第18集《魔法のふろしき》
2月23日は風呂敷の日という事で、この物語を思いつきました。
いらっしゃいませ。2月も半分以上過ぎたけど、まだまだ寒いね。
さて今日はなんの日か知ってる?
富士山の日? それも正解だけど、もう一つあるんだこれが。
今日のお話はそれにちなんだお話。
☆☆☆☆
誰も彼もが眠りにつく深夜。商店街を見守るように一つの建物から煌々と灯りが漏れていました。
それはコンビニではありません。小さな交番です。
交番には一人の若い警察官が欠伸を噛み殺しながら、椅子に座って真っ暗な外を眺めていました。
彼は今年に配属されたばかりの新人で、あまり町のことはよく知りません。
本当なら定年間近の先輩と一緒だったのですが、その先輩が体調不良で休んでしまった為に、彼は一人で深夜の交番にいるのでした。
(全くいい歳なんだからさっさと引退すればいいんだ)
彼は今日何度目かのあくびを噛み殺しながら、何をするわけでもなく外を眺めています。
当たり前ですが、真っ暗な道には人っ子一人いません。
今日は金曜日でもないので、次の日が休みで羽目を外しベロンベロンに酔っ払ったサラリーマンの姿もありません。
「暇だな」
自然と口からそんな言葉が漏れたその時でした。
「ん?」
真っ暗な道を誰かが歩いているのです。その人物は背中に大きな荷物を背負っていて、交番をそのまま通り過ぎようとしています。
若い警官は目を凝らして驚きました。
外にいたのは身長130センチくらいの少年だったのです。
若い警官は慌てて交番の扉を開けます。冬の冷気で身を震わせながら少年に声をかけました。
「君。こんなところで何してるんだ」
歩いていた少年が立ち止まって振り向きます。
短かく切り揃えられた黒い髪に大きな黒い瞳。その愛らしい容姿に、若い警官はなぜかドキッとしてしまいました。
務めて平常心な警官は話しかけます。
「こんな時間にどこへ行くんだ……」
警官が腕時計をちらりと見ると深夜2時を回っていました。
そんな時間に小学生が一人で歩いていれば、誰だって呼び止めるものです。
少年は誰もが見惚れるような微笑みを警官に返します。
若い警官は内心の動揺を隠しながらも、警察官としての職務を果たそうと、少年に話しかけます。
「こんな時間に何してるんだ? とりあえず外は寒いから中に入りなさい」
「はい。ありがとうございます。おまわりさん」
鈴を転がすような綺麗な声で返事をして、少年は交番の中へ入りました。
交番の明かりで気づいたのですが、少年の服装はとても冬に出歩くものではありません。
何故なら半袖のポロシャツに半ズボン。まるで凍死する為に外に出るような格好でした。
「そんな格好で寒くないのか?」
暖房の効いた交番に中にいて、すっかり忘れていたのですが、外の寒さはまだまだ冬のそれ。肌が切れるのではないかという寒さです。
「別に寒くありませんよ」
少年はにこやかに返します。その表情からも寒さを全く感じていないようです。
「そ、そうか、まあ寒くないならいいんだが、とりあえず座りなさい。何故こんな時間に出歩いているのか話して。それと背負ってる荷物下ろしたらどうだい?」
書類を用意した若い警官が、持っているペンで指差したのは少年が大事そうに背負っているものです。
それはなんの変哲も無いふろしきでした。
一見なんの変哲も無いのですが、少年が持つには大きすぎるのではないかと思うほど、はち切れんばかりに膨らんでいます。
「これは大事なものなので大丈夫です」
「大丈夫に見えないから言ってるんだ。よければいったい何が入っているのか教えてもらえるかな」
「分かりました」
「素直でよろしい」
警官が少年の言葉を書き残そうと、書類に目を落とします。
「このふろしきには、僕の大事なものがたくさん入っているんです」
「沢山の物?」
若い警官が想像したのは、着替えや食べ物などでした。
(やっぱり家出かな。でもこんな寒そうな格好だから親に追い出されたのか?)
「はい。このふろしきには僕の家族がいます」
少年の一言は、若い警官の想像をはるかに超えた一言でした。
「うん? 家族? 」
そこで警官が顔を上げると、少年の黒い瞳と目が合いました。
微笑む少年の顔はとても冗談を言っているようには見えません。
「ははは。冗談はやめてくれないか? 君の家族が風呂敷に入っているはずないだろう」
「いいえ。冗談ではありません。この中には僕の両親と妹がいて、ペットの犬のタローと、そしてみんなが住む家とお父さんの車と……」
「冗談はやめないか!」
警官は少年が笑いながら言うその内容が空恐ろしくなって、つい語気を荒げてしまいました。
けれど、少年は微笑みを浮かべたまま話しを続けます。
「おまわりさん。僕は冗談は一つも言っていません。このふろしきには本当に僕の家族がいるんですよ」
少年は「見せてあげますね」と言って、テーブルの上に風呂敷を広げます。
そこにはミニチュアの街が入っていました。一つ一つの建物はとても精密にできています。
けれどそれ以上に若い警官の目を引いたのは、ミニチュアの街に配置された人形です。
小さくて動いてはいませんが、とても良くできていて、今にも動き出しそうなほど。
さらに顔を近づけて見ると、その表情も時を止められたかのように生々しいものでした。
「ひいっ!」
若い警官は驚いて、椅子から転げ落ちてしまいます。
怯える警官に対して、少年は近づくと微笑を浮かべながら彼を見下ろす。
「この町にはある人がいなくて探してたんですよ。やっと見つけました」
「何言ってるんだ?」
若い警官は少年が何を言おうとしているのか薄々と察してしまい、何度も首を横に振ります。
逃げたくても腰が抜けて動けません。
「おまわりさん。僕の町でみんなを守るおまわりさんになってくださいね」
少年は新しいおもちゃを見つけた子供のような笑顔のまま、若い警官に手を伸ばすのでした。
少年は風呂敷を背負って交番から出てきます。その交番にいたはずの若い警官の姿はありません。
そして彼がいなくなったことに気づくものも誰もいませんでした。
何故なら、若い警官の存在ごと、少年の背負うふろしきの中に包み込まれてしまったから。
だから、この事を知るのは、これを読んでいるあなただけなんですよ。
――おわり――