第四十話『一名様ご案内』
小さなランプが一つあり、部屋の中は薄暗い。
肌と肌がくっつき、綺麗とはいえない毛布の中で彼女の笑みがこぼれる。
アルコールの匂いが鼻につく。
『ヴェルちゅきー』
よっぱらいの戯言であるのはわかるが、この場面を乗り切るのには質問をして場を流すしかない。
どうして僕なんですか? その問いに彼女は不思議そうな顔をしている。
『理由かぁ――なんでなんらろー』
同情だったんですかね。少し投げやりな僕の言葉に彼女は笑いを拭き出す。
『わたひもね本当の家族が居ないの。皆しんじゃった。でも。ふぁーも、みんとも、ううん。第七ぶたいは全員家族と思っているの、だからまおと、こー二人がしんだ時は凄いショック、わたしだけ幸せに成るのはだめらのー』
答えになっていない答えを聞く。僕の体を力任せに抱きつく彼女、骨が軋み悲鳴を上げている。何本か折れ、体に激痛が走ると僕は口から血を出した。
『おお、血だあ。これでわたしも大人の……』彼女の言葉に直ぐに、何かを勘違いしているので違いますと突っ込む。骨が軋むほど僕の体を抱き付く。僕の口から痛みのあまり小さな悲鳴が出るも彼女は気にしたようにはない。
枕のつもりなのか彼女は眠ってしまった。
動けない僕はそのままで居るしかなく。ゆっくりと瞳を閉じた。
どれぐらい時がたったのだろうか、抱きついている力が弱まる。その振動で目を覚ました僕は薄っすらと瞳を開けると、申し訳なさそうな彼女の顔が映った。
幾つかのやり取りをした後に、不意に彼女は呟く。
『ごめん、酔っ払ってた……えーっと、覚えている分つらいわね』別にかまいませんよ。と返す。『嫌だったでしょ、こんな女に抱きつかれて』と言う。
迷った挙句に、本当にイヤとは思ってませんけどと伝えると、『可愛くないわねー』と微笑んでくる。
『まぁいいわ少しでも好きなら私はほっとする』と頬を抓った。
痛いです、と伝えると『痛くしてるのよ』と返事が来る。朝まではまだ時間はある。
僕は部屋から出て行きますね、と伝えベッドを出ようとすると腕を捕まれた。『お願い、何もしないから暫く一緒にいて』彼女のお願いに迷った挙句ベッドから出る事を辞めた。
男が何もしないからと言うのはあっても、女性がいうのはちょっと可笑しくて思わず笑うと、彼女はさらに不機嫌な顔になる。
『貴方ねー……はぁ、もういいわ。ねえ約束して――』彼女の約束に考え、そっくりそのままお返ししますと、伝えると『それもそうね』と笑ってくれた。
少し寝ましょうかと提案に静かに頷く『感謝しなさい、一日だけでもこんなに可愛い子が彼女になってあげるんだからっ』思わず、強制的すぎませんかと意義を唱える。少し困惑した顔になり『迷惑?』と呟く、本当に迷惑だったらキスの後に逃げてますと伝える。
『正直者ね』僕の唇と塞いでくる彼女。その後は……。
段々と息苦しくなって行き、僕は目を見ひらいた。
上半身を起こす。周りを見ると木造の壁に吹き抜けの天井が目に入る。作りからして何処かの物置小屋の中だ。誇りっぽさの匂いは無く四方の窓が開け放たれていて心地よい風が小屋の中を通り過ぎている。
床を見ると編みこまれたゴザが引かれており僕はその上で寝かされていたいたらしいのが解った。
マリエルの顔を思い出す。そして首を振った、先ほどまでの事は過去の夢だ。改めて認識をする。
左腕は篭手が嵌められており、右腕は何とか繋がっているが動かすと痛みが走る。床には茶色く濡れた布が落ちていた。
テーブルも食器棚も何も無く窓と玄関の扉だけがある部屋。
玄関の扉が勢い良く開く、小さな女の子と男の子が僕を見て固まっている。どちらも茶色の髪をしており。片方は短く、もう片方は女の子なのか三つ網のおさげであった。
肌は日に焼けており、簡素で動きやすい服装をしている。
「や、やあ……僕は――」
動かせる左腕を上げて挨拶をすると、口を開いて逃げていく。はぁ、昔から小さな子供には苦手な意識はある。村にいたクラースは妹もおり随分と他の子供にも慕われていたっけ。
建物の外で大きな声が聞こえた。逃げていった子供の声だろう。小さな男女の声が建物の中へ聞こえてきた。
「ママーーーっ。死体が……」
「動いたーーーっ」
「だから、死んでいないっていうたやろか」
「息してなかったもんー」
「ぼくはー生き返らないように濡れた。ぬのおいたー」
