第四十一話『最低で最も熱い奴』
此処に来て傷の治療をし、もう三日はたつ。直ぐにでもカーヴェの町へ行きたいのだが、歩くのもままならない程衰弱していた僕をほおって置かなかった。
体が動かせるようになり、ゆっくりと体を伸ばす。ゆっくりであれば立ち上がれるし、明日には普通に動かせるまで回復するだろう。
小屋の扉が開くと可愛らしい子供が食事を運んできた。
「おとっつあん、めしのじゅんびだよー」
「いつもすまないねーミヤ」
「トモ、それは言わないやくそくだよ」
その後ろからフランが様子を見に来る。
「どうだえ。調子はよくなりましたえ」
「おかげさまで、この通り」
引きちぎった右腕はすっかりと繋がっており、今では自由に動かせる。傷口さえも見当たらない。
僕はゴザの上に姿勢を正す。両膝、両手を床に付きフランへとお辞儀をする。
「傷が癒えたのもフランのお陰です有難うございます」
「ウチはそんなやで、それよりも……」
「わたしはーわたしはー」
「ぼくもぼくもー」
ミヤとトモが僕の周りを回るので、もちろん二人も入っていると伝える。
嬉しかったのが僕周りを走っている。
小屋に人が来る気配がする。フランが先に気づき、ミヤとトモもそれに気づいた。玄関を開けて走り出す二人は建物から消えていった。
直ぐにハシャグ声が外から聞こえてくる。
「オジサンー」
「おっちゃん、ぐるぐるしてー」
「たくっお兄さんだお兄さん」
若い男性の声が聞こえたかと思うと、直ぐに木々が倒れる音が聞こえた。
心配になり立ち上がろうと、そっと手で静止僕を押さえ込むフラン。
直ぐに小屋の扉が開いた。
「フラン姐。母屋に居ないからこっちまできたぞ」
青年は小屋に入るなりフランへと声をかける。僕を見て小さく眉を動かすと何事も無かったかのようにフランへと向き直る。
青年の両腕にはトモとミヤぶら下がって足をパタパタと遊ばせている。
「紹介しますわね、友人でもある、オーフェンですえ。こちらがヴェル」
男というのに背中まで届く金髪、首の後ろで紐でまとめてあり、馬の尻尾にも見える。 次に意思を強く思わせるハッキリとした口調、旅慣れしているのか複数ポケットが付いた袖の無い上着に、半そでの服。その腕からはしっかりとした筋肉の付いた腕が見える。腰から尻にかけて左右どちらかでもぬける様になっている短め二本の双剣の柄が見えた。
僕の顔を見ると直ぐに絶望的な声を出す。
「そりゃねーぜ、フラン姐さん……」
「何が?」
「俺と言う男が居ながら、こんな間男を連れ込むたぁ……」
「まおっとこ、まおっとこー」
「おーふぇん振られたー?」
うな垂れた顔を上げると僕をみてキリっと睨みつける。
「俺の剣がお前を倒せと囁く。俺の、俺のフランを傷物にしやがってーっ」
何がを勘違いしているオーフェンが叫ぶ。背後に肉眼では見ないけど赤い怒りのオーラが見える気がする。
オーフェンの両手にぶら下がっているトモとミアが床に着地すると、ミアが横になり片膝を付き腰に手を当てる。
トモがその上に被さるように四つんばいになると、誰かの真似をし始める。
「あの夜ははげしかったね」
「僕の夜のけんぎはこれからだよ」
「すっごーい」
何がすごいんだ、それに夜の剣技ってなんだ夜のって。
「な……斬るっ。お前を斬るっ」
「ちがうっ。フランもちょっと違うって言って欲しいんだけどっ」
「ほんまあ、しゃーないなぁ。ミランダ」
突然名前をいうフラン。その言葉を聞いてオーフェンの体がピクっと止まる。
「アイシャ、コウラン、スグモ、サトコ、アイ、ミンシア、フレック、マーシャル、ネイネイ後は……」
「俺が悪かった」
いつの間にか握っていた剣の柄から手を離してフランに土下座をする。
「あんさんが、ウチと付き合いたいと土下座までして頼み込んでえ、あんさんが浮気した女の子の名前を呟いているだけやで、何を謝っておるんどす」
「うわきうわきー」
「だから別れたー」
トモとミアがオーフェンの周りを走りながら声を出していた。
「で、元彼を自称するあんさんが何用でここにおるんやえ。彼女とのデート代の貸付かえ? 前のがまだ返してもらってへえんけど」
思わず白い目でオーフェンを見つめる。最低だ。散々浮気しながら元彼女にお金をせびりに来る男。
「お前にそんな白い目で見られる筋合いはない。考えても見ろ、男がいて女がいる口説かないほうがおかしいじゃないか。デート代は男が持つもんだろ」
僕としては余りわからない理由を力説される。しかし格好は以前として土下座のままで説得力がまったくない。散々口説いた結果がこの始末である。
「で、幾らほしいんえ」
フランが諦めた声で服の胸元を開ける。中から小さな皮袋が出てきた。
