第十九話『迫り来る者』
今にも叫びそうな女性の口を僕も塞ぐのを手伝った。
「落ち着いて、ゆっくり深呼吸をして」
女性は目を見開いたまま何度も頷く、口を抑えている手の隙間から吐息がゆっくりと洩れ呼吸が正常になった。
暗くで顔の判別に時間がかかったが、確か昼間に盗賊の足跡を発見したコーネリアというのが確認された。
手を離し小声で僕が質問をする。
「えっと、何で此処に」
「あの、夜の見張りです。私達見習い組は交代で夜間を見守りしてます」
なるほど、しかし、もう一つの疑問を質問してみた。
「で、何故テントに耳を」
「えっ、あのっ、その……もしかしたらその、夜伽などの声とか聞こえたらどうしようかなって。隊長と副隊長とヴェルさんのその声が……」
「無いからっ。そんな事絶対に無いからっ」
僕が出てきたテントから白い腕が伸び出てきた。直ぐにマリエルの顔が出てくる。
コーネリアの顔が蒼白に成った。
「なーに。外で、ああ。コーネリア夜遅くご苦労さま、ヴェルも早く寝なさいねー横開けとくから」
一つ大きな欠伸をしてテントにもどるマリエル。コーネリアの顔が暗闇でもわかるぐらい赤くなっているのが見えた。いや見えた気がした。
「やっぱり、ヴェルさんとマリエル隊長は――」
「あのね、何か勘違いしてるかもしれないけど違うからね」
「ど、どうが私達に構わず楽しんで、ちがった。お休みしてください」
「やっぱり君、勘違いしてるよね」
僕は自分の口に人差し指をあて、次にテントから離れた木の方向へ指差した。
コーネリアは静かに頷くと、僕の後を付いて少し離れた場所まで来た。
「ふぅ。此処なら多少小声で話していても大丈夫だろう」
「あの。わたし、経験が無いので優しくお願いします」
もじもじと太ももを内側にし、手を交差視ながら話すコーネリア。目線は僕を見ていなく地面を見ていた。
「あのね」
僕が声をかけると、急に正面を向いてきた。
「大丈夫です。隊長には秘密にしますのでっ」
僕は自然にコーネリアの頭にチョップを繰り出し叩いていた。
大げさにしゃがんで痛みをこらえるポーズをするコーネリアであるが、声を出さない所を見ると流石である。
落ち着きを取り戻したコーネリアが僕に話しかけてきた。
「あれですね。ヴェルさんって思ったよりも普通の方なんですね」
「どういう意味で」
「いえ。あの何時も何か塞ぎ込んでいるというか暗いというか黙ってますので」
「ああ。性格だから、よく言われるよ。別に僕自身はそんな事無いと思っているんだけどね」
夜空を見るのに上をみる。木が生い茂り殆ど見えなかった。
「僕はもう少し此処にいるから、見回りしてきていいよ」
違和感が拭えない、コーネリアに伝えると静かに瞳を閉じる。近くから動く気配が無いので瞳を開けると困った顔のコーネリアが此方を見ていた。
「あの。ヴェルさんは監視の対象でもあるんです」
「ああ――ごめん」
マリエルもファーも、いや他の隊員でさえ僕に普通に、いや普通以上に接してくれるので自分の立場を忘れていた。
テントの側で座っていればいいか、そう思い一歩前にでる。耳に風が唸る音が薄っすらと聞こえた。
足をふと止めると、周りを見渡す。
コーネリアが僕の横に立ち怪訝な顔で質問をしてくる。
「ヴェルさん、どうしたんですか怖い顔をしてますけど」
「いや……音が聞こえない?」
「音――」
二人で無言になると、やはり風を切る音が、今度は複数聞こえる。
急に目を見開いたコーネリアが何時の間に出した笛を口に咥え大きく吹くのと、盗賊の石付きロープが襲ってくるのが同時だった。
石付きロープ、それは名前の通りであるが。形状としては手ごろな石や重りにロープの両端を巻きつけ適度に回し相手にぶつける。
簡単であるが、その能力は恐ろしく高い。遠心力を使う武器なので足に当たれば足に絡まり捕縛もするし、剣や体に巻き付いても捕縛される。そのまま当たっても骨が折れたりもする。
さらに厄介なのが、全てが石ではなく小型の刃物を混ぜて使うのも盗賊の戦法である。
コーネリアの笛でテントから数人の隊員が飛び出た。石付きロープを食らう者も居たが、流石は聖騎士と言うべきか暗闇なはずなのに、石付きロープのロープ部分だけを切り攻撃をかわしていく。
直ぐに暗闇の中、ファーの声がこだまする。
「傷を負ったものは後ろ。敵は扇場にきます、恐らく石付きです。刃や弓にも気をつけてっ」
ファーの号令の後に盗賊、いや敵側と言うべきが攻撃が止んだ。
僕の横ではコーネリアが少し震えながら剣を構えている。
森の中に明かりが灯された。盗賊が居ると思われる場所に複数の光が見えたかと思うと一斉に飛んできた。
火矢である。その本数ざっと数十本だ。最低でも二十人は盗賊が居るとわかった。
もちろん僕のほうにも何本か飛んでくる。コーネリアの剣がその火矢を叩き落していくのが見えた。それでも間に合わない、彼女の顔に火矢が刺さりそうになった。
僕はコーネリアに覆い被さると地面に倒れた。背中に何かか当たる感触、恐らく火矢だろう、次に傷みが襲ってくる。思ったよりも少なく顔を上げると、コーネリアの顔とマリエルの顔もみえた。
どうやら僕がコーネリアを助けた後にマリエルもコーネリアへと覆い被さったらしい、左右から背後へと押されたコーネリアは僕とマリエルの顔を見た後に蒼白になった。
盗賊が逃げていく。僕達の横でコーネリアが立ち上がった。
「後を追いますっ」
直ぐにマリエルの声で、「まって、追いかけないでっ」と声が響くと「大丈夫ですからっ」と声だけが響いた。