06話 奴隷狩り
エリシアの回想です。
「おやおや、こぉれはこれは大人数でようこそいらっしゃいましたぁ。今回は奴隷の購入……というわけではないようですねぇ」
ピエロのお面をした小太りの奴隷商は、癖の強い口調でそう言った。
この憎きピエロは忘れもしない。
あの日、孤児院が襲われた時も確かに見た男だ。
「君がセベロ・ガランだね?」
私の兄さん、レオン・カニートが一歩前に出て言った。
あくまでも兄さんは話し合いで事を解決させようとしているようだ。
しかし相手が一人に対してこちらは外に自警団の兵士が六人、中に私と兄さんを含めて四人で圧倒的有利なのだから強引に捕縛してしまえばいいのに。
私としては今すぐこの男を殴りたい気持ちで一杯だった。
「ええ、ええ、ええ。そうですともぉ。わぁたしの名前はセベロ・ガラン。奴隷商をしているものですよぅ」
「であれば、僕たちがどういった要件で来たのか、思い当たる節は無いかな」
「さぁあ、どぉうでしょうねぇ」
「――!」
我慢なんて出来なかった。
反射的に体が前に出てクソ野郎を殴りかかろうとして。
「やめるんだエリ―」
「――でも、兄さん!」
止める理由が分からない。
そう思ったけど、兄さんの瞳を見て自分が馬鹿だったと理解した。
一番この男を憎んでいるのは兄さんだ。なにせ連れ去られたマリアとアーロンは兄さんが直接預けられたのだから。
「ごめんなさい」
「いい子だ。それでセベロ氏、本当に心当たりはないのかな?」
「ありませぇんねぇ。あぁ、もぉしかして、奴隷狩りにあってしまわれましたぁかぁ?」
「実はそうなんだ。セベロ氏、君がその奴隷狩りの首謀者で間違いないね? だったら連れ去った子供達を返してくれると助かるな」
レオンの手は堅く握られている。
必死に感情を抑え込んでいるのだろう。
「まちがぁいありますよぅ。たぁしかに連れ去ったぁ子供たちはここで取り扱ってぇますがぁ、実際に連れ去る仕事は兄が勤めてますのでぇ」
「ここにマリアとアーロンがいるんだね」
兄さんはセベロの話には取り合わず、二人がいると言う事実を確認するとすぐさま奥のカーテンの向こうへと向かって行った。
「再会できるといいですねぇ。ひひひ」
セベロは不気味に引き笑いをした。
私は二人の兵にセベロを見はらせて兄さんの後を追う。
「火属性魔法、幽火」
中は暗闇で呻き声や泣き声が聞こえて来るばかりだったが、兄さんの宙に浮遊する火の子を出現させる魔法で視界が明るくなった。
「――うっ」
視界に映りこんだのは無造作に置かれた牢屋だ。
不気味な光景に気分が悪くなり、兄さんの傍に近寄った。
「マリー! アーロン! いたら返事をしてくれないか!」
二人が連れ去られてから一週間、既に売りだされてしまったとなっては元も子もないが。
「返事してよ!」
兄さんに続く様に声をかけるが返事がない。
まさか本当に売り払われてしまったというのだろうか。
「兄さん……」
「諦めたらいけないよ。きっとこの中に二人はいるはずだから」
「うん」
きっと兄さんもその可能性には気づいているだろう。
だから、諦めたら駄目だって自分に言い聞かせているようにも聞こえた。
「仕方ないね。一つずつ見て廻ろうか」
手分けして見て廻ることに。
兄さんに幽火を付与してもらって私が入り口側から、兄さんが奥から見ていくことになった。
「マリア、アーロン。お願いだからいてよ」
順番に牢を覗いて行くと、一つの牢のまえで足が止まった。
そこにいたのは牢の隅で震える一匹のリザードマンだ。
マリアもアーロンも普通の人間だから立ち止まる必要はないはずなのに、どこか気になるのだ。
「……アーロン?」
そう。
まだ、三歳だった少年アーロンに雰囲気が似ている。
二歳で孤児院に預けられたばかりの時の怯える様子に酷似していた。
「――だ、誰? どうして僕の名前を知ってるの?」
いまだに怯えたまま、リザードマンはゆっくりと顔を上げた。
「アーロン!」
その顔を見て確信した。
姿かたちは違えど、このリザードマンはアーロンで間違いない。
「兄さん! アーロンが!」
すぐさま兄さんに知らせようと奥に振り向くと、丁度兄さんがこちらに向かって来ていた。
胸に何かを抱えている。
「エリ―そっちも見つかったようだね」
「うん。その子は?」
