第五十五話『解放軍』
僕が川からでると、夜間と言うのに釣り糸をたらしている人間がいた。
僕がずぶ濡れなのも気にせず川へ糸を垂らしている人、その人物を無視して横に這い出る。
「おいおいおい、『釣れますか』ぐらい聞くのがマナーでしょ」
僕は大きく息を付いて一言喋る。
「釣れますか」
棒読みの答えに待っていた答えなのか満面の笑みで答える釣人。
「ぼちぼちだな、もう帰ろうかと思っていた所だが、大物が釣れてな」
「良かったですね。では」
話は終わった、これで僕も帰れる。
僕の濡れた足に釣り糸を絡ませ動きを封じる釣人。続けないと駄目なのか……。
「そうなんですか。何を狙っていたんです」
「大きな戦争の前に止めれる人を」
釣人の格好をしたオーフェンが僕に言う。
ずぶ濡れの僕はオーフェンの顔を黙ってみる。
「見つかると良いですね」
短く挨拶して僕は、足に絡みつく糸を素手で引きちぎる。立ち去ろうとすると、今度は濡れるのも構わず僕の腰にしがみついてくるオーフェン。
「お前、この流れでそれは無いだろっ、無いだろ……?」
「僕らを閉じ込めた挙句に手を貸せとかありえないからっ」
「そりゃだって、お前を助けたいけど、こっちは幽閉されてる身、それに聖騎士だったらあんなの簡単に出れると思ったからだって」
「僕から言わせて貰うと、変な行動するより言葉にしてくれたほうが助かる」
そうだ。無闇に探すよりオーフェンに聞いたほうが早い。僕は剣の止め具を外し剣を抜く、真っ直ぐにオーフェンに剣を向けると。雫がぽたぽたと剣先から堕ちていく。
「取り合えず、お嬢様のいる場所だけ吐いてくれないかな」
「おいおいおい。苦楽を共にした仲間に剣を向けるとは……」
「苦しかないんだけど」
わかったよ。と短く手を上げるオーフェン。
「吐けというが城内は監視の目が凄くてな、フローレンスちゃんだったら今の所は無事だ」
「今の所ってのは」
僕は構える剣に力をいれる。
「そう。力を入れてないでくれるかな」
「悪いけど冗談を言えるほど今は気分が言い訳じゃないからね」
「――。フローレンスちゃんはジンの兵の警備の元、城に幽閉。ジンも無理やり何かをする訳ではなく、毎日面会に行くとドア越しに伝えただけと聞いてる。今度の紛争でカーヴェの町へ連れて行くらしい。そこで自らの強さを見せ付け服従させる気だとかなんとか、助けるとしたら警備が薄くなるカーヴェの町攻撃時だろう」
僕は剣を鞘へと納めるとオーフェンに背を向ける。
「わかった」
「っと。一人でやるのか……」
「元々、一人だからね」
「あ。そうだ、今度のカーヴェに突入する一般部隊、確か城で募集してたなぁ」
わざとらしい言葉に僕の動きが一瞬止まる。思わずため息が出た。
僕の背後から肩を叩いてくるオーフェン。
「なっ。頼むよ、無闇に城に特攻するより良いと思うんだけどなぁー」
「――わかった。オーフェンのメリットは? それと一つだけ条件を言わせて欲しい」
「俺か俺の最終的な目標はハーレムだ」
「それで?」
僕はオーフェンに相槌うって答えを聞き流す。
「それで。っておまえ……。ハーレムを作る事なんだが、このまま行くと俺は幽閉されてハーレム所か妾すら作る事ができん。そこでヴェルお前の力が欲しい」
思いついたかのように手を叩くオーフェン。直ぐに続きを話し出す。
「あ、あと。全部おわったら聖騎士の子紹介してくれない? アデーレって言われてた子居たよね、ああいう無口な子がベッドでは赤く頬を染めてとか最高じゃないか」
僕は左手を見つめる、後ろには、この現状を招いた一人のオーフェンが笑っている。
「そうだ、一つ確認させてほしい」
「ん?」
「オーフェンって、いわゆる能力者だよね?」
「まぁな。余り強くは無いが、ヒナマモリ様から肉体強化の術法を掛けられている。どうして?」
「それを聞いて安心したよっ」
僕は振り返る。
体が記憶している動きだ。
左足を一歩後ろへ引くと中腰になり狙いを定める、右足を前にだすと体重をかけ勢いをつける、最後に右拳をその一点、オーフェンの腹へ叩き込む。
