第五十九話『戻ってきた場所』
僕はまだ、秘密の地下室にいる。
マリエル達に連れられてこられた部屋はカーヴェの町からでる抜け道で今はマリエル達の作戦会議室になっていた。
幾つかの棚が置いてあり、水や食料、武具など置いてあるのが見えた。
大きなテーブルにカーヴェの町の地図だろうか、町と東側に書かれた森、さらに森の上には幾つもの小石が置かれていた。
僕の話を聞き終わり、ファーが僕を見て微笑むと、ゆっくりと口を開く。
「なるほど。ではまだ本体到着まで数日はあると」
「見たいです。本体の兵力はおよそ百前後と、突撃兵も百数十名いましたが今は何人残っているかわかりません」
僕の言葉に静かに頷くとファーが地図を指差し僕に説明をしてくれた。
「こちらの状況としては、町の人口はおおよそ二万人を超えると思います。戦争すら起きてないのに避難させる事は不可能でした。それ所か危険を進軍したマリエルは……」
ちらりとマリエルをみるファー。僕もそっちを見る、手を大きくあげて宣言した。
「はーい。逆に謹慎命令受けましたー」
「えええっ」
驚いて声を上げると椅子に座ったマリエルは椅子の上で胡坐を掻くとブツブツと文句を言う。
「それが聞いてよー。いやだって、あの後戻った私は直ぐに城へといったのよ。それも女王に直接さ、でも、曖昧な理由ではカーヴェの町へ軍を配置出来ないって言われてさ。それはそうなんだけど……」
「そうなんです、其処まではまだ良かったんですけど」
ファーが話の中に入ってくる。
「何を思ったのがマリエルはマキシム聖騎士第二隊長を拘束しようとしまして、それに異を唱えたマキシムは逆にマリエルの動きを調べましてですね」
「マリエル隊長は帝国へのスパイ容疑で軟禁、一時的に隊長資格を剥奪」
壁に寄りかかっていたアデーレが静かに締めた。
マリエルのほうを見ると椅子の上で前後に揺れて不満そうな顔をしてる。
直ぐにあやす様にファーが次の言葉を話す。
「勝手に行動した罰ですね。今は、マリエルの代わりにカーヴェの町を守ると断言した、マキシム総司令の下、カーヴェの町は第二、第七聖騎士で警備についています。もっとも実際に警備してるのは我々で、第二聖騎士団は連日遊んでますけどね」
マリエルが動きを止めてキツイ口調で喋る。
「結局は、マキシム総司令かっかには。秘策があるのよ。自分だけが助かるって秘策がね。それこそ敵と繋がっているとか。見返りに帝国での地位を約束されてるとか、嫌な奴は此処で殺しちゃおうとか」
イヤミを言いながら喋るマリエル。その口調は絶対の確信があるという言い方で室内の空気がピリっとなった。
「だから、今回は裏をかこうと思って考えてる積もりなんだけど、中々見つからないのよね。それに問題は別にあり、私は現在これなのよこれ」
そういうとマリエルは両腕をテーブルにだした。
その肌は白くとても綺麗だった。
「えーっと、綺麗な肌ですね」
素直な感想を言うと、背中をバシバシと叩かれる。
「もう何いってるのよっ」
「痛いっ痛いってマリエル」
「や、やっぱヴェルさんと、マリエル隊長はヴェルさんって人が好きで運命の人だったんですね」
コーネリアが僕らを指差して顔を赤くしている。
隣にいるアデーレが息を吐き僕へと答えをだす。
「ヴェルさん、いまマリエル隊長の腕には篭手がない」
言われて気づく、マリエルの腕には篭手がなかった。
「あっ」
「言ったでしょ。謹慎だって、謹慎中に変な事できないように一時的に取られちゃった。二週間ぐらいなら、もう一度篭手付ければ前の力を取り戻せるけど、今はコーネリアと同じぐらいかなぁー精々、人の二倍ちょっとかな」
「ヒバリさんとかに言ったんですか」
「もち、篭手を一時的に外したのはヒバリ様だし。命令だから。正確には、マキシムが女王陛下にいって女王陛下がヒバリ様に命令するわけだけど……所でヴェルも篭手はどうしたの?」
篭手の事を説明してなく、篭手を壊された事、そしてジンが篭手を付けている事を伝えると、室内がますます重い空気になってきた。
「ふむ、これでヴェルさんを頼る事できなくなった訳だな」
アデーレの言葉に僕はますます落ち込む。
「すみません」
「やだ、別に謝る事じゃないのよー。でも、保険として考えていた事は確かね、私達が軽率だったわ」
「わかりました、もう遅いですし一先ず今日は解散しましょう。ヴェルさんの話を聞いて一応色々考えている事はあるのでその時にでも」
ファーが締めの挨拶をすると僕らが来た入り口と違う場所から、ファー、アデーレ、コーネリアが出て行く。
マリエルだけが残って僕を見ていた。
「えーっと、帰らないの……」
マリエルに問うと「そりゃそうよ」と帰ってくる。直ぐに僕に続きを話してくれた。
「だから謹慎されてるんだってば。町の中には帰る場所ないわよっ、名目上は城に居るはずなんだから」
驚きのあまり声が出ないと、訳も話してくれた。
「最近ね夢を見たの」
「夢ですか」
