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05話 奴隷事情とおじいちゃん


 猫耳の少女は自分が取り乱したと気付いたのか、わしから離れ涙を拭うと深く頭を下げた。


「も、申し訳ありません、ご主人様。ご無礼をお許し下さい」


 動きがテキパキしていて無駄がない。それにわしのことをご主人様と言った。

 おそらく奴隷の経験があるのだろう。見るからに酷い扱いを受けてきたわけではなさそうだが。


「それにしてもお主、表情筋ついておるのかの?」

「――は?」

「いや、なんじゃ……無表情過ぎる」

「それは……どうでもいいことです」


 もう駄目じゃ!

 なんだかよくわからんがこの少女の纏う空気が重すぎる。

 こっちまで気分が悪くなってくるわい。


「どうでもよくないわ! 笑うんじゃ!」

「それは……命令ですか?」


 しまった……! これでは命令と捉えられてしまう!


「違う! 命令じゃないわい! その……じゃな。お願いじゃ。笑って下さい」


 そう言いながら頭を下げるわし。

 ……なんでわしが頭を下げているんじゃろうか。


「お願い、ですか。それなら」

「うむ!」

「お断りします」

「ええ!? なんでじゃ? ここは笑う所じゃろう?」

「ぷふふっ」


 笑った……!

 と思ったが、笑ったのはメイヴだった。目の前で繰り広げられる訳の分からないやり取りがつぼに嵌まってしまったようだ。

 

「ぷくくっ。ごめん、なさい。ご主人様、面白くて、つい」


 それでもメイヴは我慢できないようで、何度もわしたちの事を見ては吹き出している。

 そんなメイヴを見ていると、自分が意地になっている事に気づいて馬鹿らしくなった。


「まあ、よい。いずれお主の笑った顔。見せてもらうでな」

「……はい。いずれ」


 いかんいかん。話が脱線してしまったわい。

 話を戻そう。


「それはそうと気になったんじゃが、もしかしてお主は以前にも奴隷をしていたのではないか?」


 そう質問すると、猫耳少女は一度俯いてからわしの目を見て。


「ほんの三時間前まで、別のご主人様のもとで奴隷をしていました」


 なんじゃって!?


「さ、三時間前じゃと!?」

「ええ。三時間前に元のご主人様に売り払われました」

「なな、なるほどのぉ。それでたまたまわしに召喚されたわけか」

「はい」


 せっかく奴隷から解放されたというのに、その直後に召喚されるとは。

 他の誰かに再び買われて酷い仕打ちを受けるよりはいくらかましなはずだが、須臾の自由も与えられずに召喚されるなんて理不尽な話だ。

 

「少し、悪い事をしたかの」

「いえ、むしろ……」


 そこまで言って猫耳少女は視線を逸らした。


「なんじゃ?」

「……なんでもありません」


 なんだろうか。

 まあ、本人が言いたくないのなら無理に聞く事も無いが。

 そう言えばまだ名前を聞いていなかったな。


「そうか? であれば、そろそろお主の名前や歳を聞いてもよいか?」

「……エリシア。十五歳です」


 エリシア、十五歳とな。 

 まさかロロと同い年で成人しているとは。

 まあ、身長は猫背のわしと変わらないぐらだし、体も育つところはきちんと育っている。

 十五歳と言われれば十五歳なのだろう。若干幼い様にも感じるが。


「セリシアか。よろしくの」

「エリシアです」

「ん? 今わしなんて言った?」

「セ、リシアです」


 し、しまった! つい嫁の名前を……!


「すまん! エリシア、エリシアじゃな?」

「はい」

 

 いかんぞ……

 このままでは、もしかしてこの爺さん呆け進んじゃってる? と思われかねん。注意せねば。

 この流れでわしが勇者であることの説明をするのは少々気が引けるが、まあいいじゃろ!


「うむ。ではメイヴにセリシアよ。まずは何も言わずにわしの話を聞いてくれんか」

「エリシアです」

「む、むぅ」


 そう言って、わしは召喚したばかりの奴隷二人に、信じられない様な真実を話していくのだった。





      △






「理解しました」

「勇者様、なんです、ね」


 二人は各々に話を理解してくれた。

 こんなに嬉しいことがあるだろうか……誰にも話せていなかっただけに、言えた感動がすさまじい。


「信じられん話じゃろ?」


 自嘲気味に笑った。


「いえ、十分信用できる要素を示して頂いたので、特に疑う余地はないかと」

「メイヴは……本当だったらいいなって、思います」


 涙が流れた。

 受付嬢に言ってからというもの、信じてもらえないだろうと高をくくっていた。

 それなのに勇気を振り絞って声を掛けた冒険者達は腫れ者扱いするばかり。

 そんな老いぼれの話を……この子達は!