頭上から、僕らを罠にかけたオーフェンの呻き声が聞こえた。そのまま後ろにある川へと吹き飛んでいく。オーフェンの体がゆっくりと流れていった。
あれから暫くの時間が立った、追っても来る様子が無いので僕はオーフェンが使っていた竿で釣り糸をたらし川を眺める。
竿がしなり、僕の腕に大きな当りが来たのがわかった。力の限り釣竿を引っ張り上げる。
糸を掴んだ手、そしてずぶ濡れの金髪、青い目。オーフェンの顔が水面から出てきた。
「おいおい。行き成りそりゃなくね……」
「悪いけど僕も人間なんでね。機嫌の悪い時もある」
口から水を吐きだすオーフェン。小魚が口から飛び出した。
「ヴェルでも機嫌が悪い時あるんだな……ま、安心したぜ宜しくな兄弟」
「だから、ヴェルって呼んでくれていいよ」
川から這い出るオーフェンは手を出して僕に握手を求める。僕はその手を握った。
「さてと、準備しなきゃな……」
僕はオーフェンを引き上げると。釣り道具をまとめて彼の後ろについていった。
マリエル達と別れて既に数日が立つ、僕は帝国の一兵として突撃軍として配属された。
篭手を着けている左腕は白い包帯で隠している。
オーフェンから外せと言われたけど、お守りみたいなものだ。
合計百五十名以上からなる突撃軍。
粗末な木の棒を好きなように切る、もしくは破壊するだけで入れた入団テスト。もちろん正規の軍ではなく、今回はカーヴェの町へ強襲をかける突撃軍である。
事前に登録料として金貨五枚を払い、戻ってきたら金貨二十五枚を手渡すという仕組みであった。
こうしておけば、脱走した所で帝国には痛くもかゆくもない。百人いて百人戻ってくる事はまず無いので褒賞を与えても帝国にはプラスである。
事前に聞いた話ではジン達の正規軍はおよそ百名弱、僕らを先に町へと攻撃させ撃退する敵の力をみて突撃してくる。要するに僕らの部隊は捨て駒だ。
王国軍を圧勝できれば追撃として兵を動かすし。失敗したら治安として背後から僕らを討つ。王国に恩を売る事も出来る。
僕らは正規の軍では無いため厩舎などは無く、城の中庭に集められ集団行動をさせられてる。周りをみると年寄りや子供、数は少ないが女性なども見受けられた。
中庭のすみに大きな岩がある、僕は其処に座ると城を眺めた。
あのどこかにいるフローレンスお嬢様をドサクサに助け出し逃げなくては行かない。
「よう、坊主。お前も戦いに行くのか」
僕の隣に筋肉をむき出した男が座ってくる。そりゃそうです、と言葉を飲み込んで僕はその男へ視線を移した。
「貴方は……?」
「オレかっ。豪傑のダッダンといえば有名だろう」
「すみません。知りません」
僕の言葉に口をあんぐりとあけると、咳払いをするダッタン。
「まぁいい。これからもっと売れればいいだけだ」
「なるほど。所で僕に何が用でしょうか」
「いやな。どいつもこいつも、この作戦で一旗上げようとお気楽な連中ばっかりでな、何か坊主は違うようなきがしてよ」
「そうですが、僕もこの戦いで一旗上げようとしています。ご覧の通り左腕は怪我してますので」
僕は左腕の包帯を見せて、話を打ち切る。
こんな場所で誰かと派閥を作って騒ぎになりジンにでも見つかったら大変だ。
「まぁまぁ。見て見ろよ、血気盛んな奴が多くて今にでも喧嘩が始まりそうだぜ」
話を聞かないダッダンは構わず話しかけてくる。
確かにあちらこちらで小さな衝突があり、そのたびに正規軍が仲裁にはいっている。暇な人間が多いものだ。
「何が言いたいんです?」
「オレはこれでも幾つかの戦いをしてきた奴でな。自然と勝ち馬ってのが見えるのよ。今回は坊主の側に居たほうが儲けれそうだし助かりそうって話だ。まっ一つ宜しくたのまぁ」
「断っ――」
「っと、別に断ってもいいが四六時中坊主の後ろに居るぞ。飯の時、寝る時、トイレの時だって坊主の真後ろに立つぞ、オレは」
自然に息が出る。スキンヘッドの筋肉質が真後ろに着くとか悪夢としか思えない。