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第五十六話『失った物』

 ついに僕らに進軍の命令が下った。広場に集められそれを見下ろすかのようにサングラスをかけたジンが台の上に立つ。

 大きなマントで体を隠し、腰には長い剣をつけていた。

 僕はなるべく視線を合わせないように下を向く。

 ジンは台の上に立つと大声で僕らに演説をする。


「俺が伝える事は数少ない、まず。お前らは捨て駒だっ」


 周りがざわつき始める。行き成り捨て駒と言われて気分を良くする人間も居ない。空気が悪くなっていく、僕の視界からでも数人がジンを睨みつけているのが見えた。

 口笛を吹いて挑発するものさえ現れた。

 

 顔色を一切変えずに僕らを見下ろすと、口元を釣り上げ少し笑った。


「だが、作戦が成功すればお前ら英雄である。英雄こそ我が国の宝、英雄には望む褒美を出そう」


 百八十度変わる態度に周りが静かになった。数人がジンへと大声で質問をする。


「おらは国にかえったら商人をしたい」

「わ、わたしは商人より貴族になりたいわ」

「僕は恋人をこの国に呼びたい」


 ジンが手を前にだし希望の声を止める。その見えない迫力に見ている突撃兵が唾を飲む。


「叶えよう。しかしどれもこれも成功をしてからだ。生きて戻らないと何もならない、王国は腐っている市民は力を持つ事を許されていない、力を管理させられる、それが人間とってなんと言う屈辱だろう。それを開放するのが我ら帝国の役目である。もう一度言う、叶えたい事は全て帝国が叶えよう」


 短くも大きな声で演説を終えると台から降りるジン。周りの兵が興奮しているのがわかった。僕でさえも、フローレンスお嬢様の事が無かったら興奮の渦に巻き込まれそうだ。


 次の兵士がこれから進む道を説明し始める。正規軍とは別ルートで進みカーヴェの東側に潜伏すると説明が下された。

 

 僕らは数日振りに城から外に出る事になった。

 流石に一度に全員外に出る事は無いので。三人から十人前後に別れグループを作る。そうする事で王国や帝国国内の市民の目を誤魔化す事が出来るからだ、これなら周りからは普通の冒険者にみえるだろう。

 

 兵士に無造作に固められたパーティーは。僕に、僕の直ぐ側から離れなかったダッタンを始め他には。フードを被り目口元すらマスクで隠す人間、体系から女性とわかる。他には戦いに行く前に死にそうな老人。目つきが切れ目の今にも発狂しそうな若い男性。


 全員で出発するとは思ってなかったが、このメンバーでいくとなると不安も過ぎる。

 ダッタンが「いこうぜっ」と意気込み僕らは城からでようしたが、僕だけ城から出る前の別の場所へと呼ばれた。


 周りのメンバーにちょっと城の外で待ってもらって僕は呼んで来た兵士の後に付く。さらに奥へ入り、小さな広場の前で待たされる。


 広場には長身の男が背を向け立っている。黒髪に全身を隠すようなマント。


「ジンっ」


 僕はジンを呼び捨てにいる。僕を連れてきた兵が怪訝な顔をするも「連れて来ました」と一言伝えるとその場を離れる。


 振り返ると黒眼鏡越しに僕を見ている。頭一つ高いジンは僕を見ていた、顔の位置から腕を見ているようにみえる。


「鼠が居ると思ったら、お前か……」

「フローレンスお嬢様が無事かっ」


 僕の質問に鼻で笑うジン。


「開口一番聞く事がそれとは、馬鹿にもほどがあるな……」


 僕の質問に答えないジン。僕は右手で素早く剣を抜きジンへと攻撃をしかけようとする。

 しかし、僕の攻撃が先であるにも関わらずジンの攻撃が僕へと襲ってきた。

 ジンは僕の頭上へと剣を叩きつける。怪我を偽造した手も使い両手で僕はその剣を受けた。

 片腕で受けれればいいのだけど、気を抜いたら頭から切られそうだ。

 気合の声を出し、斜めに受け流す。

 体を反転させる、僕は下から切り上げた。ジンは首だけを動かすと僕の攻撃を見切る。

 

 そう、それでいい。僕はそのまま後ろに飛び距離を取った。


「僕を殺すのかっ」

「殺して欲しいのか?」


 僕の質問に何とも間抜けな答えが返ってきた。


「そ、そういうわけじゃないけど……お前は、フローレンスお嬢様を浚って何を企んでいるっ」

「企む? この俺が、フローレンスを浚って?」

「そうだっ、カーヴェの街。いや王国に戦争をしかける、僕の村にあった箱を奪う」


 ジンは顔に手を当てると大きく笑い出す。そして直ぐに笑い声が止まった。


「たくらみなど無い。フローレンスを守る為だ」


 ジンが短く喋ると、その姿がぶれ始めた。

 気づいたらジンが目の前に居た、剣と剣がぶつかりあい火花がでる。

 

