102 王都案内3
学園で突発イベントが発生してしまったが、丁度昼になったタイミングで秋斗とエルザは学園の敷地を後にする。
「もう昼か。どこかで昼食べようか」
「そうですね。何が食べたいですか?」
「うーん。屋台もあるんだっけ」
「はい。一般街の大通り沿いに屋台が並んでいますよ」
どこか店に入ってゆっくりするか、屋台を見て周りながら購入して色々な物を食べるか。どちらも良い点は多く、秋斗は顎に手を当てて悩む。
しかし、今日は1人ではなくエルザと一緒だ。王家の淑女と一緒ならば、やはり店に入るべきだろうか?
「エルザは店に入って食べる方が良いよな?」
秋斗が問いかけると、エルザは少し考えてから答えを出した。
「今日は屋台にしませんか? 屋台で売っているデザートは食べた事があるのですが、ご飯系は食べた経験が無くて」
男の人は屋台で味の濃い物を食べるのが好き。そんなような事を誰かが言っていた気がする、とエルザは思い出しながら提案。
「よし。そうしよう」
秋斗はエルザの提案とあってすぐさま頷き、一般街を目指すべくまずは職人街へ入る門を目指して歩き出す。
職人街に入ると、貴族街とは比べ物にならない程の活気が目に飛び込んでくる。
商店に届いた品を荷馬車から降ろす店子、店の奥から金属を叩く音、雑貨屋の前で子供に強請られながら手を引かれる父親。他にも荷物を持って通りを行き来する多くの住民達。
エルフニア王都も活気に満ち溢れていたがそれ以上の賑わい様。物も人も集まるレオンガルド王都ならではの多種族、多国籍感溢れる光景であった。
そんな活気溢れる職人街で、秋斗とエルザの姿を見つけた者が1人。
(あらン? アキトとエルザ様じゃなァい?)
2人の姿を見つけたのは、製作する洋服の材料を仕入れに魔獣の革を取り扱う商店へ来ていたエリザベスであった。
(あッ! もしかして、前に言ってたデートねン!?)
エリザベスは瞬時に2人が歩いている理由が閃く。そして、2人の邪魔をしないように物陰へ素早く隠れて観察し始めた。
(んふふ。エルザ様、幸せそうネン)
エリザベスは商談していたにも拘らず、在庫を調べる為に店の奥に引っ込んでいた店員を放置してコソコソと2人の後を追った。
2人が一般街へ続く道を歩いていると、やはり住民達は秋斗とエルザへ視線を送る。エルザの事情を知る住民達だが男性は驚愕の表情を浮かべ、女性も驚く表情を浮かべるがすぐに微笑ましいものを見るように笑みを浮かべる。
(やっぱり、私が賢者様と歩いているのが不思議なのかしら……まぁ、自分でも不思議だけど)
エルザは住民達の視線を受けながら男性不信である自分が、男性と歩いている状況に少しおかしさを感じる。
あれだけ見られるのも、見るのも怖かったのに。今隣で歩いている相手には不快な気持ちが湧いてこない。自分の家族である父や兄、弟にも不快感は無いが秋斗は他人だ。
他人となればグレンもそうだが、賢者の友人と呼ばれているグレンにも不快感は感じない。
何故なのか、と考えれば行き着く先はやはり秋斗が関係しているからだろう。秋斗が絡むと心が安らぐような、安心するような気持ちになってくる。
本当に仲良く喋る秋斗とグレンを見て、秋斗の友人というのを認識しただけで、グレンに対してもネガティブな感情を抱かなくなるのだ。
(似てるからなのかな。仲間意識? でも、守ってあげたくなる気持ちも……)
エルザは歩きながら自分の気持ちを考察しつつ、秋斗と共に多数の木箱を店先に積んだ商店の近くまで進む。
積まれた木箱の横を通り過ぎようとした時、思わず目を覆うくらいの強風が吹き込んできた。
秋斗は目を瞑ってやり過ごし、次に目を開けた瞬間には積まれていた木箱のバランスが風で崩れて一番上に積まれた木箱がグラグラと揺れているシーンであった。
今にも落下しようと揺れる木箱の近くにはエルザが未だ目を瞑った状態で佇んでいる。
(あぶなッ)
このままではエルザの頭に木箱が落ち、彼女は怪我をしてしまうだろう。
エルザが男性不信だというのは承知しているが緊急事態。男である秋斗がヘタにトラウマを抱える彼女に触れればパニック状態になってしまう可能性は否めない。
自分も過去の戦争により苦しんだ身だ。彼女の抱える苦しみはよく理解できる。
しかし、怪我をするよりはマシだろう。彼女に不快な想いをさせたり、パニック状態になってしまったら謝るしかない。
イザークやフリッツ王にも謝ろう、と自分を言い聞かせた後に素早く腕を伸ばしてエルザを自分の胸へ抱き寄せた。
「ひぁやあ」
急に後方へ体を引っ張られたエルザの口からは変な声が出てしまう。だが、次の瞬間には積まれていた木箱がガラガラと崩れてけたたましい音を鳴り響かせる。
近くを歩いていた住民達が驚きの声を上げ、周囲の者達も何事かと注目し始める。
そんな中、秋斗とエルザは――
「危なかったな」
「へっ」
秋斗の声が背後、すぐ近くから聞こえたエルザは自分の状況を確認し始める。
エルザは秋斗に抱き寄せられ、背後から抱きしめられる形で木箱の直撃を免れていた。
秋斗に助けられたエルザであったがそんな事など理解できず、ただ『秋斗に抱きしめられている』という事実だけを理解した後に顔を真っ赤にさせた。
「ひゃわあ」
「あ、すまん。怪我しそうだったからつい……」
耳まで真っ赤にして驚きの声を上げるエルザを離し、申し訳無さそうに謝る秋斗。
(だ、だ、だ、だ、抱きしめられちゃった! 抱きしめられちゃってる!! 抱きしめられちゃってるよぉぉぉ!?)
