第五十七話『彼女の拒絶』
僕の体が揺さぶれる。二人の人間が瞳に映った、一人は帝国の鎧を着ていた兵士。もう一人は、あろうことかフローレンスお嬢様だった。
帝国の兵士が僕に声をかけてくる。ジンは既にいなく、混乱している僕の体をあちこち触り確認をしていた。
「あーよかった。たっくもう、ジン様も突撃兵への激励のつもりかもしれませんが相手を失神させるまでやらなくても……、あっ今のは内緒ですよ」
目の前にいるのは僕と同じぐらいの若い兵士一人だけである。
左腕を見ると包帯が裂け、黒篭手のオオヒナが、彼女自身言っていた通りに粉々になっていた。手で触ると不思議と砂のように砕けて消えていった。
「あちゃー……君、王国系の能力者ですよね。篭手壊されたけど大丈夫?」
「え?」
質問の意味が理解出来なく聞き返した。
そして、納得する。彼等、いや聖騎士第七騎士団にとっては彼女等であるが、魔力を帯びた篭手を付け力を増幅させる、魔力が体に馴染むと篭手が外れ増幅した力が自分の物となる、さらに上を目指すために次の篭手を嵌める。
もちろん魔力が体に馴染む前に篭手を外すと力は前の力に落ちる。
もっとも、僕はこうした順番を全部すっ飛ばして、この世界に来る前のマリエルの力を継承したんだけど、流石にその辺の裏技は能力者の多い帝国兵でも知らないらしい。
その事を心配してくれたのだろう。戦いに出る前に一般人に成った所で役に立たないからだ。
「心配有難うございます。僕の力は既に定着してましたので」
「なるほど、カーヴェの部隊だよね君。城では今回の作戦は秘密されてるけど。自分もジン隊長の部隊なんで。ご武運を、フローレンス様少しのお時間だけですからね。こんな所ジン隊長に見つかったら殺されそうですし」
兵士は僕に握手を求めると離れて僕らを監視している。広場の中央には僕とフローレンスお嬢様だけが取り残される。
「フローレンスお嬢様……無事ですか。良かった」
「うん。心配してくれてありがとう。ごめん、私が部屋から中庭を見ていたらそのヴェルを見つけちゃって。それがジンさんに見つかって……」
ジンの事をジンさんと呼ぶフローレンスお嬢様。僕は周りを確認して囁く。
「逃げましょう。今ならジンも居ないし、僕が全力を出せば逃げ切れるはずです」
小さく首を振るフローレンスお嬢様。
「ヴェル」
「はい」
「ヴェル一人で逃げて」
「何を言っているんですが、そもそも僕が此処に来たのもですね――」
「未来で助けれなかったマリエルさんや私達を助けたいと思ったから?」
フローレンスお嬢様が僕の目を見て話しかけた。その言葉に僕は言葉が詰まる。
「ごめん。来ないだの宿で三人の話を聞いちゃった」
僕がマリエル達に未来から来たといった話だろう。毛布を被ったフローレンスお嬢様は起きていて話を聞いていたらしい。僕は慌てて口を開く。
「あの、隠すつもりじゃなくて……」
「ううん。いいの。私の知っているヴェルはもう居ないんだなって思って、あの時思ったの、『私はマリエルさんのついでで助けられたのかな』って、それにジンさんは私の事を大事にしてくれる、今日だって、あの兵士さんには内緒だけどヴェルに会いたいって言ったらこうして機会をくれた」
「違う、フローレンスお嬢様は騙されているっ」
「先に騙したのはどっちよっ! 私はヴェルの所有物じゃないっ」
僕の頬に痛みが走る。僕の頬を打ったのだろう、フローレンスお嬢様の手が目の前に見えた。
「もう、会うことも無いと思います。結果的に攫われたけど、今、私は私の意志でジンさんの横にいるから」
フローレンスお嬢様が小走りに離れて遠くにいる兵士の下にいった。僕をちらちらと見るとフローレンスお嬢様を連れて城内の奥へと消えていった。
どれぐらいその場にいたのかわからない。別の見回りの兵士が僕を見つけ、城外へ案内する。
外に班がいるんだろ? と言われ城外にだされると背後で扉が閉まった。
そうだ……。確かダッダン達が待っているんだっけ。
助けは要らないとフローレンスお嬢様に言われ愕然とする。
僕自身が勝手だったのかもしれない。
