10 エルフの王都
時を遡り、2人が狩りをしている頃――
秋斗が初めて出会ったエルフ、ケビンはエルフの王都に到着していた。
彼がまず向かったのは、自身が所属する宮廷魔法院と呼ばれる王家直属の部署がある場所。
その場所は王城内1階の一画にあり、ケビンは慣れた足取りで王城の門を潜っていく。
ケビンは王城内から向かうのではなく、城の外から向かう。城入り口から左に進んで庭を抜け、城をぐるりと一周回るように進めば騎士団がいる兵舎が目に入る。そこからさらに進めば、魔法専用訓練場や剣を訓練する為の訓練場を通り抜けるのが近道だ。
到着したら魔法院として割り当てられた部屋の裏口から入室する。
「ただいま戻ったッスー」
ガチャリと裏口を開けると同時に帰還を告げ、目的の人物がいる部屋へ向かう。
やや早足で向かった先はケビンの上司である宮廷魔法院の長である、宮廷魔法使い筆頭の執務室。
扉の前に到着すると、ドンドンと強めのノックして中の人物の返事も待たずに入室した。
「先生、戻ったッスー」
「ハァ…。ノックをしたのなら返事を待たんか」
部屋の中にいたのは年老いたエルフが1人。
仙人のような立派なヒゲを蓄えて、現れた弟子の行動にため息を零す。
「急ぎの用事があるッス。許して欲しいッス」
ケビンは抱えていた荷物を床に降ろし、上司のいる執務机の前に立つ。
「まぁ良い。遺跡の様子はどうじゃった?」
「問題無かったッス」
「そうか。荒らされたりした痕跡は無かったのだな?」
「うーん……問題無いッス」
ケビンは自身の目で見た遺跡の様子を思い出して答える。
「お前はたまに抜けておるところがあるからのぉ……。まぁ信じよう。ところで急ぎの用とは何なのだ? 次の仕事を頼みたかったのだが」
「遺跡に人族の学者さんがいたんスけど、食料が少ないみたいで困ってたッス。魔道具を直してもらったお礼に食料を持って行くッス!」
ケビンは意気込んで答え、今にでも部屋から飛び出しそうにソワソワとしていた。
「学者……? レオンガルドの者か? 一緒に王都へ来ればよかろうに……。ん? ちょっと待て、魔道具を直したとか何とか言わなかったか?」
「言ったッスよ。すごいッス。杖も無しにチョチョイってすぐに直したッス! あれこそ魔法ッス!」
ケビンは秋斗が修理する様子を簡単に伝える。
「杖も無しに……? そんな馬鹿な。その魔道具を見せなさい」
ケビンの上司は眉間に皺を寄せ、弟子の言う荒唐無稽な説明を疑いながらもケビンに魔道具を見せるよう告げた。
「嘘じゃないッス! これッス!」
ケビンは床に降ろしたショルダーバックから水筒型のマナマシンを取り出し、机の上に置いた。
「先生から貰った水の魔道具ッス。ボロボロでヒビも入ってたのに直ってるッス」
ケビンはそう言って、修理前はヒビが入っていた部分やヘコんでいた部分を指差す。
「本当に直っておる……。その者は杖も無しに直したと言ったが本当か?」
ケビンの言葉通りにマナマシンが直っている事に驚く。
ケビンに渡した時もヒビ割れやヘコミがあったが、それでもまだ稼動する貴重なマナマシンということもあってよく覚えていた。
「本当ッス。手をかざした瞬間に直ったッス」
ケビンは秋斗が行ったように右手をマナマシンに手を添えたりして、その時の様子を説明した。
「その者……。いや、その御方は賢者様なのではないか?」
年老いたエルフの頬に一筋の汗が流れる。
「え? 賢者様だって言ってなかったッスよ。えーっと……ま、マコウシ? とか言ってたッス。26サイデスー……? とかなんとか」
ケビンは腕を組み、秋斗が言っていた自己紹介を思い出す。
うーんうーん、と思い出しながら告げられた言葉に、年老いたエルフは緊張気味に目の前にいる弟子へ問いかけた。
「魔工師か? 名前はなんと言っていた?」
「あ、それッス。名前は秋斗さんはミカゲアキトって言ってたッス」
さらに弟子の口から告げられた情報に、年老いたエルフはブルブルと震えだし、部屋の中に設置された本棚におぼつかない足取りで向かう。
本棚から厳重に保管された1冊の本を手に机に戻る。椅子に座りなおして本のページを震える手で慎重に捲る。
目的のページに辿り着くと、机の上に置いてケビンに見せた。
「お主が言っている御方はこの本に写っている方か?」
机の上に置かれた本。
過去の時代では雑誌と呼ばれていた本で、やや色落ちしているが開かれたページには秋斗が椅子に座って喋っている様子の写真が載っていた。
「あ、秋斗さんッス!」
開かれたページにはこう書かれている。
『魔法技師のアークマスター。魔工師 御影秋斗氏に独占インタビュー!』
ケビンの言葉を聞いた年老いたエルフはワナワナと震え、口をぱくぱくさせながら目の前にいる弟子を見つめる。
