第四十七話『突然の再会』
布で顔全体を隠した僕は駆け足で茂みから出た。驚く数人の兵士達、僕の腰にある鞘は既に留め具を外しており直ぐに抜ける体勢だ。
あえて剣は抜かずに、近くの兵士の胸を肘で叩きつける。そのまま後ろに飛んでいく男。近くにいる人間の腕を掴み茂みへと放り込んだ。
周りを見ると部隊の先頭にいるサングラスの男と目があったような気がした。あれかジンか、背中にゾクっとした悪寒が走る。
長身で黒髪のジン。外側が黒く、内生地が赤いマントをつけていた。
僕の方をみて、腰にある剣の柄を掴むのが見えた。
まともに戦おうとしてはダメだ。オーフェンの忠告を思い出すが、相手が掛かってくる場合は避けようがない、僕もの腰にある剣の柄を握り締める。
そして、そのジンの死角からオーフェンが双剣を構え切りかかりにいった、後ろも視ずに避けるジン。
オーフェンも想定内だったのだろう、地面に発煙棒を次々に投げて行く。
ピンクや青、白や黒の煙が次々に上がっていく。
助かった。
僕は口元の布を更に鼻まであげ、煙を吸わないようにする。先ほどまで見えていた木造の檻の扉を壊すと中に滑り込む。
部屋の中は物が散乱している。主に本や良くわからない玩具っぽいのが沢山あった。
隅に女性が脅えている。
間違いなくフローレンスお嬢様が其処に居た。
直ぐに近くに駆け寄り震えている体をそっと包み込む。腕の中で暴れるが僕は小さく耳打ちをする。
「フローレンスお嬢様。僕です。解りますかっ」
震えいた顔が僕の顔をみている、信じられないといいたげな顔である。
その小さな唇が微かに動く。
「ヴェ……ル……」
「はい。僕です」
「な、何が起きてるのっ」
「説明は後で。逃げますよ」
フローレンスお嬢様の居た檻の中にも発煙棒を何個も投げ込む。僕はフローレンスお嬢様を抱きかかえると檻に入ろうとしている兵士数人を蹴飛ばし外にでた。
現場では様々な悲鳴や怒声が飛び交う。恐らく休憩所にもまだ人がいたのだろう、悪いと思うが構ってられない。暴れている馬の嘶きを頼りに近くに行く。その背に乗り込む、お嬢様を前に乗せると僕はその体を包み込むように背後から抱く。
何年も一緒だった甘い香りが髪から匂って来るのがわかった。
「ヴェ、ヴェル」
「今はお静かにっ」
僕の名前を言うフローレンスお嬢様を手短に注意すると、直ぐに繋がれている紐を剣で切り話した。
今度は僕が持っている笛を力任せに吹いた。
僕のほうはこれでお別れというオーフェンへの合図。そして馬を走らせる。
背後から怒声が聞こえた。
「一人逃げたぞおおおお」
「追えっ」
「こっちは捕まえたぞっ」
なっ。オーフェンが捕まった!? 最後の兵士の叫びで僕は一瞬馬を緊急停止すると、煙が晴れてきて数人の兵士がこっちに走ってくるのが見えた。
「くそっ」
「ヴェ、ヴェルっ。『一人捕まって』って言ってるけど……」
「ですね。走ります」
「え、ちょっと。えっ見捨て――」
「口を閉じてください、舌を噛みます」
お互い失敗しても関与はしない、そう決めていたけど、この状況で助けに行けるはずも無い。僕は急停止させ興奮した暴れる馬の手綱を無理やり引き叩きつける。馬はビクっとなり徐々に走り出した。
「早くっ」
一瞬の判断が致命的だったのか何頭かと馬が僕らを追ってくる。
不味い、段々と距離が縮まっていくのが解る。馬にしがみ付くフローレンスお嬢様の顔が青くなっているのが上から確認できた。
「ちょ、ヴェル。吐きそう」
「我慢して下さいっ」
幾つかの角を曲がり後ろから来る兵士の視界をさえぎる。でも直ぐに追いつくだろう。
道が悪くなり二つに分かれている。片方はフランのいるほうに続く街道、もう片方は知らない道である。
街道の横から茶色く汚れたフードをかぶった人間が二人出てきた。
僕らの前に急に出ると馬の手綱を強引に掴み、馬を止めた。その反動でフローレンスお嬢様が馬から投げだされ僕もその体を包み込むようにして馬から地面へと叩きつけられた。
「いったーいっ」
「大丈夫ですかっフローレンスお嬢様」
僕がクッションになっているから差ほど痛くは無いとは思うがフローレンスお嬢様は悲鳴を上げている。
