99 新製品
レオンガルド王城の1Fにある大広間で秋斗は新しく作り上げた魔道具をヨーゼフ率いるドワーフ族5名に披露していた。
「これが新作ですか?」
「ああ、前に言ってた食べ物や飲み物を長持ちさせる、鮮度を保つ魔道具だ」
床にドン、と置かれたのは箱型の魔道具。扉が付いていて、それを開くと中からは冷気が漏れてくる。
この箱は賢者時代では『冷蔵庫』と呼ばれていた物であった。
ただ、構造は完全に賢者時代の物を再現したわけではなくエルフニアで販売されている『氷製造機』を基に魔石カートリッジを利用する構造へ変えてある。
「でもまだ効果の検証実験は行ってないんだ。2台作ったから1台は検証用。もう1台は勉強用にしてくれ」
ちゃんと野菜などが最低でも一日は鮮度を保てなければ機能として問題アリだろう。
「うむ。任せてくれ。そういえば、エルフニアでの先行販売は無事に終わったようじゃな」
「俺もさっきルクス王から聞いたよ。用意してた物は完売して……予約数がめちゃくちゃ多いらしい」
秋斗はヨーナス達と合流する前に、エルフニアから早馬で届けられた報告をルクス王から聞かされていた。
エルフニア王城にいる製作室メンバー達が生産した魔道具は全て完売で、王都だけでなく各街の分も1日で全て売り切れ。
それなりの数でそれなりの価格で販売したつもりであったが、完売までのスピードが速すぎて秋斗も報告を聞いて驚きを隠せなかった。
「エルフニアだけでもヤバイ速さで売り切れたんだ。全国販売するとしたら、想定以上の数を用意しないとマズイぞ」
「……そうじゃな。ワシら眠れるのか?」
全国販売では先行販売した3つの魔道具に加えて新たな商品も増やす予定で動き始めている。
実用性が無く売っても意味の無い物は作る気もないし、住民の生活が便利になる物を売るのが主題ではあるが、現状は人の手で作るしかないので時間も手数も足りていない状態だ。
全国販売は半年後と予定していて、その時はヨーゼフの言う通り死に物狂いで量産しなければ間に合わないかもしれない。
生産と製作における技術勉強も兼ねる計画だが、人の手で作る行程を削る為の大量生産用の工作機を導入するべきか秋斗は本気で悩む。
しかし、そうしてしまうと魔道具作りが秋斗無しでは成り立たなくなる体制になりそうなので、秋斗としては現代人に技術を教えながら1歩ずつ進んで、秋斗に頼らず彼らのみで全てをこなせるようにしたいのが理想だ。
「どうするかなぁ。他の国の技術者はいつ来る予定だ?」
「引越し準備もあるのでな。1ヵ月後くらいじゃろう。その頃にはヨーナス達も来る」
現在、魔石カートリッジを搭載した魔道具の生産拠点はエルフニアの製作室だが、秋斗がレオンガルドに屋敷を構える事になっているので拠点本部はレオンガルドに移る。
レオンガルドで技術教育と生産を行って、エルフニアの商会であるフォンテージュ商会が全国に運搬する計画だ。
因みに、先行販売したエルフニアには製作室メンバーがカートリッジの取り扱いを指導した者が各街に派遣される予定で、魔道具の修理などはレオンガルドに物を送ってもらって作業するようになっている。
「まぁ仕方ないな。この冷蔵庫みたいな物は数が確保できるまで食料関係を営む店の人達に優先権を与えたりして凌ぐしか無いか」
「そうじゃなぁ。しかし、料理屋で使うには大きさが足りんのじゃないか?」
床に置いてある冷蔵庫は一般家庭用サイズ。1日に何人もの客に料理を提供する店となれば1日に使用する食材を全て収納するのは難しい。
「うーん。じゃあ店用に大型サイズも試作しておこう。簡易的な引き出しや中央に仕切りを作って収納しやすくしないとだな」
大型サイズは所謂、業務用というやつだ。
一般家庭用と業務用の2種類を生産するとなれば、自分達の仕事が増えるのだが仕方がない。
業務用は早々に買い換えるような物でもないし、一般家庭用よりも必要生産数は少ないだろう。後は作る側の計画性と気力だ。
秋斗は改良部分や気付いた事などをメモにまとめて胸ポケットにしまう。