「そう。あの時私達は疲れた住民のために和平になると想い交渉に付いた。相手側のテーブルにつくのに私達は相手側と議事堂にはいった。相手はマキシムと対話を要求してた。次に出されたのは帝国の全面降伏、私達は調停印をもらい議事堂に行く。そしてガスで遣られたって訳」
「それって……」
僕は真剣にマリエルをみると、マリエルの付けている獣耳が高速でピコピコ動く。思わず耐え切れなく小さく息を吐く。
「ちょっと、真面目な話なのに何笑っているのよっ」
そういうマリエルも釣られたのだろう笑っていた。
「まぁ、その辺をヒバリ様に話した所。『どうしたいのじゃ』って聞かれたから。カーヴェに行きたいって言ったら、ファー達がこっそり連れて来てくれた。この夢ってどういう事とおもう?」
質問されて僕は言葉に戸惑う、しかし考えられる答えを口に出した。
「記憶、あるんですね――」
「うん。ある、というよりは思い出した。いや、体験してないんだからそれも可笑しいのかな、知っていたっていうのかな」
「それじゃ他の人もっ」
僕の質問に首を振るマリエル。
「一応ファーを含め、全員にカマかけたりしたんだけどねー皆覚えてない。ファーに居たっては逆に『なんで変な質問してるのですか?』って怒られて。記憶が混合してるのを聞かれちゃったぐらい。なので、私があの時の事を知っているのは私とヴェルだけ、話として知っているのはファーとアデーレぐらいかしら
」
「何時からですっ」
記憶の所持者というのか、何故か嬉しくなりマリエルへと質問すると。その勢いにちょっと顔を引くマリエル。
「どうどうどう。取り合えず殺されるまで思い出したのは数日前よ。帝国でフローレンスさんを追っている時、ヴェルとあった時、寝る度に思い出していって、私は寝ているのか起きているか混乱しそうだったけどね。最後まで思い出しのは数日前」
一度言葉を区切り、何も付けてない腕をゆっくりとさすった。
「だから、帝国でヴェルの正体を突き止めたでしょ、あの時は結構確信あったのよ。ただ何故私が別の記憶を持っているのかわからなくてさー、そこでヴェルと会ったわけよ。もしかしてヴェルは未来から一度戻ってきてるんじゃないかしらって」
「もしかしてあの時カマ掛けられてました?」
僕は息を吐くとマリエルへと質問した。『そんな事ないよー』と喋るマリエル。付けている獣耳はピコピコと動いているので本心はわからない。
「まっ、でも私にも勝ちは見えてきたわけだ」
「圧倒的情報不足ですけどね」
「カーヴェの事じゃないわよ」
カーヴェの事じゃないと言われて僕は不思議に思う。
「じゃぁなんなんで――」
最後まで言い切る前に、マリエルに口を塞がれた。
そのまま壁際まで押し倒された。
力は僕の方が強い筈なのにマリエルを跳ね除ける事が出来なかった。
自然に僕の背後にマリエルの手が伸びた。僕もそのままマリエルの腰を抱き寄せた。
顔が離れ、口が自由になる。
近距離でマリエルの顔が僕を見つめている。
「これでも、フローレンスさんに気を使っていたのよ。ヴェルは彼女と一緒に成るべきだ。ってね。でも、ヴェルは――……彼女に振られ、振られたし――」
途中で言葉を止めて小さく笑い出す。
「あのですね。前々から言っていますけど。僕はフローレンスお嬢様は家族であって恋愛の対象ではないんです」
「ふーん。じゃぁ私は?」
「そりゃ過去に戻ってまで来た男に聞く話ですか? マリエルはどうして僕なんです」
「『心』かな、世間と関わらないように生きているようなヴェルに引かれたというか、なんでなろうね。取り合えず今は好きよ」
『今は好き』その短い言葉に僕の口元が動く。何事にも素直な彼女、行動的であり僕に持ってない物を持つ彼女に惹かれたのかもしれない。
「あれ、もしかして不満だった?」
彼女の質問に僕は首を振る。
「不満だったら跳ね除けてます」
僕がマリエルの口を塞ぐとカーヴェの町に続くほうの扉が大きく開かれた。
「マッリエル隊長っ晩御飯おっもちしましったー」
元気に入ってくるピンクの髪をおさげにした女性、聖騎士第七部隊でマリエルが大好きな女性。
「ナナっ」
マリエルがナナの名前を呼ぶと抱き合う僕らを見て固まっている。ナナの後ろからコーネリアが何処からか走ってくる音が聞こえた。
「ナナ。今はダメだってっ。噂だけど、マリエル隊長と異国の人が出来てるって噂があって……」
抱き合う僕らと、それを見て固まるナナを見て小さい笑みを浮かべるコーネリア。
「ご、ごゆっくり」
やっと搾り出した答えを口にだし、ナナをひっぱり扉の外へ出る。
直ぐにナナの叫び声が聞こえた。
「はーなーせー。私の、私の隊長があああ、アイツを殺して。私もしぬううう」
「落ち着いて、コーネリア、落ち着いてー」
扉の外で騒ぎ出すナナと、ナナを止めるに叫ぶコーネリアにマリエルが息を吐く。
「と、取りあえず帰ります」
「そ、そうね」
僕はマリエルに短く挨拶して裏口から森の中へと出て行った。




