103 夏本番
エルザとの王都観光が終わってから1週間。
季節は完全に夏へ突入し、気温の高い日が続いていた。
「あっちぃ」
秋斗はYシャツの袖を捲くり、キンキンに冷えたアイスコーヒーで喉を潤す。
現代の夏は賢者時代で経験した夏の暑さ程ではないが、Yシャツ一枚であっても長袖では暑く感じるくらいに気温が高い。
しかも、現代ではクーラーという夏の必需品が存在しない。飲み物には最新魔道具である氷製造機で作った氷を入れるのは当たり前、寝る際は窓を開けても寝苦しい日が多い。
「扇風機くらいは欲しいな……」
窓を開けて外の風が入ってくれば多少は和らぐのだが、無風の日はとにかく暑い。
クーラーがダメなら扇風機で常に風に当たっていないと厳しいと感じるのは、過去を生きた秋斗だけの感覚なのだろうか。
「扇風機ってなんですか?」
その証拠に現代っ子であるソフィアを筆頭に一緒の部屋で過ごしている婚約者達は特に苦しそうな表情は浮かべておらず、平然とした顔で毎日を過ごしている。
彼女らも流石にいつも着用しているドレスなどは暑いのか夏服に衣替えしているのだが、衣替えした洋服が大問題であった。
まず、扇風機とは何ぞやと質問して来たソフィア。
今年の夏を過ごす彼女イチオシの服装は白色の『童貞を殺すセーター(夏用生地仕様)』だ。動く度にはみ出る大きな胸がぷるるんと揺れる。
胸だけでなく、ガッツリと見せつける背中と見えそうで見えない尻が殺人級にヤバイ。
「扇風機ってのはー。夏に使う、風を運んでくれるステキな道具なんだぞー」
暑さに負けている秋斗はダラァとソファーに体を預けながら返答を返す。
「便利。氷製造機並みに売れそう」
そう言うのは秋斗の隣に体育座りしているリリ。
彼女はいつものチューブトップブラにショートパンツだが、生地が夏用の汗を吸うムレないタイプに変わっているらしい。
あとはジャケットを着なくなった。相変わらずソフィアに次いでお胸様が大きく、チューブトップブラでは胸全体を覆い被せていない。
「そんなに暑いだろうか?」
床に座って武器である双剣の手入れを行いながら、首を傾げるオリビア。
彼女も他の婚約者同様、エリザベスの店で購入した夏服に衣替えしているのだが、キャミソールにミニスカートという格好だ。オリビア曰く、動きやすい服でという注文でエリザベスが選んだのがこの組み合わせだったらしい。
健康的な肩と腕。胡坐を掻きながら床に座っている為、ミニスカートからはおパンツ様がコンニチワ。
外が暑いのか、彼女達の格好に頭がやられて熱いのか。もうどっちが原因なのか秋斗には判断できなかった。
「明後日には水浴びに行くじゃないですか。きっと気持ちいいですよ」
ソフィアは楽しみで仕方ない、といった感じの感情を言葉に乗せながら告げる。
「うん。きっと秋斗も満足する」
リリが言う満足とは冷たく気持ちいい、という意味なのか。それとも……。
しかし、秋斗はそんな言葉の裏側には全く気付かない。
「確か、王都から北東に行った場所にある湖なんだっけ」
「うむ。ガートゥナ国民にも人気の高い、レッシーナ侯爵領の大きな湖だな」
レオンガルド王都から北東にあるレッシーナ侯爵が治める領の端っこにある湖で、名をレッシー湖という。
なんでも昔から伝わるレッシーという伝説の魔獣が住んでいると言われる湖なのだが、実際はレッシーの目撃情報など皆無で平和な湖。そこでキャンプしながら1泊2日の水浴び旅行を行う予定だ。
最初に行き先が湖と聞いた時、夏といえば海というイメージを持つ秋斗には疑問が生じていたが現代の海には危険な魔獣がウヨウヨいるので、海で遊ぶという概念は存在しない。
海といえば魚系の魔獣を採る漁場で、海の魔獣と戦い慣れている漁師でなければ瞬時に命を落とす危険な場所というのが常識だ。
賢者時代で一般的だった魚――人を襲わない魚もいるようだが、それらは海の魔獣のエサになってしまうのでほとんど姿を捉える事は無い。
「水遊び用の遊び道具も作っておくか」
出発まであと2日。特に急ぎの用も無いので遊び道具を作るのも悪くない選択肢だろう。
特にクラリッサやアデルも参加するようなので、チビッコが遊べる道具を作っておけば喜んでくれそうだ。
「楽しみ」
あまり感情を言葉に乗せる事が少ないリリも、発言通り楽しみなのかソワソワと体が揺れていた。
「秋斗様。グレン様とお約束された時間まであと15分です」
ダラァ~としながら婚約者と話していると、秋斗の予定を管理しているアレクサが告げる。
「あー。じゃあ行ってくる」
どっこいしょ、と声を出しながら秋斗はソファーから立ち上がり、部屋を出て行った。
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色々な暑さに負けた秋斗がやって来たのは王城の裏にある第1訓練場。
