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第12集《ツバメの女王とまんまるメジロ》

  いらっしゃい。毎日ご来店ありがとうごさいらっしゃいまーす。


  すごい厚着だけど、外はまだ寒いのかな?


  おかしいな。そろそろ春の訪れを告げる風が吹くはずなんだけど……。


  まあ、君の世界とこっちの世界は時間の流れが違うからしょうがないか。


  ん? ああ、気にしないで、独り言だから。


  はい。じゃあ、今日のお話は春を告げる風のお話だよ。


 ☆☆☆☆


  各地に豪雪を降らせて全国統一を果たした冬将軍のせいで、今年の寒さは例年以上に厳しいものでした。


  その冬将軍が一仕事を終えて眠りにつき、春の姫様が、春の訪れを知らせようと日本に向かっていたのと同じ時期、人里離れた山に鳥たちの王国がありました。


  何をしているのか、ちょっと覗いてみましょう。


  そこに集まる鳥の視線は、木の上にいる二羽に注がれているようです。


  一羽はツバメ。彼女はスラリとした美しい流線型の体を持ち、背中の黒い羽は艶々として、とても美しく気品にあふれています。


  その堂々とした佇まいは、まるで王者、いえ女王のような風格です。


  それもそのはず、彼女(ツバメ)はこの国の鳥たちの女王なのですから。


  そんな彼女の横に立つのは、マリモです。


  いえ違いますね。よく見ると嘴があり目がありました。それは藻ではなく鳥でした。


  (ウグイス)色の羽毛に包まれ、目の周りだけが白い鳥、メジロでした。


  隣に立つツバメと比べてしまうと、丸々としていてとても柔らかく愛嬌がありますが、今は多くの鳥たちの注目を浴びて、プルプルと小動物のように震えています。


  縮こまってふわふわの羽毛を震わせるその姿はとても可愛らしいです。


  これから行われるのは競争です。二つ離れた山を折り返してここまで戻ってくるというルール。


  勝者は、何と、鳥たちを統べる王になれるのです。


  ツバメの女王はここ数年、どんな挑戦者をも退けてきた絶対王者(ディフェンディングチャンピオン)


  彼女はまるで流れ星のように早く、誰も叶いません。


  やがて挑む鳥はいなくなってしまったのですが、久々に彼女に挑戦者が現れたのでした。


  それがあのマリモのようなメジロ君なのです。


  いい追い風が吹くと同時にスタートの合図が出されました。


  両者飛び立つ……と思ったら、メジロ君しか飛んでいません。


  後ろを振り返るとツバメの女王は止まり木に止まったまま、動こうとしませんでした。


  どうやらハンデキャップのようですね。


「僕のことバカにしてるな。いいさ。その余裕が敗因につながるんだからな!」


  メジロ君どんどん羽ばたいて上昇すると、追い風に乗ってそのまま速度を上げていきます。


  ツバメの女王は、まんまるとしたメジロが点になるまで待つと、大きく羽を広げます。


  優雅な仕草にオスメス問わず、見物鳥達が黄色い歓声を上げました。


  その歓声を追い風にツバメは雲ひとつない青空に舞い上がります。


  ツバメが飛び上がったのも知らず、メジロ君は汗を飛ばしながら一生懸命羽を動かしていました。


  その姿は優雅なツバメの女王とは違い、まるで溺れているよう。


  でも、もう折り返し地点は目前。ここを越えればあとは半分です。


  このまま僕の勝ち。そう思いながら、メジロ君はちらりと後ろを振り返りました。


「ピャッ!」


  振り返ってびっくり。何とツバメの女王が、メジロの後ろにぴったりと付いていたのです。


  そりゃ変な声も出てしまうもの。


  メジロ君はさらに羽を動かして距離を取ると、折り返し地点の山を越えました。


  その時、彼の頭上に黒い影が覆いかぶさります。


  上を見ると、ツバメの女王がメジロ君より高い高度にいました。


 メジロ君が見ている前で、ツバメの女王が一瞬にして彼を抜き去ります。


  ツバメの女王は追い風を見つけると、上空に上がって風に乗り、一気にメジロ君を引き離したのでした。


  その姿は漆黒の流れ星のようです。


  目を大きく見開いたメジロ君は追いつこうとしますが、無情にも風は吹いておらず、羽を動かすしかありません。


「さようなら。まんまる君。ゴールであなたが来るのをみんなで待っていてあげるわ」


  そんな小憎たらしい言葉を残したツバメの女王の姿がどんどん小さくなり、まるで小豆のようです。


「このままじゃ負けちゃう。早く僕の体、もっと早く!」


  メジロ君は目に涙を浮かべながら、ちぎれるのではないかと見ている方が心配になる程、羽を動かしますが、ツバメの女王との距離は開くばかり。


  彼は羽を動かしながら、遂にポロポロと泣き始めてしまいました。


「僕が一番になるってお母さんと約束したんだ。それなのにこのままじゃ負けちゃうよ〜〜」


「こんにちは」


「ふえっ?」


  一羽もいないと思っていたら、突然声をかけられてメジロ君は慌てて辺りを見回しました。けれど姿は見えずに声がするだけです。


  一瞬、幻聴かなと思いましたが、


「こんにちは。緑の小鳥さん」


  また声が聞こえてきましたので、メジロ君は返事します。


「こ、こんにちは」


「怖がらないで。大変そうな時に声かけてしまってごめんなさい」


「いえいえ。えっと、あなたは誰ですか?」


  「私は、あなたを応援する者。小さいあなたが泣きながら一生懸命羽ばたいてるのを見て、つい声をかけてしまったの。

 どうして泣いているのかしら? 」


「実は……」


  メジロは姿の見えない優しい声の持ち主に、自分の胸の内を話します。


「そう。競争に勝って王様になりたいのね?」


「うん。僕は何が何でも勝ちたいです。けれど、このままじゃ……」


「じゃあ、私がお手伝いして上げましょう」


「ええ! それはとても嬉しいですけど、他の鳥からの協力はルール違反になっちゃうんだけど」


「それなら大丈夫。ルール違反にはあたりませんよ。それに私も使命のついでなので」


「? じゃあ、お願いします」


「分かりました。いきますよ〜。ふう〜〜」


「うわっ!」


  謎の声の主が息を吹いたかと思うと、とても優しくて暖かい風がメジロ君の体を包み込みました。


  その追い風に乗って、メジロ君はどんどん速度を上げます。


「頑張ってね。小さい小鳥さん」


「ありがとうございますーー!」


  メジロ君はお礼を言いながら青空を滑るように飛んでいきます。


  そして競争相手の後ろ姿が見えてきました。


  メジロ君には、ツバメの女王がこちらを見て驚いている表情まで見えています。


  短時間で、それほど差が縮まっていたのです。


  ツバメの女王は慌ててゴールを目指しますが、追い風に乗ったメジロ君は一気にツバメの女王を追い抜きました。


「嘘、でしょう」


  緑の弾丸と化したメジロ君を見て、ツバメの女王は愕然とすると同時に、自分の中でキュンという音がなったのを聞き逃さないのでした。


  そしてメジロ君は見事一位を取り、その年の鳥たちの王となりましたとさ。めでたしめでたし。


  王となったメジロ君に、熱戦を繰り広げたツバメがしつこく求愛するのですが、それが成就したかどうかはまた別のお話。


  えっ? メジロ君を助けた者の正体が謎のままだって?


 おっと、すっかり忘れていました。うっかりうっかり。


  その正体は春の訪れを知らせに来たお姫様。


  彼女の吹いた春一番なのでした。


 ――完――

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