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100 王都案内1


 レオンガルド王城 エルザの自室にて。


 エルザは自室に置いてある華の装飾を施された大きなドレッサーの前で、肩に触れるくらいの長さがある髪に櫛を通して出掛ける準備をしていた。

 

「姫様。お召し物の準備が整いました」


 彼女の背後では専属のメイドが先日購入したばかりの洋服を準備してエルザに報告する。


「ありがとう。助かるわ」


 エルザはドレッサーに櫛を置いた後、専属メイドに洋服を着るのを手伝ってもらいながら着々と準備を進めた。


「姫様。ステキなお姿です。これなら成功間違いなしですね」


 準備を終えたエルザは鏡で姿を何度も確認しながら、大丈夫かとメイドに何度も問う。その度にメイドは大丈夫だと答えるのだが、エルザは緊張もあってか落ち着かない様子。

 

 今日は秋斗を王都の案内をする日だ。偉大な賢者を案内する大役。今まで生きてきた人生の中で初めて気になっている男性と出掛ける日。

 考えるだけで胸がドキドキと鳴って、自然と頬が熱くなってくる。エルザは人生で初めて青春というモノを体験していた。


 エルザが昨晩なかなか寝付けないにも拘らず、普段よりも早い時間に起きてしまうのも納得できるだろう。


(私がこんな想いをするなんて……思わなかったな)


 エルザは鏡の前で両手を頬に手を当てながら、これまでの人生を振り返る。


 王城で帝国貴族にトラウマを植え付けられた事。そのトラウマで王城にいる執事や騎士達、学園の男子生徒とも会話できなくなってしまった事。

 恐怖に襲われ、酷い時は悪夢を見て泣きながら吐いたこともあった。


 自分は一生結婚できず、子を成すことはない。王族として相応しくない女だと心の中で謝り続ける日々。女性としての幸せなど得られないと諦めたはずの人生。


 それでも、自分は知ったのだ。

 己と同じように苦しみを抱えている男性のことを。悲しみ、苦しみ、狂気に身を染める程のトラウマと過去の自分の無力さに打ちのめされながら進んできた男性の姿を。


 自分と似ている。否、自分以上の苦しみを背負っている男性だからこそ、共にいて支えてあげたいと想っている。

 同属だからなのか。自分が彼に対し、抱く理由は歪んでいるのだろうか。それはわからない。


 しかし、エルザ・レオンガルドは今確実に、恋をしている。


「よし! 行くわ」


 勇気を振り絞って、一歩踏み出す。

 東の女はいつだって、愛する男性の為に強くなるのだ。


「……いってらっしゃいませ。姫様」


 エルザが自室から踏み出す一歩を見ながら、メイドは頭を下げて仕える主人に気付かれないように涙を流す。

 敬愛する姫、自身が尽くす姫を縛るトラウマという名の鎖が完全でなくとも少しは断ち切られ、幸せの光が見えたのだから。



-----


 

 朝食を食べた後、10時に王城の入場門で待ち合わせ。そうエルザと約束していた秋斗は早足で王城の入場門を目指す。

 待ち合わせ15分前であったが、秋斗の視線の先には本日1日を共にする相手が既に待っていた。


 エルザの姿を見つけた秋斗は早足から駆け足に変えて、彼女の待つ場所へ急いだ。


「すまん、待たせ……た」


 入場門の傍にある壁に寄りかかって待っていたエルザへ声を掛けるが、今日の彼女の姿はいつもと違っていた。

 

「いえ、時間前ですから」


 普段の彼女はドレスのような王族然とした服装で現代的なファッションを身に着けているのだが、今日のエルザはノースリーブの襟付きシャツにネクタイ、下はミニスカートという賢者時代ファッション。

 スレンダーで凛々しい委員長タイプのエルザにはとても似合っていて、賢者時代であればアイドル活動をしていてもおかしくないくらいに美しい。

 

