第四十二話『外から見る王国の話』
夕暮れになり、僕は台所に立っていた。
歩けるようになった僕は、トモとミアと一緒に夜食の準備をする。
「面倒やえ、鍋にするえ」
そう言い放ったフランは手早く野菜を切り刻む。出来上がった野菜をミアが器へ移していく。
トモは外から謎の肉や茸を籠に入れてもってくる。肉の正体を聞いた所教えてはくれなかった。
僕はその間にテーブルを拭いたり器を並べたりしていた。
全ての準備が終わった所にオーフェンも帰ってくる。
「さすが姐さん。俺が帰ってくるまで待っていてくれるたなんて」
「アホなこといいさんな。あんさんらの話を黙って聞くのもめんどうさかいに」
丸いテーブルにフラン、トモ、ミア、僕、そしてオーフェンが座る。火の付いた釜に鍋を置いており、フランは手早く人数分を器にいれて運んできた。
「いただきますー」
「まーす」
トモとミアが手を合わせて直ぐに食べ始めると、フランもそれに習うように小さく手を合わせる。僕も恐る恐るスープを飲むと、様々な出汁が効いた鍋は夏だというのに美味しく食べれる。
「で、まずはオーフェンの話をきこうかえ」
「もう、俺としては話す事といったら、言い訳に聞こえるかもしれんが、アレっすよアレ。ジンの部隊が村を襲って、箱奪ってもっか帝都へ移動中ってわけ」
箸という二本の棒を巧みに使い、器に入った具を器用に食べていく。
僕はというと相変わらず右腕は使えないので左手でホークを使い食べている。
フランが僕を見てくるので口に入れた肉を飲み込み喋る。
「僕の方は村の被害を聞きたいです。その一応は育った村なので」
「ほんまに、それは気になるのもしゃーないわえ。でも、あんさん、村に居られない理由があるから此処におるんやろ。何時までも王国に未練あったらあきまへんで」
「いや。未練というか――」
言葉に詰まる。黙って頷く。
「すみません。未練ですね、王国というか人ですけど」
箸でオーフェンを指差すフラン。オーフェンが気にした様子も無く僕へと答えてくれる。
「別に村人は死んだとはきかないな、直ぐに聖騎士団がやってきてよ。見張りのこっちとしても逃げるに精一杯って事」
その言葉を聞いて安堵する。ほっと一息。
「せや。あんさんが村にいるんなら箱の事しっとるんやない」
「あーそうだな。おい、お前。あの箱は何だっ」
二人に質問される、トモとミアも「はーこはーこ」と騒いでいる。
「と、いっても僕にも詳しい事は、十年に一度祭る事と誰にも開けれないと言われている事だけですかね、知っている人もいるので死人が出ないだけ良かったと思います」
もちろん中身は此処にあるとは口が裂けても居えない。
「ふーん……なーんっか引っかかるけどまえええさえ」
「あっ」
オーフェンが思い出したように口を開く。
「どないしたん」
「一人女の子がさらわれていたな。金髪で長い髪の子だったなぁ」
思わずもっていた器を床に落とした。
「うお。汚いなお前、床がよごれ……ああ、空っぽか。ミア悪いけど拾ってくれるか」
「はーい」
金髪で髪の長い子といえば村では一人しかいない。フローレンスお嬢様濃厚である。
「その子は、えっと殺される……?」
「知らん。なんだお前の知り合いか、紹介してもらおうかな」
のん気なオーフェンを殴りたくなる気持ちがわいてくる。一呼吸してからオーフェンに向き直る。
「その。家族みたいな子だったんだ」
「ほう。家族みたいな子がそんなに大事なのに。お前は此処にいるわけか、力ももっているのに」
「オーフェンっ。その言葉はウチにいってるのかえ」
僕への挑発であるのに真顔になるフラン。トモとミアはテーブルの下に隠れている。
「いや。姐さんの事じゃ……ごめん」
「ウチも過去の事は話さないからね。ウチだってオーフェンの過去にどんな事があるのかしらへん。でもな、守りたいけど近くに居れないって人もおるんやで。あとあんさん、恐らく人質は平気やと思う、ジンというのはウチも会った事あるけどな、人質には手を出した事はない。そこの誰かさんとちがってねえ」
フランの過去は僕は知る由も無い。知っているのは王国騎士団から指名手配されているぐらいだ、こう数日過ごした結果それほど悪い人間にも見えない。
一方オーフェンだって、女癖は悪そうであるけど、もしかしたらいい奴なの――うーん。どうなんだろう。一緒に食事をするぐらいにはいい奴なのだろうか。
「姐さん。俺も別に手を出しているわけじゃなくて、何故か女の子がよって来るんだ」
「あっそーかえ、何時だったか女捕虜が逃げたって騒ぎがあった翌日に、オーフェンの隣で寝ていたって事があったかえ」
「アレは俺も不思議なのだが、俺も女も裸だったな」