王城の隣に併設されている第2訓練場のように広い運動場タイプとは違い、エルフニア王城にあったような道場タイプ。
室内から外の裏庭まで訓練場として整備されていて、主に近衛騎士と王家が使う場所だ。
その訓練場から外に出た裏庭で秋斗とグレンは室内に視線を向けながら話し合っていた。
「それで、今考えている部隊に使う武器と防具の選定だっけ」
「ああ。何が良いか迷ってな。いくつか実物を使わせてみてから決めようと思うんだ」
グレンからの要請で賢者時代に作られた武器を新設する特殊部隊に持たせる為、シェオールに格納されている武器をいくつか貸して欲しいという話だった。
「甘いわァッ!! ハアアアアアッ!!!」
「くッ! まだまだッ!!」
秋斗とグレンが話ながら向ける視線の先では親子の熱い戦いが繰り広げられていた。
年長者の象徴でもある白髪混じりの灰色の長髪をオールバックにして後頭部で結い、いつもの王たる威厳のある服装から戦いやすい道着のような服に着替えたフリッツ王は得意の槍で息子であるイザークへ突きをお見舞いする。
イザークは長剣を両手で持ち、父親が放つ本気の突きを剣で苦し紛れにガードするが勢いを殺せず吹き飛んで地面を転がる。
隙ありとばかりにフリッツ王はさらに槍を振るうが、イザークはゴロゴロと地面を転がりながら回避して体勢を立て直した。
「うーん、銃と盾……。あとは、刃物か。戦闘補助用のガジェット類も? マナマシンはどうする?」
「キエエエエイッ!!」
「ガジェットとマナマシンはまた今度で良い。まずは武器と防具から決めようと思う」
「ぐあッ! くっ!」
「わかった。ちょっと待ってくれ」
「そこまで! 両者そこまで!!」
秋斗とグレンが何事もなく話し合っている中、フリッツとイザークの親子対決は見守っていた近衛騎士の男性によって止められた。
勝者は当然、フリッツ王。
彼は王に即位する前、今のイザークよりも若い頃から西との戦争に参加して指揮を執りながら最前線に躍り出て、多くの帝国軍人を屠ってきた槍の達人。
敵兵の返り血を浴び、全身真っ赤になりながらも敵を屠る姿は敵軍から『レオンガルドの鬼人』と呼ばれた男。
最強を冠するガートゥナの獣王と共に肩を並べて戦える、鬼人と呼ばれるに恥じない強さを未だ保持していた。
「今日はこれまで。次までに今日私が述べたお前の欠点を改善せよ」
フリッツは銀の槍をクルリと回し、地面に伏せている息子を厳しい表情で見下ろしながら告げる。
「はぁ、はぁ……わ、わかりました」
父親から1本も取れなかったイザークは戦闘中に父から放たれる威圧に精神をゴリゴリと削られて体も精神面も満身創痍。
力なく地面に寝転がり、医療院の職員がイザークへ体力回復促進の魔法をかけるべく近寄って行く。
イザークがここまで痛めつけられるのは、オリビア同様に賢者の守護者になると王である父へ宣言したのが理由だ。
オリビアが母であるオクタヴィアにされたように、フリッツ自らがイザークへ厳しく訓練を施すのは当然の事であった。
実際にレオンガルドに戻って来て宣言してからイザークの体には傷が絶えず、訓練の度にボロボロにされている。
次期王候補のイザークをここまで痛めつけては、という意見もあるだろう。だが、賢者の守護者を目指すとなれば相手が次期王候補であろうがフリッツは容赦しない。
己が戦いで得た技術、戦い方、心構え、全てを息子へ教え込み、イザークが全てを会得するまで守護者を名乗る事は許すつもりはない。
「フリッツ王って……。賢者時代じゃあ武の達人って感じだよな」
「接近戦になったら軍属の者でも敵わないんじゃないか……?」
秋斗とグレンは話し合いながらも2人の戦いを観察して出した答えだった。
イザークは生身での戦闘としては、まだ理解できる範囲の動きだ。
しかし、フリッツ王の動きは1つ1つの動作に理由があって相手を巧みに翻弄する。さらには相手の死角へ素早く移動し、相手には姿が消えるように見えるであろう移動法など戦いにおける技量が違いすぎる。
それに加えて、持っている槍で全てを貫かんとばかりに放たれる力強い突き。一撃でも食らえば、体に穴が開いて死は免れないだろう。
まさに武の達人と呼ぶに相応しい技量と力であった。
「ふふふ。秋斗様とグレン様にお褒め頂けるとは誠に光栄ですな」
フリッツは道着の上着を脱ぎ、無数の戦傷が刻まれた筋肉モリモリな上半身を晒しながら近寄ってきた。
1時間以上も息子へ訓練を施したにも拘らず、体が火照る程度、良い運動になったと息も切らさずに笑顔を浮かべるフリッツだった。
「ところで、お二人は何を?」
「今から秋斗に武器を借りるんだ」
「ほぉ。私も見学させて頂きます」
フリッツはグレンからこれから行われる事を聞いて興味深そうに頷く。
「オッケー。じゃあ、ここに降ろすぞ」
