夜の秘め事 *
「さて、揃ったわね」
勇者との対面を果たした後、和やかに夕食を過ごした。ようやく部屋に戻ったと思ったら、すぐさま使用人が姫様がお呼びですと言いに来た。
通された部屋は聖女であるこの国の第一王女、アンジェの私室だった。わたしに用意された部屋もかなり広く豪華であったけど、この部屋はその上を行く。
入っていいのだろうかと躊躇うほどの豪奢な部屋だった。広い部屋は白を基調としてまとめられており、天井からは細かな細工が施されたシャンデリアが吊るしてある。その下にはテーブルと長椅子が置いてあった。
テーブルもわたしが知っているようなそのあたりで切り出してきたような木の造りではなく、人の顔も映すほどの光沢のある石で作られている。窓には手の込んだ刺繍の入ったカーテンがとても優美だ。
その一度もお目にかかったことのない部屋を見て、躊躇してしまうのは仕方がないと思う。
「お座りになって」
あまりの場違いな自分に立ち尽くしていると、アンジェがゆったりとほほ笑んで座るように促す。わたしは恐る恐る部屋の中心部へと進み、賢者の隣に腰を下ろした。
「では皆さん、揃ったところで自己紹介をしましょうか」
アンジェはそう言って話始めた。
******
聖女はこの国の第一王女であるアンジェ、16歳。
賢者は隣国の伯爵家の令嬢であるルーシル、22歳。
戦士は賢者とは異なる国の騎士団副団長であるリンダ、25歳。
魔法使いはわたし、ミーシャ、16歳だ。
簡単に出身と年齢を告げてだんまりとなる。アンジェは優雅な仕草でこくりとお茶を飲んでから皆を見回した。
「それぞれの背景は異なるけれど、皆、等しく神託で選ばれた者たち。これから4人で勇者を陰に日向に支えることこそが一番重要な仕事です」
「あの、いいでしょうか」
おそるおそるルーシルが手を上げた。アンジェは無言で頷いた。ルーシルは両手を胸の前で固く握りしめている。
「わたし、勇者様のパーティーに選ばれたと言っても普通の貴族の娘として育ってきました。戦闘など今まで見たこともしたこともありません」
もっともな問いだった。確かに勇者パーティとして選ばれて、元々は戦いなどという世界とはかけ離れている。この中で騎士団に食しているというリンダ以外は戦闘経験などないのではないだろうか。
「心配は最もです。わたし達はゆっくりと魔王の城を目指して自分に与えられた能力を高めながら旅をすることになります」
「いつ出発ですか?」
「明後日です」
「……」
進みながら力つけて行けという何とも適当な手段ではないか。ルーシルの顔が真っ青になっている。何の事前準備もなく放り出されるとは思っていなかったのかもしれない。
「心配しなくても大丈夫です。わたし達には神がついておりますから。死にさえしていなければ、回復できるはずです」
安心させるためだろうが、これっぽっちも安心できない。
旅に出るの、やだなーと言うのが正直な感想だ。
「それから、このパーティーは勇者ハーレムとなります」
きた。そうだよね、男一人に対して、女子が4人もいるのだ。順位決めは当然だ。
ハーレムとなるという事は勇者の唯一に決してなれないのだから、誰が一番かが重要になってくる。わたしはどうでもよかったが、アンジェにしてみたらそうはいかないだろう。王女なのだ、一番下っ端では困るはずだ。
「はあ」
アンジェは大きく息を吐いた。そして、手に持った綺麗な瓶を皆に見えるようにテーブルに置く。
「遠回しで話すのはやめます。おそらくですが、勇者であるケンゴ様に女性経験はないと思われます」
「ええ?」
勇者の女性経験?
わたしは面食らってしまった。順位を決めるのじゃないか。体をこわばらせたのは隣に座っていたルーシルも一緒だった。ただ貴族令嬢らしく表には出していない。
「その瓶、媚薬か何かか?」
じっとリンダが瓶を見つめ、静かに尋ねた。アンジェは頷いた。
「そうです。わたくしたち以外の女に目を向けないよう、気持ちよくなってもらわないと」
「どの程度の物なのだ?」
リンダの疑問にアンジェは答える。
「王家の秘薬です」
「ほう、それはすごそうだ」
「こちらの秘薬を提供しますので、男性との経験のある方に今夜、ケンゴ様の相手をお願いしたいのです」
うん?