「あんなあ。濡れたの置いたら生きていても死んでしまうやないの」
子供と大人の女性の声が徐々に近くなる。
小屋の扉が開き、先ほどの子供が二人。さらに背後から紫の髪を頭の後ろで一纏めにした、大人びた女性が入ってきた。
「あら、まぁ。ほんにい生きてますねえ」
「ど、どうも初めまして……」
「ええ、お初どす、仕方がありまへん。手当てしますうゆえ」
訛りが入った見た事の在る女性。僕の横に座ると、体を触ってくる。
背中を触り、左腕を触り、篭手をなぞる。
右腕を触り問いかける。
「ほんに、右腕は動きます? あんさんあれあえ、心臓が止まっていたさかいに死体と思ってすまへんのう」
動かそうとしても、中々動かない。黙って首を振ると、手早く切れた布を取り出すと右腕を首から吊るしてくれた。
「まっこれで暫くは平気ですえ。無理はしない事ですえ」
「あの、此処はどこです」
「にいちゃんはね。川からながれてきたの」
「どんぶらこーどんぶらこーなの」
僕の周りを走る子供達の話を聞いた後、傷の手当をしてくれた紫の髪をまとめた女性へと向き直る。大きなため息を付いたあとに僕を見て話す。
「此処はミッケルから放れた場所にある山小屋どすえ」
僕の記憶ではミッケルという町は王国には存在しない。それを思ったら王国の町すらも全部知っているわけでないが、少なくとも聞いたことは無かった。
「帝国のどの編なんですかね……」
「んー首都から二ヶ月って所ですえ」
「ていとーていとー」
「くるくるぱーのこうていーさーん」
僕の周りを走り回る子供達の頭に拳骨を食らわせる女性。
「滅多な事をいうもんじゃありまへん」
「いたーい」
「いたーい」
「ミヤ、トモ。食事の用意をしてきいさい」
女性が命令すると子供達が小屋から出て行く。
「ウチはフランともうしますう。あんさんは……」
ああ、やっぱりな。以前は裸で合ったけど間違う筈が無い。王国公認のハグレのフランだ。あの時とは違い随分と温厚である。
「ヴェルと言います」
「ほな、傷が治るまでゆっくりしときいな」
明るい調子で喋るので疑問が浮かぶ、前は僕の篭手を奪いにタチアナでイザコザがあったからだ。せめて何か返せる物がないか服をまさぐる。腰に付けていた旅費が詰まった皮袋も川で流されたらしい、何もつけてなかった。
「すみません。僕には返す物が何もありませんが、せめて金貨でもあれば良かったんですけど、川で一緒に流されてしまって」
問い掛けに、頬を長い指で掻くフラン。直ぐにその理由がわかった。
「ママー奪ったきんか返すのー?」
「ばかミヤ、ぎんかだけ返してきんかはながした事にするんだよ」
「ミヤばかじゃないもーん。トモのほうがバカだもーん」
小屋へ入ると袋をフランへ見せ付ける二人、僕の顔を見て驚き始める。
「あ。生きている人にはないよだったんだ」
「ないしょだったよねー」
僕とフランの周りを一周して直ぐに小屋から出て行った。
「ほんま口が軽いガキはこまりわすわえ」
口では悪態をついても口元を緩ませその声は弾んでいる、とても困っているように見えなくて思わず釣られて笑ってしまった。
笑っているフランに尋ねる。
「僕は傷が治った後にどうなるんですかね?」
「――あんさん、どうしたいん?」
「どうっても、捕まえないんですか」
僕は左腕に嵌めてある篭手を見せる。ちらっとみたフランは直ぐに視線を僕に戻す。
「あんさんが何を思っているのかわかへんけど。その篭手は何の力も感じられへん。それにあんさん。『能力者』やろね、右腕を千切って付けた後、中々の根性やえ、そして川へ入る、正直あの子らが見つけなかったらそのまま下流まで流すつもりやったわ」
「ええ、ハグレです、助けてくれた事に感謝します」
僕の答えに、眉を潜め険しい顔をする。少し怒った声で僕へと忠告をしてくる。
「あんさんな。此処ではハグレという言葉は好ましくないでえ、どうせ王国が逃げてきたんやろ、此処では過去はあんまり重要じゃないね、傷が治るまではうちで面倒みるさえ。第二の人生でも謳歌するんやえ。もっともウチとええ事して旦那になってもええんやえ」
「それはないです」
即答すると、釣ってある右腕をフランの後ろ足で蹴られた。
激痛が走り思わず下を向くと優しい声が聞こえてくる。
「あら、あんさん、うずくまって傷でもひらいたかえ?」
「っ――、そんなような物です」
何とかその言葉だけは搾り出した。