第十六話『劣化した力』
木製の机に木製の椅子、もう何度か見ている見知った部屋と言うべきだろうか。
赤い髪を背中へとなびかせた一人の女性が優雅に珈琲を飲んでいた。
手には書物があり、その書物を閉じる。
眼鏡を指で調整すると部屋の隅、すなわち僕をみてため息をついた。
「えーっと。こんにちは」
既に部屋の隅で体の輪郭を持った僕は眼鏡をかけた女性へと話しかけた。
『はー。まったく使えん男じゃのー、アレだけ力を使ってあんな小娘に負けおって、ただの損なだけじゃ』
行き成り使えないと言われても僕は困る。恐らく此処は篭手の中、いや記憶とも言っていた場所にいる。
思念化、そんな事を言っていた気がするので、ちょっと念じてみた。椅子を念じると宿でみた丸椅子がポンと部屋に出てくる。
僕はその椅子に座り女性と向かい合う形で座り反論する。
「とはいっても。僕だってこの篭手で強く成ったと思ったんですけどね、欠陥品だったのでしょうか」
『なんじゃ。お主。我が悪いと言っているのか』
「別にそうは言ってませんけど、物凄い回復力が強くなっただけで腕力が強くなったわけでもないし」
ついつい嫌味の一つも出てしまう。別に勝ちたいとかの話ではなくて、イメージとしてはミントには互角ぐらいには行けるんじゃと思い込んで居たからだ。僕は念じ出てきたコップで喉を潤す。冷たい水であった。
『こらこら、勝手に出すでない』
「だめなんですか」
眼鏡の女性が僕を注意する。
『別に駄目とはいわんが、我の記憶であってお主の記憶ではない、そう勝手されるのも我としては面白くないんじゃ』
「で、僕は何時まで此処にいればいいんですか」
『別に決まっておらん。むしろ来なくても良いのにお主が来た感じじゃ』
ごほんと咳払いする女性が僕を睨み付けて来きた。それを言われると僕だって来たくて来てる訳じゃない。と言いたいが、喧嘩になりそうなので辞める。
テーブルの上で肘を縦手を組む女性が僕に説明をしてくれた。
『それにじゃ。我の本来の力は別に超人的強さを引き出す物ではない、似て非なる物じゃ。それを負けたからって我のせいにするとは何たる無礼』
ん。それはおかしい、僕の傷が超回復で直ったのも篭手で潜在能力を引き出した物ではないのか。
不機嫌に頬を膨らませている女性に僕は再度聴くことにする。
「仮にそうだとして、じゃぁ周りの聖騎士は。あれだって元からあの怪力じゃないですよね」
僕の質問を聞いて、心底呆れた顔をする女性は眼鏡の位置を直して再度大きなため息を付く。
『馬鹿がお主は、他の道具と一緒だったら我が封印されているわけないじゃろ』
確かにそうだ。だからといって、心底がっがりした顔で僕に言われても困る。
「じゃぁ何で封印されていたんです」
『ふむ、教えてやらん事もない』
なんで上からなんだこの女性は。篭手の化身だったら普通は持ち主が偉いんじゃないのかな。
『言っておくが、お主が勝手に装備しただけであって別にお主は偉くもなんともないからの』
心を覗かれたように喋る。どうして僕の周りの女性はこんな人ばっかりなんだ。
『そもそも、説明が面倒なんじゃが。まぁ無謀に挑戦して死なれても目覚めがわるいからのー。我の力は簡単に言えば戻す力なのじゃ、だから――』
本来魔道具その物は別に篭手である必要も無かった。この篭手を作った人はたまたま篭手の形に作った事。実際は剣でもよかったらしいが、剣は手放す事を考え一番手ごろな篭手の形にしたらしい。
今の魔道装備が篭手型なのはそれを受けての事とらしい。
例えば、マリエルなど聖騎士は己の力を数倍、数十倍にして戦う事ができる。しかし僕の力は、僕自身の力は一切変わらず、相手の力をゼロにする能力らしい。
僕が受けた傷も、治すのではなく直したと言った方がいいのだろうか。傷を受ける前まで肉体を戻した結果らしい。
「失敗作ですね」
説明を聞いた後に率直な意見を言った。戻す力といっても己の力が増えないんじゃただのゾンビである。
僕の意見を聞いてより不機嫌になっていく眼鏡の女性。
『お主、なんで我が封印されていたと思うんじゃ。周りの魔道装備は我を真似しようとして出来たレプリカじゃぞ』
「でも、性能は劣ってますよね、しかも再生する傷の度合いによって直ぐに眠くなる、欠陥品意外の何物でもない」
僕の言葉を受けて眼鏡の女性がヒクヒクと唇の端を震わせている、大きく深呼吸をした後にため息を付いた。
『まぁええわい。我を失敗作呼ばわりするのは心が痛むが最近の若いもんはそんな感想なんじゃろ。傷の度合いによって眠くなるのは我の力が馴染むと少なくなるぞい、そもそも』
テーブルを叩く眼鏡の女性。
『この二日でお主は四回以上も死に掛けてるんじゃぞ、最初の巨漢の大男からの一撃、湯屋での肺への一撃、練習試合での全身への粉砕骨折、立ち上がりのさらに止めの粉砕骨折、それでも我が欠陥品というのか』
確かに命を落としすぎている。眼鏡の女性が怒るのも無理は無い。それに言い過ぎたのも確かにある。
「ご、ごめん。僕が悪かった、それに言い過ぎた――。確かに篭手がなかったら僕はあの晩に死んでいたと思う」
もっとも、それでもよかったのかもしれない。とは口には出さなかった。誤った事に機嫌が良くなってきた眼鏡の女性。
『ふむ。素直な子は我は好きじゃ、許してやらんでもない』
「あの。僕が最初に戦った巨漢の男、その時の記憶がないんだけど」
『そうなのか、あの男が主の体を切ったっ。あの一撃は例え上位の聖騎士でも即死攻撃だったじゃろ』
腕を組み小さく頷く眼鏡の女性。語りに熱が入ったのか立ち上がり右腕を広げ熱弁する。
『しかしじゃ、お主の思いによって我は最大の力を出したっ』
「それで?」
『なんじゃ。随分冷静じゃの。まぁええわい。フルパワーで傷を治した事により巨漢の男が目を見開いたっ。その隙を突いて、無意識に動いていたお主の剣が、あやつの腕を下から上に切り上げるっ、記憶が無いのは一瞬死んでいたからかのー……我が命の恩人じゃ感謝せい』
自慢げに話す眼鏡の女性に、何となく納得する。なるほど、そうでもしないと勝てない相手だったのか。
「所でもうそろそろ戻りたいんですけど、帰っていいですか」
『だから本来、この記憶にお主が居る事自体間違いなんじゃ、波長かのう』
僕の視界が急激に揺れ始めた。何かを言おうとしている女性の姿二重、三重にぶれていく。
耳に最後の言葉が聞こえ、夢現の世界から僕の思考は無くなった。
『っと、ほれ物理的にお主の体が危険に迫っておるぞ、いやこの場合ご褒美かの』
「なっ敵に襲われてるとかっ」
『貞操のじゃ』
唇の端を上げ、僕に向かいニヤと笑いかける女性の姿が掻き消えた。