第三十三話『真なる力』
灯りを消したホテルの一室で僕は彼を待つ。
窓かガラスが外から二回叩かれた。
僕は彼を部屋へと招き入れ、その窓を閉める。
「ふー。行って来たぜ。ほれ」
「ありがとう。本当に一人で戻ってきた」
「あたぼうよ。あんなん朝飯前っ! と言いたい所だが、あれだな内部はもう無茶苦茶だな。調度品が荒らされた部屋もあったし、鍵の掛かった部屋もあった、小さい部屋には死体だらけの部屋もあったぜ……正直まともな警備だったら俺様だって入れないだろうしな。運がよかった。それをだぞ、ヴェル坊を連れていったら捕まえて下さいって言っているようなもんだ」
「それは謝るよ」
そう、僕はジャッカルに謝った。
僕が頼んだ事は『一緒に城へと忍び込んで欲しい』という頼みだった。最初は目を丸くしたジャッカルであったけど。僕の持ち財産全部を見せると『成功報酬だな』と請け負ってくれた。
条件があり、自分一人で行く事、いくら元盗賊であるからといって現役から数年も退いた盗賊の技は信用ならないし、自らの命を危険に晒すという事で断られた。
その理由に納得すると、泊まっているホテルの名前を告げ、約束の期日まで数日まったのだ。
ボロ布に包まった物を受け取る。丁寧に開けると、中からは見慣れた黒い篭手、数日前まで僕がつけていた物である。
メリーアンヌ女王は言っていた『さぁ、ヒナギク様は過去に戻れると言った事がありますね』ヒナギクも『滅多な事を言うもんじゃない』と怒っていた。
何かあるはずなのだ、この篭手に。
これは僕自身の自惚れであるのはわかっている。戻ってどうするなど答えは見つからない。
別れる前夜、宿でみせたマリエルの横顔を思い浮かべる。
「ありがとう。報酬を払うよ」
「おー悪いな。確かに宝石など受け取った、おめえ無一文になるがそんなに、その篭手がいいのか。ヴェル坊の身の上話を聞いた時は呪われた篭手にしか聞こえないんだけどよ」
呪われた篭手、そうきいて僕は少し笑った。
「たしかに。でも、これでいいんだ。ジャッカルはこれから何処に」
「俺様か? ほれこれをみろ」
ジャッカルは皮袋を二つ口をあけて見せてくれた。そこには様々な宝石や指輪、金貨などが納まっている。
「なっ」
「おうよ。なんで、どうせ命を懸けるならヴェル坊の報酬じゃ割りにあわんからな。ドサクサに紛れて俺も盗って来た。俺様は船の乗り、アトラン地方でもいって可愛い女の子でも買って優雅に暮らすわ。なに、無一文になったらなったでどうにか成るだろう」
「ああ、そう……」
白い歯を見せ笑顔を見せ付けるジャッカル。なんだかんだで彼ならやり遂げるかも知れない。
「さて。もうヴェル坊とは会わないきがするな、達者で暮らせよ。それとも俺様と一緒に新天地で暮らすか? おめえはどうも、スケコマシの才能がありそうだし、ヴェル坊と一緒にいたら女には困らなさそうだしなー、なに。全員とはいわん、一人二人毎夜貸し出してくれればそれでいい」
思わず苦笑する。
「あのですね……別にスケコマシでもないですし。仮にそうでも僕が他人を物として貸し出すと思いますか」
「…………ねぇだろうな」
「でしょうね」
最後に握手をしてジャッカルと別れた。彼が出て行った窓をゆっくりと閉めると部屋には一人になる。
小さなランプに照らされた黒い篭手。
そっと表面を触ると、指先に火花が走る。
思わず手を引っ込め眺めても特に変わった事は起こらず、もう一度触った。今度は何も起きなく。僕は何度も深呼吸をする。
過去に戻れる保障はないし、今度は何時外れるかもわからない。
僕はその篭手を再び腕へと嵌めた。
意識が遠くなる。
もう何度も体験した経験。
ゆっくりと当りを見回すと。見慣れた小部屋にヒナギクが目を輝かせ僕をみている。
『おうおう。久しいのう、お主。すんなり篭手を外したからもう来ないとおもったのじゃ』
嬉しそうに喋ると、手を二回叩く。直ぐにテーブルに珈琲と紅茶が出てきた。
『たまには違うものも飲まないとなのじゃ。どうした変な顔をしとるが』
言葉を選び慎重に話す。
