第二話『祭具の篭手』
太陽が真上に差し掛かる日差しの中、フローレンスお嬢様と一緒に山道を歩く。目的は祭器を取りに行く為である。本来は一部の村人しか知らされてない場所である。
フローレンスお嬢様を案内に僕が護衛という所だろう。
フローレスお嬢様は、髪は一つにまとめ、後頭部で小さな丸にしていた。上半身は薄い服を着、普段のスカートとは違い山に登るのに今は長めのズボン。そして大きな鞄を肩からかけていた。
僕の前を足取りも軽そうに走っては振り返る。
「ほらほら。ヴェルも早く来なさいっ命令よっ」
「今行きますよ。お嬢様」
僕のほうも軽装で薄めの袖が出ている服に何時ものズボン。あとはランプに火打ち石、後は用心の為に腰ぐらいまである木の棒と短めのナイフを持ってきている。
命令か――、もう何度も聞きなれた言葉を僕へと発して振り返るのを見ると思わず苦笑する。
フローレンスお嬢様の口癖であり、甘んじる僕。僕は過去がある、誰にでもあるような平凡な過去ではなく、僕には両親は居ない。
人目を避けるようにある天然の岩、フローレンスお嬢様が岩を調べ、横にある窪みに手を入れると、小さな音を立てて岩が動く。
「こんな場所にあったのか……」
「そっそ。秘密だかなんだか知らないけど手が込んでるわよね、さっ。ちゃちゃっと終わらせて休憩しましょ。お弁当持って来たのよ」
薄暗い洞窟の中を歩く。今度は僕が先頭であった。
洞窟内は暗闇であり外の光が小さくなった為に今は火打ち石で灯りを灯したランプを付けている。
「こ、怖いわね。こう暗闇から人が襲って来そう」
「来ませんよ」
「何で言い切れるのよっ」
「気配が感じられません」
「でも、盗賊団だったら――」
途中で言葉を止めるフローレンスお嬢様。そう、盗賊だったら気配を殺す事ぐらい出来るだろう、逆に言えばその気配を探す事にも長けて居なければならない。
本来僕は元『盗賊団バロン』の一員だったからだ。その生き残りと言ったほうがいいのか。
六年前、村にある宝。即ち祭具を狙った盗賊団は偶然村に居た騎士一人に壊滅まで追い込まれた。
唯一生き残った僕はというと、何の事はない。
アジトである山奥の洞窟で一人『命令』通り祝賀会用の食事を作っていたからだ。
騎士と村長は勿論アジトまで乗り込んで着たのだが、そこで一人で食事を作っている子供の僕を見て驚いたそうな。
結局は、お人よしの騎士とこれまたお人よしの村人が相談して引き取るという結果になり解決に至った。
当時の僕は『命令』以外動かない子供だったらしく回りは苦労したそうだ。たった六年前の事なのにあまり覚えてはいない、他人事の様に思い出される。
しかし『命令』がなければ寝る事も食事も取ろうとしない僕を育てるのは苦労しただろう、新しい玩具と勘違いした、フローレンスお嬢様が、ありとあらゆる『命令』を発動して、今に至るわけだ。
「ごめん。ヴェル。変な事いってって、あれ。ヴェル笑ってる?」
「いいえ。笑ってませんよ。ただ、少し昔を思い出していただけです」
「気を悪くしたかな」
「違います。フローレンスお嬢様には感謝してます、本当です」
命令の一部を思い出す。『私は村で一番偉い子なんだからお嬢様と呼びなさい。命令』『ご飯は皆で食べるのが命令』『自分で考えるのが命令』『苛められたら反撃しなさい』『私が嫌いな野菜はヴェルが食べなさい』などなど――。
理不尽であるような命令も確かに在ったが感謝している。
直ぐに行き止まりに当り、小さな祭壇が見えた。後ろから飛び出たフローレンスお嬢様は直ぐそばにある箱を指差す。
「っと、ヴェルあったよーこれじゃない?」
両手で抱えるほどの箱が祭壇の上へと鎮座している。開けては成らない様な異様な雰囲気の黒い色。
フローレンスお嬢様は、箱を無造作に開けた。あまりにも自然に開けるので止める事すら忘れてしまった。
「おお、すごいっ篭手だっ」
「――、お嬢様っ!」
「やだーヴェル何怒ってるのよ。取りに行けと言われたけど中身を確認してはいけないと言われてないしー」
篭手を振り回してはランプでその輝きを眺めてる。開けてしまったのはしょうがない。何が問題があるとすれば僕からも村長に謝って置こう。僕もその篭手を一緒になって眺めた。
全体に黒く、一切模様も入っていない、筒タイプの篭手である。
「聖騎士、のでしょうか?」
聖騎士、王都を守る先鋭隊。彼らは魔道装備と呼ばれる篭手を装備し人を超える力を持つ部隊である。勿論誰でもなれる訳ではなく、魔力と呼ばれる素質がないとダメらしく、年に一回王都で希望者を集め試験があるらしい、もっとも合格者の出ない年もあるとか。
六年前、かの盗賊団を撃退した騎士も似たような物を腕に装着していた。彼が聖騎士だったのかは名を明かさなかったので今でもわからないが僕はそう思っている。
たった一人で四十人以上の盗賊団を壊滅に追い込んだんだ。
「しかし。色というか、なんというか――」
禍々しい。祭具というか呪具と言ったほうがいいのだろうか。
「だよねー。お話に出てくる奴は純白や赤などだし、でも黒光りしてかっこよくない。こう頬ずりして舐めたくなるような――」
「フローレンスお嬢様。あまりその様な言葉は外では慎んだほうがいいです」
「ほにゃ。なんで」
目をぱちくりさせて本気で解かってないフローレンスお嬢様に言おうか迷ったが、クルースや他の物に聞かせれない言葉でもある。
こういう事ですよ。と教えようとすると、素手に足早に外に走っている。
僕も慌てて追いかけると出入り口所で此方を向いた、日差しの強い太陽の下でその祭具を腕に付けたフローレンスお嬢様。
その様子を僕に見せるように腕を大きく振ると、サイズが合っていない祭具である篭手は遠くへ落ちる。
「お嬢様……あまり物を乱暴にしないほうがいいです」
「えーだって。かっこいいじゃない。聖騎士フローレンス参上っってね。しかしちょっと大きいから勝手に飛んで行ったわ」
自分で飛ばして勝手も何もない。口に出さすに離れた所にある篭手を広いあげ土埃を叩き落す。
少し離れた場所でフローレンスお嬢様が叫ぶ。
「そうだ。ヴェル、その篭手を付けてみてよ」
「つけません」
「だってかっこいいじゃない。その王子様みたいで――」
最後の叫びは消え去りそうな声である。
箱はフローレンスお嬢様が持っているので、僕は近寄る。
箱を背にして僕に少し赤い顔しながら期待した顔を見せていた。
自然と溜息が漏れた。僕ながら甘いとは思うが、フローレンスお嬢様に向き直る。
「一度だけですよ」
篭手を指でなぞると小さな段差があった、強く押すと見事に半分に割れた。
一度装着してフローレンスお嬢様が納得するなら安いものだろう。腕に被せて嵌めた瞬間目の前が真っ暗になり世界が反転した。