「現段階では他にはどんな物を考えているんじゃ?」
「他には室内照明、果実搾り機あたりかな。まぁ、次の目玉商品は冷蔵庫で決まりかね」
室内照明はランプ型の魔法光源を発生させる物で壁に取り付けてスイッチでON・OFFする物。果実搾り機はジューサーと呼ばれる物だ。
ジューサーをラインナップに加えたのは現代のジュース作りの方法が2枚の板で挟んで力を加える、というなんとも大変な方法だとソフィアから聞かされた。
街のジュースを売る屋台や食堂のジュース係りは大体がムキムキの男が採用されているのだ。
秋斗の作るジューサーがあれば、小型で箱の中に果物や野菜をポイしてスイッチを入れたらお手軽にいつでもジュースが飲めるようになる。しかも内部の洗浄も簡単で衛生面も考慮した安心設計。
これだけの機能を取り揃えてお値段なんと金貨1枚! (予定)
「確かにどれも便利じゃな。しかし、秋斗殿の言う通り冷蔵庫が目玉になるのは間違いない。冷蔵庫を優先して量産できるよう進めよう」
「うん。よろしく。あとは……グレンから武器の製造と移動用の物を頼まれているんだよなぁ」
グレンからの要望書に特殊部隊を作るので賢者時代にあったような武器を各種、人の輸送用に装甲車か航空機を作って欲しいと書かれていた。
武器はまだ良いとして、移動用の装甲車や航空機は現代技術で開発するには未だ遠いところにある。動力にリアクターを採用せず、魔石カートリッジを採用した設計ともあれば秋斗でさえ作れるかどうかの検証から始めなければならない。
しかも航空機となれば車よりもさらに1段も2段も上がる技術を要する。現状では賢者時代に一般的であった垂直離着陸機タイプの物は秋斗以外には作れない。
そこに隠密性まで加えろというのだからグレンもなかなか無茶を言う、と秋斗は要望書を見ながら溜息を零した。
「軍用装備の開発は一先ず武器からだな。それと平行して防具をできたら作りたい」
「ふむ。では、生活部門と軍用部門でメンバーを分けるか。一定期間製造させたら交代し、ローテーションでどちらも学べるようにしよう」
「そうしよう。最初の1台は俺が作り方や仕組みを講義して、その後は皆で協力しながら作ってみてくれ。勿論、不明点への質問などは随時受け付けるから」
「わかった」
秋斗もヨーゼフも互いの出した意見に同意する。
技術を学ぶという意味で生活用品と軍用品のどちらも作るという経験は、今後彼らが独自に新たな物を創造する事へ活かせるだろう。
秋斗の意見である、講義を受けた後に皆でディスカッションしながら物を作るというのも協調性や連帯感を高める効果も望めるし、現代の技術屋は『とにかく作ってみろ』という方針で活動している者が多い。危険な部分は徹底指導し、他は放任した方が新たな技術のアイディアも生まれるかもしれない。
「じゃあ、俺は冷蔵庫の改良と他の物を作ってくる」
「承知した。ワシはこやつらに今まで学んだ技術を引き続き教えよう」
秋斗はヨーゼフ達と別れ、材料を取りに倉庫へ向かった。
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一方でレオンガルドに来てからは昼間の時間帯、秋斗と別行動が多くなってきた婚約者達は彼女達だけで行動する姿がよく見られる。
今日はリリ、ソフィア、オリビアの婚約確定組にエルザを加えてレオンガルド職人街にあるエリザベスの店へ足を運んでいた。
「水着の試着は完了ネン! と~っても似合ってるわ~ン!」
エリザベスは両手を胸の前で握り、足を内股にしながらクネクネと動く。
賢者より伝えられた知識、現代最高と自負する己の裁縫技術、東側の美姫と呼ばれる最高のモデル。この三大要因によって完成された渾身の今夏イチオシ新作。
その名も水着。
「さいッこう! ビューティフォー!! おお、大いなる失われしファッションッ!! 私の手で全てを蘇らせてあげるわ~ン!!」
エリザベスはクルクルと踊るように回転した後、両手を空へと向けて自身の野望を叫ぶ。