悪びれもせずにいうオーフェンに呆れて物が言えない。それよりもジンか、人質に紳士的、とてもあの巨漢の男とは思えない。フランへと聞いてみる。
「すみません。そのジンって人は何者ですか」
「んーウチと入れ違いやからなぁ詳しくは知らへん」
「姐さんに同じく、あまり接点はない」
いつの間にかトモとミアも椅子に戻り、鍋をつついてる。僕は、フランとオーフェンの顔を見比べる。
「おい、お前、姐さんが嘘を言ってると思ったら迷惑だから言っておくがな。隣の国と違い、わが帝国は実力主義だ。過去をよりも力。まー人柄も優先されるがな」
「すまへんなあ。ただ黒眼鏡をいつもかけて、無口で背が高くて、強いって事ぐらいかえ。その実力で最近、皇帝にも信頼されている人物やえ」
「えっと、その人質を連れて何処に行くかわかりますか」
僕の質問に眉を潜め怪訝な顔をするフラン。
「あんさん。別にウチがどうこう言うわけじゃないけれど、カーヴェに行きたいとちゃうんすえ」
僕はその言葉に言葉が詰まる。そう、前回の過去で起きた戦いで命を落としたマリエル達を救うべく過去へと戻った。それも前とは違い、常人離れした力を手に入れたからだ。
「かーべ。かーべ」
「べる、寝言で言ってた」
トモとミアが僕の意見を代弁してくれた。
先が解らないとはいえ、前の世界ではあと半月もしないうちにカーヴェの町は落とされマリエル達は死ぬ。ちらりと左腕へと視線を落とす切り札の過去へと戻る篭手はいまだ無反応だし。
「まぁ、悩むのはええけどな。恐らく南東のルートを渡って帝都入りやろねえ。さてあらかた食べ終わったし今日はもうお開きにしよかー」
気づくと鍋の中は殆ど空でトモとミアもごちそうさまをしていた。外は既に暗くなっている。
「ままートイレ」
「ミアもー」
「はいはい。きーつけていくんだえ」
優しい声でフランは二人を送り出す。オーフェンも手を上げだした。
「あ、俺も行っていいですかっ」
「勝手にいくさえ」
「俺だけ何か違うような……」
「あっ。あんさん、ミアに手出すんじゃないよ」
「やだなー俺がそんな男に見えますかっ姐さん」
「見えるからいっとるんやえ」
乾いた笑いのまま家を出て行くオーフェン。川が近いのもありトイレは外にある。
ここ数日疑問に思っていた事を口に出して聞いてみる。フランは後姿だけで食べ終わった食器を手早く片付けていた。
「あのー、なんで僕にこんなに親切なんですか……」
「いやかえ」
「いやというか。もし僕が野党だったら普通は放置しますよね」
「それはあんさんのいや、王国での話しやろ?」
振り向くフランと目が合う。
国、そう僕が居た王国では野党や山賊、その他盗賊にいたるまで基本的に人権はない。大げさな言い方であるが、たとえ殺しても罪には問われない事が多い。
もちろん一般人が適う相手ではないので、警備兵や聖騎士に任せる事になるが、万が一死体が出ると適当に放置されるのが普通だ。
現に村が襲われた時、盗賊を討伐した時も含め死体は適当に捨てられるし、たとえ瀕死の状態だったとしても助けない事が多いだろう。
フランが僕の向かえの席に座り腕をテーブルの上に置いた。不思議と困った顔をしている。
「まぁ、こっちもあんまり変わらんっていえばそうなんやけどな。でも、王国よりはええかもしれへん。少なくとも人間として扱ってくれるさかいに、それにあんさんが彼女の名前を呟きながら絶対に助けるってうめいていたえ」
僕は驚いて顔を上げる、フランは妖しく笑っている。余り聞かれたくない言葉であるので思わず僕はうつむいてしまった。
玄関の扉が大きく開く。
「ママー、のぞかれたー」
「ミアがのぞかれたってー」
直ぐにもう一人の声が聞こえる。
「違う。俺は心配だったから様子見を見に行っただけだっ。なんで子供のトイレを除かんといかんっ、断じて俺はそんな趣味はないっ」
鼻息を荒くして入ってくるオーフェン。フランがため息を付いたあとに服の胸元を大きく開け、その秘密の場所から剣を引き抜く。
「あんさん、前々から思っていたけど、よっぽどの変態やえ」
「姐さん違うってっ。変態でもいいけど。今日のは断じて違う。なっお前もそう思うだろ」
「僕に言われても困ります」
「ウチは寝るからさっさと出て行きなさえっ」
怒気を含んだフランの声で僕の左腕を引っ張り外へと逃げるオーフェン。直ぐに家の内側からガタガタと音がし、鍵をかけた音が聞こえた。完全な閉め出しである。
僕はもとから小屋で寝るつもりだったので黙って行くと、背後から「変態でもいいから姐さんと一夜過ごすつもりだったのに」と泣き言を言っているオーフェンがしぶしぶ付いてきた。