03話 勇者は道を踏み外す
そして一週間後。
「誰も、おらんじゃと……!」
この可能性を考えていなかったわけではないが、なんだかんだ誰かしら来てくれているだろうと思っていた。
まさか誰もいないとは。
謎の声に従うと東の地で仲間を集えとあったが、集った結果誰も来なかった。
「どうすればいいんじゃ」
謎の声はあれから聞こえてこない。
ロロが話していたのが謎の声と同一人物なら会話は出来るはずなのだが、こちらからのコンタクトは取れそうにない。
あまり謎の声に頼ることは出来なさそうだ。
と言ってもやるべき事が仲間探しであることに違いはない。であれば――
「勧誘、しかないかのぉ」
ギルド内にいる冒険者に自ら声を掛けていくしかない。
そうと決まれば正直誰でもいい。片っ端から声を掛けていく。
「お主達少しいいかの」
まず話しかけたのは食堂で酒を交わしていた若い冒険者二人組だ。
「ん? なんだぁおっちゃん」
「実は――」
「まった! 当てる」
金髪の方が腕を組んで考え出した。
「傭兵探しだな? 依頼部通さねえで直接勧誘たぁ俺の事知ってんなぁおっちゃん」
「ちっげーよバーカ。俺だろうが俺を勧誘しに来てんだよバーカ」
「んだとやんのかてめぇ!」
「おぉなんだやったろーじゃねーか!」
もう一人の、いやどちらも金髪だったがもはやどうでもいい。
取っ組み合いを始めたので静かにその場を後にした。
男は駄目だ。次はおなごにしよう。
「お主、少し話を聞いてくれんかの」
次に話しかけたのはバーで一人居座っているセクシーな女性だ。
下心は正直少しある。
「死んで」
「ぬっ、い、いや、少しだけでいいんじゃが……」
「聞こえなかった? 死・ん・で」
もはや話にすらならない。
食事処は駄目だ。ギルドの受注部に来る冒険者を当たってみよう。
受注部に顔を出すと爽やかな甘いマスクの青年が歩いて来たので、通りすがる途中で声を掛けてみる。
「お主、今時間はないか?」
「僕に言っているんですか?」
これはいけるか?
見た目と違って気が弱そうだが、少なくとも話は出来そうだ。
「そうじゃ! 少し話を聞いてくれんか」
「ごめんなさい。僕、今そんな気分じゃないんです」
「ど、どうしてじゃ?」
「妹が……十日前に行方不明になってから、見つからないんです」
「……そう、じゃったか。悪いことを聞いてしまったの」
「いえ、失礼します」
駄目じゃ。
その後、何人もの冒険者に声をかけたが、誰一人としてまともに会話をする事が出来なかった。
△
当てもなく広場のベンチに腰掛けて、市場で買った暖かいほうじ茶を啜った。
ギルドを出てからどれだけ時間が過ぎただろうか。
太陽が傾き始めている。
「おーい聞こえんのか? おーい」
フェアリーリングに話しかける。
謎の声がフェアリーリングに関係しているのかは、可能性が高いというだけで定かではない。
なんとなくやることがないだけだ。
それにしても本当にどうすれば仲間が出来るのじゃろうか……
「明日考えるとするかの」
そう言って腰を上げようとした時、一台の馬車が目の前を通った。
「今のは……」
荷台に人が何人も乗っていた様に見えたが、目が悪いせいでよく見えなかった。
行くところも無いので一先ずついて行ってみることに。
しかし、馬車と老人の速度の差はまさに天と地の差であり、路地裏を右に曲がったところで見失ってしまった。
「ここを曲がったのは確かなんじゃがの」
路地裏を曲がった先は薄暗くて何もない道だった。
馬車が通れる道がある様には見えないが。
こういう場合は魔法か何かで疑似壁を作って通路を隠している可能性がある。
昔王都に行った時に見た。
適当に道に沿って杖で壁を叩いてみる。
