01話 村長、勇者になる。
ナッツ村。
五百年前、この村から一人の勇者が誕生した。
当時世界を滅亡の一歩手前まで追い込んだ災厄で最悪の存在、魔王から世界を救った勇者の故郷。
わしが童の頃から、勇者フランは伝説として語り継がれてきた。
この村が五百年以上廃村になることなく存続しているのは、勇者の故郷であるが故に王都から経済面での援助を受けているからだ。
ただ、それも今年いっぱいでお終い。
新たな国王に即位すると共に、ナッツ村への援助はなくなってしまう。
観光客も減って収入源が名物の葡萄だけになってしまうと言うのに、近年は凶作続き。
わしが村長になる前から王に頼りきりな所はあったが、こうなる事を見越して何か新たな収入源を確保しておくべきだった。と今更後悔しても後の祭りだ。
しかし、何としてもわしの代で勇者の故郷であるこのナッツ村を終わりにする訳にはいかん。
なにか策はないかと村の面々と苦悩していた時、奇跡は舞い降りた。
なんと、孫のロロが勇者の証を示したのだ。
この村には勇者の七具と言われるものの一つ、フェアリーリングと言う指輪がある。
フェアリーリングは人が身につけると青く輝き、勇者が身につけると赤く輝くと言われている代物だ。
十五年前にその指輪をまだ赤子だったロロに身につけた時、指輪は赤く輝いた。
当時は新たな勇者の誕生に歓喜していたが、勇者の誕生は反対に新たな魔王が誕生した事も意味している。
可愛い子にはなんとやら。ロロを旅に出さないといけない。
共にいれるのは成人するまでの十五年。
その十五年間、わしはロロをめいっぱい可愛がり、甘やかし続けた。それも今日で終わりだ。
「ロロ、いや勇者ロロよ。本当に逞しくなったのぉ」
「何言ってんの、じーちゃん」
葡萄を塞ごと貪りながら、ロロは泣きそうになるわしを見て言った。
村のみんなでロロを見送るところだ。
「お主はこれから沢山の困難にぶつかるであろう。だが忘れるでないぞ。疲れたらいつでも帰ってきていいんじゃからな」
「だから何言ってんだよ、じーちゃん。みんなも集まって、え、なんかあんの?」
「信頼できる仲間との絆を深め、友と己の力を信じて魔王を倒すのじゃ!」
「なにそれ、魔王? なんで俺がそんな面倒なことしなきゃなんないの?」
「さあ、行くがいい!」
ロロも名残惜しいのか必死に訴えて来るが、ここは心を鬼にするべきだ。
「皆のもの、新たな伝説の始まりじゃ。盛大に送りだしてやろうではないか!」
村のみんなの歓声。
それぞれが思い思いに気持ちを投げかける。
「ちょ、煩いな!!!!」
唐突に怒鳴るロロに村が静まりかえり、みんなの視線が向けられる。
わしもロロがこんな大声を出すのを初めて聞いて驚きを隠せていない。
「ど、どうしたんじゃ、ロロよ」
「どうしたもこうしたもないよ。何なのこれ。無理やり着替えさせられるし、武器持たされるし」
「えぇ、いや魔王を倒しにじゃの……」
「なんで?」
「なんでって、勇者だからじゃが」
今更何を言っているのか。
ロロが勇者であることは小さいころから言い聞かせているはずだが。
「はあ? 俺が勇者って、まだ子供扱いしてるの? 昔から勇者勇者って茶化すけどさ、俺もう十五だよ?」
「……」
な、なるほどそうか。そう捉えてしまっていたのか。
「もういいよみんな。じーちゃんの我儘に付き合ってくれてありがとう! 解散!」
わしのドッキリか何かだと勘違いしたのだろうが、村の大人たちは皆ロロが勇者であるという事実を知っている。
「ロロよ、お主が勇者だという事は事実なんじゃ」
「まだ言うのかよ。じゃあ証拠、証拠はあるの?」
「お主が指につけているフェアリーリングじゃよ」
「これ? ああ、なんか勇者が付けると赤く光るんだっけ。確かに赤く光ってるけど、細工してあるんじゃないの?」
「この村にそんなことが出来る人間がいると思うか?」
「じゃ、じゃあ、王様に頼んだとか」
「そんな金はない」
ここまで言ってようやく自分が勇者かもしれない、と疑い始めたようだ。
「マジなの?」
「マジじゃよ」
「……」
「わかってくれたかの? であれば勇者ロロよ、いざ!」
「嫌だ!」
黙ってうつむいたロロを鼓舞するように声をかけると、ロロは反射的に怒鳴った。
「な、何故じゃ?」
「俺は……俺はもっとだらだらのんびりこの村で過ごしたい! 優しい皆に囲まれたこの村で幸せに暮らしたい! それなのに、死ぬかもしれないんだろ? 嫌だよ! もっと皆と一緒にいたいよ!」
めったに言わない心の内をさらけ出すロロ。
そんな彼の姿を見たみんなからどっと拍手と歓声が沸き起こった。中には涙する者もいる。
「いくな!」「どうしてロロなんだ!」「おにーしゃん、いからいで!」なんて声が聞こえて来たりして。
そりゃ、わしだって可愛い孫を行かせたくないに決まっている。
じゃが、世界のためにと思ってわしは……!
「ロロよ――」
「待ってじーちゃん、なんか聞こえる」
そう言ってロロは目をつむって耳を傾けた。
「うん……え? うん、そうだよ。それは――うん。多分それなら……大丈夫」
ロロが誰かと話をしているが、相手の姿が見当たらない。
「ど、どうしたんじゃ?」
『勇者の証が、譲渡されました』
――?
今何か聞こえたかの? 気のせいか。
「じーちゃんこれ」
ロロが身に付けたフェアリーリングを見せてきた。
「ぬ? あ、青く輝いておる、じゃと……!?」
青い輝き。つまりそれは単なる人間であることを示していることになる。
直前まで赤く輝いていたはずだ。
「ちょっと付けてみて」
「わしが?」
渡されたフェアリーリングを恐る恐る右手の薬指にはめる。
何故か嫌な予感が頭をよぎって目を瞑ってしまった。
いや何も心配する必要はない。以前にもわしは付けたことがあるが、その時は青く輝いた。勇者ではない。
「お、おお! 村長、それは……!」
村の男が仰天したような声をあげる。
「――嘘、じゃろ?」
ゆっくりと目を開いた時、映ったのは赤だった。
『勇者アベルよ。東に向かいなさい。東の地にて、仲間を集うのです』
頭に響く女の声が確かにそう言った。
この声は一体何なのか。どうしてこんなことになったのか。わし自身わけも分からぬまま勇者になったのであった。