第十七話『思い出す横顔』
体が揺らされて、僕の瞼はゆっくりと開く。
光に照らされて細い眼で周りを見ると、マリエルの顔が僕を覗き込んでいる。
ああ、前も似たような事があったような――。
「おはようございます」
「第一声がそれなのね、おはようヴェル」
「ええ、起こして貰ったので挨拶はしないと、所で」
襲いにきたんですか。と言う言葉は飲み込んだ。マリエルは普通に服を着ているからだ。
僕は周りをみる。使い込まれた丸椅子に机、水差しにコップと光が差しこんでいる窓が見えた。
直ぐに横をみると、マリエルが青いマントをローブ変わりにし腰には剣をつけている。
「ごめんね。出発の日だから一緒に来て貰いたいの」
使い込まれた毛布からは石鹸の匂いがし、僕は上半身をベッドの上で出す。通気性の良さそうな服を着ており喉が酷く乾いた。
水差しから水を取りコップへ映して喉へ流し込む。
胃の中が冷たくも熱く感じた。
「ヴェルはもうあの戦いから二日は寝てたのよ、着替えは机の上に畳んであるから。あっあと食事はとる時間が無いから悪いけど携帯食料で我慢してね」
「はい、ありがとうございます」
出て行こうとするマリエルを呼び止める。
「はい?」
「なんで僕に此処までしてくれるですか、任務だからですか」
ドアノブに手をかけたマリエルの手が止まり、僕を見る。
「何故って、そりゃそんな泣きそうな目をした君をほっとけないじゃない。まっ、全て私の我侭よ、迷惑だった?」
即答する答えに僕の方が固まった。泣きそうだったのだろうか、いや例えそうであれ――。寝起きで頭が回らないのに変な質問をしたもんだ。『迷惑だった』と聞かれた質問に答えなければ成らない。
「いえ。有難うございます」
「ん、よろしいっ。ああ、あとあんまり無茶したらだめよーさっきも言ったけどアレから丸二日寝てたんだしその腕輪にどんな力があるか解ってないんだから」
「そうですね。僕の今の状態は差し詰めゾンビって所ですかね」
ゾンビ、刺しても首を切っても死なないと言われてる空想上の魔物。ちらっとマリエルを見ると、少し剥れながら僕をみていた。
「あのね。いくらヴェルでも。ううん、この篭手で守られている私達さえ頭潰されたら死ぬわよ。右腕を切られ長く放置しても死ぬわね、案外欠陥が多いのよね」
じゃ、また後でね。と言い残し部屋を後にするマリエル。
ちょっと不謹慎な事を聞いたかなと自己嫌悪になりながら僕は起き上がる、上下ともに通気性の良さそうな薄い服を脱いで気が付いた。
僕は練習試合の時にこれを着ていたか。下着さえも真新しい物に変わっていた。
誰にも相談できない事件である、しかし起きてしまった物はしょうがないとして片付けるしかない――。
僕は今日一番のため息を付いた。
宿の階段を降りると既にマリエル達の姿はなく、酒場の厨房では宿の主人が包丁の手入れをしていた。
目があうと、僕に止まれと合図をしてくる。
厨房の下に一度しゃがみこむ主人は再び現れると僕にビンを投げてよこした。
キャッチして中身を見る。両手の平サイズのビンでコルクの部分は蝋で固められていた。
「三十年物の酒だ、もってけ。フェイシモ村に居たメアリーは俺の妹だ、お前だけでも生き残ってくれて嬉しいぜ、命を大事にな」
短く言うと厨房の裏口から姿を消す酒場の主人。
皆が皆僕に生きろと言っているが、生きていて何の意味があるんだろうとふと頭の中に過ぎり、自傷する笑いが出る。
気を引き締めて酒場を出るとマリエルが立っていた、その横にファーが立っていて。他の隊員十二名は二列になり整列していた。
全員が青いマントに身を包み真っ直ぐな瞳をしていた。
胸元は銀色のプレートで統一されており心臓を守る形だ、他の部分は特に普通の人と違いはなく、腰に剣を付ける物、背中に付ける物様々である、しかし不揃いにみえた隊員達の、余りにきれいな隊列で思わず言葉を失う。
「お、来た来た。じゃぁ改めて、そうこっちに立って」
マリエルに手を引っ張られ直ぐ横に立たされる。一人頷くマリエルと困惑している僕がいる。何が始まるんだ。
「とまぁ、特に危害があるわけじゃなさそうなので。護衛と監視と名目で連れて行きます。万が一逃げた場合は四名一組で追尾してね。という事でヴェルよろしく」
皆に説明した後に僕の名前を言い握手を求めてくるマリエル。その手を僕は握手で返すしかなかった。
隊員たちは一歩前へ足を出し右腕から赤く模様の入った篭手を見せそのポーズを固めた。
町の門兵に好色な目で見送られ街道を歩きだす。僕のいた村は南のほうにあったので王都へ行くにはもう少し北上しなければならない。
マリエルと、ファーが馬に乗り他が徒歩である。
「全員が馬じゃないんですね」
マリエルの横で歩こうとする僕は馬に乗り込んだマリエルに質問した。既に馬に乗り込みマリエルの周りをゆっくりと馬で歩かせているファーが僕の質問に答えてくれた。
「ええ。馬は維持費が高いので、隊長。副隊長クラスが主に使います、もちろん他の隊員が乗れないわけでありませんし、任務などで乗る事もありますが、基本の移動は私と隊長ですね、後は足りない場合は借りたりもします」
「と、いう事よ。さぁ乗ってヴェル」
マリエルは自分の座っている鞍の後ろを手でパンパンと合図している、俺は無言で静かに首を振る。
「なんでよっ」
「いや、だって。説明受けたばっかりですし、マリエルとファーが乗る馬に僕が乗っても、それに――」
マリエルの後ろに乗るって事は常時背中から前に腕を回していないと成らない。正直に言えば恥ずかしいというか、そう気恥ずかしいのだ。
「ああ、もうめんどくさいわね、乗りなさい命令よっ」
思わず、僕はマリエルを見る。元気いっぱいの笑顔で再度、馬鞍をポンポンとしていた、僕の顔に気づいたのだろう、ファーに「どうしたのかしら」と小声で話したのが聞こえた。
「マリエル隊長が急に命令など言うからですよ。ヴェルさんは隊員ではないんですから余り無茶を言ってはいけません。なんなら私が歩きますのでヴェルさん、此方の馬にでも乗りますか?」
「えー。ファーはそのまま乗ってなよー。それだったら私が徒歩にするからヴェルか適当に他の人が乗ってくれれば」
「しかし、隊長こそ乗って貰わないと――」
マリエルとファーが押し問答しているのが見えた。『命令』か……。
「乗りますよ。マリエルの後ろで良いんですか」
「え。あっうん」
「良いですかヴェルさん」
「ええ、保護と監視でしょうし僕が我侭いってもしょうがないですし」
馬の背に乗り込み、マリエルのお腹部分に手を添えた。
号令と共に僕らは出発した。