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09 肉ニクにく

 新しい朝が来た。

 ぐっすりと眠り、むにむにと柔らかいモノの感触が手に伝わる朝はとても素晴らしかった。


 目を開ければ目の前にあるのは昨晩一緒に眠った美女の頭。

 その美女であるリリは秋斗の胸に頭を押し付けて、すうすうと眠っている。


 出会ったばかりだというのに、嫁宣言をしてきた彼女。

 秋斗は人の温もりというモノに飢えていたのか、それともリリに一目惚れしてしまったのか……と頭の中で考える。


(なんかリリと話してると心地いいんだよなぁ。それに、目の前に現れた時に見惚れたしなぁ……。一目惚れなのか……? う~ん……)


 26年の人生の大半を学業と研究・マナマシン開発に費やしてきた秋斗は、恋愛というモノに乏しく答えが出せなかった。 


 だが、腕の中で眠る彼女を見ていると自然に愛おしさが沸いてくる。

 彼女がもしも、エルフ狩りに再び遭ったとしたら全力で助け出すだろう。


 あの3人のような汚らしいクズ共に彼女が触れられたらと、考えるだけでも苛立ちが込み上げる。


(やる事は山積みだ。安定した拠点と装備品の作製……。後はメシの確保か)


 まずは衣食住の確保。


 衣は……保留だとして、住は一応テントがある。食である食事は、ケビンが再び訪れると約束してくれたが、非常食であるレトルト食品の残りも少ない。

 

 生きていくには人の集まる場所で暮らさないと不自由な事は多い。リリも家族に会いたいだろうし、自分に付き合わせて森の中で暮らさせるのはどこか間違っていると思う。 


 ケビンが再び現れたら、リリを連れて街に行く事も相談しようと決める。


 一先ず今日は、リリにこの森の事を聞きながら食事の確保をしようと心に決める。


「んうぅ……」


 本日の予定を考えていると、腕の中で眠るリリがもぞもぞと動き始める。

 頭を撫でてやると、スンスンと秋斗の胸の匂いを嗅ぎだした。


「撫でられるの好き……。匂いも好き」


「そ、そうか。起きてメシにしよう」


 胸の匂いを嗅がれる度に、リリの息がくすぐったい。

 2人で欠伸をしながら起き上がり、テントを出て朝日を浴びる。


 本日も爽やかな春の風が吹く、良い天気だった。


 2人分の朝食を用意して食べ始める。

 メニューはレトルトパックのマッシュポテトとフリーズドライのスープ。


 リリと共に食べながら、本日の予定について話し出す。


「今日は食料の確保を行いたい」


「あ、私の分があるから……」


 リリは自分が加わった事で秋斗の持つ食料の消費スピードを気にしているようで、シュンと落ち込む。


「いや、それは気にしないで良いんだ。有る無いどちらにしても食料は確保するつもりだったから。むしろ、リリが居てくれた方が助かる」


「助かる? なんで?」


「俺はこの森について詳しくない。食えるモノもよくわからん」


 右目のマナデバイス内に記録されているデータで参照はできるが、昔と比べて性質が変わっていたらアウトだ。食べ物は慎重に。


 過去の時代のデータで食べられる物として表示された物を信じて食べてみたら毒性が加わってました。なんてシャレにならない。


 魔法で分析して食べられるかどうかを調べたとしても、1つ1つ調べ直していたら時間がかかる。

 それならば、現代で生きていたリリという存在がいるのだから頼った方が効率が良い。


 食料の消費スピードについて気にしている様子だし、リリの気持ち的にも頼った方が彼女の罪悪感は薄れるだろうと期待した。


「わかった。私に任せて」


 秋斗の期待通りにいったようで、リリは笑顔を浮かべて了承してくれる。


「まぁ、やっぱ肉食いたいよな。肉。起きてからずっとレトルト食品だし」


「狩りでお肉は取れるけど調味料はあるの? 調味料が無いと肉料理は最悪」


 リリの言う通り、肉料理を食すならば調味料は必須。

 肉本来の味を楽しむなど、調味料を使ったモノに飽きた際に少しだけ食べるのが丁度良いのだ。逆の状況など絶対に肉が嫌いになる。


「何かあった気がする」


 ガサガサとキャンプ用品を押し込んだキャリーバックを物色する。


 見つけたのは塩コショウ。

 過去に売られていた最小サイズの物が一瓶だが、2人で使うには十分なサイズだった。


「塩コショウがあるなら大丈夫。今日は肉祭り」


 秋斗が見つけた塩コショウを見て、リリも肉を確保する事に賛成してくれた。

 しかも肉祭りらしい。


「まぁ、2~3日分確保するか。今日は狩りがメインで、ついでに木の実とか見つけられればって方向で頼む」


「良いの? 木の実なら日持ちするのもあるよ?」


「実はケビンってエルフが数日後に食料を持ってきてくれるはずなんだ。一応約束はしたから、来なかったらまたその時に確保するよ」


 そう言って、リリにケビンについて説明する。

 

「ここから2日だと王都。なんか残念っぽい感じは私の知っている人と似てる」


 残念っぽい部分はロクに遺跡を見て行かなかった件の感想のようだ。

 

「リリの知り合いかな? 知り合いだったら色々助かるな……。まぁ、メシ食って一息ついたら狩りしよう」


「うん」


 本日の予定が本格的に決まったところで食事を再開する。

 食べ終えた後、秋斗とリリは少しイチャつきながら飲み物を飲んだ後に狩りの準備を始めた。 


-----


 狩りに出て1時間経過。

 長い年月を眠り、世界の変化というモノを身をもって体験していた。

 