抱えられていたのは、細かく呼吸をして悶えるエルフの少女だった。
「マリーだよ。おそらく呪術か何かで姿を変えられている。どうやらアーロンもそうみたいだね」
兄さんは私にマリーを預けると牢を掴み、火属性魔法を駆使して溶かした。
「さあ、おいでアーロン。もう大丈夫だよ」
「ひっ……お兄さんは誰なの?」
「レオンだよ。本当にごめん。助けに来るのが遅れてしまって、心細い思いをさせてしまったね」
気が動転してしまっているからか、兄さんの顔を見ても頭の整理が追い付いていないようだ。
「レオン? お兄さんはあの怖い人の仲間?」
「違うよ。僕はアーロンの仲間さ。覚えてないのかい?」
「――う、うん。し、知らないよ」
これはもしかしたら最悪な状況かもしれない。
「兄さん……もしかして」
「――うん。記憶の操作もされているのかもしれないね。さすがにこれは僕も我慢の限界だよ」
兄さんの目つきが変わった。
完全に怒っている時の兄さんだ。
「アーロン。君は覚えていないかもしれないけど、僕たちは君の仲間なんだ。だから、怖いかもしれないけど、ついて来てくれないかな」
「……う、うん。分かったよ」
「いい子だね」
兄さんはアーロンの手を引くと、無言のまま出口へと向かう。
その後をマリアを抱えながらついて行って。
「こ、こっちに来ては駄目です! こいつはやば――ふぁっ」
一緒に来ていたはずの兵士の声が不意に聞こえてきて、途切れた。
こっちに来ては駄目だと言われたが、兄さんは仲間を放っておける人間ではない。
「アーロンを頼んだよ」
そう言ってアーロンを私に預けた兄さんは走ってカーテンの向こうへ行ってしまった。
私もマリアを背負ってアーロンの手を取り兄さんの後を追う。
少し遅れてカーテンの向こうに辿り着いた時、信じられない光景に絶句した。
「おやおやぁ。商品を盗むとはいけませんねぇ。商品は購入して頂かないとぉ困ってしまいますよぅ」
表情の変わらないピエロの仮面の下から伸びる黒い何かが、自警団の兵士二人の頭を貫いていた。
「兄さん!」
「真っすぐ走って! 外のにいる皆と合流してすぐに逃げるんだ!」
「で、でも! 兄さんは……!」
「僕が時間を稼ぐから!」
一度決めたら筋を曲げない性格であることは、生まれた時から一緒にいて嫌になるほど理解している。
だから、本当は兄さんをおいてなんて行きたくないけれど。
「絶対に、死なないで」
兄さんを信じてテントの外へ。
途中、仮面の下から伸びる黒い縄の様なものが向かってきたが、兄さんが魔法で直撃を阻止してくれた。
「み、みんな――あ」
外に出て視界に入ったのは、大量の血を流して倒れる兵が四人と今まさに殺されようとしている者が一人。果敢にも立ち向かう兵が一人。そして、中にいたピエロと瓜二つの男だった。
「あなたたちっわ! 年老いていっる! これすなわっち! 論外であっる!」
又一人殺された。
「エリシア……さん」
すぐ近くで倒れていた兵士が、どうにか力を振り絞って近づいて来る。
「無理しないで! 今回復するから」
残りの兵士が時間を稼いでいてくれている。
抱えたマリアをゆっくりと地面に寝かせて詠唱を唱える。
「聖母アイナの加護あれ。この者の傷を癒したまえ」
眩い光が兵士を包み込み、みるみる傷が塞がっていく。
「ああ、ありがとうございます! なんとお礼を――」
「そんなことはいいから、いったい何があったの」
「――はい。あの黒い化物が突然やってきたので、客だと思い今は取組中だから後にしてくれと言ったらいきなり」
「そう。分かったわ。あなたに一つ頼みたい事があるの」
「な、何でしょう」
「この子たちを連れてアイナ様に報告に行って欲しいの。この子たちを見ればアイナ様は理解なさるはずだから」
現、聖母アイナ様ならきっと掛けられた呪術を解く方法を知っているはず。
「で、ですがエリシアさん! あんな奴から逃げるなんて出来っこありませんよ」
「それは大丈夫。私が送るから」
「送るって……そうか! でも、エリシアさんはどうするんですか」
「中で兄さんが戦ってるから、私は兄さんをおいてはいけない」
逃げろと言われたけれど、やはり置いて見殺しになんてできる分けがない。
「よろしく頼むよ」
「――っ。は、はい! 任せて下さい! そして必ず助けに来ます!」