 微笑みながら秋斗に返事を返すエルザを秋斗から声を掛けたにも拘らず、彼女の美少女っぷりにぼーっと姿を見つめてしまうほどであった。


「どうしました?」


 黙っている秋斗に対し、少しだけ首を傾げるエルザ。

 そんなエルザに対し、我を取り戻した秋斗は慌てて返答した。


「いや、エリーの作った服か? よく似合っているな、と思って」


「あ、ありがとうございます……」


 エルザは秋斗の口から飛んできた言葉に頬を赤らめながらモジモジと恥ずかしがってしまう。


 そんなやり取りを遠目に観察していたレオンガルドの騎士やメイドと執事達は微笑ましく、しかし涙ぐみながら見守っていたのだが本人達は全く気付く事が無かった。


「じゃあ、いこうか」


「はい」


 2人並んで門を潜ると、門を警備する兵士達はいつも以上に気合を入れて、そして嬉しそうに「いってらっしゃいませ!」と挨拶。

 彼らに挨拶を返しながら秋斗とエルザは王都観光に向かって行った。



 秋斗とエルザが最初にやって来たのは賢者教本部である教会だ。エルフニア王都でも足を運んだ事があるが、秋斗が教会に足を踏み入れたのはこれで2つ目になる。


 以前訪れた事があるエルフニア王都にある教会は東側に存在する教会の中でも2番目に大きいもので、一番大きく広い教会はレオンガルド王都にある本部となっている。

 その証拠に、外から教会全体を見ようとすれば空を見上げるようにしなければいけないほど巨大で白く美しい建物だった。


 エルザと共に内部へ入ると、エルフニア王都の教会同様にアークマスター5人を象る巨大な像が立ち並ぶ。

 その足元には跪くように5体の異種族像が並べられ、アークマスター達と最初の5人を司る像は色とりどりのステンドグラスから差し込む虹色の光に照らされている。


「おお! 賢者様! 姫様! ようこそおいで下さいました」


 柱を磨いていた司祭の1人が秋斗とエルザを見つけて恭しくお辞儀をする。

 彼の声に気付いた住民達も声の方へ振り返り、秋斗とエルザの姿を見ると驚きの声を上げる。


 教会内にいる者達に挨拶をしながら奥へと進み、祭壇前で立ち止まって巨像を見上げた。

 

「目覚めた時は、こんな崇められているなんて夢にも思わなかったな」


「そうなんですか? 賢者時代でもアークマスターとなれば名声はとてつもないものだったと英雄譚に書かれてますが……」


「まさか。有名だったのはグレゴリーとアドリアーナくらいだったな」


 魔法の王、魔王と呼ばれたグレゴリーは論文や新しい魔法の開発などが世界的に注目されており何度も専門誌で取り上げられる程の人物だった。

 魔法医療を専門としているアドリアーナも社会貢献や難病と呼ばれていた病気の治療方法の開発と確立を行っていたので、国から貢献者として表彰されている。


 秋斗を含めた他のアークマスター達も専門誌でインタビューを受けたり、新技術の論文などを世に出してはいたが2人ほど一般的には目立ってはいない。

 もちろん、各専門業界では有名であったが。


 そんな話をしつつ、グレゴリーが秋斗の師だというのをエルザに話すと以前のソフィアやリリと同じように驚く。そして、秋斗達の背後から別の声が掛けられた。


「そのようなお話を聞けるとは。なんと幸運な日なのでしょうか」


 秋斗とエルザが振り返ると白いベールで顔を隠した女性、賢者教のトップである大司教エミルが立っていた。彼女のさらに後ろでは礼拝に来ていた住民達も賢者の口から語られるアークマスターの話に興奮している者達が見えた。


「賢者様のお言葉を一言一句、漏らさず教典に書き加えなければ」


「いやいや、そんな大層な話じゃない」


 祈るように手を組み発言するエミル。秋斗は彼女に苦笑いを浮かべながら制止するが、内心では無理だろうなと半ば諦めている。


「そんな事はございません。偉大な歴史の1ページですから。……もし、よろしければ賢者様がお暇な際は賢者時代のお話をお聞かせ願えませんか?」


 秋斗の態度を謙遜と受け取ったのであろうエミルは首を振って否定する。その後、やや遠慮がちながら秋斗へ願いを告げた。


「んー。まぁ、大した話じゃないかもしれないが、それで良いなら」


「まぁ! 是非お願い致します!」


 賢者時代の日常的や歴史を語るのであれば問題無いだろう、と秋斗は了承する。

 アークマスターの話になれば、ケリーがしたように自分以外のメンバーの事を話して自身の件について避けることを強く心に決めた。



-----



 教会を後にして次にやって来たのは貴族街にあるレオンガルド王立学園。

 

 貴族街の1/3を使って作られた敷地は広く、敷地を囲む壁をぐるっと一周するだけでも結構な時間がかかるだろう。

 しかし、エルザは学園の卒業生でレオンガルドの姫。外観を見て別の場所に行こうと思っていた秋斗であったが、エルザに勧められて関係者以外お断りの内部へ入る事が出来た。

 

