第17集《真っ白な彼女は猫が好き》
銃と百合の組み合わせは最高だと思います。
いらっしゃい。
ニヤニヤしてどうしたのよ?
何、ネコカフェ行って癒されてきたって。
猫にふみふみされて可愛かった? 君、ドMなの?
冗談、冗談だよ。ほらじゃあ今日は猫にちなんだこのお話をどうぞ。
☆☆☆☆
階段を上りながら、わたしの心臓は今早鐘を打っている。
別に運動不足だからではない。
これから会う人の事を想うと、どうしても心臓が抑えきれない。
でも嫌じゃない。だって身体も、あの人に会える事を喜んでいる証拠だから。
ギュッと胸のあたりを押さえながら、わたしは階段を上り、あの人が待っている場所に向かう。
「ハァッハァッハァッ」
息が切れる。あの人がいる場所に近づくたびに心臓がはち切れそうだ。
その前にコンパクトミラー取り出す。髪型が乱れていないかチェックしなきゃ。
鏡に映るのはピンク色のツインテールと猫目の大きな黒い瞳。
うん髪の毛乱れてない。わたしの顔は今がベストコンディション!
「すぅーはぁー……行くぞ!」
わたしは一度深呼吸して息を整え、ドアノブを握り、ぶち破るような勢いで扉を押し開けた。
太陽の光がわたしの目に飛び込んで、思わず目を閉じてしまった。
太陽邪魔しないで!
眩しさで絡んだ目が慣れてきたので、あたりを見回すと……いた!
冬が終わりに近づいた昼の暖かい日差しの下で、その人は屋上のベンチに腰掛けて文庫本を読んでいる。
白銀の雪のような白い髪をかきあげながら、ゆっくりとページをめくるその姿にわたしは、しばらく見惚れていた。
「綺麗……」
思わずそんな言葉が口から出た時、その人がこちらを向いて細長くて白い瞳と目が合った。
それだけで心臓が口から飛び出してきそうだ。
わたしは心臓が飛び出す前に、歩いて近づいて行く。
「先輩 こんにちワ」
やばっ。声が裏返っちゃった。
「ふふ。変な言い方だね。こんにちは」
そう言ってわたしの失敗に、柔らかい微笑みを浮かべるのは、わたしの一年上の先輩だ。
「もう、先輩笑わないでくださいよ!」
「ごめんね。ほら立ってるのもなんだし、座ったら?」
そう言って、先輩が腰を浮かして、わたしが座るスペースを作ってくれた。
「いいんですか……失礼します」
先輩が今まで座っていたところに腰を落とす。ほんのりと温かい。まさか先輩の温もり! そう思ったら顔が熱くなるのが止まらなくない。
「後輩ちゃん」
「は、はい! なんですか先輩」
他の人が聞けば、「後輩ちゃん」なんて変な呼び方に思うかも知れないけれど、わたしは呼ばれてとても嬉しいんだから。
「顔真っ赤だよ。熱あるの?」
先輩が、文庫本をベンチに置いてわたしに顔を近づける。
顔が先輩の白い肌が、瞳が、髪の毛がわたしの目前にあるよ!?
「せ、先輩、ち、近い……」
「動かないで」
そう言われてしまったらわたしは逆らう事なんかできません。
ただ、とても顔が近いので、恥ずかしさで先輩の綺麗な顔を見られなくなり目を閉じてしまう。
真っ暗な視界の中で、コツンとわたしのおでこにヒンヤリとしたものが当たった。
「?」
「熱はないみたいだね」
「!!!」
わたしの顔に先輩の吐息がかかる。それにも驚いたけど、目を開けてさらに驚き。
先輩の顔がわたしの視界を埋め尽くしていたからだ。
目が合った先輩は、微笑みながらわたしから離れて行く。
助かったと思いながらも、勿体無いと思う気持ちが半々だ。
「後輩ちゃん。今日は何の用かな。大事な話があるって言ってたよね」
「は、はい」
そうだった。先輩の思いがけない行動にすっかり忘れてたよ。
「わたしはベンチから立ち上がって先輩の前に立ち、姿勢を正す。
先輩の白い瞳がわたしを見上げた。
目をそらしそうになったけど、今から話す事を考えたら、それは失礼な気がして、わたしもしっかりと先輩の綺麗な瞳をじっと見つめる。
「先輩。今日呼び出したのは、伝えたいことがあるからです」
「何?」
口の中が乾く。声が出ない。このまま何でもないと言って帰りたい。だって、もし断られたら、先輩との今の関係が終わっちゃう。
けど、このままじゃ嫌なの!
わたしは何とか動こうとしない口を半ば無理やり動かす。
「気持ち悪いと思うかも知れないけど、先輩。最後まで聞いてください」
「うん」
先輩は何か察したのだろうか。先程よりもわたしの瞳をじっと見つめる。
わたしも負けじと視線を交差させながら、先輩へ想いを紡ぐ。
「最初先輩を、ノラ猫と遊んでいる先輩を見た時から、見た時から……」
言え。わたし! 早く言うんだわたし!