心配をかけまいと話さなかった、家族と思っていたフローレンスお嬢様、そうフローレンスお嬢様にだって色んな考えがあるはずだ。その中で選択肢を選んだフローレンスお嬢様を嫌いに成る事は出来ない。
こうしている僕にも、少なくとも二つの道はある。カーヴェの町へ行きフローレンスお嬢様の行動を見ながらマリエル達と合流してマリエル達を守るか、全てを捨て何処か遠くへ行くか。
首を振って頭を切り替える。
考えるまでも無い、やらない後悔よりやって砕けよう。フローレンスお嬢様が覚悟を決めジンの横にいるなら僕もそれを認めないといけない。
それとジンは『王国を潰す』と言った。
マリエル達が殺されるのだ。今のままではジンに勝てる気がしないが黙っているわけにも行かない。
。僕は重い足取りでダッダンが待つ城の外へと歩き出した。
片腕を上げて僕を向かえいれた、ダッダンは僕に挨拶をしてくる。
僕は手短に名前を伝えると直ぐに返事が返ってくる。
フードの女性がフーミ、低身長で切れ目な男がナイズル、腰が曲がっているおじいさんがドク、そして、袖の無い服をきて筋肉を見せ付けているのがダッダンだ。
ダッダンに腕の傷の事を聞かれたので「治ったよ」とだけ伝え僕らは城下町に入った。
遅い。そう僕にだけ呟くのはダッダンである。
他のグループは既に町を出ている様子であるが、僕らはまだ城下町からでていない、それもそのはず、ドクの歩くスピードが遅すぎるからだ。腰が曲がっており杖を付くドクは、一歩一歩とゆっくりだからだ。
「おい、ヴェル置いていこうぜ……」
「そうも行かないでしょ」
僕が反対するとダッダンは後ろに行きドクへと話しかけた。
「よう、爺さん。わるいが、散歩じゃねえんだ、もう少し早く歩ってくれねえかな」
「はー。飯はさっきたべましたわい」
話の通じないドクに両手をあげ小さく万歳をするダッダン。置いていく訳にもいかないしこれは中々に辛いたびになりそうだ。
しかし、先に文句をいうのがナイズルではなくダッダンとは以外だった、幾つものナイフを腰に付けているナイズルは僕らに黙って付いてくる。今はその手に、カーヴェの東までいく道が記載された地図を持っていた。
地図を眺めては、隣にいるフーミへと指を差して何かを聞いている。
フーミは全身をフードで隠し、小さく頷いてはナイズルに何かを同意していた。彼女の声は殆ど聞こえない。
僕の元にナイズルが小走りに走ってくる。僕よりかなり年上なきがする彼は僕を呼び止めた。
「よう。隊長、これを見てくれよ」
地図を見せてくるナイズル。僕は一瞬思考が止まった。
「まったっ」
「あん? どうした隊長よ」
「だから、なんで僕が隊長と呼ばれなきゃならないのっ」
「ダッダンがよ。おめえの事を隊長と呼べってよ」
僕は横にいるダッダンに向き直る。
「おう、そんな怖い顔するなよヴェル隊長」
「僕は傭兵としても兵士としても、いや旅をするのだってまだ一ヶ月も満たないひよっこです。それに年齢だって一番下だよ」
ダッダンは僕を見て唇の端を上げた。目が笑っているように見える。
「でもよ。年齢だったら隊長はあれになるぜ」
ダッダンはドクを指差す。ドクはいまフーミに手を握られ歩いている。知らない人がみたら、孫と爺さんだ。
ドクに隊長を任せると、道を聞くだけでご飯の話が返って来そうである。
「いや。うん。ドクは置いておいて」
「だろ、フーミって女は口数少ないし、俺もナイズルも隊長って器じゃねえ。そうなると、おめえしかいねえのよ。な、ヴェル隊長」
僕の反対隣で地図を広げていたナイズルが再び話しかけてくる。
「で。隊長よ。この地図なんだけどよ、どう進む」
僕は地図をみて考える。山や森を抜ければ早いが、このパーティでそれが出来るのか。
「やはり、無難に街道を……」
「山じゃ! 山でええんじゃ」
僕の後ろからドグが大声を上げている。
「おいおい。爺さん、山なんていけねえだろ」
ダッダンがドクに忠告すると地面に座りだすドグ。
「わしゃ、山でなきゃ動かん」
僕らは顔を見合わせる。ナイズルが「置いていこうぜよ」と小さく喋るが、そうも行かないだろう。
「わかった。その代わり、ちゃんと付いて来てよ?」
結局僕はドクの提案を受け入れ山から行く事に決めた。