第六十話『決戦前夜』
僕が森に来て数日が立つ。味気ない携帯食料を水で流し込む。
横にはナイズルがいて、同じように食べている。
「しかし暇っすよ」
「そうなんだよね」
その意見に同意する。騒ぐ事が出来ない僕らは息を潜めて森の中にいる、帝国の兵士がたまに巡回をし僕らを確認、というかもはや監視しに来てる。
お掛けで全体にどれぐらいいるのかというのなど情報が入ってこない。
暇な時間となると話す事もないので体力温存のために横になるだけであった。
マリエル達ともまた会いたいが、兵の巡回が多くなったので辞めている。下手な事をして騒ぎになったら元も子もないし、向こうからの合図もない。
ナイズルが飲み水を汲み戻ってきた。
「隊長さんよ。そこで兵士にあったんだけど、突入が明日だ。本隊は既に来てたらしいっすよ」
僕に説明すると、飲み水を手渡してくれるナイズル。
お礼を言い僕は一口飲む。
雨が降ってきたのか外にいたフーミも簡易テントの中へと入ってきた。天気は突入するのには最適だろう。
雨音で此方の音が消され突入にはもってこいだ。
僕らの役割は町に突撃する事、そのまま議事堂の制圧および貴族の殲滅。刃向かってくる者には生死を問わない、と命令された。
カーヴェの町の中に聖騎士団がいる事は僕らには知らされていない。傭兵は所詮傭兵、聖騎士が居るとわかると逃げ出す人間もいるからだ。
マキシムと繋がっている帝国側が知らないはずはない。
僕は迷った挙句に二人に声をかける。
「どう捉えられても構わない。明日の突撃はせめて二人だけでも辞めてくれないか」
僕の言葉を聞き、目つきが、より鋭くなるナイズル。
「ヴェル隊長さんよ。なぜだい」
「分け前が減るとかそういう話ではなく――」
黙っているナイズルとフーミ。
「わあってるよ。金銭の話だったら、ヴェル隊長はドグに金を渡したりはしねえ。となると、突撃は罠か隊長さんが敵かだ……よ」
ナイズルの手が双剣へと動く。変に忠告したのが不味かった。
僕もそっと腰の剣へと手をかける。
それを見たナイズルは双剣から手を離し慌てて首を振り出した。
「ちげえ。ヴェル隊長。別にアンタと戦いたいわけじゃない。オレがしたかったのは武器を外すって事よ。ある程度納得する訳を聞きたい」
言葉通りに双剣を腰から外すナイズル。敵意は無いと証明したかったのを勘違いした僕。
「ご、ごめん」
素直に謝り、僕も腰にある剣を外す。
フーミのほうを振り向くと胸の下で腕を組んで座りだした。
いつも通り目以外はマスクで隠しフードを被っている女性、何を考えているがわからないが僕の話を聞いてくれるらしい。
「詳しくは言えない。でも、この数日間一緒に此処まで来た二人とは出来れば戦いたくない。僕は明日の突撃でカーヴェを守るつもりだ。僕らには知らされてないがカーヴェの町にも予想より多くの戦力があると思う、二人が突撃して無事な保障もない。そして」
誰の為でもない自分自身に言い聞かせるために口に出す。
「ジンを討つ」
僕の言葉を聞いてテントの中が静かになる。
フローレンスお嬢様が悲しむかもしれない、敵わないかもしれない、僕が死ぬかもしれない、でも。それ以上に生かせて置いたらダメだと僕の心が言っている。
何も付けてない左腕を見て僕はナイズルとフーミを見る。
「ふう、ヴェル隊長よ。そんな事話して俺に殺されるかもって思わんのかよ」
「そうなったら全力で抵抗するけど、ナイズルもフーミも僕を信頼してくれたし騙まし討ちより良いかなって」
「ちょっと考えさせてくれよ」
僕の顔をみて腕を組むナイズル。その口からは『金』『義理』など言葉が聞こえてくる。
フーミのほうをみると、何も言わずに僕の顔を見てナイズルの顔を交互にみていた。
マントの中で手を動かすフーミは皮袋をナイズルの前に差し出す。
「金で済むなら使っておくれやす」
一言喋ると紐を解く、その中には金貨や宝石が無造作に詰められている。
僕とナイズルは驚いて皮袋とフーミを見る、フーミが今まで鼻まで隠していたマスクを下に引っ張った。
被っているフードを取ると、色っぽさの残る唇、すっとした鼻、紫の長い髪を一つに纏めた髪。
僕は彼女の名前を叫ぶ。
「フっ――ンン」
僕の口を押さえるフーミ、いやフラン。
