95 グレゴリーのメモ
秋斗はグレンとリリを伴い、予定通り魔法科学技術院の跡地である大遺跡を見て周っていた。
マナマシンの開発を行う研究所の建設予定地をどこにするか、を決めるのが本日一番の目的。
既に朽ちて建物としての役目を果たしていない、秋斗の元研究所を取り壊して新たに作るのか。もしくは、歴史的な遺産として認定されている大遺跡は取り壊さず、敷地内の空いている場所に建設するのか。
どちらにせよ、現在の大遺跡内部を秋斗が自分の目で調査してから決めなければならない。
秋斗は同伴する2人を案内しながら、朽ちた棟を1つずつ調査していく。
まず向かったのは学院棟と呼ばれる、技術者の卵達が講師から講義を受ける棟であった。
「ここが講義をする場所だな。1階から上は崩れているが、本来ならば5階建てでほとんどの部屋が教室だったんだ。今立っている場所は事務室があった場所だと思う。向こう側には食堂も併設されていた」
秋斗達が立つ場所は1階から上、天井が全て崩れて青い空が見えてしまっている。大遺跡の中でも建物としての姿が最も無くなっている棟が学院棟であった。
周りの様子も辛うじて1階から2階の半分程度までの高さがある壁の角側が残っているだけで、多くの生徒が使っていた教室、教室に設置されていた机や椅子、大きなホワイトボードなどは姿形も残っていない。
食事時には席が全て埋まり、毎日大混雑していた食堂も今は土の地面と木が生えてしまっている。
「秋斗も講義してたの?」
秋斗の説明を聞き終えたリリが問いかける。
「うん。週3回くらい受け持ってたな」
マナマシンの開発に関係する基礎と応用の講義を週2回。マナマシン研究チームへ自分の作り上げた新理論や新技術の講義を1回。
技術院に入学しに来る生徒は大半が入学前の段階――技術院に来る前に通っていた一般的な学園の選択科目――で基礎学習を終わらせている者達で、真面目に取り組む者ばかりだったので手間が掛からなくて良かったな、と秋斗は昔の講義風景を思い出した。
「昔に生まれていたら、秋斗の講義を受けた後に一緒にランチしてたはず」
「リリが学生なのか?」
「うん。一緒の家から一緒に出掛けて、講義受けた後にお昼食べる。その後は秋斗が仕事終わるまで待って一緒に帰宅する」
生徒と教師の禁断の愛なのか? と脳裏にシチュエーションが過ぎったが現代でそういったタブーは無いので、リリに昔のモラルを説くのは無駄だろう。
だが、過去でもリリとそういった状況になっていたらそれはそれで面白そうだと思う。
「イチャつくのは私がいない時にしてくれ……」
秋斗とリリの会話を聞いていたグレンは大きな溜息を漏らしながら、2人の熱愛っぷりに呆れ返っていた。
少し気まずい思いをしながら学院棟から奥へ向かう。
学院棟の傍にあるのは実験棟と呼ばれる、3階建てで横に広い構造で作られた実験施設があった棟だ。
この実験棟は主に授業の実験やアークマスター以下の地位にいた職員の研究室があった棟で、秋斗やケリー達アークマスターは専用の研究所が敷地内最奥にあるので、実際のところ実験棟に足を運ぶ機会はほとんど無かった。
講義をしていた秋斗も講義で必要な実験は与えられた専用の研究所で生徒に見せていたし、毎回実験や検証を行う講義内容でもなかったからだ。
実験棟の様子は学院棟に比べると、長い年月が経っているにも拘らずまだ良い方と言えるだろう。
学院棟と同じく屋根は無くなり、3階部分は消えている。2階部分は床が斜めに崩れ落ちたのか、1階部分にコンクリートの瓦礫が積み重なってちょっとした山になっていた。
それでもまだ良い、と言える部分は壁が朽ちていながらも嘗て存在していた部屋の間取りが判別できたからだ。
一部屋ずつ確認していくと、壊れた実験道具や風化してしまっているがマナマシンだったと思われるガラクタも見られた。
さらに、実験棟の地下室がまだ残っていて中には修理すれば使えそうな壊れたマナマシンが存在していた。
「これって印刷機だ」
地下で見つけた物は紙に印刷を行う印刷機だった。