目の前の兵士は涙声になりながらびしっと敬礼をした。
「うん。ありがとう」
私の空間転異の魔法は決められた範囲にいる全ての生き物を転異させてしまう。
だから、兄さんを転異させ様にもピエロまで飛ばしてしまうから助けることが出来ない。
本当に役に立たない魔法だ。
それでも、助けられる命はある。
「空間転異魔法、空間移動! 頼んだよ」
兵士とマリアとアーロンを教会に転異させることに成功した。
後はここらか今生きている兵士と私と兄さんだけでも生きてここから脱出する。それだけだ。
「聖母アイナの加護あれ。果敢に挑む戦士の傷を癒したまえ!」
ボロボロになりながらも果敢に立ち向う兵士を加護で回復で支援する。が――
「しつこいのであっる!」
仮面の下から複数の黒い縄が飛び出したかと思うと、途端に兵士を包み込み捩じり殺した。
「……うっ」
あまりの惨さに吐き気がする。
あれが本当に人間の死にかたなのだろうか。
「あっら! 若いガールではないですっか!」
ピエロはグリンと首を回して私を見つけると、嬉しそうにケタケタ笑いながら見た目からは想像もつかない様な速度で迫ってきた。
あまりの圧迫感に腰を抜かしてしまう。
「いいでっす。とてもいいでっす。あなたはいい商品っに。なりそうでっす」
「――い、嫌だ」
体が言う事を聞いてくれない。
今まで感じた事も無い様な恐怖が迫りくる。
「じゅじゅっつ。奴隷の運命!」
そこで一度、私の記憶は消えた。
△
次に記憶を取り戻したのはベッドの上。
それまでの日々は本当に辛い日々だった。
自分の名前は分かるのに何者なのかが分からない。今まで誰と共に生きてきて何を糧に生きてきたのかもわからない。兄はいたはずなのにいない様な気がしてくる。そんな出口のない迷宮にだんだんと水が溜まって行くような世界に生きていた。
ゆっくりと体を起こすと、隣りのベッドに兄さんが寝ていて。
「兄さん!」
思わず抱きつこうとして、部屋の扉が開かれた。
「エリシアさん! 目が覚めたのですね!」
花瓶を持って入ってきた男は私を見るなり笑顔で近寄って来る。
「……誰?」
「え、あっそうですね! あの時は顔は隠れてましたから見覚えは無いはずです」
「は、はあ。それより花瓶を置いたら?」
「あっはい!」
おそらくこの幼い青年は、あの時教会に飛ばした兵士だろう。
無事でよかったが、思ったより明るい性格の様だ、
「二人は、マリアとアーロンは無事なの?」
「はい! 二人とも姿も記憶も元通りになりましたよ」
「よかった」
実際は飛び上るほどに嬉しい事なのだが、恥ずかしいので表には出さない。
「他のみんなは」
「それは……残念ながら」
分かっていたことだが、彼以外の兵士たちは助からなかったらしい。
人の死なんて身近なものではないから考えられないが。
「そう……私たちを助けてくれたのはあなた?」
「はい……と言いたいところですが違います。エリシアさんとレオンさんを救って下さったのは、エルナンド公爵です」
「エルナンド様が」
エルナンド公爵はこの国、バルレシアの王の従兄に当たる人物で、下民に優しいという事で知られる人物だ。
「ええ。エリシアさんもお気付きかと思われますが、お二人はマリアとアーロンと同じように奴隷として出品されていました」
「……うん」
それはおぼろげな記憶でも覚えている。
「マリアとアーロンの様に力ずくで助けるのはまず危険だと判断し、正規の方法で購入するしかないという結論に至ったのです」
それは当然の判断だ。
また同じように攻め込んで死人が増えでもしたらひとたまりも無い。
「そうして俺達は一般の客として店に向かいました」
「よく行けたわね」
仲間を何人も殺した張本人の元に自ら足を運ぶなんて私にはできない。
「約束しましたから。必ず助けると」
「――そう」
見かけによらず男らしい。
「はい。それでですね、店の中を案内されてお二人を発見したのですが、奴は詐欺をしていたんですよ」
「詐欺?」
「詐欺です。奴隷はリザードマンやエルフ、混血種などが高値で取り扱われるのは、前回の調査で理解されているかと思われます」
「うん」
前回、マリアとアーロンを救うために奴隷の事を調査した際、文献にそう書かれていた。
「マリアとアーロンの姿、何か引っかかることはありませんか?」
