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第1集《1面ボス。キャプチャーできますよ》

「お疲れ様でした〜」


  今日1日の仕事を終えた俺は、受付の警備員に声をかけてから外に出る。


「寒っ」


  時刻は11時を過ぎ、どんどん気温が下がる時間帯だ。そう言えばまた雪が降るってテレビで言ってたな。


  冬だからって雪はいらないな。


  俺はコートの襟元をしっかりと閉じて、足早に駅に向かった。


 ☆☆☆☆


  イヤフォンでお気に入りのゲームのサントラを流しながら電車に揺られていると、ふとこんなことを思う時がある。


  俺はこんな人生でいいのだろうかと。


  高校生だった頃は将来の夢があった。その道に進む為に、親から金を出してもらい専門学校も通った。


  けれど、俺はそこで勉強についていけず、共通の趣味もない為に、友達もできないままズルズルと専門学校に通う日々。


  その先に待っていたのは、留年か、退学かの二文字だけ。


  俺は迷わず退学を選んだ。


  「留年したら金もかかるし、ちゃんと卒業できる保証もない」


  それが学生の時の俺の言い分。


  けれど本音は違う。只々逃げただけ。めんどくさくてつまらないと決めつけて俺は逃げただけだった。


  それからスーパーでバイトして、結局就職も決まらずダラダラしていたら、親父にうるさく言われて、しょうがなく社員になっていた。


  社員になったからには真面目に働こうと決意した俺だったが、それも1ヶ月で終わり。


  仕事が山のようにあり、サービス残業が多い。


 パートの人達はみんな勝手に動いて言うこと聞かない。


  更に上司との面白くもない(つら)いだけの飲み会。


 辞めよう辞めようとは何度も思ったが、結局辞めた後、如何するんだ? 俺は?


  そう自問自答して、答えが出ないうちに1年経って2年経って、ぽっくりと親父が死んだ。


  なんだかんだと喧嘩ばかりの親父だったが、やっぱり、死んだと聞いた時は悲しかった。


  数年分の量はあるんじゃないかと言うほど泣いたな。


  もちろん恥ずかしかったから人目のないところで。


  せめてお袋が生きてるうちになんか自慢になるような事をしたいんだが、そんな物が簡単に見つかるはずもなく、俺はクタクタになりながらダラダラと生きてきた。


  今日もいつも通り、計画通りに仕事は進まず、上司に怒られみんなが帰った後も一人仕事を終わらせた。


  後は帰るだけ、そう思って電車を降りた俺の目の前にあるゲーセンが目に入る。


  駅から出てすぐのところにある、ゲーセンは二階建てで外見は小汚い。


  俺はその前で足を止めて、しばらく入口とにらめっこ。


「少し、やってくか」


  家に向かっていた俺の足は、吸い寄せられるようにゲーセンに向かっていた。


  その店は1階と2階に所狭しとゲームが置いてある。


  しかも最新のものは殆どなく、20年前から30年前のレトロな物ばかり。


  極め付けは格闘ゲームとシューティングゲームしかない。というかなりのマニアックな店だ。


  今時こんなところ流行らないと思うだろうが、10年以上しぶとく営業している。


  しかも24時間。


  色々問題にはならないかとも思うが、続いているという事は悪い事はしてない店なんだろう。


  まあ、俺にとっても、なくなってもらっちゃ困るわけで。


 比較的新しいゲームがある1階をスルーして俺は2階に上がる。


  2階はフロアの半分がシューティングゲーム。後の半分は格闘ゲームの筐体が占拠している。


  格闘ゲームなんかは、何十年も前のゲームでも人気なのは、今も大会が開かれているほどだ。


  俺が2階に上がると、今日も大会が行われていた。


  対戦している2人のプレイヤーのキャラが大画面に映し出され、ギャラリーたちが食い入るように見つめている。


  俺はそれを尻目に見ながら、目的の場所へ。


  シューティングゲームのコーナーは比較的静かだ。

  10台の筐体が置かれているが、今は深夜だからか、殆ど人はいない。


  制服を着た長い黒髪の女子高生がいるくらいだ。


  補導とかされんのか? そう思いながらも、俺はその少女、ではなく隣のゲームに近づく。


「おっ、あったあった」


  その画面を見たときについ声が出てしまった。まあ、誰も聞いてないよな。


  ゲームの名前は《ガンバラス》という。俺が子供の頃に流行っていた横スクロールのシューティングゲームだ。


  当時はみんな遊んでたけど、人前でやるのが苦手で、結局見ているだけだったのを覚えている。


  それから20年経って、偶然ネットでこのゲーセンに置かれているのを知った。


懐かしくて遊ぶようになったら、いつの間にか1週間の半分は足を運ぶようになっていた。


  小さい頃から恥ずかしがり屋の俺は、隣に女子高生がいることに少しドキドキしながらも、意識しないようにして100円を投入。


  ゲームが始まると同時に、その少女は席を離れ、周りには誰もいなくなった。


  よかったと思うと同時に、何と無く寂しくなったのは気のせいだろうか?


