00 人類滅亡
この世界は終わりを迎える。
「2年後、氷河期が訪れ、人類は滅亡する」
この星が誇る研究機関である魔法科学技術院に勤める初老の研究者は、各国の記者に囲まれる中、レンズ越しに世界中へ告げる。
「これは避けられない運命です。2年後、我々は等しく死ぬ」
記者から飛び交う質問、突きつけられた運命に混乱した者からの怒号。
様々な声が交差する中で、初老の男は冷静に言い切った。
「避けられない……。現在の科学技術と魔法技術があったとしてもですか?」
初老の男の耳に届いた質問。
それは研究者であり、魔法を極めた初老の男には悔しくてたまらない質問だった。
「そうです。人類が誕生し科学技術が発展した。そして科学技術は魔法を発見し、技術として昇華させた」
初老の男はそこで言葉を一旦区切り、今までの研究人生を振り返るように目を閉じた。
今まで人類が歩んできた歴史。
現在まで伝えられてきた人類の歴史の中には苦難ばかり描かれている。
だが、人類は知恵を武器にそれらを乗り越えてきた。
科学が進み、ついには物語の中にしか存在しないといわれていた魔法と呼ばれる奇跡を解き明かした。
だが、世界は終わる。
初老の男は再び目を開いて、告げる。
「我々は足りなかった。自然と呼ばれるモノに打ち勝つには足りなかったのだ」
人類滅亡を告知した日から世界は混乱を極めた。
ニュース番組では氷河期の到来について専門家と名乗るコメンテーターが来る来ないと熱い議論を交わしたり、人々は非常食や災害用の物品を争いながら買い込む。
民間人が混乱する裏で、各国の首脳陣は滅亡を回避するために様々な案を議論し、2年という縛りの中で実施していった。
既に存在している軌道エレベータで宇宙へ行き、宇宙に住居を作る。シェルターでコールドスリープ。氷河期でも耐えれるサイボーグの体へ手術――等の思いつく限りの案を議論していった。
だが、どの案も2年という時間の縛りの前には全ての人類を救う事は不可能という結論に辿り着く。
そして、各国の政府が行った事は人類の選別だった。
優秀な技術者、億万長者、政治家。優れたモノを持つ者を生かす。
政府によって、選ばれた者のみが宇宙にある居住空間で生き残れる事になった。
この案が発表された後はご想像の通り。
人類は荒れに荒れた。
選ばれなかった者が選ばれた者を殺し、持っていない者が持っている者から奪う。
滅亡へ向かう中で誰かが呟く。
「人は愚かだ。神が一度リセットせよと言っているのだろう」
今日も道には死体が転がり、建築物は破壊されてゆく。
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滅亡まで残り5ヶ月。
魔法科学技術院の統括所長室では2人の男が窓から外を眺めていた。
窓から見える景色は変わった。
緑で溢れた庭園は銀色に変わり、遠くに見える首都は子供が壊した積み木の如く。
「一昨年の今頃、ここからサクラを見ながら秘書に隠れて一杯やっていた時が、随分と昔に思えるな」
初老の男は外の景色を眺めながら、失われた景色を思い出しながら呟いた。
「皆は神の気まぐれだと言っていたが、あれほど皆の意見が一致する事など過去になかったろうよ」
初老の男の横に立つ青年は酒が入ったボトルから2つのグラスへと注ぐ。
「何故もっと早く気付けなかったのか……。いや、今思えば2年という時間が残されたのも幸運だったのかもしれないな」
「まぁ、早く気付けたとしても防ぎようがなかったんじゃないか?」
青年は片方のグラスを初老の男へ手渡す。
「そうだな……。もはや運命か」
グラスを渡された初老の男はグラスを掲げる。
それを見た青年も、続けてグラスを掲げた。
「じゃあ、運命に……乾杯」
チンッという心地良い音が室内に響き渡る。
2人で同時に酒を煽り、グラスを窓の縁に置く様はこの場所で飲み慣れた者の証拠だった。
「秋斗。お前はどうする?」
初老の男は相変わらず外を眺めながら質問を投げかけた。
「皆と同じようにシェルターで寝るよ。起きられるかはわからんがね。爺さんはどうするんだ?」
青年もまた、外を眺め続ける。
「私は、ここで最後まで見届ける」
窓の向こうは降り続ける雪と遠くで聞こえる戦闘の音。
「そうかい。楽しかったぜ」
「ああ、私もだよ」
2人の男は今日までの人生を懐かしむように、終わりへ向かう世界を眺めていた。