオットも多くは言わない。


 エリオットはイザークと一緒に朝の一杯を楽しんでいると自分達の妻と子、アデルが起床してきた。

 朝の挨拶を交わし、朝食ができるまで皆で引き続き朝の一杯を楽しむ。


「おはよう」


「おはようございます」


「おはよう!」


 朝から機嫌が良さそうに姿を現したのは秋斗の婚約者達であるリリ、ソフィア、オリビアの3人。

 そして、3人は妙にテカテカと肌のツヤが良かった。


「お、おはようございます」


 少し遅れてやって来たのはエルザ。

 彼女は何か歩きにくそうにしながらやって来た。それに対し、真っ先に気付いたのはカーラであった。


「あら? エルザ、もしかして……」


 カーラがエルザに問いかけると、エルザは頬を赤く染めてモジモジとし始める。

 その様子にナディアも気付き、遅れてイザークとエリオットも気付き始めた。


「その……。私も秋斗さんの……お嫁さんになることになりました」


 エルザは顔を真っ赤に染めて皆に報告すると「おお!」とエリオットが立ち上がりながら驚いた後に笑顔を浮かべる。


「良かったじゃないか!! めでたいよ!!」


 エリオットが拍手しながら祝福を送ると、カーラとナディアはエルザに抱きついて喜びの声を上げる。


「やったわね!」


「おめでとう! エルザ!」


「エルザ姉上様! やったー!」


「やったぁ~!」


 チビッコ組のアデルとクラリッサも小さな手をパチパチと鳴らしながら祝福。 

 喜びの声を上げたのは王家だけでなく彼らの世話をしていたメイドや執事、護衛として離れて控えていた騎士達にも伝わって皆が祝福する。


「王都に早馬を出せ!! すぐに陛下へお伝えしろ!!」


 今回の旅を指揮する護衛騎士隊の隊長は、泣きながら叫ぶように部下へ指示を出す。

 彼の部下も涙をゴシゴシと腕で拭きながら大きな声で了解と叫んで走って行った。


 王家以外の者で特に喜んでいるのは、エルザの専属メイドだった。


「姫様……! おめでとうございます! おめでとうございます!」


 エルザが小さい頃から専属メイドとして勤め、長年彼女を見守って来た。

 エルザがトラウマとなった出来事も知っているし、彼女はその日の事をずっと後悔していた。

 

 何故自分は、あの日にエルザを迎えに行ってあの場から遠ざける事ができなかったのか。

 何故自分は、その時間にエルザの部屋のベッドメイクなんてしてしまっていたのか。


 エルザがトラウマを植えつけられた事に対し、彼女に非は全く無い。

 だが、他でもない専属メイドである彼女自身が自分を一番許せなかった。


「今までごめんなさい。貴方にもいっぱい苦労をかけてしまったわ」


「そんな事、ございません。あの日、私が……!」


 その場に泣き崩れてしまった彼女をエルザは優しく抱きしめる。

 エルザは彼女の背中を撫でてから立ち上がり、1人静かにしている最愛の家族へ視線を向けた。

 

「兄様……」


「う、うぅ……」


 一方で、苦しむエルザを近くで見てきた兄のイザークは静かに涙を流していた。

 

 彼女が苦しみ、泣いているのをイザークは勿論知っていた。

 慰めの声を掛けて、エルザに責任は無い、君は悪くない、と言葉を長い間掛け続けてきた。


 しかし、兄である自分は最愛の妹が負った傷を癒すことは出来なかった。

 それはイザークだけでなく、父も母も弟もそうだ。


 子を成さなければならないという王家の義務と、それを出来なくなった妹への罪悪感に悩んだ時期もあった。

 結局は王家としての義務を選び、妹が苦しんでいるのにも拘らず自分は家族を作ってしまった。


「良かった……! エルザ、おめでとう……! ぐ、うぅ……」


「兄様……。ありがとう。今までごめんなさい」


 兄として、妹を救えなかったのは不甲斐ないかもしれない。

 だとしてもエルザが幸せそうに報告しているのを見て、涙が止まらなくなってしまった。


「イザーク。良かったじゃないか。エルザは苦しんだかもしれない。でも、この世で最高の幸せを手に入れたんだ」


 エリオットの言う通り、エルザはこの世で最も栄誉ある者となった。

 相手は伝説の賢者だ。賢者を支えるという責任重大な責務はあるが、それでも彼女の将来は明るいだろう。


「そうだ、秋斗。秋斗は?」


 最大の恩人であり、名実共に家族となる彼に感謝を伝えなければいけない。

 イザークは秋斗を探すが彼の姿はどこにもない。


「まだコテージかも」


 泣きながら秋斗の姿を探すイザークへリリが居場所を告げる。

 イザークは居ても立ってもいられず、秋斗のいるコテージへ走った。その後ろをエリオットが追う。


 コテージに到着し、勢いよく扉を開けた。


「秋斗! エルザを迎え入れてくれてありがとう! 君は僕の――」


 扉を開けると同時に感謝の言葉を叫ぶイザークであったが、その言葉は最後まで言い切れずに固まってしまった。 

 