「声が大きいさかえ、ヴェル。さてナイズル坊や、金で済むならソレつかいんさい。二百は以上はあるさかいに」
「どうして此処に、いや。最初から、なんでっ」
僕は思いつく限りの言葉を変装していたフランへ問いかける。その顔は眉を潜め面倒そうな顔をして僕を見ている。
「うっさいなあ、ウチは今ナイズル坊やとはなしてるさかいに、少しだまってなえ」
「ごめん……」
ナイズルは金貨袋の中身を確認し、息を吐く。
「これだけ在れば別に戦わなくても儲かる……。しかし、オレも傭兵としての意地があるよ」
「意地を通して死ぬのと生き残るはどっちがええ?」
フランがナイズルに問うとナイズルは押し黙る。
「あれやろ、ヴェル、カーヴェの町には聖騎士もおるんやろ?」
急に僕に話題を振ってくるフラン。確かにその通りなので僕は小さく頷く。
「解っているだけで二部隊の聖騎士がいる。あとは警備兵でしょうか」
ナイズルは聖騎士や警備兵の人数を聞いてくる。わかる範囲で伝えると顔色が赤くなったり白くなったりしている。
答えが決まったのが組んでいた腕を解き僕ら二人を見てきた。
「わかった、突入して直ぐに撤退するよ。これは契約だ、俺は傭兵だ嘘を付く帝国に従う義理もねえよ」
金貨の入った皮袋から無造作に半分を掴み取ると半分を返してくるナイズル。
「半分だけ貰うよ。精一杯のちんけなプライドだ。その代わり二人とも生きて再会しようよ」
「あんさん、小さい癖にかっこいいわえ。いいわ、帝都にパイルって店があるえ、そこで会いましょうえ」
フランが褒めると、後頭部を掻くナイズル。
僕ら三人は握手をする。
ナイズルは僕らの顔を見た後に「ようを足してくるよ」と雨の中外に出て行った。僕とフランを二人っきりにする気遣いだろう。
「所でフランは何で此処に……」
「あんさんが、ジンを始末できんかったからさえ」
ビジっと言う言葉に僕は言葉に詰まる。
「ジンの狙いが王国の滅亡とフローレンスを奪う事と解ったのが、あのアホんだらの手紙でわかってな。それだけならまだしも、あいつ帝国の未来も考えてないんや……前に言ったやろ? ウチは可愛い家族を守る為に戦うって、それやえ」
あのアホんだらというのは、ハーレム部隊を作りたいと言っていたオーフェンだろう。
そんなに妹思いなのに、なぜファーと仲が悪いのだろう、疑問が口に出ていた。
「あの、なんでハグレに……」
「そういえばあんさん、ヴェルはウチがハグレなのは知っていたけど理由まではしらへんかったえ。簡単や、うちが両親を殺した事に成ってるさかいに」
あっさり言うフランに僕は言葉が出ない。親殺し、いや。フランの親というと時期王と王妃である。王族殺し、国外追放所ではない。
「言っておくけどな、ウチかて好きで殺したんじゃないでえ。マリエルの父親が聖騎士でな、ウチの両親と仲良かった――」
フランが僕に昔話をしてくれた。
フランの父親とマリエルの父親は小さい頃から幼馴染で、片方は次期王、片方は次期聖騎士団長という間がらだった。
フラン、ファーが生まれ。マリエルも生まれ平穏に暮らしていた所に帝国の先代王がフランの母親に横恋慕をする。当然叶う訳もない恋であるはずが、誘拐、敵わないなら殺してしまえと命令をしたそうな。
避暑にいる所を襲われた。マリエル、ファーは建物の中。他の四人は外で食事の用意をしていた。
突然の襲撃に、マリエルの父親も奮闘していたが、頑張っては居たが四人の人間を守りながら戦う事は辛く多勢に無勢で致命傷を受けてしまう。
ファーとマリエルを建物の中へ隠し囮として出たフランは直ぐに捕まりマリエルの父親の側に転がされた。
マリエルの父親は自らの篭手を無理やり外すとフランへと預けた、どんな意図があったのかはしらないがフランは篭手を嵌めた。
「とまぁ、気づいたら死体しかあらへんえ」
「全員殺したんですか」
「わかりませんえ。でも多分そうなんでしょうえ、ファーの脅える目とマリエルの真っ直ぐな目は忘れられないえ。後は政治的扱い、王国も帝国も痛い所は付かれたくないえ」
お手上げのポーズをするフラン。
何故自由に動けて僕たちに力を貸してくれるのがわかった気がした。
「だからこそ、ウチはファーを守らないとえ」
「そうですね、僕もマリエルを守りたい」




