第三十二話『決める自分』
甘い匂いや焦げた匂い、生臭い匂いなど色々な匂いが僕の鼻へと入ってる場所にいる。
今にも壊れそうなテーブルや足の高さが不釣合いの椅子に座り目の前に出されている料理を眺めていた。
「お、ヴェル坊食べねえのか? これなんか旨いぞっ」
僕をヴェル坊と呼ぶジャッカル。彼はまだマリエル達と一緒の時に捕らえた盗賊だ、確かに町に引渡し別れたはずなのに偶然王都で再会した。
僕の驚きの顔や壁の壊れた路地などを見て僕を引っ張り、「再会に乾杯だ」と昼前だとうのにアルコールの匂いが充満する店へと引っ張ってきたのだ。
店の中は思ったよりも繁盛しており。カウンターの奥には数人の男性が料理を作り、幾つものテーブルが並んだ室内には顔の赤い男性達が昼間から出来上がっていた。
その間を抜けるように、僕と同じぐらいの歳に見える少女達が料理を運び急がしそうに働いていた。
「一応聞くけど。お金もってる?」
「ん? ヴェル坊が払うに決まってるだろ。いやー腹は減ってるが手持ちが無くなってな、いい親友に会ったもんだ」
僕の言葉に当然という顔をすると主人に向かい大声で酒を注文する。
それに親友になった覚えもまったくない。
直ぐに色んな染みが付いた木製のコップが二つ、中身は麦酒が並々と注がれていた。
「飲めっ飲めっ。それとも俺の酒が飲めないってのかあ」
「僕が会計するなら僕の酒でもあるわけですよね」
「……、こまけえ事は気にするな。そんな暗い顔をしたって人生つまらんぞ、一応聞いておくが、ヴェル坊お前少しは金持っているんだろうな……」
多少はありますと伝えると安心した顔になるジャッカル。
もし無かったらどうするんですか、と聞いた所。「ヴェル坊を囮にして逃げるだけだ」と麦酒を旨そうに飲みながら話て来た。
「所で、どうやって此処に。確かにカーヴェで捕まえて貰ったはずだけど……」
「ああ、戦争の合間に逃げたのさ」
戦争? 何処と? 僕の疑問を酒の飲みながら話してくれた。
「帝国と。俺も詳しい事はわからねえ、なんせ牢の中に居たからな。町の一部が壊れた時に牢も壊れてよ。さっさととんずらよ。所でヴェル、金を貸してくれ。もしかしたら金額によって何か思い出すかもしれん」
真面目な顔で僕に金をせびるジャッカル。
「えーっと、僕が得するメリット無いんだけど」
「いや。別にいいんだ、ただな、ヴェル坊が何か知りたがってると思ってな。あの騎士達の最後を。おーい。こっちのテーブルに魚と肉を焼いたこの料理のお代わり頼むわー」
自ら食べ終わった皿を店主に見せると追加注文をするジャッカル。黙って麦酒を飲む僕には気にせずに、運ばれてくる料理を次々に食べていった。
「ふー食った食った。じゃぁな、ごっそさん」
勝手に席を立とうとするジャッカルを僕は呼び止める。流石はその道のプロと言うべきか、人の欲しい物を取っていく。
「わかったよ。買う、その情報。金貨三枚」
僕の言葉に唇を釣りあえげ勝利の笑みを浮かべるジャッカルは席へと戻り。更に追加の麦酒を頼みだした。
「いいか、俺だって全部知ってるわけじゃない、あれは――」
前置きをして静かに喋るジャッカル。
ジャッカルが壊れた牢から抜け出した時には町の一部は崩壊していた。
帝国から来たハグレ、彼らは町に居る権力者を殺して回った。
権力者は自らが逃げるために市民を盾にし逃げ、聖騎士達はその町の人々を守るために戦った。
戦いは日が落ちるまで続けられ。聖騎士側から一人の男が帝国側に和解案をもって言ったらしい。
その男と帝国側にどんな話があったのかは知らない。
ただ、市民は戦いが終わるのを望んでいた。聖騎士達はその剣を治め、帝国側も聖騎士達にやられて行く兵士の数を見て和解案を飲み込んだ。
ただ。いえるのは、その男が武装解除した聖騎士達や兵士、それに帝国側の一部のハグレや兵士を一箇所に集め一斉に攻撃し嬲り殺した事。それを守ろうとした加担する市民を殺した事。
現場は混乱を極め、逃げる兵士が幾つも見えたが。和解案を提示した男は自らの兵を使い確実に双方の兵士を殺していった事。
和解案を出した男は高らかに宣言した『帝国に秘密を流す聖騎士の粛清。それを受け取った帝国騎士の粛清。我は双方の膿を搾り出す事に成功した。以下この町は帝国領に入る』今まで見た事のない男性が側により、帝国の旗をその男へと受け渡した事である。
そしてその男の名はマキシムと言った。
「まぁ、こんな感じだな。俺はそれを見て混乱に乗って逃げた。昔から逃げるのは得意だからな」
帝国側にも王国側にも利害が一致した感じだろう、全ては仕組まれていた戦争にも思える。僕には正解がわからない、そして見知った皆が死んだ事である。
「もうそろそろ。帝国の使者が来るじゃねーのかな。今の女王はやり手だからどうなるか……」
僕達が話しをしていると酒場の扉が勢いをつけて開いた。
見た事もない男が大きな声で叫んでいる。
「おい、女王陛下が亡くなったっ。新国王はマイボルだっ」
酒場の中から驚きや悲鳴、様々な声が響く。
「おい、なんでマイボルだ、女王陛下には子供いや孫が居ただろっ」
「馬鹿っ、お前知らないか、ファーランスお嬢様も一緒に亡くなった」
僕は思わず立ち上がり、テーブルにぶつかった、幾つかの料理は床に落ちるも、全員が混乱していて誰も気に止める人はいなかった。
僕はファーの名前を言った男性の肩を叩き此方に向かせた。
「すみません。えっと、ファー、ファーランスお嬢様も亡くなったって」
「おう、今朝城門の堀で浮いている所を発見され死亡が確認された、カーヴェの町が襲われたと噂を聞いたばかりだっちゅうのに。きっと城に入ろうとして落ちたんだろう」
それは無い。ファーは一度城に帰ってから僕の所に来ている。あのまま馬でカーヴェの町に行くのに反対側の城に戻るはずは無い。
「すみませんっ」
「ああ、今度はなんだ」
「えっと、もう一つ。女王陛下の娘って……」
僕の言葉に、訳知り顔になる男。
「なんだ、おめえ観光で此処に来たばっかりか。しっかり覚えて置けよ。メリーアンヌ様の孫であった、ファーランス様は、その力を見込まれて聖騎士になった。親友であるマリエル様と一緒に第七部隊を立ち上げ、公平さ。王国を守るために活躍したよのよっ」
何処からか別の声が聞こえた。
「馬鹿野郎。覚えていたってもう死んじまったら何も関係ねーじゃねえか。それよりもマイボルのほうだ、アレは第七部隊を目の堅きにしてた奴だぞ、今後どうなるかわからんな……」
酒場が騒がしくなり始める。
僕は直ぐに食べた料金を支払い。ジャッカルを連れて外にでた。
外でも、女王の死去、新国王が誰になるかとの予想などあちらこちらで噂話がされている。
何が正解がわからない。けど僕はいま動く事の考えが決まった。
「ジャッカル、仕事を頼みたい」
腹を押さえながらゲップをするジャッカル。僕の問い掛けに振り向いた。
「あーん。命令かっ」
「いや。お願い、と言うべきなのかな」