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第11集《ビターチョコレート》

  おや、いらっしゃい。


  今日は何だかいつもよりニコニコしてるね。


  あそこの人はすごい悲しそうな顔してるし、なんかあったのかい?


  何、チョコをもらった?


  ああそうか。今日はバレンタインデーだったね。


  それは良かったじゃないか。私? 私はそんなものいらないよ。


 今日君にオススメなのはこれかな? はいどうぞ。


  どんな話だって? うーん。例えるならビターチョコレートかな?


  意味わからない? まあ、読んでみれば分かるよ。

 

 ☆☆☆☆


  兵士ウァレンティヌスは通信室の前に立っています。


  彼が列に並んだのはもう二時間前でしょうか。それほどの長い時間を直立不動で待っていました。


  扉が開き、中で用事を済ませた兵士が出てきます。


  ウァレンティヌスは、一刻を争うようにその兵士を押しのけると、通信室に入り扉を閉めました。


  中は真っ暗で、椅子と小さいモニターしかありません。


  そのモニターの明かりだけを頼りにウァレンティヌスは椅子に座り、モニターを操作して自分が今一番話したい人を呼び出します。


  呼び出し音が一回、二回となっても相手は出てきません。


  ウァレンティヌスはちらりと画面右上のタイマーを見ます。そこには9分50秒と表示されています。


  規則で時間制限が設けられ、十分しか相手と話せません。


「……もしもし」


  四回目の呼び出し音で相手が出ました。


  永遠に呼び出し音が鳴り続けているだけで相手が出ないのではと不安になっていましたが、それも杞憂に終わったようです。


  待ち望んでいた女性の声を聞いただけで、ウァレンティヌスは飛び上りたくなりますが、それを抑えて返事をします。


「もしもし僕だよ。ユノ聞こえるかい?」


「ああ、ウァレンティヌス。貴方なのね。よかった。一週間前から連絡つかなくて、とても心配してたのよ」


  モニターに映った相手は、金色の巻き髪に白い肌の人形のように美しい少女です。


  彼女の名前はユノ。ウァレンティヌスの恋人です。


  ユノはウァレンティヌスの元気な声を聞いて、エメラルドのような瞳に涙をいっぱい溜めていました。


  それを見たウァレンティヌスも泣きそうになりますが、グッと堪えます。


  泣いてる暇があるなら、一秒でも長く彼女と話し、恐怖を和らげておきたかったから。


「先週はずっと戦闘が長引いちゃって連絡できなかったんだ。ごめんよ」


「いいの。貴方が無事だって事がわかったのだから。ねえウァレンティヌス。戦いは終わりそう? 私早く貴方に会いたいわ」


「……僕もだよ。でも、まだ戦いは長引きそうだ。なかなか敵の抵抗がしつこくてね」


「そうなの。こんなこと言うのは変かもしれないけど、無理しないでね。死んだなんて聞きたくもないし、怪我もしないでほしいわ。変わってしまった貴方を私は見たくない」


「大丈夫だよ。僕は狙撃手だから」


「狙撃手って確か、遠くから相手を撃つのよね? 他の兵隊さんより安全なのよね?」


「うん。僕に狙撃の才能があるなんて思ってなかったけどね。このライフルでもう何十人も敵兵を倒してきたんだ」


  ウァレンティヌスは傍に抱いたライフルを軽く叩きます。


  狙撃手として才能を開花させた彼は、愛用のレールライフルで数百キロ先から狙撃をし、どんな困難な任務も遂行してきました。


  今や部隊の英雄と言っても過言ではないのです。


  そこまで話した時には、モニターのタイマーが5分を切っていました。


「ユノ。そっちの生活はどう。大変かい?」


「ええ。今は物資はほとんど配給制になってしまって、それも不足しているわ。でも、おじ様とおばさまがよくしてくださってるから私全然辛くないわ」


  ユノの両親は敵の攻撃で故郷もろとも文字通り消滅しています。


「それはよかったよ。父さんと母さんにもよろしく言っておいてくれ」


「二人に代わらなくていいの?」


「ああ、今日はずっと君の姿を見て、声を聞いていたいんだ」


「ウァレンティヌス?」


  ウァレンティヌスの声のトーンが低くなったのをユノは聞き逃さなかったようです。


「何かあったの? なんだかとても辛そうよ」


「何にもないよ。何にも……」


「嘘は駄目。私には貴方のことならなんでも分かるんだから。だから正直に話して、ね?」


「ユノ……じゃあ聞いてくれ」


  彼女の言葉にウァレンティヌスは自分の胸の中にある膿を吐き出すことに決めました。


「僕の仲間が、先週の戦いで大怪我を負ってしまってさ。何とか一命は取り留めたんだけど、全身とてもひどい怪我で、原型をとどめていなかったんだ。」


「まあ、そんな事が……その方はどうされたの?」


「うん。サイボーグ手術を受けて、何とか復帰したんだけど……もう以前の彼とは見分けつかなくてさ。声すらも違うんだ。

  それを見たら僕、怖くなってきてさ。自分もああなったら、ユノに嫌われてしまうんじゃないかって思ったら、怖くて怖くてたまらなくなってきたんだ」


「泣かないでウァレンティヌス。大丈夫よ。私は例え貴方の姿が変わってしまっても、変わらず愛していくわ」


「本当?」


「ええ。本当よ。だって私が好きなのは貴方の全てだもの」


  ウァレンティヌスはその言葉を聞いて、心の膿が全部なくなっていくのを感じました。


 タイマーは一分を切りました。


「そろそろ時間だ。ユノまた一週間後に連絡するね」


「ええ待ってるわ。ウァレンティヌス。最後に一ついいかしら?」


  残り30秒。


「何だい?」


「何でモニターの映像がオフになっているの。声しか聞こえないわ。それに貴方の声、少しおかしい感じがするのだけど……」


 残り10秒。


「それは機械の故障だよ。きっとね……」


「ウァレンティヌス? やっぱり様子が変よウァレンティヌス……」


  そこでユノとの通信が終わりました。時間切れです。


「さよならユノ。最後に話せてよかった」


  ウァレンティヌスは立ち上がって、通信室の扉を開けます。


  通信室から出ると、順番を待っていた兵士がウァレンティヌスを見てギョッとした顔をしました。


  それもそのはず、彼の全身は大怪我を負ってサイボーグ手術を受け、とても正視できるような姿ではなかったのですから。


  その後戦争が終わり、大勢の兵士が帰国する中、ユノの最愛の人は帰ってきませんでした。


  ただ、彼女の家の前には、毎年二月十四日に彼女の好きなビターチョコレートが置かれているそうですよ。


  ――完―― 

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