「守るって……っ」

「その通りの意味だ、お前はフローレンスを守れない、それどころが聖騎士なぞに心を許すなど、愚かな」


 マリエルの事を言われ僕は思わず反論する。


「愚かも何もないっ。マリエル達だって頑張っているんだっ」


 ジンの口元が動く、笑っているようだ。


「『頑張っているっ』。ほう、マリエルという聖騎士は職務に忠実なだけじゃないのか。国を守る為に国民を殺す、それが頑張っているというのか。お前に向けられた好意は同情すら無いのに何故肩入れをする」


 蔑む声で僕を威圧してくるジン。


「ちがう、マリエルが僕を好きだろうか嫌いだろうか。僕がしたいそれだけだっ」

「ふっ。なら、俺もそうするだけだ。お前が捨てたフローレンスを手に入れる事と王国を潰す事だ」

  

 ジンが叫ぶと僕の剣は手から飛ばされ、はるか遠くへと落ちる。

 仰向けに倒れるような姿になる僕に剣を真っ直ぐにし、首元へ充てるジン。

 この体勢からジンより早く動く事はもう無理だ。

 僕は中庭へと大の字になった。手の平に土を握る。これをぶつけて……。


「安心しろ。お前を殺すなとフローレンスから言われている。たが、厄介な力は壊させて貰おう」


 ジンの剣が真っ直ぐに僕の左腕へと向うのが見えた。

 

 唐突に視界が暗転する。

 狭い部屋に、ボロボロのテーブルと椅子。壁にある本棚からは本が崩れ落ち床に散乱していた。

 時代錯誤っぽい格好をした赤髪の女性、オオヒナは静かに珈琲を飲んでいた。

 

 篭手の記憶室。僕がかってにそう思う場所に僕の意識はもっていかれ、今、僕はオオヒナと視線を交差した。


『ふう。旨い珈琲じゃ……ほれ、ヴェルも飲まんかい』


 オオヒナが手を叩くとテーブルに珈琲が突然現れる。

 僕の鼻に現実世界と同じく珈琲の匂いが漂った。


「オオヒナ……ごめん」


 僕がこの世界に連れてこられる前に確かに、篭手へ剣が刺さる瞬間を見た。


「そうだっ。戻ろう。過去に戻れば何とかなるんじゃ!」


 僕の提案にオオヒナが珈琲カップを置いて僕を見る。


『我の力も回復してなくてのう。残念じゃが、お主の意識をこの空間に持っていくのが最後じゃ。それにお主、今過去に戻れたとして動立ち向かう気じゃ』

「いや、それはその」


 中途半端に戻った所で対抗できないのはわかる。仮に帝国城に入る前に戻った所でジンはフローレンスお嬢様を浚うだろう。

 

『我は道具じゃ、多少可愛くて美人で博識でお茶目だからと言って、我が壊れたかといってそう落ち込む事もあるまい、我がお主を呼んだのは時間軸がずれてきとる。それを伝えるためじゃ』

「あの、凄い気になる言い方なんですけど、気になると言えば聞きたかったんだジンのアレって」


 僕の質問に。鼻で笑うオオヒナ。笑顔を見せると真面目な顔になる。


『ジン。アレが嵌めている篭手は我じゃ』

「え……それって」

『うむ。お主の中から観察していたが我、若しくはヒバリ、ヒナマモリが作った新しい篭手。どちらにしろ気を付けよ、それと』


 床に散らばった本が消え本棚が消えていく、次第に壁が消え人が居ない城内が見えたかと思うと次々に消えていった。


「周りが……」

『破損から見て時間がないからのう』

「オオヒナ。直すよ、僕が直すんじゃなく直せる人を探す。それこそヒバリや、ヒナマモリだったら直せるんじゃ」

『我が治せるならあの二人は既に我と同じもの、いや、それ以上の物を作っておるじゃろ。作れないからこそ、前の世界で我を宝物庫に閉まったのじゃ。出来ないこそ、やれ聖騎士や、やれ能力者やなど人間に与えるんじゃ。気にするな直ぐに粉々になるじゃろで。それよりじゃ』


 灰色の空が既に無になっている。気づくとテーブルや椅子も消え、オオヒナと僕は真っ黒の世界に立っていた。


『まー何にせよ我の事で気にするなって事じゃ、お主の事じゃ。情にながされ、すーっぐ敵討ちとか、考えそうだしな。主を見ていると我を作った魔女様を思い出すわい』

「流されなんかしないよっ」


 僕は声を大きくして反論する。


『ほう。なら、お主マリエルはどうなのじゃ。ジンの奴も言っていただろう、ちょーっと優しくされ、体を奪われたからって犬のように尻尾振って忠誠を誓う』


 僕はあの日の夜を思い出す。そりゃ周りから見たら犬のように見えなくとも、ともかく反論をしなきゃ。


「それは、その。ジンにも言ったけど僕が好きだったマリエルが生き延びる事が先決で、僕の気持ちとかはえーっと……」


 答えに成らない答えに、オオヒナのほうが笑い出す。


『ふむ。ちとからかいし過ぎたかの。我を使ってまで来た過去じゃ生き延びれ、そして全部終わったらマリエルと幸せになっとけ、心配せんでもあやつ、マリエルは、お主の事好きじゃぞ。それから、その……』


 僕の耳にオオヒナの『心配してくれてありがとうなのじゃ』と、声が届くか届かないかで全てが闇に消えた。

 突如僕の視界が真っ白になった。

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