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勇者の事情*



 俺は見た目がいい。


 日本人なのに、すらりと背が高く色も白い。柔らかな印象を与える顔はとても整っている。女性的というわけではないが、女性が好きそうな綺麗な顔なんだそうだ。友人たちに言わせればモテモテな男は抹殺すべしと責められるが、この顔でいいことはない。


 幼い頃からビスクドールのようだと愛でられていた俺はよく誘拐されていた。もちろん、営利目的ではない。

 変質者たちにだ。下半身を丸出しにして、どこで手に入るのか不明なフリフリドレスを俺に着せて、俺に見せつける様にチョメチョメをやっていた。俺を誘拐した犯人は興奮しすぎて顔が真っ赤になっていた。

 最悪なことに、男だけではない。女もひどい。


 女はすり寄ると、さり気なく色々なところを撫でまわす。可愛いわね、と囁きながら耳とかしゃぶられるのだ。中学になれば変な薬を飲ませてことに及ぼうとした奴もいる。力の入らない体をまさぐられるのは気持ち悪かった。その相手がクラスメートだったと知って恐怖のどん底に落とされた。


 マジで恐怖しかない。男も嫌いだが、女はもっと嫌いだった。女の方が執拗で追いかけまわしてくる回数も多く、人に気づかれないような手を使ってくる。遠慮なくズボンに手を突っ込んでくるのも女が多い。


 高校は比較的安全な男子校を選んだ。男子校は中学よりも平和で、心配することが少なくなっていた。女性に接するのも母親とおばあちゃん教師くらいでとても快適だ。

 ただ、男子校を選んだ時に母親は俺の尻をとても心配していた。尻って何があるんだ。休日のたびに実家に戻るたびに、変な瓶を渡された。とろりとした液体が入っている瓶だが、未だに怖くて何であるか調べていない。

 母親のあまりの心配っぷりにどんなことをされるのか不安を覚えたが、これといった事件も事故もなく、この春、無事に3年生になった。


 3年生になれば当然進路も決めなくてはならない。学校が始まってからでは間に合わないと思い、すでに春休みから俺は動いていた。志望校を決めるにしても、綿密な調査が必要だからだ。つまり女が極力少ないところ、変な性癖のない学校を選ぶにはネットの情報だけでは心もとない。実際にこの目で見て、雰囲気を確認していた。ある程度絞り込めているので、G.W前には決まる予定だ。


 新学期開始して一週間。


 気持ちも晴れやかに友人と楽しく学校の廊下を歩いていると、不思議な光の輪が天井から降りてきた。ゆらゆらゆらとゆっくりと揺らめいている。初めはぼんやりしていた光も徐々に力を増していき、頭の上に来た時にはかなりの輝きを増していた。


 驚きのあまりに、口を開けてそれを見ていた。


「健吾、避けろ!」


 友人の一人が飛び出してきたが、何か見えない壁にさえぎられているかのようでこちらに来ることができない。


 現実離れした現実に頭が完全に停止していた。友人が必死になって見えない壁を叩いている。あっちに行かなくては、とようやく頭が働き始めた。


 金の光の輪はゆらゆらと俺の上に降りてきていた。よく見れば外国の文字のようなものが輪になって書かれている。くるくると文字が回り、その美しさについ見とれた。


「ゲームみたいだな」


 そう、なんちゃらの伝説とかそんな類の召喚の魔法陣。それによく似ていた。


「感心しているなよ! 絶対にヤバいって」


 ゲーム仲間の友人は焦っている。その必死な声に彼の方へと足を動かした。ところがある一定の所までしか移動できない。


「マジかよ」


 友人が青ざめてぽつりと呟いた。


「どうしたらいい?」

「どうにもなんねーよ。俺、折角だから巻き込まれたかった」


 よくわからないことを呟いてがっくりと膝をつく。どうやら本当にどうにもならないようだ。光の輪が自分の上で揺らめいた。


 こういうの、なんだっけ?