「……ぬぅ」


 涙をぬぐって二人を見ると、メイヴは心配そうに顔をのぞいてくるがセリ――エリシアは白い目でわしを見ていた。


「す、すまんすまん。ぶえっふん!」


 一度咳をして気持ちを入れ替える。


「とまあ、そんなわけで勇者として旅を始めたはいいが、いかんせんこんな老いぼれの話しを聞いてくれる者がおらんでな」

「――それで奴隷に手をだしたわけですね」


 なかなか真っすぐにものを言う少女だ。


「そ、そう言う事じゃな」

「ではアベル様。これから私たちはどうすれば?」


 いっそ蔑んでくれた方が楽だったが、平然とした顔をしているので流すことにしよう。

 

「その前に二人とも、わしに様は付けないでよい。アベルと、そう呼び捨てにしてくれんか」


 村長時代は村長かじいさんとしか呼ばれてこなかったから名前呼びが新鮮だが、様をつけられると奴隷扱いしているようで気分が悪くなる。


「分かりました」

「は、はい」


 今後勇者の仲間(・・)として頑張ってもらう二人だ。

 強くなってもらうのもそうだが、まずはその為の準備が必要じゃな。


「うむ。では、まずは命令を聞いてもらうでな」


 メイヴが一瞬肩を震わせたが、そんな少女の頭をなでながら。


「わしに……仲間として接しなさい」


 出来る限り最大の慈しみを込めてそう命じた。

 奴隷と仲間の間に聳え立つ壁を壊す為に。


「……そう」

「――へ?」


 エリシアはどこか納得したように、メイヴは気の抜けたような顔をした。

 

