第三十八話『英雄の代償』
村の外れに連れ出される僕。
此処で待つようにと言われ、二人に挟まれるように僕は黙って立っている。
篭手は手に持っていたが面倒になったので左腕へと付ける。
ちらりとファーが僕の左腕を見たが、特に何も言わない。
薄っすらと靄のかかる中、遠くから村人の数人がゆっくりと歩いてくる。顔ぶれは良く知っている人達、先ほど僕を捕まえた人の顔も見える。先頭は村長だった。
村長の手には、小さな鞄が握られていた。
「ヴェル……すまんかった」
突然頭を下げる村長。何の事がわからず、村長の薄い頭を見る。頭を上げると僕に抱きつく。
「あの、何のことが――」
隣にいるファーが説明してくれる。
「私はマリエル隊長の指示でヴェルさんが始末した人達を調べました。『川に潜って』で理由は一応、近隣の権力者だった場合後々面倒だからです」
「ごめんって。潜らせて、それに夏だからそんなに寒く無かったでしょ」
「ええ、まぁ……」
途中でマリエルがファーに謝っている、終わった所でファーが更に喋り続ける。
「そして。調べた所、殺された人間は盗賊の部類と判明しました。ヴェルさん貴方最初から相手が普通の人じゃないと知っていましたね」
どきりとする一言である。確かに知っていた。
「まぁ、そうなりますかね」
僕自身、歯切れの悪い返事をする。声を聞いた村長は尚も僕に抱きついてくる。力が強く段々と痛くすらなる。
「ワシらはヴェルをただの人殺しと罵ってしまった。それに対する謝りだ、不当に理由も聞かず捕まえてしまって、せめて理由をっ言ってくれれば」
「すまん……」
「俺は信じていたんだけどよ。お前が元その盗賊だから……次は俺かとおもって」
何人も謝ってくる。罪人の僕を今までと同じく信じていたのは村長とフローレンスお嬢様だけだったのを思い出し、心の中で苦笑をする。
「いえ、いいんです。同じ村に殺人者が居ればこうなるのは当然ですし、僕もそうします。それに僕は特に理由は……殺した事実は変わりませんから」
「でだ、少年よ、頭の良さそうな少年ならこの結果がわかると思うんだけど」
マリエルが僕に向い微笑む。
なるほど……。
「国外、いえ。この場合は村を追放ですか」
「すまん。ヴェル。聖騎士様達と他の村民とも話し合った結果、ヴェルは村を守ってくれた英雄であるが、他の人間を殺したのも事実。怖いと思うのが普通なんだ。其の訳すらも言わない。せめて、ワシらに相談してくれれば……何でも一人で解決するのが良いが」
確かに僕は何でも一人で行動する癖があるかもしれない。他の人と一緒に作業をするより、フローレンスお嬢様の我侭に付き合っていた時間のほうが長い。そのせいもあるんだろうか。
「いや、今更言ってもそれがヴェルの良い所でもあるな。ワシ個人ではなく村の相違として、ヴェルには村を出て行って貰いたい、旅費は此処にある」
鞄と皮袋を渡される。ずっしりと重みのある皮袋は恐らくは手切れ金だろう。
「すまん。ヴェル、祭りの準備や昨日の事件で皆殺気立っているんだ」
村長が再度謝る。僕が村を追放、僕の事を家族として接してくれた村長夫妻やフローレンスお嬢様が生きているならそれでいい。僕は今本気でそう思える、あとはマリエル達の事が気がかりである。
ちらっちマリエルを見ると視線に気づいたのか僕を見て頷く。
「さて。タチアナの町までは私達が護衛しよう、村長さんも、もういいかな」
その問いに村長が頷く。僕は手を握り合いその手を離す。
数歩先に歩くファーを追うように歩くと最後にマリエルも歩き出した。
以前は馬で通った道をゆっくりと歩く。ふいにマリエルが不満な声で喋り始める。
「あーあー今回も、此処のお祭り見れなかった……」
その声に反応するようにファーが振り返りマリエルを見て微笑む
「あら隊長、此処の祭事は十年置きと聞きました、以前もって事は十年前来た事あるんですか?」
「あるわけないじゃない、幾つだと思ってるのよっ。ってアレ、そういえばそうねっ。と、少年が悪い訳じゃないから安心してね」
僕の顔を見て謝ってくるマリエル。
村から離れ、北東にあるタチアナの町までは後半分ぐらいだろう。山を切り取った道はでこぼこしていて、馬車は通りにくい。左右は森に囲まれていて、東のほうが高くなり、暫く行けば川がありその先は帝国領である。
もうそろそろ。二人に伝えたい。信じて貰えないかも知れないがこの二人なら信じてくれそうに思える。一声かけようと思ったらファーが突然立ち止まる。
自然にマリエルも止まるので、僕も止まらざる終えない。
「この辺でしょうか隊長」
「そうだね。いやーファーもごめんね。毎回イヤな仕事ばかり頼んで」
「何を今更です、で今回もやるんですか……」
「もち。っと、少年。ちょっとそこに立ってて貰えるかな」
「はぁ」
僕の前後を数十人分開けて、マリエルとファーが動き、そして止まる。
笑顔だったマリエルが瞳をゆっくりと閉じた、次に開いた時は僕を睨みつける目だった。
口から彼女の言葉が紡ぎだされる。
「聖騎士第七部隊マリエル。王国に害を成す者を切るっ」
真っ直ぐに僕へと走り。途中で抜いた剣を下に構えて突進してくる。
背後からも走ってくる音が聞こえた。恐らく、いやファーしかありえない。
下から切り上げてくる剣を篭手で受け流し、背後からくるファーの上から下に切りつける剣をギリギリで回避する。
剣の軌道をかわされたマリエルの舌打ちが聞こえた。
交差しながら距離を取る二人。二撃目の構えを取り始める。
「ま、まってくださいっ、なんでっ」
左右を見て僕は困惑する。両手に剣をもち胸元で構えたファーへと向く、何時もの笑顔と違い、その笑みは消えている。
「そっくりお返ししますヴェルさん。確かに貴方の殺した相手は盗賊でした、いえ盗賊ではありませんね、持ち物から言うと帝国の者でしょうか。死体の状況から傷口や骨の粉砕具合、普通の人には出来ません。まるでハグレが仲間を殺したようにも見受けられます」
言葉を止め真っ直ぐに僕を見て、さらに口を開く。
「不明な点が多すぎるのです。せめて素直に喋って貰えれば良かったのですが……。ヴェルさんは相手の正体を知っていた、にも関わらず我々には何も話さない。残念ですが帝国のスパイとして対処させて頂きます」
「ごめんね少年。これでも半日以上君から話してくれるのを待ってたんだけどさ」
マリエルが反対側から声をかけると、ファーの静かな声が僕の耳に届く。
「第七部隊副隊長聖騎士ファーランス、本気で行かせて貰います」
掛け声と共に僕を殺すべく二人が迫ってくる、冗談じゃない僕はとっさに山へと走り出した。
直ぐ背後から僕を追う、二人の声が響く。