僕が馬を見ると空になった馬に乗りこむフードの人間、直ぐに街道へ行く道へ走っていく。
「少年。こっちだ、急いでっ」
残った一人が僕らを呼ぶと別の道の茂みへと誘導する。
背後から土を蹴る蹄の重い音が聞こえてくる、直ぐにフローレンスお嬢様の手を強引にひっぱり。フードの人間が呼んでいる茂みへと体を隠した。
後ろから追ってきた兵士は、馬を追って僕らに見向きもせずに道を消えていった。
助かった……。僕らから馬を奪った人は自ら囮になり馬を走らせる。そして残った人は僕らを助けてくれた。
「何処の人がわかりませんか、ありがとうございます」
「そうか。何処の人かもわからないか、それは面白い」
小さく喋ると汚れたフードを取る人間、耳が隠れるぐらいの金髪で、柑橘系を思わせる匂い、赤い瞳で切れ目が特徴的で何度も思いを寄せた顔が僕らをみて小さく笑っている。
「やぁ、少年。またあったね」
「マ、マリエルッ」
驚きのあまり、名前の後になんていって言いか声が出ない。何故此処に、何故帝国にいて僕を助けるのか頭が混乱する。
「うがーーーーー」
突然、僕とマリエルの間に奇声をだして割ってはいるフローレンスお嬢様。
「なんでヴェルを追い出した奴が此処にいるのよっ! それに近い、あんたヴェルとの距離が近いからっ」
「なんでと言われても、君を助けだすためにいるんだけど」
怒るフローレンスお嬢様の顔に人差し指を突きつけるマリエル。
僕は思わず疑問の声を出してしまった。
「ええ。なんで……」
僕の声に不満顔になったマリエルは僕の方に向いて説明してくる。
「なんでって、君もかっ。王国の市民がさらわれたら助けるのか騎士の務めだろう、それに追ってみたらなんと女の子をさらったのは帝国の兵。困っていたら少年がさらわれていた君を連れて走ってくるだもん、こっちが色々聞きたい」
茂みから長身の人間が出てきた。フードを取ると薄い褐色の肌、茶色い髪をした女性がマリエルの横に立ち並ぶ。
「隊長、撒いて来ました。馬は足が付くといけないので森に放してきました」
「もう一人はアデーレだったのか……ありがとう」
僕は馬を止め、兵士を撒いてくれた人の名前を言う。
口数の少ないアデーレの眉が小さく動く。
「すみません。初対面ですよね」
しまった。この失敗は二回目である、初対面だけど初対面じゃない。えーっと……。
「えーっと、あー。そうマリエルが、君の事を褒めてたからてっきりそうかと。ヴェルって言います」
僕の言葉にしばし時間が止まった気がした。
「へー、私ってそんな事言ってたんだー」
「ふーん、ヴェルって。見た事もない女性の事を気に留めているんだー」
マリエルとフローレンスお嬢様の白い眼が視線として突き刺さる。
「と、所でマリエル。ファーも一緒に来てるの」
「ん? ああ、ファーね……」
何か言いたそうなマリエルの顔、歯切れの悪い言葉で続きを喋る。
「黙って置いてきちゃった」
「えええっ」
思わず声を上げると頬をぽりぽりとかくマリエル。僕はアデーレの顔を見て、マリエルをもう一度視た。
「いや、だって黙って行かないとファー怒るし止めるでしょ、だからこっそり来て、こっそり助けて直ぐ戻ればいいかなーって」
「自分は隊長がこっそり村を出て行くのを視て私は付いて来た」
アデーレが簡潔に喋る。
「そう。もう一人で来るつもりだったのに姑に付きまとわれている気分だわ」
文句は言いつつも顔は笑っており信頼の証なのが視てわかる。
アデーレがマリエルに話しかける。
「では。隊長、目的も済んだので帰りましょう。万が一聖騎士が帝国に居ると解ったら大問題です」
「うう、それよね。帰ったら全部押し付けてきたファーに殺されそうだわ」
肩を落とすマリエルに、フローレンスお嬢様がマリエルが来ているフード付きマントを小さく指でつまむ。
「ん。何?」
「いや、あの……ありがとう。助けに来てくれて」
「いいのいいの、好きでやってるんだから。所で少年、いやヴェルと言った方がいいかな悪いが、ヴェルには色々聞きたい事が山ほどあるんだけど……」
僕の顔みて不敵に笑うマリエル。
 




