勇者パーティの死闘
もう体が動かない。
まだ動かせる目だけであたりを伺う。わたしに一番近いところにいるのは……アンジェだ。美しい金髪が乱れ、床に広がっている。彼女がよく好んできているドレスも所々汚れていた。
アンジェの顔は見えないが、きっともう意識がないのだと思う。最後までわたし達の回復をかけ続けていたから、怪我をしたというよりは魔力切れなのかもしれない。
他に誰かいないのだろうか。
アンジェを見つけ、そのまま奥の方へと視線を向ける。力が付き、へたり込んだように座り込む影を見つけた。よくわからないが、華奢な体つきを見ればルーシルであることが分かった。時折、胸が上下するので意識があるのかもしれない。ただわたしと同じで動けないだけ。
期待を込めてリンダを探した。
リンダ。
一番年上で経験も豊富で頼りになるお姉さんだ。ちょっと肉体言語の方が多い時もあるけど、基本、大らかで気のいい人。迫力のある肉体にふさわしく、女性らしい胸や尻をしている。わたしの位置からではリンダを見つけることができなかった。ただどこからか殺気に似た気配があるから、きっと追い詰めているはずだ。
やはり無理だったのだろうか。
意識がぼんやりとしてくる。
ここまでなのだろうか。
そっと目を閉じれば、この事態の始まりを思い返した。
***
健吾はとても真面目だった。勝手に勇者として召喚してきたこの世界のために、魔王を倒す旅に出た。もちろん、初めは戦闘など全くダメだったが、備わっている勇者の力を徐々に使いこなすようになっていった。
リンダが騎士団所属であったことも大きかった。彼女の実践で培われた戦略や戦い方は彼にとっても役に立っていた。わたし達も自分の役割を必死に果たしていった。魔物なんて討伐したことのない普通の女の子の集団なのだ。初めは雑魚相手でもなかなか止めが刺せなかった。
それも回数をこなし、徐々にレベルアップしていけば対応に余裕が出てくる。
その余裕で健吾に女性に慣れてもらおうと少しづつ距離を縮めて行った。初めは皆と握手しただけで蕁麻疹が出た。いきなり触れるのは駄目だろうということで、一人ずつ、夜におしゃべりをして心の距離を縮め、半年ぐらいした時からちょっとだけ触れるようにした。健吾も最初はびくびくしていたが、そのうち慣れてきたのか、少しの間触れるくらいなら蕁麻疹も出なくなっていった。
そして、魔王を目前に控えた今日。
4人で決めたのだ。魔王に挑む前に健吾に男になってもらおうと。
万が一のことがあった場合、勇者とうっふんあっはんな関係でなかったとばれたらヤバいのだ。わたし達ハーレムの役割は勇者との間に子供を作ること。その行動をしていないとなると、背信行為となる。
夜になって、4人と健吾でまずは話し合いをした。誰か一人を選んで夜を過ごしてほしいと。
健吾は真っ青になって魔王戦が終わってからと言い出していた。その言葉を決裂の合図として始まったのが、健吾とわたし達の追いかけっこだった。
逃げる勇者をわたし達が追いかけた。昼間も激闘を繰り広げていたので勇者であっても健吾の動きはいつも以上に鈍かった。わたし達も疲れていたが、変な気の高ぶりと、アンジェの回復魔法で健吾よりもわずかに体力が上回った。
***
「捕まえた!」
リンダの大声にはっと意識が戻る。慌てて声のする方を見れば、彼女は健吾を抑え込んでいた。
「それで、どう?」
「ふふふ、どうやらわたしたちの勝ちのようだ」
「蕁麻疹……出ていないのね?」
健吾もとうとう力が尽きてしまったのか、ぐったりとリンダに体を預けている。リンダは遠慮くな健吾の上着を剥いだ。魔王討伐の旅で徐々に鍛えられた体はとても逞しくなり、薄い体であってもそれなりの筋肉がついている。白い肌が眩しいくらいだ。そして、いつもなら浮かび上がる赤いぷつぷつした印がなかった。
「きゃあああ」
ルーシルの悲鳴が上がった。
「ルーシル?」
「いけませんわ! ケンゴを裸にするなんて……!」
あー、まだ見ていなかったんだ。箱入り娘のルーシルにはまだ刺激が強かったようだ。
「ルーシルが一番ケンゴと仲が良かったと思っていたんだが?」
リンダがルーシルの反応に疑問を投げかけた。そうだ、このハーレムメンバーの中で彼女が一番ケンゴに好かれていた。4人の中で一番のお気に入りとなっていたはずだ。ルーシルの慎ましい態度がよかったのかな、と話していたのだが。
「ルーシル、貴女、裏切ったわね」
低い、怒りがこもった声が聞こえた。魔力切れでふらふらになっていたはずのアンジェだ。アンジェは幽鬼のようにふらりと立ち上がる。
「あ、それは……!」
ルーシルは自分の失態に気が付いたのか顔色を失った。わたし達は彼女の裏切りに悲しみと共に怒りを覚えた。
「わたし達だってケンゴに嫌われる覚悟で臨んできたのです。それを、貴女は……」
「ごめんなさい、ごめんなさい! だって、わたしだって男の人に触れられるとどうしていいかわからなくなるから、ケンゴの気持ちがよくわかって……ゆっくり休みたいと言われてしまうと」
ルーシルはうわごとを言うように謝りながら、泣いた。アンジェがため息を付く。
「それで。どこまで進んでいるの?」
「ええ……と。抱きしめるところまで、です」
抱きしめる。
わたし達の温度が下がった。アンジェがふふふ、と嫌な笑いを漏らした。
「まあまあ、そうなの。わたくしなんて、ちょっと手が触れるくらいしか関係が進んでおりませんのに」
「ほう、そうなのか。わたしはとりあえず全力で挑んで背中に触るくらいだな」
視線がわたしに向けられた。無茶苦茶痛い視線だ。ここで自己申告していいのか。少し謙虚さを出して、平均的な態度を披露した方が……。
「ミーシャ?」
「あー、なんか、ごめんなさい。頬にキスまでできています」
アンジェが怖くて顔を向けることができなかった。
残りあと一話です!