アンジェは瓶をもう一度手にすると、その瓶をルーシルの前に置いた。ルーシルが固まる。
「え? わたしが?」
「ルーシルは22歳。閨の教育も終えているでしょう?」
ルーシルの冷静な仮面が外れた。顔を真っ赤にして狼狽えている。
「無理、無理、無理! わたしが貴族令嬢なのに22歳になっても独身であることを察してよ!」
「もしかして未経験?」
「もしかしなくても、処女よ! 媚薬なんて盛ってどうしろっていうの!」
悲鳴のような声で叫ぶと、しくしくと泣き始めた。
「どうせわたしは奥手でつまらない女よ。キスだって、キスだって、どうやって息をしていいのかわからない……」
どうやら事故物件らしい。箱入り娘で育ってしまったのかも。両親の娘への溢れる愛情が透けて見えた。
彼女の嘆きに誰も触れられず、そっと媚薬の瓶がリンダの前に置かれた。期待を込めてアンジェがリンダを見つめている。リンダはうーんと腕を組んで天井を睨んでいた。
「その、ケンゴは未経験だと感じる何かがあったんだよな?」
「そうですわ。ケンゴ様はわたくしが手を取ると、平静を装っていましたが手が震えて冷や汗が出ていましたもの。あれはきっと未経験です。わたくしが手を握ると大抵の男性はいやらしく触ってきますのに」
いやらしく、というところに力が入っていておや、と思う。アンジェがふるふると拳を握りしめた。
「わたくしにとって今回はとても僥倖でした。あの隣国の王子の所に嫁がねばならなかったところに神託が下りたのです」
隣国の王子、と聞いてああ、と頷いてしまった。下半身ゆるゆるの王族で有名なのだ。顔ぐらい良ければよかったのに、王族なのに平凡以下なのだ。しかも鍛えていないので、太ってはいないが体全体がたゆんとしている。
なんだか事情が沢山あるメンバーだ。神さまってどんな基準で選ぶんだろう?
「勇者が初心者であるなら、わたしを選ぶのはまずいと思う」
「どうしてですの? リンダは騎士団所属。お相手は沢山いたでしょう?」
アンジェが訳が分からないと言うように首を傾げた。
「まあ、そうだな。一晩で何人いけるかとかそんなことばかりしていたな。ある意味、限界突破を目指した肉体訓練だ」
なんだろう、とてつもなく違う気がした。それはアンジェも思ったらしく困ったように頬に手を当てる。
「えっと。どういうことかしら?」
「つまり、初心者がわたしと媚薬ありで経験すると天国を感じる奴よりも地獄を見る奴の方が多い」
「……」
微妙な空気が漂った。
騎士団、なんて恐ろしい場所だ!
「それでは、ミーシャ、よろしくお願いいたしますね」
「え?」
「わたくしは未経験ですし、できればそれなりの技術を身に着けてもらってから閨を共にしたいともいます」
まあ、初めて同士だと大変なことになりそうだし?
「頑張ってね。応援するわ」
泣きはらした目でぎゅっと手を握ってくるのはルシールだ。ちゃっかりわたしの手に媚薬の瓶を握らせている。
「媚薬を使ったことはあるか?」
少し心配そうにリンダが聞いてきた。わたしはついぽろりと言ってしまった。
「うん、大丈夫。使ったことある……」
「ほう?」
どこか嬉しそうにリンダが食いついてきた。興味津々という顔でアンジェもこちらを見ている。
「えええ、っと」
うろうろと視線を彷徨わせて、どうにもならないと結論付けると勢いよく立ち上がった。
「わたし、夜の準備に行きます!」
「終わったら感想よろしく」
リンダがにやにやしながら、わたしを送り出した。
なんだかこのハーレム、考えていたのとちょっと違う……。