「えっと、城で見た時と印象が変わったというか好意的というか……ヒナギクだよね」
『ふむ。そうとも取れるし違うとも言える。そもそもじゃ。前に話さんかったかの?、我は我を作った人の意思であり、篭手の意思でもある。あやつらとは姿形は似てるとはいえ、まったくの別物じゃぞ。そうじゃのー。オオヒナとでも呼んで貰おうかの』
「いや。別人だろうなぁと、お城で見た時に……っと。今日はそんな話をしたい訳じゃなく、戻りたい。過去に戻りたい」
僕はオオヒナと名前を教えてくれた篭手の分身に頼み込む。テーブルに両手を付き真っ直ぐに見つめると。オオヒナは紅茶を飲んで小さな口を開いた。
『ええぞ』
両肩を振り回し、次に腰を動かし、最後に左右の足を伸ばしては引っ込め運動の準備体操をするオオヒナ。
両手をテーブルに付いたままの僕は思わず聞いてしまう。
「え、いいの……」
『ん? やっぱ辞めるのか?』
「いや。戻りたいんだけど」
『なら問題もあるまい』
「あっさりし過ぎというか、軽いというか――、僕としては、『そんなんダメにきまっとるじゃろ!』と拒否されそうであったので拍子抜けというか」
『ふむ、まぁ此処は時間が合ってない無いような場所だから座れ』
僕は言われたとおりに椅子にと座った。先ほど運動をしていたオオヒナも席へすわると、芋を油で揚げたお菓子を食べながら喋り始めた。
『とりあえず、我は製作者の記憶であるゆえ自我をもっておるが、基本は道具じゃ。誰にも使われずに封印され嬉しい筈も無い。あ、ちなみにヒナギクであるが。あやつらが我を作ったんじゃないぞ。そして、本題じゃの。そもそもお主過去にもどるって言うのが何故我なんじゃ?』
「えーっと、ヒナギクとメリーアンヌ女王の言葉から何となく……いや。必ず出来ると信じて」
『疑っておるのう。まぁええわい、簡単な話よ。お主の傷を治す時あったじゃろ」
「ええ」
僕が四度も命が助かった理由はこの篭手の力。傷を治すのではなく、最初から傷を無かった事、『戻した』事である。
僕はその一点に気づいてオオヒナを見つめた。『やはり紅茶とポテトはあわんのー』と呟きながら眼鏡を拭いている。僕の視線に気づいたのか口元を少し歪ませた。
『そうじゃ。我の能力でお主の時間を全てを戻す、今度は肉体だけじゃなく時その物をな』
眼鏡をかけなおし、手を叩くと周りの背景が全て消えた。先ほどあったテーブルも椅子も紅茶も珈琲も、いや壁や空、地面さえもなくなった。
光も無い世界であるのに僕とオオヒナだけが立っている。
落ちているのか上がっているのか、歩いているのかもわからない世界。
オオヒナが僕に念を押して聞いてくる。
『本当に良いんじゃな、これから起こる全て未来を投げ捨ててでもお主は過去を変えたいと思うんじゃな、後でやっぱ無しってクレーム入れても我は困るからなっ』
「そう、うん。そうだ。僕は変えたい、静かに泣いていたファー。ジャッカルから聞かされた惨劇、僕の事を想い託してくれたこの力。僕自身の未来なんて今は要らない。彼女らを……」
オオヒナが僕の言葉の一部を復唱し始めた。
『彼女らのかの……』
「いや。彼女、マリエルを助けたいっ! 今なら言える、僕はマリエルが好きだった」
僕は自棄になったように叫ぶ、オオヒナが僕の問いに答えてくれた。
『よく言った、さすが我が見込んだ雄、我の力全てを使っても戻してやるぞい』
静かに頷くとオオヒナは両手の平を合わせ静かに瞳を閉じ始めた。古びた形の衣服がバラバラになり始め細かく消えていく。体全体がじわじわと闇へ侵食されていった。
「僕を、僕を数日前のカーヴェの町へっ!」
僕が最後に叫ぶと、突然。オオヒナの目が見開いた。
『なっ。お主っ、いくら我だってそんな限定された過去へは戻れんぞっ』
叫ぶオオヒナに僕も慌てる。
ちょっとまって。それじゃ何時に戻るのか僕としても困る。
オオヒナの輪郭がぼやけ始めた。
僕の体も体の先から闇に飲まれてきた、痛くも無く凄い勢いで消えていく、そして恐らく僕は全身を闇に飲まれたと思う所で意識が消えた。




