02話 仲間探し
ロロや村のみんなに送りだされて三日。
謎の声に従ってナッツ村から東に進み、辿り着いたのがこの街シャンベルだ。
シャンベルは非常に栄えていて人々が暖かい。
普通ここまで大きい規模の街では入るのにも厳しい検問が必要だったりするのだが、軽い持ち物検査で済んだ。
まあ、そんなわけで辿り着いたはいいが、ここで仲間を集わなくてはいけない。
そこで、この街のギルドに足を運んだというわけだ。
「クエストの依頼でしたら右奥の依頼部ですよ。おじいさん」
募集部の受付嬢は迷いなくそう口にした。
彼女の笑顔は親切心に溢れていて、誤りを訂正するのが少々躊躇われる。
ただその誤りも無理はない。70過ぎの爺が突然ギルドに来て、旅の仲間を探しに来ただなんて思う者がいるだろうか、いやいない。
「すまんがのう。わしは募集部に用があって来たんじゃ」
「……も、申し訳ありません! 私、てっきり」
「いいんじゃよいいんじゃよ」
ギルドに蔓延るは今を生きる若者達。
中には中年のベテラン冒険者がいたりするが、少なくともわしの様な老いぼれが闊歩する場所ではない。
白髪頭の背を丸めた杖を突く爺なんて、間違って入ってきたとしか思えない。
「あの、おじいさん。護衛の依頼の方もですね、依頼部ですので」
「む、そうじゃったか。感謝するぞ」
「はい!」
そうじゃったそうじゃった。わしとした事が、護衛の依頼は依頼部じゃったな。
受付嬢に軽く頭を下げて右奥の依頼部へ――
「そうじゃないんじゃ!」
「ひゃいっ!?」
思わず大声を出してしまい、腰に激痛が走る。
「ぬぅ!?」
「え、え? おじいさん!? 大丈夫ですか? おじいさん!」
「だ、大丈夫じゃ大丈夫じゃて」
慌てて窓口から身を乗り出す受付嬢。
心配かけまいと必死に立ち上がるが、杖が尋常じゃない振れ幅で揺れる。
「本当に大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫じゃ! いいか、わしはな。旅の仲間を集いに来たのじゃよ」
「たびのなかま、ですか」
「うむ」
「それは、大変失礼致しました。で、ではおじ――お客様、まずはお名前をお伺いしてもよろしいですか?」
受付嬢は納得いかない表情で、羽根ペンを手に取った。
「アベル・ナッツじゃ」
「アベル様ですね。次に募集条件をお伺いします」
「条件は特にないのぉ。こんな老いぼれと一緒に来てくれるというだけでありがたい」
「かしこまりました。種族、職種、性別、年齢の指定はフリーでよろしいですね?」
「無論じゃ」
「では、最後にお客様の職種と旅の目的をお伺いします」
ギルドに来るにあたってもっとも危惧していた質問だ。
はたして信じてもらえるか否か。
――信じてもらえないじゃろうなぁ。
「職種は……その、言う前に忠告しておくがの、わしがこれから言うのは嘘偽りの無い、正真正銘の真実じゃ。決して疑うでないぞ?」
「は、はぁ。わかりました」
「わしは――」
「はい」
「勇者じゃ。目的は、魔王を倒すこと」
わしの言葉を聞いた受付嬢は、口だけで笑いながら受付の窓をそっと閉じた。
「疑わないって言ったんじゃがなぁ」
それから軽く一時間、受付の窓は閉ざされたままだった。
△
「開けてくれんかのぉ」
いまだ募集部の受付は閉ざされている。
もう、相手にするのが疲れてしまったのだろう。
このまま勇者だと言い張ってもいいのだが埒が明かない。ここは効率的な嘘が必要だ。
「すまんかった。わしは勇者ではない。少しばかりからかってみたくなったのじゃよ」
そう言うと、受付の窓がゆっくりと開かれた。
「そうです、よね。ははは」
「本当にすまんかったの」
「い、いえいえそんな。こちらこそ申し訳ありませんでした。ちょっとめんどくさくて……」
「むっ?」
「えっ?」
聞かなかった事にしようかの。
「それで、仲間募集の件なんじゃが……」
「あっはい! その、はい! 申し訳ありません! えと、なんでしたっけ?」
本音が漏れて動揺しているようだ。顔を真っ赤にしてあたふたしている。
「落ち着かんか。わしが悪かったからの。気にせんでくれ」
「……はい。申し訳ありません」
さっきからこの受付嬢は謝りすぎだ。
謝らせているのはわしだから何も言えないが。
「そう何度も謝るでない。癖になるといかんぞ」
「もうし――はい。では、えっと……本当の職種と旅の目的を教えて下さい」
本当の職種。
それは無論勇者なのだが、嘘をつくなら何だろう。元々戦闘とはかけ離れた単なる村長にすぎない。剣士はあり得ないし盗賊も無理……魔法使いなら杖も持っているし、どうにか誤魔化せるじゃろうか。
「ま、魔法使いじゃ」
「魔法使い、ですね」
誤魔化せた。
「目的は、そのじゃな……」
魔王を倒すと言っても、まだ動きらしい動きをしている訳ではない。
他に何か――
「ボランティアじゃな」
なんっじゃそれ!
「ボランティア、ですか」
「う、うむ。わしはただ残りの人生を何もしないで過ごすのが納得できなくての。せめて残りの人生、誰かを救って終わりたいのじゃよ」
「そっ、そうなんですねっ」
ただ適当な言葉を並べただけなのだが、受付嬢はそれを真っすぐ受け取って涙している。
本当に心優しい子なのだろう。
「では、こちらの条件で募集を掛けさせて頂きますねっ。一般の方の募集は期限が一週間となっていますので、一週間後に待合室三番席にいらして下さい。もし参加希望の方がいればいらしているはずです」
「了解じゃ。今日は本当にすまなかったの。それで、料金はいくらじゃ?」
「銀貨一枚になります!」
銀貨一枚か。生憎村から持ってきたのは金貨三枚。
銀貨百枚が金貨一枚なのでお釣りが凄い事になってしまうが、そればかりはどうしようもないことだ。
「すまんがこれでいいかの」
腰に掛けた銭袋から金貨を一枚取り出した。
「あ、はい大丈夫、です」
受付嬢は明らかに迷惑そうな顔をしたが今回は本音を漏らすことはない。
「こちらお釣りの方が銀貨九十九枚になります」
「う、むっ」
お、重い。
当たり前だが金貨一枚が銀貨九十九枚になったのだ。物量そのものが多い。
重くなった銭袋をリュックにしまって背負いなおした。
「じゃあ、失礼するぞ」
「ご利用ありがとうございました!」
ようやく募集を申請する事が出来た。
疲れたので宿舎を借りて今日は寝るとしよう。
一週間後、はたして誰か来てくれているのだろうか。もし来てくれているのなら、その時はわしが勇者であることを信じてもらう事から始まるのか……
先の受付嬢の様にまず信じてもらえないだろう。はぁ、まったく先が思いやられるのぉ。
今日はもう一話投稿します! 明日からは一本投稿です。
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