  まあいい。目の前のゲームに集中集中。


  ゲームはいたってシンプルなシステムに、分かりやすいストーリーだ。


  宇宙から来た侵略者を倒すために、たった一機だけ作られた戦闘機で戦うというもの。


  俺はレバーと2つのボタンで、ゲームのタイトルでもある《ガンバラス》を操作し敵を撃破して行く。


  1面のボスを難なく倒し2面へ。


  ガンバラスはタツノオトシゴ型の戦闘機だ。武装は3つ。


  ショットボタンを長押しで、前方にショットと対地攻撃のボム。


 もう1つのボタンはキャプチャーボタン。


  これはキャプチャービームを撃って敵に当てることで、その敵を自分のもの、オプションにする事が可能なのだ。


  オプションは盾であり武器になる。


  このオプションを上手く使いこなさなければ、難易度が高いこのゲームはクリアできないのだ。


  「あっ、しまった……」


  せっかく手に入れたオプションが2面の途中で力尽きてしまった。


  敵の攻撃は一面とは比較にならないほど激しく、ここで1機失ってしまう。


  1クレジットで3機しかないので、残り2回しかミスは許されない。


  けれどオプションがない状態では、自機はタツノオトシゴ型ゆえ、縦に長い当たり判定によって、相当の苦行だ。


  4面に行く頃には、オプションをお供にしていたが、残機ゼロになっていた。


  そしてラスト5面であえなくゲームオーバー。


「う〜ん難しいなやっぱり」


  俺は頭を抱える。もう1ヶ月も通ってはいるのだが、今だにクリアした事はない。


  そういえば、子供の頃、周りも難しいクリアできないって言って結局やらなくなったんだよな。


  流行らなくなったゲームは消えるのも早く、ガンバラスはいつの間にか、子供の頃の俺の前から姿を消していた。


  でも、せっかく20年ぶりにクリアするチャンスが巡り合って来たのに、ここでやめる気はない。


「とりあえず帰るか……んっ?」


  席から立ち上がる時、視線を感じて、見ると人影が階段を降りていた。


  店内は薄暗く、そのせいで顔は見えなかったが、長い黒髪が一瞬だけ視界に入った。


  ☆☆☆☆


  しばらくは仕事で行けずに、数日ぶりにゲーセンに来ていた。


  だが何度やっても上手くいかない。


最終5面までは到達してもそこでやられるか、ラスボスに瞬殺されて終わり。


  このラスボスが強いのだ。攻撃が激しすぎて、避けきれず、かといってオプションに頼ればすぐ破壊されて裸にされてしまう。


  正直、俺は行き詰まっていた。


「うーん。このままやってもダメそうだな」


  今も、1面から始めているが、何だかいつもは余裕な敵の攻撃をギリギリで避けることの繰り返し。


  そしてゲームオーバー。


「はあ〜」


  俺はゲーム機の前で大きな溜息をついた。


  せっかく懐かしくてクリアしようと遊んでたけど、このままゲームオーバーの連続じゃ、つまらないだけだ。


  やめるか。なんか他のゲームをやればいいよな。そんなことを考えていた時だった。


「1面ボス。キャプチャーできますよ」


  そんな女性の声が俺の耳に飛び込む。


「えっ?」


  辺りを見回したが誰もいない。


  気のせいかとも思ったが、どうしても今の言葉が頭から離れない。


『1面ボス。キャプチャーできますよ』だと?


  とりあえず時間がないのでその時は帰ったが、食事してる間も、風呂入ってる間も、夢の中にまで、あの言葉の事を考えていた。


 ☆☆☆☆


  次の日。仕事を終えた俺は、急いでゲーセンに駆け込んだ。


  数年ぶりに全力疾走したから、足がパンパンだが、一刻も早くプレイしたかったからだ。


  誰もいないガンバラスの筐体のイスに飛びつくように座り、ずっと握っていた100円を投入。


  昨日の言葉を確かめるために1面のボスに挑む。


  しかし上手くいかない。撃破するとすぐに、スコア画面に移ってしまうので、取り逃がすのだ。


  やっぱり嘘なのか? 実は空耳だったんじゃないか?


『一面ボス。キャプチャーできますよ』

 

  そう思っても、その言葉が頭から離れない。


  いつの間にかその日だけで、2000円使っていた。

 

  けれどその甲斐があった。


  やっと見つけた。見つけたのだ!!


  一面ボスを倒したら、2秒間だけ猶予がある事を発見。


「そこだぁあああああっ!!!」と、心の中で叫びながら。俺はキャプチャーボタンを押した。


  一面ボスが、イカが俺のオプションとなった。


  俺は、初めての事に飛び跳ねたい気分だ。けれど大人だから我慢して。


  その後は、5面のラスボスといい所まで行ったのだか結局負けてしまった。


  けれど、これでエンディング画面が見れる。見れるぞ!