「どうしたッスか? 先生、ついに死ぬッスか?」
挙動がおかしい上司であり師でもある者にぶっちゃけるケビン。
「ば、バカモノオオオオオ!!!! その御方が賢者様じゃあああああああ!!!」
年老いたエルフは大噴火した火山の如く叫ぶ。
「え!? 秋斗さん賢者様なんスか!? 言ってなかったッスよ!?」
大噴火した上司の言葉にケビンはふざけている様子でもなく、真面目に驚いていた。
「おおおおお、お主!! 一大事じゃああああああ!!! というかこれえええええ! 賢者様が直したああああああ!?」
頭の中で現状を整理出来ていない年老いたエルフはガックガクと挙動し、ケビンと水筒型マナマシンに視線を交互に送る。
「フォオオオオオ!? これえええこれええええ!? なるほどおおお!! なるほどおおお!!!」
年老いたエルフは絶叫しながらガクガクとおかしな挙動に磨きがかかり、水筒型マナマシンを血走った目でギョロギョロと見つめ始める。
「先生マジキモいッス」
ケビンの容赦ない感想は届く事無く。
年老いたエルフはハッと何かを思い出す。
「陛下に……陛下にご報告せねば!!!」
年老いたエルフは老体とは思えぬ程のスピードで執務室を飛び出す。
ケビンはあまりにも早いスピードにポカンを口を開けながらしばらく呆けていると、急いで年老いたエルフを追って行った。
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目をギラギラさせながら猛スピードで疾走するジジイエルフに城内で仕事をしているメイド達は驚き、彼の表情を見て悲鳴を上げる。
だが、彼はそんな事お構いなしに走る速度を落とすことなく目的の部屋を見つけると、部屋の扉の横で待機している兵士を無視して中へ飛び込んだ。
ドガァ! とドアを蹴り破る勢いで開かれる扉に中にいた人達は驚きながら視線を送る。
「じい!? どうしたの!?」
飛び込んで来た人物を見て、一番最初に口を開いたのは若い女性のエルフ。
美しく瑞々しい白い肌に腰まで届く長くてサラサラな金髪。翡翠のように美しい瞳。
ドレスに身を包んだ美しい女性は、座っていた席から立ち上がって、飛び込んで来た人物の言葉を待つ。
ゼェゼェと息を切らした年老いたエルフは、目をギラギラさせたまま息を整えだした。
「アラン! そんなに急いでどうしたのだ!?」
年老いたエルフをアランと呼んだ、周りの者よりもやや豪華な身なりの中年エルフも席から立ち上がる。
「陛下……姫様……。け、賢者様が……。賢者様がお目覚めになられました!!」
年老いたエルフ――アランは、叫ぶように告げる。
「け、賢者様が!?」
「目覚めただと!?」
アランの放った言葉に思考がやや遅れながらも事実を確認しようと2人はアランに駆け寄る。
美しい女性はこの国の姫であり、中年のエルフは王であった。
2人は国の貴族達と他国との交易関連を会議で話し合っていたところで、飛び込んで来た報告はエルフの国至上最大の一大事。
放たれたアランからの報告に会議室内にいた貴族達もザワザワとざわめきだす。
「ほ、本当なのアラン!? 本当に賢者様がお目覚めに!?」
「は、はい。ソフィア様。我が弟子が遺跡に赴いた際に出会ったと……。しかも……」
「し、しかも?」
ソフィアと呼ばれたエルフの国のお姫様は、次に飛び出るアランから報告にゴクリと喉を鳴らして身構える。
「お目覚めになられたのは……。魔工師様。アークマスターであり魔工師の称号を持つ御影秋斗様です」
「う、うそ……」
アランが告げた言葉に、ソフィアは絶句し、会議室内は一層騒がしくなる。
遠巻きに見ている貴族達や給仕の為に控えていたメイドや執事からは、あの伝説の、アークマスター様、魔工師様が、秋斗様がと口々に声が聞こえる。
「ア、アラン。そ、それは本当か?」
「はい、陛下。弟子に賢者様の姿絵を見せたら、同じ御姿だったと。しかも、賢者様に魔道具を直してもらったようで。ボロボロの魔道具は綺麗に修復されておりました。」
アランの言葉を聞いたエルフの王は口を開けてぷるぷると震えだした。
「おおおお、お父様! 一大事です!! 早く、早く秋斗様をお迎えしなくては!!」
ソフィアは綺麗な金色の髪を振り回しながら、慌てて隣で震える王へ告げる。
「ハッ! そ、そうだ。騎士団を! 騎士団長を呼ぶのだ!!」
ワーワーと大騒ぎになる会議室とその周辺。
皆が冷静さを取り戻すのに1時間は掛かった。
「それで、アラン。秋斗様はどのような様子だったのだ?」
アランの報告で大騒ぎした後、全員席に着きメイドから配膳されたお茶を飲んで落ち着きを取り戻した。頭の回転が戻った王も、再びアランに問う。
「はい。賢者様の様子は弟子から直接お聞きした方がよろしいでしょう。ケビン。賢者様の事を陛下にお話するのだ」