 よくネット小説にあった設定だ。魔法陣が下りてきて消えた時には異世界に転移している。異世界に降り立った場所で言われる台詞がある。


 魔王を倒してください、勇者様ってね。

 まさかね。


 そのまさかだった。光の大洪水が起こり、目がくらんだ。眩しさのあまりに瞑ってしまう。

 目を閉じていても感じる光の明るさが徐々になくなっていく。光を感じなくなってようやくゆっくりと目を開けた。


「おお、成功だ」

「勇者様だ」


 マジか。


 茫然として立ち尽くしていれば、一人の女性が進み出てきた。年は同じくらいだろうか、金髪碧眼のとてつもない美少女だ。美しく着飾り、高そうな宝石を身に着けている。頭にティアラがあるところを見るとこの国のお姫様というところか。


「ようこそ、勇者様」


 ニコリとほほ笑みを浮かべて、彼女は当然のように俺の手を取った。彼女の白い両手に包まれて、ぞわりと忘れかけていた何かを感じた。


「色々とお話せねばなりません。ですが、突然のことで混乱しているでしょう。お茶を用意するので、こちらに来ていただけませんか」

「あ、ああ」


 何とか頷いた。

 

******



 召喚され、必死にラノベを思い出す。友人たちが勧めてくれたラノベにはこういう話が山ほどあった。

 勇者と言われているくらいだから、魔法があって、魔王がいて、王様がいて、お姫様がいて……。


 そこまで考えて凍り付いた。どのラノベにも俺Tueeee系はハーレム要素があったはずだ。


 ハーレム。

 モテない男の願望だとか、気持ち悪い自己投影だとか、誠実ではないとか、とにかく女子たちには不人気な要素だ。

 性的表現があまり好きではなかったから、進められた数冊だけしか読んだことがない。友人はとてもハーレム勇者が好きで、新しいハーレム勇者物語が出版されるたびに購入していた。購入した翌日には興奮しながらその概要をしゃべっていた。どれもこれも同じように思えるのだが、あえて口にしなかった。否定などした日には一日中ハーレム勇者の素晴らしいところを語られるので、この手の話は適当に相槌を打って流すのが一番だ。


「マジか」


 俺にとってハーレムは地獄と同じだ。どうして女と常にべたべたとしている必要があるんだ。

 しかも複数の女子だ。誰が一番なのかとか誰が一番好きなのかとかそんな争いに発展することが目に見えている。下手すれば刺される案件だ。


 拒否とか考えられない。全員拒否しても、次の人選が始まるだけだ。召喚なんてととち狂った奴らが俺を逃がすわけがない。男は女で骨抜きにしてやろう、と勝手に解釈してどんどん送り込んでくるにはずだ。女だってそうだ。勇者と愛を育んだなんていうステータスにもなりやしないステータスを求めて襲ってくるに違いない。


 自分自身に降りかかる恐ろしい未来に体を震わせた。まずい、久しぶりに発作が起きそうだ。動悸が激しくなり、手のひらに汗が出てくる。


 何か、何か魔法の言葉があったはずだ。一人を選ばなくていい魔法の言葉が。女性たちが表向きだけでも仲良くせざる得ない魔法の言葉が。


 数々のハーレム勇者物語を思い出し、必死になって探した。彼らはどうしてあんなにも受け入れたんだ。普通、あんなに搾り取られたら死ぬ。一人で複数人なんてマジであり得ない。日本人男子があれほど絶倫なはずがない。疲れているんだぞ、ストレスが多いんだぞ、性欲よりもまずは生きるための睡眠欲だろう!


 考えろ、考えるんだ。


 俺も勇者としての立場は逃げられない。こんな不安定な恐ろしい世界にポイされたら生きていけない。でもハーレムを作るのも俺にとっては死に直結する事態だ。アレルギー反応が激しく出て全身帯状疱疹にでもなったらと思うと、血の気が引いた。ここは異世界だ。アレルギーを抑える薬も、ステロイドもありはしない。


 彼らはどうして勇者をやっていられたんだ……!


 違う、彼らは女性たちを拒否した時に起こりうる最大の不幸を回避したんだ。最大の不幸、それはさらなる好みでない女性によって襲われるという不幸だ。極力自分に合う女性を複数人置くことで、最小限の接触だけで済んでいるのだ。女性は母性本能を発揮して、俺を守ろうと動いてくれる。そして本気で周りを威嚇してくれるから下手な手出しもなくなる。


 そうか、あれが最大の防御……!


 思い出すんだ、魔法の言葉。

 なんて書いてあった、ハーレム勇者はいつもさわやかに言っていたじゃないか。申し訳なさそうにしながら、そして決して自分を曲げない。まっすぐに彼女たちを見つめて言い放っていた。


 魔法の言葉、魔法の言葉、魔法の言葉。


「一人を選べない。みんなを等しく愛している」


 これだ、これで俺は最大の防御を手に入れることができる。

 多少の蕁麻疹を我慢すれば、命は保障される。




全身蕁麻疹、辛いですよね(;´Д`)

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