04話 エルフの少女と猫耳の少女
「し、失礼した」
思わず大きな声を出してしまった。
いやしかしだ。奴隷と言う響きは良くないかもしれないが、結果として仲間同等の扱いをしてやればいいのではないだろうか。
「いえいえいえ。大丈夫でぇすよ。ご興味お持ちいただいたようで大変嬉しく思いまぁすぅ」
「うむ。少し、見てみたいのじゃが」
「はぁい。ではご案内致しましょぉう。こぉちらへどうぞぉ」
そう言って奴隷商人は奥へ続くカーテンを開けて進んでく。
カーテンの向こうは完全な暗闇だった。
「ぬっ!?」
奴隷商人を見失って立ち止まっていると、不意にピエロの顔が現れて腰を抜かしてしまう。
「おやおやぁ、大丈夫でぇすか?」
「だ、大丈夫じゃよ」
顔を上げると、ピエロのお面をした小太りの男がランプを片手に手を伸ばしてきていた。
先程まで薄暗くて分からなかったが、喋り方同様おかしな格好をした奴隷商人だ。
ランプに照らされて余計に気味が悪い。
少々抵抗があったが、手をっ取って立ち上がった。
「申し訳ありせんねぇ。奴隷に鬼胎を与える為にぃですねぇ。暗ぁくしているんですよぅ」
「な、なるほどのぉ」
「ええ。でぇはまずはこぉちらですねぇ」
そう言って奴隷商はランプで辺りを照らした。
視界に映りこんだのは無造作に配置された牢屋だ。
「こぉちらは最も人気の高い、混血種とリザードマンになりますぅ」
牢屋の中には威嚇をする者や怯える者など様々だ。
それにしても意外なのは――
「混血種が人気なのかの?」
「ええ。たぁしかに混血種は忌み嫌われるイメージを持たれやすいですがぁ。実はぁ混血種ってぇ親のすばぁらしい性質なんかをどちらも受け継いでるものとかいるんですよぅ」
「ほ、ほほう」
正直良く分からん。
「例えばこちらぁ。こちらはぁエルフとドワーフの混血になりますぅ」
奴隷商は一つの牢屋に近づくと、ランプの明かりを近付けた。
牢屋の中にはエルフの特徴である尖がった耳と金色の髪をした少女が隅っこで怯えている。
エルフの特徴は見受けられるがドワーフの特徴が見受けられない。
ドワーフの特徴と言えば低身長ということぐらいだが、身長は普通の子供程度だし。
「この子はですねぇ。エルフの特徴であぁる高い魔ぁ力。ドワーフの特徴である高い知ぃ能を持ち合わせているんでぇすよぅ」
なるほど。外見面と言うよりは性能面で秀でている訳か。
「よくわかったわい。それで、値はどのほどかの?」
「こちら一帯はおよそぉ……金貨百枚から二百枚といったところですかねぇ。こちらの混血種は最も値が張りまして、金貨二百枚いたしますぅ」
「き、金貨二百枚……とな」
この勢いだと中途半端なところをついても金貨数十枚は必要だろう。
というか金貨二百枚で買う者などいるのだろうか。
「すまんが持ち合わせが足りなんだ。最も安い者を教えてくれんかの」
「さよぉうですかぁ。ではこちらぁになりますねぇ」
更に奥に進んでいく奴隷商について行くと、酷い激臭に鼻が曲がりそうになった。
「な、なんじゃこの臭いは……!」
「ええ、ええ。こちらにおりますのは言わば中古ですねぇ。捨てられた奴隷たぁちが集められていまぁす。処分直前の子達ですよぅ」
「処分、とな」
「はぁい。あまり感情的にぃならないでくださぁいよ? これは仕方ぁのないことなんですぅ」
仕方のない事。
確かにわしが可哀そうだ何だと嘆いても全員を助けれるわけがないし、ここに来ることがなければ知ることのなかった存在だ。
でも、だからこそやっぱり奴隷は好きにはなれそうにない。
「値の方は金貨五十枚から八十枚といったところでしょうかねぇ」
こ、これでも金貨八十枚……とな。
「そそ、そうじゃったか」
「見た所こちらの方も駄目そぉうですねぇ」
「も、申し訳ないのぉ」
いい案だとは思ったが金がないのだからどうしようもない。
ナッツ村にならない事も無いが、金貨百枚だけでも村にとっては大きすぎる。
「そぉんなお客様にとぉってもお得な商品があるんですよぉう。見てみませぇん?」
「う、うむ」
そう言うと奴隷商はテントの入り口まで戻って行った。
正直怪しさしか感じないが……
後を追うように遅れて入り口に辿り着くと、奴隷商が何やら石の様なものが沢山入った籠を三つ、黒い布の下から取り出した。
「これはなんなのじゃ?」
「ええ、ええ。こちらは奴隷石でござぁいますぅ」
「奴隷石、とな」
「はぁい。こぉちらの商品はですねぇ。世界中の奴隷がランダムで一体召喚される代物なんですよぉう」
「ほう」
「値は一つで金貨二枚ですねぇ」
金貨二枚……ギリギリ金は足りるが……
「な、何故そんなに安いんじゃ?」
「それはですねぇ。ランダムと言っても99パーセントの確率で中古品が召喚されてしまうんですよぅ。そぉれは言い変えると、使い物にならない決壊品を押しつける事にもなるわけですねぇ。もちろん1パーセントの確率で混血やリザードマンも召喚されまぁすがぁ」
なるほど。
悩ましいな。本当に使い物にならないというのなら、無駄に出費が嵩むのは避けたい。
「使い物にならないというのはどの程度のものなのか聞いてもよいかの?」
「ええ、そうですねぇ。最悪の場合口がきけなかったり四肢に欠損があったりしますねぇ。まあぁ最悪の場合ですよぉ? 大抵はお客様次第でいくらでもよくなりますぅ」
それなら……買う価値はある、のか?