「なぁ。リリさん。あれ食えるってマジ?」


 秋斗が指差す先にいるのは二足歩行でのっしのっしと歩くカバ。

 顔がカバなのでカバなのだろう。秋斗の知るカバは四足歩行だったが。


 遠目から発見した際にAR上で表示されたのは < Unknown > の文字。

 そりゃそうよ。と心の中でツッコミを入れつつ茂みに隠れてカバの行動を観察した。


 カバは空腹なのか周りを見渡しながら歩いている。

 時折見えるカバの目はギラギラとしていて、目の前に獲物が現れれば『ヤっちゃいますよ』と言わんばかりの目をしていた。


「ちょっと肉が硬い。でも食べれる」


「近付いたらあのデカイ手でビンタされそう」


「殴ってもくるけど、一番の脅威は口と牙。腕を噛まれたら腕を簡単に噛み切ってくる」


「その辺りは俺の知るカバと同じなのか……」


 秋斗は「どういう進化してんの」と頭が痛くなる。


「あれは美味しくないから違うの探す」


 リリは茂みに身を隠しながらカバから離れ、別の獲物を探すべく動き出す。秋斗もカバに視線を送りながらリリの後ろに着いて行った。


 カバとの遭遇から30分程度森を徘徊すると、別の生き物に遭遇した。


「あれは鹿か」


 遠目から見た鹿は秋斗のよく知る見た目をしていてホッとする。


 多少角が長くてご立派なのは許容範囲だろう。しっかりと四足歩行している。

 AR上にも鹿だと出ているので安心感が強まる。


「あれはモリジカ。ちょっとクセがあるけど悪くない。あれにしよう」


「どう狩れば良いんだ?」


「私に任せて」


 リリは得意気な顔を浮かべて、掌を鹿に向けて狙いをつける。

 ゴニョゴニョと小声で何かを呟きながら、鹿に視線を向けて集中している。


「いけっ」


 リリがそう呟くと、掌からヒュンという音と共に薄い刃が放たれる。 

 放たれた風の刃は弾丸のような速さで鹿に迫り、鹿の首をスパッと両断する。


 リリが放ったモノは紛れも無く魔法。それを見た秋斗は感心する。

 彼女は無手で魔法を使った。ゴニョゴニョと何かを呟いていたのは魔素を掌に溜めていたのだろうか。


 そして、放たれた刃の形状とスピードは顕現する魔法を良くイメージ出来ているからこそ出来る事であり、放った後のコントロールも見事だった。


 秋斗は、彼女がマナデバイスを持ったのなら一流の魔法使いになれるだろうなと確信を持つ。


 秋斗が感心している一方、リリは仕留めた鹿に近寄って血抜きを始める。

 狩りに行く準備をしている際に秋斗から借りたナイフを使って、手馴れた様子で作業していく。


「おお。素人から見てもわかるほど手際が良いな」


 秋斗はその姿にまたも感心する。


「昔から、よくこうやってお肉を確保してたから。デキル妻」


 リリは、秋斗の言葉に胸を張りながらムフーとドヤ顔でデキル妻だとアピール。

 

「リリのおかげで今日は美味いメシが食えるな。助かる」


 ドヤ顔を浮かべるリリの頭を撫でてやると、リリは嬉しいからか、ムフーからフンスフンスに変わった。

 その後、リリに指示を受けながら血抜きを手伝い、鹿を背負ってテントへ帰る。

 テントに帰った後はリリが鹿を解体すると、立派な肉が出来上がった。


 リリが出来上がった肉に、右目で参照しても < Unknown > と表示される謎の香草のような草を肉の塊に塗りこんでモミモミする。


「この香草を揉み込むと肉が柔らかくなる」


 リリが肉の塊をモミモミするのを見届けつつ、謎の香草については、まぁ大丈夫だろうと考えるのを放棄した。


 香草で肉を揉んだ後、ステーキサイズに切り分けて塩コショウを振りかければ準備完了。

 キャンプ用のフライパンをコンロに置くと、肉祭りが開催された。


 ジュワァと肉の脂が焼ける音。狩りの途中で採取したニンニクのような木の実と塩コショウを振りかけて一緒に焼けば、食欲をそそる匂いが鼻腔に届けられる。


 2人の目の前には ザ・肉! というようなステーキが誕生した。


「美味そう」


「美味しそう」 


 材料不足で高級感は皆無だが、野性味溢れるステーキ。

 これを好きなだけ食べていいという現実が、2人をワクワクさせる。


「では、いただこう」


 秋斗はリリが見守る中、食事用のナイフは無いので、フォークを豪快にブスリと肉に刺して口に運ぶ。


 口の中でステーキを味わえば、起きてから初めて食べた肉の味に感動が湧き上がる。

 レトルト食品のスープやリゾットでは味わえなかった食事をしているという満足感に満たされる。


「んまぁ~い!」


 一口、また一口とステーキをガツガツと食べる。

 秋斗の食いっぷりを見て満足したのか、リリも笑顔を浮かべながらステーキを食べ始めた。


「材料不足だったけど、なかなか」


「いや、マジうめえ。ウメェ」


 秋斗は久々の肉料理に感激を抑えられず、早いペースで食べる。あっという間に半分以上食べ終えてしまった。


「街に行って材料を買えばもっと美味しいのを焼ける」


「やっぱ街に行くのは必須だな。美味いもん食いたい」


 リリの言葉に期待感を高めながら食事を続ける秋斗。

 その後も、他愛も無い会話を楽しみながら2人の食事は続いた。

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