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第三十一話『喪失感を超えて』

 ボロボロになった体で椅子に座ると、転げ落ちそうになるファー。

 僕は慌ててその上半身を支え受け止める。


「すみません。ヴェルさん、こんな情けない姿をお見せする予定はなかったのですが」


 以前のように優しい笑みはなく。静かに淡々と話すファー。

 僕はファーの正面に座ると真っ直ぐに前を向く。


「城に戻ったら、ヴェルさんは此方に泊まっていると、今日はこれをお持ちしました」


 腰の鞄から白い包みを一つ取り出し僕の前に差し出した。

 開けてもいい? と聞くと。開けて下さいと返事が返ってきた。

 白い包みを丁寧に剥がすとヒビが入った赤い篭手が現れた。


「マリエルのです」


 静かに言うファーに僕は言葉が見つからない。


「どうして僕に……」

「隊長の、いえ。死んだ、マリエルの最後の願いです」


 篭手はいくら遺品とあれと魔道装備と言われる物だ一般人に渡して言い訳はない。


「篭手は貰ってもいいのかな」

「副長としてなら規則としてはダメです、しかし、親友のマリエルの頼みであれば別ですので」


 部屋の空気が重く。僕は篭手を触る、赤い篭手、よく見ると竜の絵が掘り込まれていた。


「是非、着けて貰えますか?」

「僕が着けても……いや。着けるよ」


 右腕から激痛が走る。マリエルの篭手に亀裂が入り無残にも散らばった。


「あっ――」

 

 僕はその残骸を拾い集める。その姿を怒りもせず、悲しみもせず黙ったままのファーはここに来て大きな息を吐いた。

 ぎこちない笑顔を僕へと向けて喋る。


「やはり、ヴェルさんに託すのが一番でしたね」


 壊れた破片をテーブルに置き、僕はファーを見つめた。


「一つの裏技です。篭手の力を無理やり他人に受け渡すやり方です」

「そんな事が……」

「出来るのです。以前フランと戦いましたね、彼女は篭手をしていましたか」


 露天風呂での戦いを思い出す。フランの腕には篭手は無かった。


「もちろん、受け渡すには受け渡す側から生きている間に無理やり篭手を引き奪うなど条件は絞られます。フランもまた力を受け継いだ人間です」

「ファー。その右腕も篭手を奪われ……」


 包帯で隠れた無くなった右腕の部分を見る僕。

 ファーは静かに首を振った。


「結果的には奪われましたが、これは私の甘さが生んだミスです。お気になさらずにお願いします」


 用件は済んだといわんばかりに立ち上がろうとするファー。

 心の何処かで嘘だと叫ぶ自分がいる。そして本当だと叫ぶ自分もいる。

 聞きたい事を聞けない自分がいて口が開く。 


「ごめん。その――」

「ヴェルさんの聞きたい事はわかります。先にお話するべきでしたね。カーヴェの街で大規模な作戦がありました。条約を無視した帝国との戦い、私達は町を守るために奮闘はしたのですが、作戦は失敗です。第七部隊は私を含め生き残りは僅かに四名。うち聖騎士の力を失い二名。残り二人は私の最後の権限で、聖騎士としての力を先ほど城で剥奪しました」


 座り直し差し出したワインをビンのまま飲むファー。器官に入ったのか顔を下げ咳き込んでいる。

 僕は片腕のファーの背中をさすると、ガラスのテーブルには水滴が何度も落ちていた。

 顔をあげ、目じりを指で乱暴に拭く。


「私達は聖騎士です。死は隣り合わせであり覚悟もあります。ヴェルさんも知っている通り、マオやコーネリアもこの国を守るために敵の命を奪い、そして残念ながら奪われました。しかしっ、今回のは余りにもっ……いえ、すみません。ヴェルさんは今後どちらへ」


 行き成り話題を振られ、返答に戸惑う。


「特には、これから決めようと思っていた所です」

「そうでしたか、それならばいっそ船で違う国に行くのもいいかもしれません。この国の中身は腐っていますっ。そして自由に生きて下さい、今のヴェルさんならマリエルの力を継承しているはずです、そうそう危険な事もないでしょう」


 はっきりと言い切るファーは、『長々と夜分失礼しました』と部屋を出て行こうとする。


「ファー。ファーは何処にいくのかな」

「私ですか。ええ、今から馬を飛ばしてカーヴェへ戻ります」


 ファーの言葉とともに静かに扉が閉まった。 


 寝不足のまま朝を迎えた。

 朝食を運んでくるメイドが、何か粗相をしたか聞いてきたが僕は首をふる。

 朝食の殆どを食べ残し夜には戻るからと僕は人混みが多い街へと出て行った。

 

 考えがまとまらない、誰かと肩がぶつかった。いや、ぶつけられたと言うべきか。僕がホテルから出た時から目の端に映っていた男達だ。

 最初は一人であった男は、僕を路地裏へと連れて行く頃には七人ほどに成っているのが確認された。

 後はお決まりの文句である。


「おいおい兄ちゃんよ。さっきから無言で聞いてるのかっ」

「金だよ金」

「高級ホテル住まいとは兄貴こいついいカモですぜ」

「お、ビビッて声もでないかぁ」

 

 体を突き飛ばされ一歩後ろに下がる。一番体の大きな男が僕の顔を殴ってく来た。

 そのまま転ぶと男達はゲラゲラと笑い出した。


「申し訳ありません。貴方達に渡せるお金はないです」

「おめえ、聞いてたか? 貸せっていってるの? 返さないっていってないんだし。ちょーっと出せばいいだけだ」

「ですから、貸せるお金は持ってないです。これは以前の僕でも同じ事を言ったと思います」


 僕の言葉を聞いて、男達は指を頭の上でくるくると回す。


「おめえ。馬鹿か? 馬鹿なら馬鹿で丁度いいんだけどよ。もうちょっと付き合ってくれや」


 僕の肩に慣れなれしく腕を回す男。僕の中で何かかはじけた。

 どいつもこいつも、勝手に寄って来ては直ぐ居なくなる。僕の気持ちを考えた事があるのかっ。口に出してもわからないだろう、全てを飲み込み僕は男達をにらみつける。


「失せろっ」


 僕の声を聞いた男達が固まり、肩を組んでいた男が腕を外した。

 殴るつもりなのだろう胸倉を掴む。力任せに跳ね除けると他の男達の所まで吹っ飛んでいった。


「失せろっ」


 僕はもう一度叫び、壁へと力任せに拳をぶつける。

 衝撃を受けた壁は音を立ててへこみ一部分が崩れ落ちる。

 その力をみて蜘蛛の子を散らすように男達は消えていった。

 

 騒ぎに成る前に僕も路地からでる。


「あれ。おめえヴェル坊か?」


 王都に知り合いなんて居ない、でも僕を名指し呼ぶ人物の声には聞き覚えたあった。

 振り向き僕はその男へと返事を返す。髭は無くなっているが、彫りの強い目に日焼けした肌。何より僕をヴェル坊と呼ぶ中年の男。


「ジャ――ッカル……」

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