アランはケビンに目配せをして、報告を譲る。
「はいッス。賢者様は遺跡でテントを張って暮らしてました。自分の持っていた魔道具を見て直してくれたッス! お礼をしようとしたら食料が少なくなっているので、食料が欲しいと言われたッス!」
ケビンは出会った時の事を説明する。
「ふむ……。アラン、どう思う?」
ケビンの説明を聞き、腕を組みながらアランに再び問いかける。
「うーむ。仮に南の遺跡から目覚め、その場で暮らしているとなると……恐らく賢者様はお目覚めになって日が浅いのではないでしょうか? その場に留まっていらっしゃるうちに食料を持って早急に向かうべきです」
「それには同意だ。しかも、お目覚めになられたのは魔工師である御方。豊穣の賢者様であるケリー様との事もある」
「はい。レオンガルド王国や他国にも早急に知らせなければなりませぬ」
「では、騎士団長。急ぎ、今日中に準備して出発せよ」
「ハッ! お任せ下さい!」
騎士団長が立ち上がり、胸に手を当てて敬礼をして了承する。
「お待ち下さい。お迎えするにあたって、私も同行します」
ソフィアも立ち上がり王に告げると、さらに言葉を続けた。
「まだ、魔工師様だと確証はありません。私ならば魔工師である秋斗様の姿絵を何度も見た事があります。彼が間違っているとは言いませんが、更なる確認の為にも私も行きます」
キリッとした真剣な表情でソフィアは王を見つめる。
「そんな事を言って、いち早く賢者様にお会いしたいだけだろう?」
もっともな理由を並べた娘の言い様に苦笑いを浮かべる。
「ち、違います。例え、魔工師様でなくても賢者様であれば王族が出迎える必要があります!」
ソフィアは目を泳がせながらさらに理由を付け加えた。
「まぁ、良いだろう。では、騎士団長。急ぎ用意せよ。ソフィアとアラン、ケビンは騎士団に同行しなさい」
娘の態度に苦笑いを浮かべながらも自分の娘の提案にも一理あると思い直し、王として指示を出す。
王の決定を聞き、各自するべき事をするべく会議室から退出していく。
「賢者様か……。目覚めたのが本物の秋斗様で、ケリー様との御約束を果たせれば良いが……」
バタバタと再び騒がしくなる城内で、王はポツリと呟いた。
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「姫様。こちらのドレスはいかがでしょう?」
ソフィアの専属メイド数名が衣装棚から様々なドレスを取り出し、ソフィアに提案を次々と続ける。
「うーん、やはりこっちの白のドレスの方がいいかしら?」
秋斗がいる遺跡に向かう為、絶賛荷造り中のソフィアは今にも踊りだしたいくらいにご機嫌だった。
メイド達がいるので平静を装っているが、部屋の中に自分1人だったらキャーキャー言いながらクルクルと回り始めてもおかしくない。
それほどまでに、魔工師 御影秋斗という存在に強い思い入れがあるのだ。
古の時代の叡智を持った賢者ならばどのような人物でも王族として歓迎するのは当然であるが、ソフィアには幼い時からアランより聞かされていた物語があった。
それは、1人の賢者の記録。
数々の魔道具を民の為に作り、戦いになれば自ら前線に赴き戦う。
そして、1000年前に現れた賢者ケリー本人より伝わり、時が経った今でもベストセラー英雄譚の主人公。
ソフィアはアランから秋斗の偉業の数々を聞いて育ち、古の時代に興味を抱くと同時に、城下で売っている秋斗の英雄譚を片っ端から読破するほどの熱狂的なファンであった。
秋斗の英雄譚を何冊も読み進めると、憧れが恋へと変化するのに時間は掛からなかった。
(ああ、秋斗様。早くお会いしたい……)
姿見の前で身なりを整えるソフィアは恋する少女の如く浮かれていた。
ドキドキと胸が高鳴り、鳴り止む気配は全く無い。
(お会いして……。お食事やデートをして……。ふ、2人は結婚したりして~! キャー! キャー!)
姿見の前で両頬を手で包み込み、クネクネとする。
それを見たメイド達はまたか、という見慣れた態度で華麗にスルーして荷造りをする手を休める事はなかった。
(一緒に暮らしながらお料理を作って差し上げて~。い、一緒に寝ちゃったり~!?)
ソフィアの顔はふへへとだらしなくなっているが、メイド達は例の如くいつもの事なのでスルーした。
「ソフィア様。準備が整いました」
「ハッ! では、行きますよ!」
メイドに準備完了を告げられて現実世界に引き戻ったエルフの姫は、荷物を持ったメイドと共に部屋を出る。
目指すは憧れの男性の下へ。
(秋斗様、待っていて下さい! 今、ソフィアが行きます!)
エルフのお姫様はご機嫌な表情を浮かべて、スキップしながらで王城の廊下を進むのであった。