賢者時代ではデータ化されているのがほとんどだったので、重要で『物』として残さなければいけない情報以外は紙媒体を使う事がなかった。
ただ、それでも白い紙という役割は完全には無くならず、日常でも雑誌や本などでも使われていたし――データ化された方が売り上げ的には高かったが――、アナログ技術を愛する者も一定数存在していた。
魔法技術の最先端を行く魔法科学技術院でも全てをデータ化して運用するというのではなく、国に提出する重要な物は紙を使った書類を使用していた。
特にネットワーク上を行き来させるデータ化のデメリットであるハッキング対策や改ざん対策などが必要とされる部分は、一周回ってアナログ技術であった紙を使用する事が多い。
というわけで、魔法科学技術院の地下に印刷機があったとしても不思議ではないのだが、敷地内において台数が極端に少なかった物が壊れていたとしても残っていたのは秋斗にとって驚きであった。
印刷機という物がどんな役割を果たすのか分からず、首を傾げていたリリへ説明すると――
「これで英雄譚を印刷すれば、品切れになっても何年も待たなくて済むね」
「え?」
現代で売られている本は全て人の手で写本された物で、売り切れになれば次の再販売は半年から1年ほど掛かるそうだ。
「印刷機で大量に製本化できるようになれば、秋斗の英雄譚の続きやグレンの英雄譚もすぐに発売される。革命的。予約しなかった人が1週間前から店頭に並ばなくて済む。みんなハッピー」
「「…………」」
秋斗とグレンはリリの言った悪夢のような提案はスルーした。
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次は叡智の庭がある所まで進む。目の前にある職員棟だ。
こちらも崩壊は進んでいるが7階建てのうち、2階部分までは残っている。
特にケリーの手記にあったグレゴリーの部屋――建物2階にあった統括所長室が残っているのは既に知っている。
彼が書いた手記から1000年経っているので、ケリーが見た光景がそのまま残っているという訳ではないだろう。だが、手記に書かれたグレゴリーのメモや襲撃を受けたという様子を確認する必要がある。
部屋がある2階へ行こうと階段を探すが、階段は既に崩壊していた。
秋斗達は崩れ落ちた瓦礫を足場にしつつ、何とか外側から崩壊した壁を登って2階部分へ。
秋斗の記憶を頼りに向かうと、ケリーの残した手記の通りの部屋が存在していた。
壁には乱射された魔法銃の弾が当たったと思われる複数の穴や抉れた跡、両断されたというよりは叩き斬られたように折れた机の残骸。
戦闘という知識に詳しい秋斗とグレンが見ても、明らかに襲撃を受けたと断言できるほどの有様であった。
「しかし、何故グレゴリー博士が襲撃を受ける?」
グレンが口にする疑問。秋斗も手記を見てからずっと考えていた事だ。
氷河期が到来し、空は雲に覆われて太陽の光は届かず雪が降り続け、世界は大混乱に陥った。
その後は人の選別が始まり、残された食料などの奪い合いで争いが起きた。
争いで壊れる街、殺されて放置された死体。降り続ける雪で潰された家や壊された高層ビル。
人が作ってきた物を人の手で壊していき、それを覆うように染まる銀世界。
眠る前に見た、秋斗の知る最後の光景。
確かに人の争いは起きていたが、何故グレゴリーが襲撃を受ける?
近隣で食料の奪い合いが勃発した、もしくは敷地内に残された物を奪いに来た者に巻き込まれた?
「……わからないな。しかし、グレゴリーの残したメモを見るに何かに気付いたのか?」
それは何なのか。
秋斗とグレンが答えを探そうと思考している時、2人を見守っていたリリがポツリと呟く。
「賢者時代ってスゴイ技術があったのに、なんで滅んじゃったんだろう」
リリの呟いた言葉が秋斗の頭の中で鐘のように響く。
「なんで? なんでって……突然、異常気象の警告がされて雪が降って……」
秋斗は過去の記憶を掘り起こし、何故氷河期という現象が起きたのかを思い出すが、自分の中にある記憶を言葉にして口にするにつれてボリュームがどんどん小さくなっていく。
(あれ? なんで突然異常気象って報告されたんだっけ?)
