第二十話『散った花と責務』
「ああ、もう。怪我人の報告。ファーっ」
コーネリアが消えた方向を見ながら直ぐに、マリエルの怒号が飛ぶ。既にファーのほうでも命令が飛び交っている。
「既にやってます。松明の準備、手の開いた物は夜目の利く者を中心に三名固まって後を追ってっ」
直ぐに集団から三人の女性が立ち上がった。会話をした事はないが、何時も後方で荷物をもっていた女性達であった。
「私がいきますっ」
「同じく」
「まってあたしも」
直ぐに数本の松明が出来上がり、1本を受け取るファー。
三人の顔みて口を開き、そして閉じた。
首を振り、もう一度口を開く。
「敵は未知数です。危なくなったら逃げなさい」
「了解です」
先頭の一人がファーの篭手と自らの篭手を軽く合わせ直ぐに森の中へ消えていった。残った二人もそれに続く。
普段おちゃらけにしているようなマリエルは、今は真剣な眼差しに変わっていた、視線に気づいたのか、息を長く吐いた。
「無事ならいいけど。ファー、ごめん。やっぱ私も少し走るから」
僕に言い残し暗闇の中へ消えた。
「ああ、もう、何なんですが。隊長自ら前線にいったらだめなんです」
今度はファーの声が聞こえた。やはり視線に気づいたのか僕を見て困った笑みを作り出す。
「ごめんなさい。ヴェルさん、それと彼女を助けてくれて代理ですけどお礼をいたします、今は急いで居るので」
落ちている石付きロープや、投げナイフなど、ミントが周りからそれを集めて、ファーが先端を調べている。
「ふー簡単に調べましたがナイフに毒は無いようですね。私も後を追います」
僕を見て微笑み頷くと、背の高い女性。チアと呼ばれた女性に後を任すといい走り出す。
僕の足では追いつきそうも無い。心配で付いていきたい気持ちはあるが、どうみても足手まといである。
「ヴェルにい、もしかして行きたい」
「ん。ああ、そりゃね。でも僕自身は何ていうか回復力しか取りえがないからね」
ミントがチアの隣に行くと背の高いチア、大人と子供に見えた。チアがミントへと喋りだす。
「ミント先輩っ、ここはミアに任せて行って下さいっ。序にあの人も――」
役に立たない僕を指差すと、ミントが複数回頷いているのが見えた。
「ヴェルにい、しゃがんでっ」
僕の腕を下に引っ張るミント。「なんで」と尋ねても「いいからいいから」としか言わない。
言われるままにしゃがむと、体が中に浮いた。
「わっ」
背中から僕を持ち上げたミントが物凄いスピードで森の中を走っていく。
草木の匂いに混じって血生臭い匂いが鼻に付く。
「ミント、急いで」
「うん」
膝を立て座ったポーズのままミントに抱き上げられ喋る僕はなんともかっこ悪いだろうが、仕方が無い。
煙を上げている火矢が辺りに散らばり盗賊の死体がいくか見え始めた。周りの草木が燃え夜だというのに少し明るくなっていた。
一つの木にファーが、方膝で座わっている。足元には女性が寝そべっている。
「マリエルっ」
僕が叫ぶと、木に寄りかかり座り、手当てを受けているマリエルと手当てをしているファーが同時に振り向く。
「ヴェル……」
「ヴェルさん、それにミント」
「大丈夫ですか。その格好」
お腹に布を押し当て傷を抑えてるマリエル。苦しそうな顔をしている。
心配で声をかけたが、苦痛に歪む顔は、僕をみて噴出した。
「私より、ヴェルのその格好のほうが大丈夫なのよ」
「確かに、ヴェルさん、その格好は小さい子供にお花摘みをさせるポーズみたいです」
「…………ミント、降ろしてくれるかな」
「はーいっ」
固まった手足を屈伸させて伸ばす。マリエルの顔は蒼白であった。
「傷は」
「うん。ありがとう。もう大丈夫、剣も抜けたし血止めも終わった。後は回復するまで動かないのが一番ね」
「コーネリアは何処に」
「うん。それも、もう大丈夫」
何処か遠くを見ながらしっかりと応えるマリエル。直ぐに訳を知る事となった。
「隊長、準備できました」
「ありがとう。サナエ、ラン」
三人一組で先に突入した中の二人がマリエルの横に戻ってきたのだ。
「もう少しまっててね、他の子も来ると思うから」
二人はうな垂れ、篭手を見せ一歩さがった。直ぐに背後へと消えていく、その先には松明が二本置いてあり、歪な形であるが四角い穴が二個掘ってあった、薄っすらと見えるその穴の中には青いマントが被せてあった。
他の隊員が荷物を持ち合流してくる。辺りの惨状を見ながら、専攻した隊員達と篭手と篭手を合わせ再会を喜ぶ姿が見えた。
「傷を治すために暫く動かさないでほしい」とファーは回りに伝えると切られた盗賊の遺体を丁寧に調べる。
「手伝おうか」
ファーが僕を下から覗き込んでいる。
「そう……ですね。私は上部を調べてますので、靴やズボンに何か無いかお願いします」
使い込まれた靴を外して裏側を見る。ポケットを外から軽く叩き、中に危険な物が無いか確認しながら裏返しにしてまわる。
銀貨が数枚。小型のナイフや食べかけのパンなどが出てくる。
「私が来た時には既にこの惨状でした」
「えっ」
顔を挙げファーをみる。革で出来た簡単な胸当を裏と表を松明にかざしながら喋る。
「二人から聞いたのですが、既にコーネリアは捕まっておりマオも殺されて居ました。人質でしょう、隊長が助けに行ったのですが。その時は生きているコーネリアを盾にされ。盗賊が引き抜いたコーネリアの剣で木に打ちつけられたらしいです」
マリオンらしい、ついそう思ってしまう。
「サナエとメイリンには、マリエル隊長が串刺しになっている間にコーネリアを助けるように耳打ちされたのですが、盗賊は直ぐにコーネリアを切り逃走です」
なるほど、本当にマリエルらしいと思う。あの時も自分の命すら捨てても僕を助けようとしていたのを思い出す。
「だから、決してマリエル隊長が薄情とか思わないでくださいね」
「ああ。大丈夫、僕の時もそうだったよ」
あの時の事、つまり僕とマリエルが始めてであった時に、自分の命さえも捨て僕を助けようとした事である。
軽く説明し終わるとファーの顔色が変わった。
「なっ、あのば……。ごほん、マリエルは本当突進的というか、もう少し隊長としての自覚がほしいです」
あの、馬鹿と言おうとしたファーは笑顔で呟いていた。