「ぬ?」
杖が丁度道の中央の壁ですり抜けた。
そのまま杖を振って幅を確認。
高さはともかく横幅は馬車でも難なく通ることが出来そうだ。
恐る恐るすり抜ける壁に入っていく。
「これは……闇市というやつかのぉ」
壁の先には明らかに怪しそうな物ばかりが立ち並ぶ市場が広がっていた。
「お、きちゃったな爺さん。まあ、ここは街が認めてる市場だ。悪い事してるわけじゃないから安心しな。表の子供らに見せられないもんとかを扱ってるんだ。それなりに値は張るがいいもんあるぜ。見てきな」
「なるほど。そうさせてもらうかのぉ」
入り口の手前に店を構えるお兄さんが、がっはっはと笑いながらそう言った。
つまりここでは子供に悪影響を与える物や、正規の方法で輸入したもの以外の物を扱っているのだろう。
ゆっくりと市場を回っていく。
怪しい薬。武器。宝石。香辛料。魔法具。魔道書。万屋。
「本当に色々あるのじゃな――ん?」
順々に見ていくと、一つの大きなテントの前に先程の馬車があった。
馬車はもぬけの殻だ。
迷わずテントの扉を開いて中に入ってみることに。
「おぉや、これはこれはお客様ぁ。ちょぉうどいいとこに来ましたねぇ。只今ですねぇ丁度新入りを入ぅ荷した所なんですよぉう」
「そ、そうじゃったか」
癖の強い喋り方をする人物だ。
テントの中が外よりも暗くて容姿を覗えないが。
「ちなみに、この店は何を扱っておるんじゃ?」
「ほほぉう? 知らずに入ってきてしまぁったのぉですねぇご老人」
「すまんの。この市に来たのも初めてなんじゃよ」
「そぉう、でしょうねぇ。ええ」
「そうなんじゃ。それで――」
「ええ、ええ、ええ。そうですねぇ。ここではですねぇ、ど・れ・いを扱っておりますぅ」
奴隷じゃと……
ナッツ村では奴隷を禁止していたし、王都でも目立つわけではなかったから聞きなれないが。
「奴隷、とな」
「はぁい。そうなんですよぉ。ご老人はぁそれなりに裕福に暮らしてきた様に存じ上げますがぁ……奴隷を買った経験はなぁいようですねぇ」
奴隷商は不気味に笑う。
「確かにないがの……」
「そぉですかそぉですかぁ。ではではぁ、この機にどぉですかぁ? 一体、買ってみませぇん?」
「それは」
奴隷にこれといった思い入れは無いが、あまり同じ人間を物の様に扱うのは気分が良くない。
そもそも奴隷がどういった仕組みで成り立っているのかがわからないのだ。
「奴隷にぃ対して後ろめたぁい気持ちとか抱いちゃってますねぇ? たぁしかに人によっては奴隷をぞんざぁいにぃ扱う事がありますぅ。超過労働なんてものは、たまぁに街で見かけたりぃするかもですねぇ。ですがぁ奴隷の扱いは人それぞれなんですよぅ」
「な、なるほどのぉ」
「はぁい。奴隷の契約をぉ結んで頂くと、主人かぁ奴隷のどちらかが亡くなるか主人が契約を破棄するまで破れぇることがありませぇん。契約のぉ完了した奴隷はご主人様に絶対服従いたしますぅ。もしそぉれがお気に召さなければぁ、命令しちゃえばいいんですぅ。ある程度反抗してもいいよぉってねぇ」
それは、例えば奴隷との契約後にわしが勇者であることを信じてもらう事、仲間として戦ってほしい事を命じ、それ以外を全て自由にするとする。
そうすれば奴隷側もどこかの誰かに買われて酷い仕打ちを受けるよりはましなはずだし、わし念願の仲間ができたという事にもなる。お互いにウィンウィンなのではないだろうか。
「そ、それじゃ!!」
こうして、まんまと奴隷商の口車に乗せられた元村長、現勇者のアベル・ナッツは、一歩道を踏み外すのだった。
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