秋斗は立ち上がって、いつも通りの手順でシェオールへオーダーを送る。
数分後、シェオールから射出された小さいコンテナはレオンガルドの空を切り裂いて裏庭へ降下。
それを初めて見たフリッツや近衛騎士達は驚きの声を上げながら目をキラキラさせていた。
「なんと!! これが伝説の武器召喚!!」
召喚ってなんだ? と秋斗とグレンは疑問に思ったが英雄譚でそう描かれているのか? と無理矢理納得しておいた。
因みにレオンガルドに到着してからしばらく経った日、魔工師英雄譚を読んだグレンに秋斗は爆笑されたのは思い出したくない思い出だろう。
自動でコンテナの扉が開き、中に収められていた注文品をベルトコンベアで外へと排出してから、コンテナは再び空へ戻って行った。
秋斗とグレンは注文品の入ったケースを開き、1つずつ確認していく。
「魔法銃各種に近接用の武器。これだけ見たら闇の武器商人にしか見えん」
ハンドガンからスナイパーライフルまで各種魔法銃を取り揃え、ナイフやサーベルなどの刃物類も完備。後はミサイルや爆発物も揃っていたら賢者時代では悪の武器商人としてやっていけるレベルの品揃えだろう。
ゴソゴソと武器を確認していく中で、秋斗が目に付いたのは剣の持ち手のような外見をした筒状の武器。
「おい、それ……」
「おう。一応用意したぞ」
グレンは呆れ顔を浮かべるが秋斗は気にせず筒状の物を手に持ってスイッチを入れる。
すると、ビュウンと音を立ててビーム状の剣が筒から伸びた。
秋斗が持つのは旧時代の大ヒット映画に出て来る武器だった。その映画は宇宙で戦争する映画だったが、賢者時代でもリメイクされて長く愛された映画だ。
旧時代の物と賢者時代のリメイク作品を合わせると全57作品にもなる超大人気SF映画に出てくる『ビームセイバー』を秋斗は完全再現していた。
秋斗がビームセイバーを振り回すとブォンブォンと音が鳴り、裏庭に落ちている大きな石を空中に投げて斬りつける。
すると、断面が赤熱する程の高温で斬られた石は真っ二つになる。
「すげえ!」
「カッコイイイイイ!!」
「な、なんですかァ! それはァ!?」
未知の武器に大興奮の近衛騎士達とフリッツ。秋斗が説明するとさらに大興奮。
現代でも巨匠の作った名作映画は心惹かれる存在なのだ。
「もう一本あるぞ」
グレンにもう一本を手渡し、グレンがスイッチを入れると赤い色のビームセイバーとなる。
「ダーク卿!」
「闇の波動を受けよ!」
ブォンブォン!
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「まぁ、これはボツだけど」
十分にゴッコ遊びを楽しんだ秋斗はグレンからビームセイバーを受け取ってケースに戻す。
この武器は忠実に再現したはいいが、燃費が悪すぎて10分程度しか起動できないので実用性はあまり無いネタ枠だ。
「これ、試しに使っても良いですか?」
秋斗とグレンに問いかけたのはフリッツ王。
彼は立て掛けたアサルトライフル型の魔法銃を指差していた。
「構わないよ」
フリッツの好奇心に秋斗は了承して、構え方や撃ち方を教える。
そして、フリッツは裏庭に設置された案山子に狙いを定めて最低威力に設定した魔法弾を撃つ。だが、弾は当たらず案山子の後ろにある王城を囲む壁に当たった。
その後は近衛騎士達も参加して魔法銃の試射をしたが一発で当てられたのはフリッツを含め22人中、5人だけだった。
「ううむ。難しい」
「弓とは違って反動が……」
その後も銃の種類を変えて試すが、やはり当てられる者は少ない。
次にナイフやサーベル、マチェットなど賢者時代製の刃物であるがこれらは特に現代と使用感は変わらず。
特にオリハルコン製マチェットは使いやすいと評判だった。
「うーん。分かってはいたが、銃を使うなら訓練は必須か。銃を使わずに魔法に頼るのも考えたが、魔法は使える者が少ないんだよな?」
「そうですな。魔法を実戦に用いるレベルで使いこなせる者は少ないです。現代でも見つけたら即、宮廷魔法使いに採用しますな」
「訓練するしかないか」
グレンとフリッツが新設部隊で扱う遠距離武器について話し合っている横で、秋斗は黙って悩んでいた。
(うーん。軍で採用するならマナデバイスと銃、どちらをメインにした方が……。マナデバイスで作る魔法の方が汎用性高いよな)
魔法銃は訓練すれば誰でも一定の威力を出せる。マナデバイスもエディタを使えば誰でも簡単に魔法を作れて扱えるし、威力も使う魔法の種類も統一化はできるが、魔法銃の最大出力と同等の威力を出そうと思ったら魔素の消費が激しい。
(魔法銃やマナデバイスも採用したとしても、現代に合うような新しい武器も作るか)
秋斗は現代でも違和感無く使えるような武器の構想を練り始めた。
読んで下さりありがとうございます。
明日の更新は夜になります。