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第五十四話『大きな疑問』

 ドアの隙間に剣を挟みこむマリエル、もちろんビクともしない。

 アデーレも窓を調べているが聖騎士の力をもってしても開ける事ができなかった。


「すみません――僕が、城に行くと言ったばかりに」

「あーいいのよ。ねぇアデーレ」


 マリエルは笑顔で返してくれるがアデーレは僕を見つめたまま頷く。


「まったくだ。ヴェルさんが城にさえ来なければ隊長が捕まる事も無かった」

「ちょっと。アデーレっ」


 マリエルが怒り出すが、アデーレはそのまま喋る。


「だから。悪いと思っているならこの状況を打開する策を一緒に考えて欲しい」


 黙って手を差し出すアデーレ。

 マリエルはアデーレと僕の顔を交互に見て、ふうと一息を口から漏らした。


「まったく素直じゃないと言うか」


 呆れるマリエルを横に僕も黙ってアデーレの手を握る。

 先ほどから扉や壁などを調べているが完全に閉じ込められているのが解る。

 アデーレがマリエルへ質問をしはじめた。 


「餓死させるつもりでしょうか……」

「そりゃまぁ、いくら聖騎士だって餓死はありうるわね。でも、それだったらさっき壁に貼り付けられた時に首を跳ねていたほうが早いわよ」


 ソファーに座座ったマリエルが、テーブルから一本の酒瓶を手に取る。

 封を開けると鼻で匂いを嗅ぐ、満足そうに頷くとコップに注ぐと僕らにも手渡してくれた。

 

「扉も窓もダメ。あんまり荒事はしたくないんだけどなぁ」

「破壊ですか……」

「うん。ヴェルの言うとおり。扉も窓も開かないなら、壁を壊すしかないわね。扉がなければ作ればいいじゃないっ、て何処かの偉人も言ってた!」


 アデーレは黙って首を振る。


「ちがったかな? まっそういう事。あとは食事が来るか来ないか」


 僕達は暫く部屋で過ごす。マリエルはソファーの上で寝ており。アデーレも壁際で剣を抱いて座っている。

 僕もマリエルと反対側のソファーで目を閉じる、体力の回復に努めていた。

 無意識に左手にある篭手を掴む。


 後頭部をいきなり叩かれる。

 思わず眼を開けると、ヒナマモリが僕を見ていた。


「ヒナマモリッ」

『だーれっがヒナマモリじゃ。オオヒナじゃ』

「えっ」


 慌てて周りを見ると狭く本棚が並んだ部屋。灯りが灯されてないのに部屋が昼間のように明るい場所。

 そして粗末なテーブルに椅子が置いてある。


 僕は思わずそのオオヒナに抱きつく。


『ふぁっ、こらやめんかっ』

「ごめんっ。でも生きていたんだね」

『物が生きているというのは表現がおかしいが……。ふむ。我はこの通り。世界を改変するのに暫くは休眠してただけじゃので。で。此処はどこじゃ』


 僕は手短に説明する。過去に戻った世界でお尋ね者になったこと、帝国に来た事、さらわれたフローレンスお嬢様を助けにきて、また放れた事、そしてジンの事。


『まーなんだ。どんまいなのじゃ』


 ひどく短く慰めてくれるオオヒナ。


『我は、ヒバリやヒナマモリと同様、道具であるからのう多少の意思はあるが最終的に決定権を持つのは人間じゃ。その辺は勘弁してくれのう。それにしても、せっかく過去に戻してやったのにお主は不幸じゃのう』

「……別になりたくてなったわけじゃないんだけどね」

『まぁ少し休め。時間はあってないようなもんじゃ、お主の脳に働きかけている夢みたいなもんじゃしの』

 

 僕は椅子に座るとオオヒナが珈琲を二つだしてくれた。口の中に入れると苦味が広がり胃の中に落ちていくのがわかった。


『しかし甘いのう』

「苦いんだけど……」

『ヒナマモリがじゃよ』


 僕はあいまいな返事をしてオオヒナを見る。僕らを捕まえて殺さないのが甘いのだろうか。


『考えても見ろ。あれだけ情報を与えながら、なぜお主から篭手を奪わん。我が眠っているんだから、あっさり取れただろうに。それにその聖騎士達の篭手だって剥がしてしまえばよい。それをしないという事は『逃げてくれ』と言っているようなもんじゃ』

「あ……」

『それにじゃ。お主等の居る部屋。長い年月で装飾は違うが。この部屋と同じじゃろ、そしてこの部屋には』


 オオヒナが手を叩くと床の一部が崩れ梯子が見えた。

 

『脱出口があるのじゃよ』


 驚いて固まっているとオオヒナが笑う。


『我ら三人。いや三個。姿かたちは同じとえ性格までは一緒ではない。それぞれ刻んできた年数が違うからのう。ただ一つ。人間の為になりたいという事じゃ』

「ありがとう……。もう行くよ」

『そうか。何そのうちまた来るがよい』


 僕の視界から霧のように全てが消えていく。


『のわああ、しまったっ。さっき言っていたジンという奴には会わないほうがいい』


 なんでっと理由を聞く前に視界が暗転した。慌てて体を起こすとマリエルが横になったまま僕を見ていた。


「どうしたのヴェル」

「ああ。いえ。特には……」

「そう。何かあったら教えて」


 マリエルがもう一度眼を閉じかけた。僕は慌てて立ち上がる。


「違うんです。信じて貰えないかもしれませんが……。僕は今一瞬でしたが違う世界に居ました。そこでヒナギクさん、ヒナマモリさんと似た人物の助言を受けて、そのなんていうか」