「というか、私よりも秋斗さんが言ったら断られるワケないと思うんですけど……」


 賢者である秋斗は姫であるエルザよりも立場は上だがそんな自覚は全く無い。

 学園入り口横にある守衛室で手続きを済ませ、エルザの案内で学園内を見て回っていく。


 敷地内には座学授業を行う校舎、その左横には武術の授業を行う室内訓練場。校舎右側には学生用の食堂とカフェテラス。敷地内奥に他国からの留学者や他の街から入学して来た生徒が暮らす寮が男女で別れて2棟。

 

 校舎は2階建てで大きく広い。訓練場はエルザ曰く1階建てという話だが、賢者時代にあった体育館のような作りなのだろう。

 秋斗とエルザは施設内には入らず、ぐるりと建物の外観だけ見物しながら1周してカフェテラスで少し休憩することにした。


「めっちゃ見られてるな」


「仕方ないですよ」

  

 心地良い風を感じながらカフェテラスで注文した紅茶とコーヒーを飲んで喉を潤している秋斗とエルザであるが、2人の四方からはビシバシと生徒達の視線が飛んでくる。


「ね、ねえ。あれって姫様じゃ? 一緒にお茶している方は誰!?」


「あ、あ、あ、あの御方は賢者様よ!! 前に騎士に囲まれながら街へ来ていたのを見たわ!!」


 と、女子生徒達が騒ぎ。


「エルザ様が男と!?」


「くッ! 悔しいが祝福するしかないだろう! エルザ姫様ファンクラブ会員としては! クソッ! クソッ!」


「いやぁ。賢者様が相手じゃ勝ち目ゼロでしょ……」


 エルザのファンらしき男子生徒達が涙を流す。

 騒がしい若い生徒達の喧騒は当然ながら秋斗とエルザの耳にも届く。


「……ファンクラブなんてあるんだ」


「………」


 ポツリと呟いた秋斗の言葉に、エルザは顔を真っ赤にしてぷるぷる震えていた。

 そんなエルザを見てこんなに可愛らしいのだから当然か、と秋斗は心の中で納得しながらコーヒーを口に運んだ。


 15分程度のお茶休憩を終えてカフェテラスから立ち去ろうとした時、併設されている食堂側から再び大きな騒ぎ声が聞こえてきた。


 秋斗とエルザは席から立ち上がりながら、何事かと様子を伺っていると現れた人物の中に見た事がある青年の姿を発見した。

 秋斗が彼の姿を捉えると、彼も秋斗の姿を見つけて笑顔を浮かべながら駆け寄ってくる。


「義兄様! 本当に来て下さったのですか!」


 見知った青年の正体はソフィアの弟であるリゲルであった。


「まさか、こんなすぐに学園へ来て下さるなんて! エルザさんといらっしゃったんですか!」


「お、おう」


 賢者とエルザ姫が学園に来てる! という噂が学園内を駆け巡り、それを聞いたリゲルが先日の事を思い出して食堂まで飛んで来たようだ。

 しかし、会えたのは偶然……というか会う気は無くて校舎内を軽く見たら立ち去る予定だったとは言えない。


 めちゃくちゃ目をキラキラさせている目の前の青年に絶望を突きつける事なんて誰ができようか。


「次の授業は武術なんです。訓練場に見に来ませんか!?」


「校舎をチラッと見てから行くよ」


「ひゃっほー! 待ってます! クラスメイトと教官に伝えなきゃ!」


 そう言ってリゲルは慌しく去って行った。彼が去って行くのを見送り、秋斗とエルザは顔を見合わせて苦笑いを浮かべながら校舎の見学へ向かう。  


 校舎の作りは然程特殊なモノではなく、20人程度の生徒が入れる教室が1階と2階に10ずつ。2階に職員室が1部屋ある構成。

 

 しかし、王立で他国の王家も留学に来る場なので校舎内は常に掃除をする専門業者によって清潔感を保たれ、廊下も教室内もカーペットが敷かれている。

 他にも壁は真っ白でドアノブは金や銀などで装飾されているので、校舎と言えども高級感に溢れる作りになっていた。


 エルザ曰く、美的センスを養う目的や芸術に触れるという名目もあって内装は豪華な物になっているとのこと。

 さらに、王立学園には高いハードルの入学テスト――純粋に高い学力を求められる――さえ満たせば総じて低い学費で一般人も通える。


 内装を豪華にしたり美味しい食事が毎日食べられる食堂などの施設を用意することで一般人に対しても憧れを抱かせて、憧れの学園を目指すべく国民全体の自発的な学力向上を促す狙いもあるらしい。


 それらを聞いた秋斗はなるほど、と頷く。

 