秋斗が脳内の記憶を掘り起こしながら考えていると、リリから追加の質問が投げかけられる。
「でも、今よりスゴイ技術があって、便利な道具も溢れてて、陸に大穴をあける程の武器もあったんだよね? 雪なんて溶かしちゃえばいいのに」
「え? いや、雪は溶かそうとしたんだよ。それに、原因となる雪が降る雲も吹き飛ばそうとして、実際に雲を吹き飛ばしたんだが翌日には同じように雲が復活して、しょうがないと諦めて……あれ?」
リリの問いに答えた秋斗は自分が発言した言葉にも拘らず、疑問を抱く。
「なぁ、グレン。グレンも雲を吹き飛ばす作戦の時に参加してたよな? 俺達は何で氷河期を解決できず、諦めて受け入れたんだ?」
なんで解決できなかった? 何故諦めた? 科学が発展し、魔法まで見つけた時代は何故終わった? 各分野の頂点であったアークマスター達がいて何故、自然に勝てなかった?
「え? なんでって、今秋斗が言った通りじゃないか。軍用機を使って雲を吹き飛ばしても翌日には元通り。何度やっても同じ結果だったじゃないか」
アークエル軍は魔法科学技術院の要請に応じてアークマスター達の指揮下に入ったんだぞ、と述べた後に
「そもそも、無理だと言ったのはアークマスター達じゃないか。解明できないと結論付けて。その2週間後に記者会見でグレゴリー博士が世間にも正式発表しただろう。滅亡までの猶予は2年だと」
そうだ。グレンの言う通り、アークエル軍の軍用大型マナマシンや新開発した物を使っても空を覆う雲は無くならなかった。
3日過ぎたところでグレゴリーが突然『無理だ』と諦め、秋斗達も同意した。
だが、何故自分達は簡単に諦めたのか。
理不尽を嫌う自分と自分と同じように理不尽を憎むグレゴリーが、何故簡単に諦めようとしたのか。
そのグレゴリーは全てを諦めて技術院に戻った後、2週間後には記者会見で人類滅亡を発表した。
あの記者会見は秋斗も他のアークマスター達とディスプレイを通して世界の人々が見ているモノと同じモノを見ていた。
事前に用意したのであろう原稿を読みながらも、彼が解決できない事に悔しそうな顔をしていたのは今でも鮮明に思い出せる。
しかし何故グレゴリーは『猶予は2年』だと言った?
あの発表前にアークマスター全員で結論を出したわけじゃない。では、彼が独自で辿り着いた答えだったのか?
グレゴリー・グレイという男をよく知っている秋斗は彼の行動に強く引っかかりを覚える。
勿論、自分の行動にも疑問点はある。当時、何故自分もグレゴリーに賛同して諦めてしまったのか。
あの時点で諦め、睡眠カプセルで眠ったからリリ達に会えた。結果論であるが、これはこれで良い未来だし後悔は無い……と思える。
それとは別にしても、自分でも簡単に諦められた事とグレゴリーが諦めた事が今になってどうにも納得できない。
考えを巡らせていると、1つの手掛かりになりそうな物を思い出す。
秋斗はポケットに入れていたケリーの手記を取り出し、グレゴリーのメモを写したページを開いた。
(メモの最初にある「氷河期の到来 → 何故我らは気付かなかった?」とはなんだ? 気付かなかった? 氷河期の何に気付かなかった?)
秋斗はグレゴリーの残したメモを睨みつけながら、ケリーの写した文字を追っていく。
(気付かない? 何かの存在? 氷河期……。科学でも魔法でも解決できないモノ……? はじま――)
「ぐッ!」
メモを見ながら、何かを掴みかけたところで秋斗の頭に割れるような痛みが走る。
突然の激痛にケリーの手記を手放し、両手で頭を支えるように押さえた。
「秋斗!?」
「おい、どうした!?」
黙って考えを巡らせる秋斗を見守っていたグレンとリリも、突然頭を押さえて悶え苦しむ秋斗に慌て駆け寄る。
「ガッ! グ……ゥウ……」
2人が駆け寄るも秋斗は頭を押さえて苦しみ続け、痛みに耐えるのが精一杯といった様子。
「ともかく、城に戻ろう。私が背負うから手伝ってくれ」
「わかった」
グレンは中腰になって苦しむ秋斗を背負い、急いで城に戻るべく立ち上がる。
リリも地面に落ちたケリーの手記を拾い上げて、先に歩き出したグレンについて行った。