 ☆☆☆☆


  それから1ヶ月後。


  俺は平日の朝から、ゲーセンに居座っていた。


  いつもなら仕事だが、有給という抜け穴を使ったのだ。


  一面のボスをオプションにしてから、安定して5面まで行けるようになった。


  しかしラスボスが強い。


  もう何百回も戦ったのに勝てない。


  だけど俺は諦めない。何故ならラスボスに挑むのが楽しい。楽しいからだ!


いつの間にかラスボスは障害というよりも、ライバルのような存在になっていた。


  ゲームオーバーになって、ふとスマホを見る。もう夜の23時だ。


  あと1時間で有給という幸福な時間も終わりを迎える。


  これでラストプレイと決めて、俺は最後の100円投入。


 まずは1面の海底都市。ガンバラスは人類最後の都市から出撃し敵を迎え撃つ。


  イカ型のボスが現れた。俺はそれを難なく撃破して、ある意味1番のキモであるオプションにする事に成功。


  2面は荒廃し変わり果てた地上。そこで2面のウニそっくりなボスの針攻撃を回避して撃破。


  そのままガンバラスは宇宙へ。


  宇宙ステージの3面の最後にいるのはタコのボス。1面のイカの敵討ちとばかりに激しい攻撃をしてくる。


  が、パターンがイカと同じなので、回避は楽勝だった。


  3面ボスを撃破して月に到達。そこにいたのは月に浮かぶ兎、ではなく画面より大きなサメだ。


  大きな口を開けて、俺を食い殺そうとするが、そうはいかない。


  俺はわざと口の中に飛び込んだ。


  実は、ここは安全地帯で、一切攻撃が来ない。


  俺はそのポジションを維持したまま、サメにショットを撃ち込んで撃破した。


  サメが爆発すると地面に大穴が開いた。ガンバラスはそこに飛び込む。


  月内部がエイリアンの本拠地だったのだ。


  そこで待ち受けるラスボスは巨大なクジラだ。


  来たな。数百回目のクジラの登場に、俺の血が沸騰するくらいに全身が熱くなる。


俺は、今日こそお前を超える!


  クジラの全身にある砲台から、アリの這い出る隙間もないほどの攻撃。


  俺はそれを回避し、避けられないのはイカのオプションで受け止める。


  そろそろイカが限界のようだ。


  オプションが破壊されたら、残機が無限でもない限り、勝ち目はない。


  しかし、クジラのHPも半分を切っているはず。


  俺はそう読んで、回避から攻撃主体に切り替える。


  できる限りオプションで攻撃を防ぎながら、ショットを撃ち込む。


  クジラの体が点滅しだした。瀕死の合図だ。


  だが、俺のイカも点滅している。このままじゃ不味い!


  俺は切り札に賭ける事にした。


  オプションを持った状態で、キャプチャーボタンを長押しすると、オプションを失う代わりに、強力な光線が撃てるのだ。


  その名は雷撃砲。


  俺は、攻撃の手が緩んだ隙を狙って、ボタンを長押し、イカがエネルギーの塊に変わる。


じゃあな。


  イカに別れの挨拶をして、雷撃砲発射!


  極太のビームがクジラの体を灼いていく。


  クジラも最後の悪あがきで大量の弾幕を張ってきやがった。


  ガンバラスを回避させながら、雷撃砲を当て続ける。


  どちらが先に力つきるか我慢比べだ。


  玉の密度がドンドン濃くなってくる。隙間がなくなり画面が弾一色になったのかと錯覚するほど、大量の弾がガンバラスに迫る。


  まずい。避けられない。そう思った直後、クジラが大爆発を起こした。


  画面が眩しい光に包まれ、元に戻った時、そこには俺の操るガンバラスの姿しかない。


  そしてMissioncompleteの文字が、俺の気持ちを代弁するかのように画面上を乱舞していた。


「やった。遂に、遂にクリアしたぞ〜〜〜!!」


  店内だということも忘れて、両手を挙げてガッツポーズしてしまった。


  けれど、この時ばかりは恥ずかしさよりも、心地よい疲労感と達成感が、俺の全身を稲妻のように駆け巡っていた。


  エンディングを身終えて、クリアした余韻に浸っていると、


  パチパチパチパチ。


  俺の背後で突如そんな音が聞こえてきた。


  振り向くと満面の笑みで俺に拍手を送る。あの女子高生と目が合った。


  俺は、そこで初めて見られていた事に気づき、顔が赤くなる。


  すると耳元に女子高生が突然近づいてきた。


  シャンプーだろうか。髪から漂ういい香りが俺の鼻孔をくすぐる。


  「おめでとうございます」

 

  彼女の囁き声と吐息が、俺の全身に浸透していく。

 

  その一言が俺の心を満たしていくような気がした。


  俺は耳を抑えながら、ずっと去っていく彼女の後ろ姿を見えなくなるまで追っていた。

 


 ―― 完 ――


 


 


 


 

 

 

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