「不思議に思う事はないじゃろ? さっきも言ったであろう。奴隷ではないと。わしは仲間が出来ないからお主たちを召喚したにすぎないのじゃからな」

「あ、その……ごしゅ――おじいちゃんが酷いことしないのは分かるんです」


 ん? ご主人様と言おうとしたのを訂正したはいいが、おじいしゃんとな? まあ、よいが。

 そんなメイヴはもじもじしながら胸に手を当てて。


「メ、メイヴなんかが勇者様の仲間なんて、おお、恐れ多いです。それに、私は弱いから。きっと足手まといになってしまい、ます」


 不安がぬぐい切れていないのではないかと思っていたがそうではないらしい。

 しかしその疑問は愚問だ。

 メイヴはエルフとドワーフのハーフ。知能と魔力が高いのが事実なら、魔道書の解読や錬金術の会得に向いているはず。足手まといなどなるわけがないじゃろう。


「そんなことはないわい」

「……でも」

「メイヴは己に秘められた才能に気付いておらんのか?」

「才能?」

「そうじゃよ。メイヴの父上や母上はエルフとドワーフなのじゃろ?」

「――え? メイヴのママとパパが妖精さんと小人さん? あ――!!」


 突然、メイヴが頭を抱えて悶え始めた。


「ど、どうしたんじゃ!?」


 奴隷の契約による罰は先のメイヴの苦しみ方を見るに、窒息によるものだろう。だから奴隷の契約違反の罰ではないはずだ。そもそも違反はしていない。


「頭がっ」


 エリシアは悶えるメイヴに近づくと、祈るように手を結んで。


「――聖母アイナの加護あれ。この者の痛みを癒したまえ」


 詠唱と共にメイヴが淡く光り出し、光が途絶えると同時にメイヴは落ち着きを取り戻した。


「今のは……」

「加護」

「それは分かっておるが」


 加護。

 そればかりは努力ではどうしようもないもの。

 勇者だって加護の様なもので、生まれ持った特別な加護や深い振興による神の加護なんかがあったりする。加護持ちは特別な力を持っている場合が多い。

 しかし、エリシアの言った聖母アイナは南の島国で信仰されている教会の人間だ。

 つまり――


「エリシア、お主は教会の人間なのか? それも南の島国の」

「――うん」


 エリシアは静かに返事をしたが、それ以上何かを言うつもりはない様だった。


「いやなに、これと言って疑念はないのじゃが。教会の人間が奴隷になってしまうとは、なんとも皮肉な話じゃのぉ」

「そう……ね」


 教会の人間は大抵、寄付金や直属の児童園なんかからの手当てで収入源を確保している。

 それも聖母アイナの教会は人口に膾炙していて、南の島国だけにとどまらず中央大陸の南方も僅かに影響を受けているほどだ。金銭面で困ることはないだろう。

 となるとエリシアが奴隷になってしまったのは誘拐か何かだろうか。


「それでメイヴよ。頭痛は治まったようじゃが、大丈夫かの?」

「は、はい。ありがとう、ございます。え、えと……エリシア、ちゃん」

「ちゃん?」

「ひゃっ、ごめんなさいっ。えっと、エリシア、さん」

「エリシアちゃんでいいよ」

「……うん?」


 エリシアの不思議な返答に動揺しているメイヴだが、わしにはエリシアの気持ちが少しわかるかもしれない。

 きっと、呼ばれたいけど恥ずかしい。みたいな感じだろう。

 しかしだ、何故いきなりメイヴは頭痛を訴え出したのだろうか。


「まさかとは思うがメイヴよ。お主、両親のことを覚えていないということはないか?」


 先ほどメイヴは両親のことを思い出そうとして悶えだした。

 忘れているか、忘れさせられている可能性もあるかもしれない。


「――え、あれ!? なんでっ……どうして? ママ、パパ……っ」


 やはり思った通りのようだ。

 奴隷商が仕込んだのだろうか。決して許せるものではないが。


「……あの」


 不意にエリシアが小さく挙手した。


「な、なんじゃ?」

「その、私に当たりが」

「心当たりとな?」

「うん。だから、少し話を聞いてほしい」


 真剣な顔で見つめて来る。

 わしたちの為になる情報を聞かない理由はない。

 頷いて話を促した。


「では、少しばかり話を。まず率直に言うと、メイヴの記憶破損は呪術によるものだと思う」

「呪術とな?」


 呪術とは五百年前に滅ぼされた魔族が使用していた魔法の様なもので、当時魔族が使う魔法を呪術と呼んでいた。

 その呪術によってメイヴの記憶が破損したとはどういう事なのだろうか。


「そう。勇者様なら知ってると思うけど、近年滅亡したはずの魔族が姿を見せ始めてる」

「えっ」


 し、知らんぞそんなこと……!

 まだ、魔王が動きを見せんからと安心しきっておったというのに。


「――え」

「そ、そぉうじゃったな! 魔族! そうじゃそうじゃ。いやー魔族じゃな!」


 ジト目でわしを見て来るエリシアに目を合わせないようにしながら、慌てて適当な事を言った。

 それにしても何故エリシアはそんなことを知っているのだろうか。


「まあ、いいけど」

「そっそれで、何故お主はそんなことを知っているんじゃ?」

「……私が兄さんと共に管理を任されていた教会直属の孤児院が魔族に襲われたから」


 孤児院とは身寄りのない子供を預かり育てていく、奴隷商とは魔逆の立場の施設だ。

 兄さんと共にと言う事は、はじめに取り乱していたことと何か関係があるのだろうか。


「それは災難じゃったな」

「……うん。幸い私たち兄妹と大半の子供たちは無事だった。でも……っ」


 そこまで言って、エリシアは俯いて肩を震わせた。

 つらい事を思い出してしまったのだろう。


「無理に言う事は無いのじゃぞ?」

「……平気だから」

「エリシアちゃん、メイヴもママとパパを思い出せないのは怖いけど、大丈夫だよ? だから、無理に思いださなくても」

「――!」

「ひゃん!」


 涙を見せるエリシアを心配したメイヴが傍に近寄ると、エリシアはいきなりメイヴを抱き寄せた。

 冷静に見えても、やはり根はまだ大人に成りきれていないようだ。


「ごめん、少しこのまま」

「う、うん」


 エリシアはメイヴを膝に乗せ、メイヴの背に顔を埋めた。


「マリアとアーロンの二人が……連れ去られて」


 マリアとアーロン。

 その二人がエリシアにとってどれだけ大切な存在だったのかが、彼女の言葉から伝わってくる。

 

「その後、教会直属の自警団に協力を煽って調査をしたところ、犯人が近年噂に聞く奴隷狩りの首謀者であることを突き止めた」

「子供を連れ去っては奴隷として売り払っているという、あれか?」


 それは以前、王都から生活資源を送りに来る商人から聞いたことがあった。

 王都の北にある村が襲われ、多くの子供たちが連れ去られたらしい。貴族の息子が散歩中に連れ去られたとか。そして連れ去られた子供たちは奴隷市で発見されたらしい、等々。

 ただの噂でしかないと思っていたが……


「そう。その事実を突き止めた私たちは、各地の奴隷商をしらみつぶしにあたって行った。そして中央大陸に渡って最初に訪れた村カーメルでついに首謀者、セベロ・ガランを発見。そこで、私たちは奴の本当の悪辣さを身にしみて思い知らされた」


 そうして、エリシアはわしに召喚されるまでの凄惨な日々を話していくのだった。 

平日は20時投稿ではなくて、20時までには投稿と言う事にします!

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