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第三話『篭手の記憶』

 声が響く。いや、部屋が見えた。

 狭い部屋に女性が一つのテーブルに手を付いて何やら呟いている。


 後ろ姿しか見えないのに何故女性と解かったのかはわからない。

 服装も何故か時代錯誤の格好をして居るようにみえた。

 僕はただその光景を上空から眺めている。いや僕とは誰だ――。

 断片的に言葉が素通りしていく。

 

 『ではどうすればっ』

 『いっそ壊せばいい』

 『守る事に意味はあるのかい』

 『違う守るべきなのだ』

 『私とは誰だ』


 自動自問の後女性が急に此方を振り向いた。眼鏡をかけた赤く長い髪の女性、手には黒い篭手を手にしていた。


 『と、我を作られた方は言っておった、理不尽。そうは思わないかのヴェル君』


 脳が揺さぶれるような感覚に陥る、ヴェル。ヴェルとはなんだ。ああ、そうか僕の名前だ。女性が半笑いのような顔で僕を見つめている。


 『残念ながら、この場合は幸運かの。何より君は手を取ってしまったのじゃ。可能なら幸せな時を過ごしたまえ。この場所に魂の記憶が認識されたのじゃ』


 急激に体が引っ張られる。部屋を抜き出て城が見えた。直ぐに鳥が見え雲が見えたと思うと大地が見渡せる。さらに僕の体は上昇していった――。


「――ル。ちょっと――」 


 目の前に女性がいる、心配そうな顔で僕の顔を覗き込んでいた。

 鼻に果実を熟した匂いが唐突に広がる。

 

「此処は何処」

「ちょっと。急にしゃがんだかとおもったら。流石のヴェルでも疲れたかー。少し休憩しよっか。そうだ、お弁当よ。ねっ」

「お嬢様――?」


 目の前には確かにフローレンスお嬢様がいる。慌てて回りを見渡すと、洞窟が見えた。

 足元には祭具であった黒い篭手が落ちていた。


「そうそう。腕から落ちたわよ、それより大丈夫? 顔色悪いけど」

「お嬢様、どれぐらい僕は意識なかったですか」

「ふえ? 意識無かったのっ。やっぱり少し休みましょう」


 なるほど。周りには気付いてないというと時間にして数秒か、とても長いようで短い時間か、まだ頭にもやが掛かっているようだ。

 フローレンスお嬢様の薦めで、近くの岩へ腰を下ろす。

 僕の腕の中には既に箱があった。もちろん篭手は既に戻されている。


 自然と口から溜息が付くと、再び仕掛けで洞窟の入り口を塞いだフローレンスお嬢様が戻ってきた。「よいしょ」と隣に座ると僕のほうをみて笑いかけてくる。


「もう。気分が悪いなら悪いって言ってくれれば――」

「大丈夫ですよ」

「でも、心労。そうだっ最近私が我侭ばっかり言っていたから、ううん。お祭りの準備で忙しいから――」

「本当に大丈夫ですから」


 オロオロとしながら僕を心配してくれる。実際頭もはっきりして来たし不可解であるがこれも疲労から来る白昼夢の一種だろう。

 

「ならいいんだけど……」

「ではお弁当を食べましょうか」


 僕の提案にフローレンスお嬢様は目を輝かせて頷く。肩から掛けていた鞄から包みを二つと木の筒、カップ取り出す。

 包みを広げると、干し肉を一緒に挟んだパン。木の筒にはミルクが入っており、カップに入れて手渡してくる。

 口の中に何時もの肉特有の濃い味がパンで柔らかくなって広がった。何度か噛み砕き飲み込む、最後にミルクを一口のみ口の中をさっぱりさせる。

 

 隣で座っているフローレンスお嬢様も「ごちそう様」と言うとポケットからハンカチを出して手を拭いてる。

 

「ねえ、ヴェル。ヴェルは大人になったらどうする?」


 大人、別に何歳から大人とう定義はない。生まれてから十年と少しすれば他の人に混じり仕事をしたりする。そしていつの間にか周りから大人と呼ばれるようになる、特に辺境の村では当たり前である。

 王都や大きな町まで行けば学校という教育機関や騎士養成所、他にも様々な仕事があるらしいがこんな小さな村ではそれも必要ないだろう。


 村長の家にお世話になり続けるのも、もう潮時が近いのかもしれない。かといって自分には何も無いのだ。猟師の子は猟師になる、商人の子は商人になる。勿論例外もあるが小さな村では概ねそうである。


「そうですね――。何時までもお世話に成るわけにはいけませんし、祭りが終わったらお暇を頂き、タチアナの町に出てもいいかも知れませんね。僕一人なら口利き屋でも行けば何とか成るでしょうし」


 口利き屋。良い言い方をすれば冒険者ギルド、悪い言い方をすれば単なる人買いである。

 僕の答えを聞いて固まるフローレンスお嬢様、手に持っていたミルク入りのコップが手から落ち、足元に転がった。


「だ――っ。だめっ絶対にだめっ」


 突然怒りだすフローレンスお嬢様。取りあえず足元に落ちたコップを拾い上げる。

 いつの間にか岩から降り、直立不動に成っていた。


「ヴェルは、ずっとこの村に。此処にいるのっ」


 僕に指を突きつけてくるフローレンスお嬢様。僕だって馬鹿ではない人の好意というのはこの数年間で多少は学んだ。しかし……それが恋愛となるとどうもよくわからない。

 

「フローレンスお嬢様も、この村を引っ張り上げていく伴侶を見つけないといけません。何時までも僕が屋敷に居るのは環境的、世間的にも良くありません」


 きっぱりという僕にフローレンスお嬢様の口がパクパクと動いている、次第に体がプルプルと震えているのが見えた。


「帰るっ!」


 フローレンスお嬢様の豹変をみながら何て答えて言いか言葉に詰まる。急にこの話をクルースが聞いたら怒るだろうなと思う。

 フローレンスお嬢様が赤い顔をして食べ終わった弁当の包みを無造作に鞄に詰め、僕から箱を奪い取ると走り出して行った。


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