「マリアはエルフ、アーロンはリザードマンの姿に変えられていた。つまり実際はエルフでもリザードマンでもない人間や亜人を高値で売れるエルフやリザードマンの姿に変えて売っていた。というわけだね。記憶操作はその為のカモフラージュかな」
不意に私が想像していたことと全く同じ事を口にしたのは、今しがた体を起こした兄さんだ。
「その通りですレオンさん」
「兄さん!」
感情が抑えられずに思わず兄さんに抱きついてしまう。
「こらこらエリ―。もう大人なんだから抱きつくのはほどほどにね」
「うん」
「ああ、ごめん。話は聞いていたよ。続けて」
「あ、はい。レオンさんの言うとおり、普通の人間や亜人を高値で売り付けると言う詐欺行為を行っていたのです。それはお二人も例外ではなく、それぞれエリシアさんはエルフに。レオンさんはリザードマンに変えられていました。ここで疑いをかけることは危険だったのでそのままの値段で買うしかない」
確かに姿を変えられる前の姿を知らなければその疑問は生まれない。
疑ってしまうと奴隷狩りだと気付かれたと思って殺してくるかもわからないわけだ。
「しかし俺達に金貨何百枚と払うことは不可能でした。そこで王に頼もうと城に向かいましたが取り合ってもらえず、門の前で立ち尽くしていたところに偶然馬車で通りかかったのがエルナンド公爵です。公爵は俺達の話し聞いて下さり、今に至ります」
なるほど。それはつまり――
「私と兄さんは……エルナンド様の奴隷なの?」
そう言う事になる。
奴隷は一度なったら二度と消えることのない刻印を押されるはず。
呪術による容姿変化と記憶操作は治ってもそればかりはどうしようもないはずだ。
「そう言う事に……なりますね」
「――そう」
「まあ、そう気を落とす事も無いんじゃないか? エルナンド公爵は下民に優しいと評判もいい。きっと僕たちの見方をしてくれるはずさ」
確かにそうかもしれないが、奴隷という一生消えることのない刻印が憎い。
このまま、奴らを放っておいてもよいのだろうか。
「そう言えば、マリーとアーロンは誰かと契約を結んでいるのかい? 結んでいないと奴隷石とやらに召喚されかねないよね」
そう言えばそうだ。マリアとアーロンは誰かと奴隷の契約を結ばなくては奴隷石という奴隷を呼び出す石に呼び出されかねない。
「それは大丈夫です。アイナ様が直接契約を結ばれました」
「アイナ様が!?」
アイナ様が直接契約を結ばれる――否、姿を見せることさえめったにないというのにそんなことが本当にあるのだろうか。
「そうかい。それ以上に幸福なことはないだろう。よかったよ」
兄さんは一切疑う様子は無い。
「そ、それが本当ならエルナンド様には申し訳ないけど、一度契約を破棄してもらってアイナ様に契約を結んでもらう事はできないの?」
「そんな高望をしてはいけないよエリ―」
「……でも」
「それは俺も思いました。でも駄目なんです。契約の破棄は契約をした場所でなくてはいけない。そうなると再び奴らの元へ行くことになります」
その後は言われなくても理解できた。
再び奴らのもとで主人をなくすという事は無論、売り出されるに決まっている。
アイナ様が私たちを直接購入すると言うのはまずない。教会に与えられるお金は全て教会の人間の最低限の生活の補助と、孤児院や児童園等にしか使われないからだ。
「エルナンド様もお二人の行動に制限は与えず、完全な自由を与えるとおっしゃっていましたから。安心してよいかと思いますよ」
納得はしたくないけれど、納得するしかないのだから仕方がない。
「そうね。今日の所はもう大丈夫。本当にありがとう」
「そうだね。君には大分世話になったようだし、明日にでもお礼をさせてもらうよ」
「い、いえいえそんな! 俺は大したことしてないですよ」
なんて言いつつ青年は嬉しそうに笑った。
「そう言えば今日、エルナンド公爵が――」
青年がそこまで行ったところで、突然扉が勢いよく開かれた。
「おお! 二人とも目が覚めたか!」
姿を現したのは豊かに育った丸い体が特徴的な白ひげの男、エルナンド公爵だ。
青年はエルナンド公爵の存在に気付くと、即座に頭を下げて部屋から出て行った。
身分上、礼儀は重んじなくてはいけない。私と兄さんはすぐさまベッドから出ると、胸に手を当てて深く頭を下げた。