「好きです! わたしと付き合ってください!」
言えたー! わたしは自分の中の想いを伝えられた事で、心がスッキリとした気がするが、それも一瞬。先輩の返事の事を考えたら、身体が重くなっていく。
もし、断られたらどうしよう。
いや、その可能性の方が高い。同性同士の恋人なんて、変な目で見る人が多い。
わたしだって自分が女性を好きになるなんて夢にも思わなかった。けれど猫と抱き上げた先輩を一目見た時から、わたしは確信したんだ。
この人のことが好きって。
先輩が無表情で立ち上がり、こっちに手を伸ばしてきた。
もしかして叩かれる。そう思ってわたしは、胸の前で両手を握り、瞼を閉じてしまう。
けれどいくら待っても痛みは来ない。代わりにわたしの右頬に、しなやかですべすべとした冷たい感触が触れた。
「後輩ちゃん。目を開けて」
わたしは言われた通りに瞼を開けた。
視界に映る先輩は、今まで見たこともないような美しい笑顔だった。
「ありがとう。私の事好きって言ってくれて。嬉しいよ」
「じゃ、じゃあ……」
わたしの期待は、続く先輩の一言で砕け散る。
「でもごめんね。付き合うことはできないんだ」
「えっ……」
フラれた。もう先輩と会えなくなっちゃう。そう思ったら私の両目から暖かいものが溢れて頰を伝う。
先輩の手にもそれはかかる。どうしよう。汚いって思われたらやだな。
「後輩ちゃんはあったかいね。優しくて、猫のような瞳も可愛いし、それにほっぺも柔らかい」
先輩の口からわたしの予想してない言葉が出てきた。
「えっ、えっ? えっ!?」
フラれた直後に、褒められまくってわたしの思考回路がショートしそうだ。
「私も後輩ちゃんの事好きだよ」
「じゃあ……」
その後を喋ろうとしたら、先輩の指が私の唇に当たった。
「でも、ごめんね。私と付き合ったら不幸になるだけだから」
「どういう事……ですか?」
わたしが尋ねると、先輩が右手をわたしに向ける。いつの間にかその手には、長くて黒い塊が握られていた。
「銃?」
それはシグザウエルP226だった。マガジンには9ミリ口径の弾丸が15発。バレルの先端には長方形の減音器が装着されている。
その精密機械のような美しいフォルムは先輩によく似合っていた。
「正解。よく知ってるね」
「本物なんですか? なぜ先輩がそんなものを……」
そこまで言ったところで、先輩の視線がそれる。どうやらわたしの後ろを見ているみたい。
初めてわたしも気づいた。いつの間にか先輩の背後にも人がいたのだ。
高校の制服を着た男子二人組が、先輩の背中に無機質な瞳を送っている。
制服から見て同級生なのだが、わたしは二人とも名前はおろか顔も知らなかった。
先輩の背後にいた二人が音もなく近づく。
その手にはいつの間にかナイフが握られていた。
「先ぱ……」
「口を閉じて!」
今まで聞いたことのない先輩の鋭い叫びに、わたしは口をつぐむ。
先輩は、銃をわずかに傾けて引き金を引いた。
空き缶が勢いよく潰れるような音がして、わたしの頬を音速で弾頭が通り過ぎていく。
ほぼ同時に背後で何かが倒れる重い音と、柔らかいものが潰れたような湿った音が聞こえてきた。
先輩は空薬莢が地面に着く前に、素早く振り向き、背後からナイフで突こうとした二人にP226の銃口を向けた。
右手側の男子に二発。銃をスライドさせて、もう一人に二発。
ほぼ同時に、二人とも頭と胸に穴が空き血が噴き出す。おそらく胸を狙った弾丸は心臓を貫いたみたい。勢いよくポンプのように血を吹き出していた。
空薬莢が屋上の床に落ちて、澄んだ金属の音を立てる。
「先輩。大丈夫――うっ!」
先輩に声をかけようとしたわたしの首に何かが巻きつく。それは同じ制服を着た女子の左腕だった。
どうやらもう一人どこかに隠れていたようだ。
先輩がわたしの後ろにいる女子生徒にP226を向ける。
「後輩ちゃんを離せ!」
先輩の初めて見る怒った姿に、こんな状況でもわたしはキュンとしてしまう。
だって、わたしのために怒ってくれてるんだもん!
「こいつを殺されたくなかったら銃を捨てろ」
後ろの女子高生がわたしの首にナイフを突きつける。
先輩は銃を突きつけたまま動かない。きっとわたしが足を引っ張ってるからだ。
先輩の足手まといにはならない!
「先輩!」
「後輩ちゃん?」
わたしはナイフを突きつけられても話し続ける。だってわたしのこと全部知ってもらいたい。
「先輩。わたし先輩が好きです! 戦う姿もすごく美しくて、ますます大好きになりました!」
「…………」
先輩は何も言わないけど、顔がほんのりと赤い。
ヤバい。すごい可愛い。
「だから、先輩の敵はわたしが殺します!」
「何言ってるんだ!」
わたしの後ろの女子高生が首に力を込める。でもそれでわたしを拘束できたと思ったら大間違い。
素早く動いて、右手で女子高生の右腕を掴んで固定し、ナイフを掴んでいた右親指を左手で掴んでへし折る。
乾いた音と共に親指が変な方向に曲がり、女子高生の力が緩んだ。
わたしはそのままナイフを奪い取り、躊躇せずに女子高生の下顎と首の間に突き刺す。
切っ先は脳まで達し、女子高生は顎からナイフを生やしたまま仰向けに倒れた。
「後輩ちゃん。君もわたしと同じだったんだね」
わたしは振り向いて、肯定の意味を込めてとびっきりの笑顔を先輩に向ける。
「はい。わたしも先輩と同じ殺し屋なんです。だから自分の身は自分で守ります。お願いですわたしと付き合ってください先輩!」
先輩は何も言わずに頷いた。それだけで充分だった。
わたしは駆け寄って先輩に抱きつくと、我慢できずにキスをする。
先輩は拒まない。
まるでウェディングベルのように昼休み終わりのチャイムが鳴り響く中で、わたした達はキスをしたのだった。
――おわり――
最後まで読んでいただきありがとうございました。
あんま猫出てきませんでしたね。すいません。