紐を解くと中の金貨を数えてるらしい。
「いや。今日は金のせびりじゃなくて、仕事の話だ。その、なんていうか……」
「なんや、はよいい」
「姐さんすまん。箱が盗まれたっ」
フランの手から皮袋が床へと落ちる。金貨や銀貨がころころと床に転がるのを、トモとミアが走って拾い集める。
僕は固まって動かないフランを見上げると。何処から出したか解らない細く薄い剣を構え、オーフェンへと剣先を向ける。
「うち、ちょっと耳がわるうなったも知れへん」
「重々承知してます。でも、姐さん聞いてくださいよ、俺が悪いんじゃなくて、ジンの一派が横からというか」
冷や汗をかくオーフェンはポケットからハンカチをだして顔の汗を拭いていく。
「失敗は誰にでもあるとおもってますん。まぁええわ。所でその手に持ってるのなんなんえ」
短く言うフランはオーフェンの右手を指している。僕も横からみるがレースの淵が付いたハンカチにしか見えない。
「何って何処からどうみてもハンカ――」
自ら広げるオーフェン。そのハンカチは三角上の布になっておりレースと刺繍が可愛らしく付いている。広げるとハンカチと思っていた物は何処からどうみても、ショーツ、うん下着にしかみえない、それも女性物の。
「――チじゃないですね。これ」
「ママのぱんつー」
「ぱんつーぱんつーちょっと湿ってるぱんつー」
「聴いてくれ、家に行くと誰も居なくて無用心と思った俺は大事な物を保管しようとな、ほら、だって勝負下着は大事な……」
敬語になるオーフェン。フランの顔がにっこりと微笑む。
「死ね」
構えている剣を真っ直ぐにオーフェンへと突き刺す。すんでの所で後ろに下がると、ヘビのように剣先がオーフェンに向っていく。
壁際の所で横にかわす、オーフェン。先ほどまでいた場所の壁が破壊され大きな風が僕を襲う。
「すずしいー」
「きもちいー」
場違いな声を出す子供が二人が居るが、僕は攻撃をするフランとオーフェンの動きを見る。ムチのようにしなる剣を自在に扱うフランに、顔や体に切り傷を作りながらもかわしていくオーフェン。
僕の背後に隠れると盾にするも、手首のスナップを利かせて背後にいるオーフェンだけを攻撃する。
剣が途中で止まってため息を付くフラン。
「もうええわ。あんさんを殺すのじゃウチの剣は細すぎるし。でなんなん盗まれたって」
「それがさー、ジンの奴らがフェイシモ村を襲って箱を横取りよ」
なっ。フェイシモ村と聴いて僕は振り向く。
体全体を使って振り向いたものだから僕の左肘がオーフェンの脇腹へと入った。
小さい悲鳴の後に崩れるオーフェン。
「まった、意識が無くなる前に教えて欲しい。フェイシモ村ってフェイシモ村なのかっ」
僕はオーフェンの胸倉を掴むと前後に揺らす。
「まっ、まて。ええいっ離せっ」
オーフェンは僕の手を強引に引き剥がす。彼の胸元の服が破れ胸板が見えている。
「姐さん。男を囲うのにももう少し大人しい奴をだな」
「それよりも僕の質問に答えて欲しい」
僕の左腕にはオーフェンが持っていた剣が握られている。彼が後ろに引く時に僕はその腰から剣を盗んだのだ。
「はいはい。喧嘩ならよそでやってくだしい、小屋が壊れるやんえ」
「俺は売られた喧嘩は買うつもりだぜ、姐さん。怪我人だからって容赦はしないし。姐さんに介抱されているのも気にくわねえ」
「僕は、貴方と喧嘩するもりは無いですが、それで村の情報が得られるなら――」
剣を杖にして僕は立つ。怪我をしていない左腕で剣を構えると、不適にも笑うオーフェン。
「そうこなくっちゃなっ」
だから熱血馬鹿は嫌いなんだ。手の平と拳を使って気合をいれるオーフェンを見る。
直ぐにフランの声が聞こえた。
「トモ、ミアっ」
「あいあいさー」
「了解」
背中に衝撃入り床に倒された。顔だけ前を向くと、トモがオーフェンを床にねじ伏せている。
「あんさんらな。ここは、ウチの家なんっわかるかえ。怪我人は怪我人らしく、オーフェン、あんたも変な挑発してうやむやにしようとせーへん。ちゃんとどうなったかおしえんかい。ウチの細い剣でも今の状態なら首を落とすぐらいは出来るとおもうで」
迫力の在る声に体から汗が出る。それ以前にミアを跳ね除けれない僕自身がいる。
「はずれんへんやろ? ちっこいけど、この二人も能力者やで」
素直に謝るしか道は残されてない。
「ごめんなさい」
「姐さん。許して……」
「たっく。あんさんは許してやるわえ。でもオーフェン、あんたはウチの下着盗んだ罰でこの壊した小屋直すまで家にきたらあかんからなっ」
「ちょ、壊したのは姐さんで……」
「なんかいったかえ?」
「イイエナンデモナイデス」