「エルナンド公爵。私たちの様な愚かな下民の命を救って下さり感謝の気持ちで一杯でございます」
「本当に、感謝しか言葉にできません」
兄さんの謝礼に続けて感謝を述べる。
「いいんじゃいいんじゃ! 面を上げい。わっはっはっは」
豪快に笑うエルナンド公爵に正直いらだちを覚えるが、ここは我慢だ。
「では、ついてまいれ」
「あ、あの、お言葉ですが公爵」
「ん?」
「一度孤児院のマリアとアーロンに会いたいのです。お許しを頂けますでしょうか」
「駄目じゃ」
いきなり現れたと思ったらすぐに振り返り、兄さんが質問をすると即刻拒否した。
これはどういう用件だろうか。これでは話が違う。
「――話が違います」
私たちは名目上エルナンド公爵の奴隷ではあるが、自由にしてもらえるはずだ。
「やかましい。今すぐ床に額をつけて謝れ。この奴隷風情が」
「なっエルナンド公爵! それは!」
「気様もかクソ生意気な奴隷が! 貴様はわしの靴を舐めろ」
「やめっ兄さん! ぐぅっ」
息が苦しい。
これが奴隷の契約違反による罰だろうか。
体が勝手に動き、跪いて額を床につけた。嫌なのにこんな事したいわけがないのに。
「も、申し訳っありません……でした」
公爵に言われたとおりにすると体が自由になった。
しかし、顔をあげて目にしたものは、絶対に目にしたくない光景で。
「殺してやる!」
「喚いてろ屑が」
兄さんが必死に抵抗しながらも、公爵の靴を舐める瞬間だった。
「これで分かっただろう? お前たちはどんな理由であれ奴隷は奴隷なんだよ。高いかねを出してまで買ったんだ。自由にする訳がないだろう。うわっはっはっは」
公爵はふてぶてしく笑う。
「ついてこい」
私は急いで兄さんの元へ駆け寄った。
「僕は大丈夫だよ。それより、早く行こう。また、罰が発動してしまう前にね」
平然を装う兄さんだが、いらだちを隠せていない。
硬くした握りこぶしを振り上げ、床を殴りつけた。
「兄さん……」
「絶対エリ―の事は守るから。大丈夫だからね」
無理やり優しい表情を作った兄さんが、頭をなでて来るののがどこか悲しくて、その分苛立ちも増していく。
そんな感情を抱きながらも、私たちは公爵の後を追った。
「ここじゃ、少し待っていろ」
一度階段を上がって廊下を少し進んだところにある扉の前で公爵が立ち止まり、制止をかけた。
「カルメン様! おもちゃを持ってきましたでちゅ!」
いきなり赤ちゃん言葉で声をかける公爵。
その声に反応するように、甲高い声が部屋の中から聞こえてくる。
「え、本当! やったぁ! 開けていいよ!」
「はい! 失礼します!」
公爵が部屋の扉を開けた瞬間、めまいを催す甘い香りが鼻腔を刺激した。
「エルナンドはいい子でちゅねぇ」
「うん! わし、いい子!」
「それじゃぁあ、おもちゃを見せてもらえる?」
「分かりましたカルメン様! おい、貴様ら中に入れ」
命令されていやいや部屋の中に入ると、異様な光景に目を疑った。
部屋には何故かブランコがぶら下がっていて、そこに一人の赤い少女が座っている。
血色の髪をした赤いドレスの女の子だ。
そして部屋の床一面に上裸の男性が何人も横たわっている。動いてはいるから死んではいないようだけど。
「あっらイケメンね! この子はとってもとぉーっても私の好みよ!」
「――っ」
部屋にいた少女が兄さんに近づくと、抱きついて兄さんの輪郭を舐めた。
「兄さんに触れるな!」
「黙れ!」
感情的になるも、エルナンドの命令によって口が開かなくなってしまう。
「エルナンド?」
「はい! なんですか?」
「女の子はいらないって言ったよね? 捨ててきて」
「は、はい! 申し訳ありません! では、地下の方で――」
「捨ててこいっつってんだろうが! 殺すぞキモデブがぁ!」
「は、はひぃ!」
「うん! それでいーの」
突然態度が変わったと思いきや、すぐににっこりと笑顔になる。。
気味の悪い少女だ。
「それじゃ、ばーいばい」
そのまま兄さんを残して部屋が閉ざされてしまった。
「エリ―! 僕は大丈夫だから心配――むぐっ」
「……!」
兄さんの必死の叫びが何かに閉ざされて。
その叫びに答えようにも命令のせいで声がだせなくて。
それでも私は声にならない思いを必死に叫ぶのだった。
それから約三時間後、私は勇者アベルによって召喚されることになるのだが、この時の私は知る由も無い。