「どうしたんだい?」


 その後姿を見ていたエリオットはイザークへ問いかけながらも、秋斗がいるであろう室内へ視線を向ける。


「な……ッ!?」


 エリオットは絶句してしまった。

 何故なら、コテージ内にいた秋斗は――


「お、お、おぉぅ……」


 足はガクガクと揺れ、ゾンビのようにフラフラと近寄ってくる秋斗。

 彼の顔は最後の一滴まで搾り取られたのであろう事が見て分かる程に、ゲッソリとして肌が一夜でパッサパサになっていた。


「秋斗……。搾り取られたのかい……?」


「ぅん……」


 エリオットの問いに秋斗は力なく頷いた。


「秋斗……!」


 3人でも限界だったのに、さらにエルザを迎えて4人になった婚約者との営み。

 昨晩は全員同時だったのだろう。 


 自分達は1人でもキツイ時があるのだ。超肉食と呼ばれた東の女性を4人も同時に相手をする。

 その壮絶さを秋斗の姿から垣間見たイザークとエリオットは秋斗を真の男として称えたい気持ちで一杯になった。 

 

「君ってヤツは、本当に英雄だよ!」


「そんな状態になってまでエルザを……ありがとう! 秋斗!」


 イザークとエリオットは涙を流しながらぷるぷると震える足で立つ秋斗を抱きしめた。

 3人の友情が深まった朝の一幕だった。




-----




「なるほど。エルザを嫁に」


「お、おう……」


 秋斗達は湖から王都に帰還し、帰って早々に秋斗はエルザとイザークを連れてすぐさまフリッツ王のもとへ向かった。

 フリッツ王の私室に入った後、湖でエルザから告白されて嫁になりたいという彼女の意思を受け入れたと報告。


 フリッツは跳び上がって喜ぶかと思いきや、意外にも真面目な顔で頷くのみであった。


「エルザ」


「はい」


 フリッツは娘であるエルザへ顔を向け、そのまま真剣な表情で問いかける。


「秋斗様はこれから様々な恩恵を国もたらして下さるだろう。しかし、苦難も悩みも多く抱えられるはず。我らも勿論お支えさせて頂くが妻となる者が一番に支えて差し上げなければならぬ。お前にそれが出来ると誓えるか?」


「はい。誓えます。私が。いえ、私も含めてお姉様と共に必ず支えます」


 エルザも真剣な表情で返す。

 フリッツはエルザの返答を聞き終えると、目を瞑ってふぅと短く息を吐く。その後、フリッツは座っていた椅子から立ち上がってから告げる。


「よろしい。偉大なる賢者様との婚姻を認める。……秋斗様。不肖な娘でありますが、どうぞよろしくお願い致します」


 フリッツはエルザと秋斗の婚姻を認めた後に、秋斗へ深々と頭を下げる。


「いや。こちらこそ」


 秋斗も立ち上がった後に頭を下げ、婚姻の了承を父親から貰うという一大イベントは終了した。


 秋斗とエルザが退出した後イザークはその場に残り、フリッツは席に座って胸を撫で下ろすように大きく息を吐く。

 そんなフリッツをイザークが見つめていると、部屋のドアは開かれ入って来たのは王妃のメアリーと宰相アーベルであった。


「アナタ」


 メアリーは夫であるフリッツへ近づく。


「ああ。ようやく……ようやくだ」


 メアリーが声を掛けながら彼の傍に立つと、フリッツは天井を仰ぎ見る。


 彼の両目からは涙が流れていた。


「私のせいでエルザには苦しい想いをさせた。だが……。ようやく救われた」


 あの日、帝国の使者など受け入れなければエルザは苦しむ事などなかっただろう。

 あの日以来、フリッツは他の家族同様に苦しむ娘を救えない自分を恥じてきた。自分が救えないのならば、自分の命と引き換えでも良い。誰でも良いから娘を苦しみから解放してくれと苦悩し続けてきた。


「陛下……」


 涙を流す王と同じく、アーベルも声を震わせながら呟いた後に涙を流して崩れ落ちる。


 フリッツ同様に自分を責め続けてきたのは宰相であるアーベルも同じであった。

 彼も自分の罪を償おうと、エルザの婚約者になれる者がいないか探し続けてきた。彼の償いは虚しく失敗に終わり、その度に自分を責め続けてきた。

 

 何度も教会に足へ運んで5人の賢者へ祈り続けた。自分の全てを捧げても良い。エルザを助けてくれと何度も何年も毎日欠かさずに祈り続けたのだ。


「救われたのだ。エルザも。私達も」


 今日、彼らの罪は祓われた。

 他ならぬ伝説の賢者によって。


「祝杯を挙げよう」


「かしこまりました。陛下」


 涙を流していたアーベルは服の袖で涙を拭い、フリッツの私室に用意してあった酒とグラスを用意する。


 4つ分のグラスに酒を注いだアーベルは全員へ手渡し、フリッツが最初にグラスを宙へ掲げる。


「我が娘。エルザの幸せを祝して」


「「「「乾杯」」」」


 チン、とグラスを鳴らし酒を煽る。


 罪を背負った家族はもういない。この場にいるのは、これから訪れる幸せに笑みを浮かべる家族だけなのだ。


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