そもそも、口がきけなかったり四肢に欠損があるなんて、以前の主人の醜悪さに吐き気がする。
もう少しギルドで粘ってからでもいい気がするが……
「むぅ……」
「今日なら特別にぃお客様にサービスしちゃいますよぅ?」
「サービス、とな?」
「ええ、ええ、ええ。即刻ご購入頂けるのであればぁ、奴隷石をもう一つ追加でお値段変わらず……金貨二枚でご提供致しますぅ」
「か、買った!!」
年寄りはサービスに弱いと言うがその通りかもしれない。
わしはまたしても奴隷商の口車に乗せられて、奴隷石を二つ購入したのだった。
宿舎に帰ると、すぐさまベッドに倒れこみ――
「もう駄目じゃ……」
今日一日、勧誘やら闇市やらで動き過ぎためか年寄りの体には相当堪える。
そのまま深い眠りへと誘われていくのだった。
△
「寝すぎてしまったわい」
目を覚ました時刻、午後3時。
予想以上に疲れていたのか思っていたよりも長く寝てしまっていたようだ。
重い体を起こし、顔を洗ってパンを貪りいざ奴隷石へ。
部屋の中央に置いたリュックから二つの奴隷石を取り出す。
奴隷商によると奴隷石に主人の血を垂らすだけで召喚出来るらしい。
「不安じゃ……」
実際に召喚はできるのか。
偽造品を掴まされたなんてことは無いだろうか。
召喚出来たとして思い通りに事が運ぶだろうか。
あらゆる不安が押し寄せるが、やってみないことには始まらない。
一つため息をつくと、リュックの横ポケットから果物ナイフを取り出した。
「ぬぅ」
痛みに耐えつつ親指を浅く切り、一つの奴隷石に血を垂らす。
瞬間、奴隷石からもくもくと煙が立ち上り、部屋が煙で一杯になった。
「な、なんじゃ!? いったい何が起こったんじゃ?」
咳き込みながら窓を開ける。
煙が晴れてそこに現れたのは――
「お主は……!」
なんと、そこに姿を現したのは先日奴隷商に紹介された、エルフとドワーフの混血種だった。
混血種は始め何が起こったのか分からず辺りをきょろきょろした後、わしの存在に気付いて顔色を変えた。
「……い、いやっ」
「ま、待つんじゃ!」
「いぃっ」
途端に逃げ出そうとした混血種に制止をかけると、いきなり首を抑えて苦しみ出した。
「ど、どうしたんじゃ! 大丈夫かの!?」
「けほっ……かはっ」
急いで駆け寄り背をなでる。
おそらく今のは奴隷の契約違反によるものだろうが、いきなりすぐて理解が追い付かなかった。
「苦しいのは、もういやっ」
「大丈夫じゃ安心せい。もう苦しい事はせんからの」
「おじいちゃんは……だ、れ?」
「わしか? わしの事はもちろん全て教えるつもりじゃが、その前にお主のことを教えてもらってもよいかの?」
「は、はい」
混血をベッドに座らせてから、椅子を引いて腰掛けた。
「まずはお主は自分がなんなのか理解しておるのかの?」
「……はい。奴隷、です」
もしかしたら自分が奴隷だと言う事を理解していないのではないかと思ったが、そんなことは無いらしい。
「そうじゃな。では、命ずる」
「……え、い、いやっ」
「お主は今から、奴隷ではないぞ」
「――へ?」
酷い事を命令されると思ったのか一瞬怯えた顔をしたが、わしの命令を聞いてとぼけたような顔になった。
「どうしたんじゃ?」
「え、あの、苦しいこと、かと思った、から」
「苦しい事はせんと言ったじゃろうが」
「……うん」
ほんの少し、混血の表情が柔らかくなった。
「では、名前と年齢を教えてくれるか?」
「は、はい。メイヴの名前はメイヴ、です。十三歳です」
メイヴ。十三歳とな。
思ったより大人だったが、もしかしたらこれがドワーフの影響なのだろうか。
「メイヴ。いい名じゃな。母上か父上が付けてくれたのかの?」
「……え、うん! ママが付けてくれたの」
「そうかそうか。お主の母上はセンスがあるのぉ」
ようやく笑った。
わしとしては奴隷扱いは毛頭するつもりはない。まずは心を開いてもらう事から始めよう。
「お主も聞きたい事は山のようにあるじゃろう。じゃが、少し待ってくれんかの」
「わ、わかりました」
わしが勇者であることや、その為に仲間として奴隷を買った事など、もう一人の奴隷を召喚してから同時に話してしまいたい。
もうひとつの召喚石を部屋の中央に置いて血を垂らす。
「……な、なに?」
「大丈夫じゃよ」
今回ははじめから窓を開けておいたのですぐに煙が晴れた。
現れたのは、黒髪ツインテールの猫耳少女で――
「ここは!?」
メイヴに比べると異様に慌ただしい。
わしを見つけるや否や、猫耳の少女は一切怯えずに掴みかかってくる。
「な、なん――」
「お願い! お願いです! 兄さんを……助けてっ……!」
その少女の顔は、溢れる涙でぐちゃぐちゃになっていた。
お読み頂き誠に有難うございます!
20時投稿の予定でしたが、休日は早めに投稿する事にしました。
では、今後ともよろしくお願い致します!