 学べる知識だけでなく揃えられた質の高い施設や利便性などでも併せて多くの生徒を募り、多くの人が感じる勉強という努力に伴う苦痛感を軽減する目的があるようだ。

 快適に過ごしながら知識が高まるのであればそれに越したことはない。技術系の学園を創立する計画にとって、大いに役立つものを得られた。


「さて、リゲルの所へ向かうか」


「はい。訓練場ですね」


 校舎の玄関から出てすぐに右折。校舎と同じ大きさの建物に辿り着き、両開きのドアを開けて中へと入る。


 訓練場の中は簡単に言えば観客席付きの室内闘技場だろうか。

 玄関からフロアへ向かったすぐ近くに、フロア左右に別れている観客席へ向かう階段がある。


 建物内のメインとなるフロアの端には訓練用の案山子が設置されていたり、中央には模擬戦用であろうお互いが対峙する為の位置が白い線で描かれている。

 奥には備品室があってそこに訓練用の道具などが閉まってあるとエルザから説明を受けた。


 秋斗が初めて見る訓練場を見渡すと、フロア中央には20名程度の男女と30代くらいであろう鎧を身に纏った男性が立っている。


 そして、フロアを見下ろすように設置された左右の観客席には空席が無いのではと思える程の人々が席に座っている。

 若い者達が多くの席を占めているが、その中には生徒には見えない歳の男女がいる。彼らは恐らく学園の教師陣なのだろう。


「義兄様! こちらです!」


 とんでもない事態になっている、と訓練場を見渡していた秋斗へ声を掛けたのはフロア中央にいるリゲル。彼は手を振りながら存在をアピールしていた。


 秋斗がリゲル達のもとへ向かうと観客席は一層ざわざわと騒ぎ始める。

 彼らの話題は秋斗の姿を見れた事とエルザが男と歩いている件が大半を占めているようであった。


「言われたから来たが……どうするんだ?」


 とにかく来てくれ、程度にしか言われていない秋斗はリゲルへ問いかける。


「はい! できれば義兄様のお力を見せて頂きたいのですが……ダメでしょうか?」


 リゲルは恐縮しつつ秋斗へ要望を伝え始める。

 

 曰く、頂点に君臨する者の力を見て自分達の立ち位置を知りたい。これはリゲルのクラスメイト達や学園関係者全ての総意であり、レオンガルド王であるフリッツやリゲルの父親であるルクスからも「秋斗が良いと言えばOK」と許可は得ているらしい。


「力を見せて欲しいって言っても、どうすりゃいいんだろう?」


 秋斗は横にいるエルザへ顔を向けて問いかけるがエルザが答える前に、秋斗がやって来た瞬間から直立不動だったリゲルのクラスを受け持つ教官が口を開く。


「ハッ!! 武術と魔法、どちらでも的は用意しております!! その的に賢者様の至高なる一撃を見舞わせる事が可能です!!」


 緊張からなのか、未だ直立不動の教官は口にした言葉もどこかおかしかった。


「うーん。そうか」


 秋斗は教官の提案を受け、チラリとエルザを見る。


「エルザは魔法使いだったよな」


「はい。そうですけど……」


 以前、ジーベル要塞付近にあった遺跡を案内してもらった際に賢者時代で定義されている魔法の理論を解説したら彼女はすぐに理解していた。

 ソフィアとリリの持っている腕輪型マナデバイスによる魔法行使についても既に理解済み。であるならば、次は術式を見せてやれば彼女も楽しめるだろう。


 観光中でありながら思わぬイベント事に付き合わせてしまっている申し訳なさもある為、秋斗は得意な接近戦よりも彼女が専門とする魔法を見せた方が良い、と判断した。


「魔法を見せよう。というか、現代の魔法ってどんなモノが一般的なんだ?」


 秋斗が現代人が魔法を行使している姿を見たのはリリくらいだろうか。

 リリが使っている炎の矢はマナデバイスで創り出した魔法だし、純粋な意味での現代魔法といえば出会った初期の頃にシカを仕留める際に使った風のカマイタチのような魔法くらいしか見た事がない。


「じゃあ、僕達が先にお見せします!」


 秋斗の疑問にリゲルが立候補し、魔法が使えるクラスメイト達も巻き込んで現代魔法を行使する事となった。


いつも読んで下さりありがとうございます。


遂に100話到達。

ここまで書き続けられたのも読んで下さっている皆様のおかげです。

アクセス、ブクマ、評価、感想といつも励みになっております。

これからもよろしくお願い致します。


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