「これで旦那様もイチコロ? というのになるのか?」
「そうよ。いつも以上に激しく求められるわ。ふふ。その日の夕食も精のつく物を作らなくちゃね」
オリビアとソフィアは更衣室の壁越しに魅惑的な未来を語る。
「秋斗は水着は裸よりもせくすぃだと言っていた。きっと朝まで寝かされない」
リリも更衣室の壁越しに2人の会話へ加わり、試着していた水着をスルスルと脱いで着替え始める。
憐れな秋斗の名誉を守る為に言っておくと、秋斗がリリに言ったのは『水着は露出が高いから裸になるのと同じくらい恥ずかしいけど大丈夫?』という純粋な注意だ。リリはどこで捻じ曲げてしまったのか。
「た、確かに裸よりも……。でも、私も頑張らないと……」
エルザは自身の着用する水着を恥ずかしそうに更衣室内に設置された鏡で見ながらゴニョゴニョと呟いた。
全員が着替えた後は店の奥にある更衣室から出て、店舗1Fにある洋服コーナーへ。
「ちょっと前にアキトから教わった新作の追加はこっちよ~ン」
エリザベスの案内で店の右奥に向かうと、人の腰程度の高さがあるテーブル上には数種類の畳まれた洋服が置かれている。テーブルの左右には木製のマネキンが1体ずつ洋服を身につけた状態でポージング。
天井からは『賢者様によって復活! 古のファッションコーナー!』とピンク色のポップが吊るされていた。
「うーん。どれにしましょう」
「私は動きやすいのが良い」
ソフィアはテーブルに置いてある洋服を広げながら自身の体に当てて鏡で姿を確認。オリビアは新作コーナーからミニスカートを手に取って広げ始める。
リリはマネキンが身に着けているショートパンツをじっと見つめていた。
「………」
一方でエルザは真剣な表情を浮かべながら黙って自分に似合いそうな洋服を探し始める。
「エルザは秋斗様とのデートに着る服を探しているのかしら?」
「ひっ」
真剣に服を探していたエルザへソフィアがそっと近寄って耳元で呟く。エルザはソフィアの呟きにビクリと肩を震わせながら、持っていた服をぎゅっと胸に抱きしめながら固まってしまう。
「ええ!? エルザ様、アキトとデートするのン!?」
耳聡くソフィアの呟きを聞いたエリザベスは驚愕の表情を浮かべながら後ろにいたエルザへ振り返る。
エリザベスの驚きも無理はない。エルザといえば男嫌いで有名な姫であり、その事と至った理由は一般市民も知っているほどだ。
しかし、男性不信ではあるがエルザは住民の事を考えた政策を王である父に意見したり、街を見て周りながら住民の生活も調査して良き国にしようと努力している姿を見せている。
それは王都に住む住民達も頻繁に目撃している事なので、王家でありながら嫁がない彼女を無能扱いする者はいない。むしろ、自分達の国の姫を陥れた帝国へ負の感情を募らせているくらいだ。
王都の男性陣はエルザが街に出た際は離れた場所から優しく見守り、女性陣は積極的に声をかけてエルザを応援していた。
そんな彼女が異性とデートとなればエリザベスの驚きようも理解できるだろう。
相手が賢者であれば釣り合うのは王族クラスであり、デート相手にも納得できる。だが、一番の驚きと歓喜はやはり男性不信のエルザに春の兆しが見えたことだ。
「え、ええ……。その、今度の日曜日に王都の案内を……」
エルザは頬を赤く染めながらごにょごにょと呟く。
その様子を見たエリザベスは満面の笑みを浮かべた後に、最強の裁縫師と言われるのも納得なほど目をギラつかせながら女性(?)魂を震わせる。
「んもおおおおん!! そうとなれば、このエリザベスが気合を入れてコーディネートしちゃうわああああン!!!」
閃光のエリザベス――その異名の通り、彼女はとんでもないスピードで店内を動き回ってエルザの前に洋服を積んだ後、エルザを更衣室へ引きずって行った。
「さ、合わせましょうねン」
「は、はひ」
エルザは3時間ほど着せ替え人形状態となった後に解放され、会計を済ませた彼女達を満足気なエリザベスが手を振りながら見送った。