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第5集《雨宿り》

  空は黒い雨雲に覆われ夜のように暗く、降りしきる雨は滝のように激しく地面を叩く。


  そんなびしょ濡れの道を、一人の少年が走っていました。


「母さんのバカ! 今日雨降るなんて言ってなかったのに!」


  少年、公平はそう悪態をつきながら、目に雨が入らないように片手で庇を作り、雨宿りできる場所を探していました。


  出かける前は、母から今日は1日とてもいいお天気と聞かされていたので、傘など用意していなかったのです。


  視界の左右には深い林がありますが、薄暗くて足を踏み入れる気にはなりません。


  濡れ鼠になりながらも、公平はある場所を見つけました。


「あそこで雨宿りしよう」


  そこは小さくて粗末なバス停でした。


  小さな街灯に照らされ、申し訳程度のサビが浮いた屋根と、三人がなんとか座れるほどの浮かぶ椅子。それしかない古びたバス停です。


  (こんなところにバス停なんてあったっけ?)


  そう不思議に思いながらも、雨宿りができる場所を見つけた喜びが優り、遠慮なく使わせてもらうことにしました。


「ふ〜。助かった〜〜」


  椅子に座った公平は全身についた雨粒を手で払いながら、携帯を取り出します。


  母に連絡して、傘を持ってきてもらおうと思ったからです。


「あれ? 出ないな」


  しかし母は出ず、ずっと呼び出し音が鳴るばかり。


「買い物行ってるのかな? はあ〜、俺ってついてないなー」


  仕方なく公平は電話を切り、メールを送ります。


  その間やる事がないので、携帯のネットを見ながら返信を待つことにしました。


  携帯を見ている公平の耳に届く音は、空から落ちて来る雨粒がざあざあと地面を叩く音だけです。


  そこに、雨よりも大きいものが地面に当たる音が響きました。


「ん?」


  なんとなく気になって、音がした方を見ると、そこに一人のとても綺麗な女性がいたのです。


  中学生の公平より年上でしょうか。何故そう思ったかというと、女性が来ている服です。


  それは高校の制服。セーラー服に見えたからです。長袖なのでおそらく冬服なのでしょう。


  けれど何かおかしい。黒髪を三つ編みにした女性は、この雨の中傘も差さずに、じっとこちらを見ているようでした。


  目が合うと、女性がにっこりと微笑みます。


  公平は恥ずかしくなって、慌てて携帯に視線を落としました。


(こんな雨の中で女の人が何してるんだ? もしかして、幽霊? いやいや、そんなのいるはずない。きっと幻だ幻)


  公平はそう自分を納得させますが、どうにも女性の事が気になります。


  恐る恐る携帯から視線を外し、先程女性がいたところを、つい見てしまいました。


「あれ?」


  けどそこには誰もいませんでした。


「なんだ気のせいかよ。 驚かすなよな」


  公平は、雨で冷え切った身体から流れた汗を、手で拭いつつ携帯に視線を戻します。


  視線を落とした途端、自分の左側にぺたりと柔らかな感触が触れてきました。


  誰かが座っているのです。


  そちらに視線を向けると、そこにはさっき見たセーラー服と、白くて眩しいふとももが目に入ってきました。


(誰かいるぞ。さ、さっきの女の人? いつの間に? )


  公平は怖くなり、携帯を見るふりしてギュッと目を閉じました。


  いつの間にか隣の存在が消えていることを願って。


  けれど視界を塞いでも、それ以外の感覚は塞ぐことはできません。


  隣から柔らかな感触が動くのが伝わり、さらに密着してきます。


  その熱は雨で冷え恐怖で固まった公平の身体を、ゆっくりとほぐしていきます。


  公平が目を瞑る中、自分の左手が何かとてもしなやかで柔らかいものに掴まれました。


  一瞬遅れてそれは女性の両手だと気づきました。


  公平の手はそのまま持っていかれ、太ももとは違う柔らかいところに押し当てられると、すりすりと上下に擦られます。


  公平は一体何をされているのかと、気になって薄眼を開けて見てしまいました。


  なんと、女性は自分の左手をほっぺに当てて頬ずりしていたのです。


「な、何してるんですか⁈」


  慌てて、手を離そうとしますが、女性の力は見た目より強く全く動きません。


「離してください!」


  怯える公平に女性は微笑んだまま、艶やかな唇を動かします。


「嫌です。だってわたくし、君の事気に入ってしまったのですもの」


  女性はそう言って顔を近づけてきます。それと同時に、甘い香りが漂ってきました。


  その匂いを吸い込んだ途端、公平はもっともっと嗅ぎたくなり、携帯を落としたのも構わずに自分から顔を近づけていきます。


「さあ、お姉さんと一緒に行きましょう?」


「……はい」


「いい子ね。もう離しませんよ。君は私のもの。ずうっとお姉さんと一緒にいましょうね」


  公平の唇に、この世のものとは思えない柔らかく濡れた感触が覆いかぶさりました。それは女性の唇でした。


  口の中に柔らかいものが入ってきても、それを拒む事なく受け入れていきます。


(何だろう。すごい幸せな気持ちだ。ずっとこのままでいたい)


  その瞬間、公平は自分の身体の1番奥から、とても大切なものが吸い出されているのを感じました。


  けれど、それすらも彼は幸福に感じていたのでした。


  雨が上がった翌日の事。交番に携帯が届けられました。拾った人の話では道端に落ちていたそうです。


  携帯には、母親と思われる女性からから数十件の着信やメールが届いていましたが、一つも返信されていませんでした。


  直ぐに警察はその少年を捜索するのですが、持ち主の痕跡一つ発見できず、ついに捜査は打ち切られました。


  見つからないのは当たり前です。だって、こことは違う世界に行ってしまったのですから。


 ――完―― 

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