突然な出来事に対し、エルザは目をぐるぐると回しながら顔を真っ赤にして固まる。
そんな様子を離れた位置にある物陰から見守る女が1人。
(や、やだぁぁン! お姫様抱き寄せて守るなんてェン! どこの恋物語よォォォン!!)
エリザベスは物陰に隠れながら後方に突き出した筋肉質な尻をクネクネしながら身悶える。
まさか自分の目の前で物語のようなシーンをやってのける人がいたなんて! 見てて良かった! エルザ様の恥ずかしがる姿がカワイイ! 秋斗ったら主人公!! と大興奮。
「あ、いたいた。エリザベスさん。突然消えちゃうんですから。店に戻って革の種類決めて下さいよ~」
しかし、目の前に広がるステキシーンにどっぷり浸って大興奮なエリザベスへ水を差すように声を掛けたのは革を取り扱う商店の店員だった。
折角浸っていたのに、と現実に引き戻されてしまったエリザベスは憤怒の表情を浮かべながら店員へと振り返る。
「テメェ!! 適当に見繕って店に送っとけやあああああッ!!!」
「ひいいいいい!!??」
職務に忠実で全く悪くない店員へエリザベスはいつもの乙女ボイスではなく『THE・漢』といえる野太い声で怒鳴り散らす。
超理不尽かつ、いきなり怒鳴られた店員は恐怖して店へダッシュで戻って行った。
「んもォン。困っちゃう。……あらン?」
エリザベスが呟きながら視線を2人がいた場所へ戻すと、秋斗とエルザの姿は既に無く見失ってしまった。
-----
「だ、大丈夫か?」
「は、はひ。だ、だいじょぶでしゅ」
エルザはそう言いながら、右手と右足、左手と左足を同時に前に出してギコギコと秋斗の隣を歩く。
木箱が崩れた後は店先に積んでいた商会の店員が店から飛び出して来て2人にひたすら謝り続けた。
秋斗とエルザは怪我が無いから大丈夫だと言ってその場を離れたのだが、彼女を抱き寄せて助けた後からずっとこの様子だった。
「その、すまん。男が苦手なのは知っているが、怪我するよりマシだと思って……。今日はもう帰るか?」
「帰りません!!」
秋斗なりの気を使った提案であったが、エルザは街のど真ん中にも拘らず大声で否定する。
エルザの大声に反応した住民達が何事かと顔を向け、それに気付いたエルザは焦りながら言葉を続けた。
「ほ、本当に大丈夫です。助けてくれてありがとうございました」
「お、おう」
「ほ、ほら。もうすぐ一般街ですよ。お昼食べましょう」
注目されてしまったエルザは秋斗を急かすように、一般街へ続く門を指差して歩き始める。
2人は再び歩き出し、ようやく一般街へと足を踏み入れた。
一般街に入ってから入場門方向にしばらく歩き続けると、多くの客で賑わう食堂がよく目に入るようになってくる。
他にも宿屋や酒場などのサービス業系の店が多く並び始め、その地点から屋台の数も目に見えて増えてきた。
並んでいる屋台を覗きながら売り出している品を見ているとパン屋の出張屋台でサンドイッチや肉屋の出張屋台である串焼き、宿屋が出すスープを売る屋台など多種多様でどれも食欲をそそらせる。
エルザと相談しながら屋台で昼を購入し、一般街の大通りから外れた位置にある公園のベンチに座って食事を摂りはじめた。
秋斗が購入したのは肉の串焼きとハムと野菜が入ったサンドイッチ。飲み物は勿論コーヒー。エルザは秋斗と同じ店で購入した、アボガドと野菜のサンドイッチとアップルジュース。
まず秋斗が齧り付いたのは串焼きだ。まだ焼きたてのアツアツ感が残る肉を口に入れて噛むとジュワリと肉汁が口の中に広がる。
これぞ肉! といった食感と偉大なる豊穣の賢者が作り出した醤油ベースのタレがたまらない。
「ふふ、美味しいですか?」
秋斗が串焼きを夢中になって食べていると、クスクスと楽しそうに笑いながらエルザが秋斗の食いっぷりを見ていた。
「うん。食べる?」
「へあっ!?」
串に5つ刺さっている肉のうち1つ食べ終えた串焼きをエルザに食べるか問いかけ、エルザは食べかけの物を貰うという初めての行為に驚く。
そう、これは――
(か、か、かかか間接きっしゅでは!?)