 自分でも何を言っているが解らなくなってくる。

 アデーレが僕を見て口を開く。


「ようは何かを見てきたのだな」

「ああ、すみません。そうなんです。情報が確かならこの辺に……」


 僕は部屋の隅まで歩く。木製の調度品が置かれていた。引き出しを開けるとカラフルな布が入っている。

 引き出しを全部抜いて軽くなった調度品を動かした。

 変哲も無い床にみえる。

 マリエルが剣を抜きその床を複数回叩く。驚いた表情で僕らを振り返った。


「すごっ。ヴェルの言ったとおりにこの下は恐らく空洞だ」


 剣を床の切れ目に差込、てこのように持ち上げると床板が浮き上がる。

 僕はそれをゆっくりと外すと、下から先ほどまで聞こえなかった音と鼻に付く匂いが上がってきた。

 覗きこんでいたアデーレが短く答える。


「水ですかね……」


 僕が先に降り、マリエル、アデーレと続く。 

 梯子の下は岩壁になっており、直ぐに二本の川が見える。川は僕らを挟むように左右に別れており川には大きな水車が備え付けられいた。


「なるほどね。湖の水をこうして城へ上げているわけねー。あれ、アデーレは?」


 僕とマリエルが振り返ると、アデーレは今梯子を無造作に破壊した。


「これですぐには追って来ないと思います。さて隊長どうしますか」

「一本は町の外、もう一本は町の中に流れているのかしら、この川を下れば抜け出せるわね、アデーレどっちかわかる?」


 マリエルの質問にアデーレは川を調べる。


「こっちが城下町内、あっちが城下町外でしょうか」

「ヴェルはどうするの?」


 僕の答えを黙って待つ。


「隊長、私は先に行っています。城下町入り口で馬を手配します。ヴェルさん」


 一度黙りもう一度僕の名前を言うアデーレ。


「ヴェルさんの貫く道に光がある事を」


 アデーレは短く言うと川へと飛び込んだ。

 僕とマリエルだけが残される、耳には大きな風車と川の音が大きく聞こえている。

 歴史の修正というのだろうか、回避したとおもった戦争が再び起きようとしていた。

 いつも振り回すように先に話しかけるマリエルであるが今は僕の顔を優しく見ていた。


 最後の別れになるような気がする。そんな事はあってはならない、僕は小さく首を振りマリエルに話しかける。

 今の本当の気持ちを彼女に伝えるために。


「あの宿でも伝えたけど、僕は未来から来た。本当は恩義とかじゃなくて……。いや、あの。別に恋人同士とかじゃなく僕の自分勝手な思い込みでマリエルを好きになった。だから、死んだと聞かされた時にどうしても助けたいと思い、この篭手の力を借りて僕はこの時代に戻ってきた」


 マリエルは静かに頷く。


「で。元の世界ではカーヴェの町でマリエル達が死んだ。原因はわからないけど、マキシムが裏で糸を引いてたとしか聞いてない。ただの自己満足だってのは自分でも解っている、君は僕の知っているマリエルじゃないとしても、やっぱり助けたい。家族であるフローレンスお嬢様も助けたいです」

「で、結局ヴェルはどうしたいの?」


 マリエルは僕に再度問いかける。迷った挙句に答えをだす。


「僕は残ってフローレンスお嬢様を助けたいと思います」

「そう。なら私も付き合うわよ」


 ああ、やっぱり。マリエルならそう言うだろうなと確信があった。マリエルに僕は首を横に振る。


「ダメです。マリエルはアデーレと一緒に戻ってください。元々一人で助けに来たことですし、迷惑をかけるわけには。それに大きな戦いになるとマリエルがいえ、聖騎士としてのマリエルがカーヴェにいないと、小さな戦争も大きな戦争になるかもしれません」

「迷惑と思っていたら残るなんて言わないけど――……こういう時、聖騎士って職務は嫌になるわね。『一人を見捨てても国を助けないといけない』か。今ならハグレの気持ちもわかるわね……」


 マリエルが悪態をつくと、息を吐く。

 

「わかったわ。全てうまく行くように祈ってる、運がよければまた会うこともあるでしょ」

「そっちも」


 足を一歩前にして篭手を着けている右腕を曲げ、ポーズを決める。

 確か、聖騎士同士の挨拶だったはずだ。

 僕も左腕の篭手前にだし、マリエルの篭手に軽く合わせる篭手がぶつかり合い小さな音が聞こえる。


「そうそう、私達聖騎士は王国を守るために死すら問わない部隊なのよ。だから例え死んでもヴェルがそんなに気を病む事はないわ。ヴェルはヴェルのやりたい様に。だから私もやりたい様に動くわ」


 僕は小さく頷くと上空で人が騒ぎ出す声が聞こえ始めた。部屋を見に来た兵士が抜け穴を確認したのだろう。


「僕はあっちに行きます」

「わかった。私はこっちの川へと入るわ」


 僕がマリエル達と反対に走ろうとした時マリエルが僕を呼び止める。


「あ、そうだヴェルっ。過去の私ってそんなに魅力的だったかしら。そう、全てが終わったらタチアナで温泉でもいなかい? 前はファーやミント、フランに邪魔されてゆっくりも出来なかったでしょ。だから今度は二人でね。だから絶対に死なないで再会しましょ」


 その言葉に僕は立ち止まり後ろを向く。水しぶきと共に彼女の姿はかき消えていた。

 タチアナの町で温泉に入ったのは僕が戻る前の過去だ。今のマリエルが知るはずもない事を僕に伝え消えて言った。


 呆然としていると僕らが脱出した穴からはロープが下がりはじめ兵士の足が見えてくる。

 僕は急いでマリエル達と反対の川へ飛び込んだ。

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