小さくカットした肉を1つ食べただけで、他の肉には口をつけていない状態。これは間接キスと言えるのか謎だがエルザは顔を赤くしながら混乱してしまう。
今日のエルザはクールな印象を宇宙の彼方へぶっ飛ばして、恋する美少女街道まっしぐらであった。
「あ、食いかけじゃあ」
「食べましゅ!」
やっぱり王族たる者、食べかけの物はダメかと秋斗が言い切る前にエルザは言葉を被せて制止する。
「はぐ、あむう」
秋斗に差し出されている串焼きの肉に齧り付き、エルザの小さな口が肉の端っこを噛み千切った。
そのままモグモグと咀嚼し、ゴクリと呑み込んだ後でエルザは「美味しいです」と感想を返す。
「あ、ちょっと待て」
秋斗はスッと指をエルザの顔へ伸ばし、彼女の口元に付着していたソースを拭う。
「ソースがついてた」
秋斗はエルザの口元から拭ったソースをペロリと舐め、再び串焼き肉を自分の口へ運ぶ。
まるで恋人同士のような行為をされたエルザは、真っ赤になっていた顔に加えて頭からプシュー! と湯気が出そうになる。
(ど、どうしよう! こういうのって普通逆じゃないの!?)
男性不信であるエルザも人並みには商店で売っている恋物語を読むが、そういった物語の中では秋斗が行った行為は一般的に女性がするような行為であった。
まさか、する側だと思っていたら逆にされていた。
ドキドキゲージが振り切ったエルザは、サンドイッチの味がわからないまま昼食を終えた。
昼食を終えた後は王都にある主要施設を紹介しつつ王城へ戻ったが、未だ昼食の味と案内の際になんと説明したか覚えていない。
王城に戻った頃には夕方になっていて夕飯までそれぞれ一度自室へ戻る事となって2人の自室がある4階の廊下で別れた。
エルザは今日1日を頭の中で振り返りながら、軽い足取りで自室へ続く廊下を歩く。
(今日は……普通の女の子みたいだったな)
女性であれば誰もが経験したいと憧れる異性と触れ合う青春の日々。歳相応に経験したいと思っていた恋。
どちらも男性不信に陥ってからは諦めていたモノだ。
しかし、今日は諦めたモノを体験できた。感じることができた。
(やっぱり、私……)
「あら? エルザ」
楽しく、心地良い気持ちを抱きながら廊下を歩いていると母に声をかけられる。
「お母様」
「嬉しそうね。夕食までお茶をしながら聞かせてくれる?」
エルザの母であるメアリーは娘の様子を見て、嬉しそうに笑みを浮かべながらエルザを自室へと招待した。
2人は部屋へ入るとソファーに座り、メイドの淹れてくれた紅茶を飲んで一息つく。その後、メアリーは今日1日の事をエルザに問うとエルザは楽しそうに秋斗と出掛けた事を語って聞かせた。
「そう。エルザ、良かったわね」
「はい……」
エルザは母に語り終えた後もふわふわと心地良く、それでいてドキドキと胸が高鳴りを抱いていた。
この胸の高鳴りが何なのかは本人が一番理解している。
「お母様。私……恋してるの」
口にすれば溢れるくらいに秋斗への恋心と愛情が湧き上がり続ける。
トラウマを抱え、男性不信の自分でも不思議なくらいに恋していると、愛していると理解できてしまうのだ。
「そう。エルザ。賢者様のお嫁さんになるのは大変よ?」
母であるメアリーはそう言いながらも、心の底から娘の抱いた恋心へ嬉しそうに微笑む。
相手は伝説の賢者。きっと、この先には色々な苦難も栄光もあるだろう。
さらに秋斗の抱える心の狂気が彼を苦しめ、蝕むかもしれない。
それでも、とエルザは未だ抱く気持ちを大切に抱きしめる。
「あの方じゃないとダメなの」
この気持ちを得られたのは、相手が秋斗だから。
欠陥品だと思っていた自分に、普通の女の子と同じ気持ちを抱かせてくれた男の人。
彼の苦しみを取り除く為に自分は何だって出来る。
だからこそ――
「私、秋斗さんのお嫁さんになりたい。秋斗さんと共に生きていきたいの」
エルザは決意を口にして、母メアリーは娘を抱きしめながら彼女の決意を祝福する。
その後、メアリーの部屋にリリ達が呼ばれたのだが理由は秋斗に知らされなかった。