第十二話『蛇のような女』
僕の前には血だらけに成りながらも、僕を守ろうとするミントの背中が見える。
守ろうとした僕であるが怪我をしたミントはあっさりと僕の腕の中をすり抜けたのだ。
「許さないんだからっ」
一言叫ぶと湯船から再度突進するミント。相手の女性は背後を向く。お湯に濡れた背中からお尻、足元までが妖しい色気を出している。
「ほんまぁ。お子様は芸が無いというか」
前を隠していたタオルで突進するミントをなぎ払うとそのまま岩に激突するミント、岩のほうが耐えられなく大きな音を立てて粉砕された。
女性のほうは僕の方を向き、
「そうは思いませんかえ」
と同意を求めてくる。既にタオルは最初と同様体の前面を隠す形になっていた。
「一ついいかな」
「ほな。なんでしょ」
僕は女性へと質問をする。
「僕としては先約もあるし争いはしたくないけど、ミントへの攻撃を止める案がほしい」
「ほな。ウチかて最初からそういう積もりですのに、あのガキッっとお子様が勝手に攻撃するさかい払っただけですわ」
いまだ岩に体をぶつけてから動かないミントを横目でみる。周りには流れた血が放物線を描いて広がっていく。
先に攻撃を仕掛けたのは確かにミントだった気もするが、僕を守るために放った一撃だ。ああも悪く言われると僕としても心が痛む。
「解った。付いてくよ、それでいいかな」
驚いた顔の女性が僕を見ている。妖しい笑みを浮かべ小さく笑った。
「さすが、殿方は話がわかるさえ。いきましょか」
腰にタオルを巻いた僕はゆっくりと湯船を出る。それに満足した女性はゆっくりと剣をタオルの中へ隠した。
何処に隠す場所があるんだと思い、ついまじまじと見てしまう。豊満な胸が山を描き頂上付近にそり立つ乳首。その下にはヘソのラインとうっすらと紫の影が見える。
視線に気づいた女性が、「あらあら」と満更でもないような笑みを浮かべる。指先を二本立てて自らの口元へ持っていきチロリと舌を絡ませる。
特に興味はないので意識が無いミントを見ると、背後から舌打ちが聞こえた気がした。
ミントはお尻を高くして頭から岩へと直撃している、顔は見えず流れている血も少なくなっているが、心配なのが皮膚全体から白煙が出ている。
僕の思いを見抜いたのが女性が声で答えを出してくれる。
「ああ。あれですかえ」
振り向く前に僕の肩越しに続きが聞こえてきた。
「自己修復って奴ですわ。意識無い時のほうが回復がはやくなるんです」
ありがとう。と僕が言おうと振り返ると、細く薄い剣を構えミントへと投げつける所だった。
「なっ」
とっさに僕は壁となる右胸の部分に剣が突き刺さる、体を貫通して剣の柄の部分で止まった。約束が違うだろ――叫ぶ前に痛みで声が出ない。
「やくそ――ごふ」
内臓の何処かをやられたのだろう、僕の口からは鮮血が洩れた。
悪びれた様子もない女性は驚きの顔をしていた。
「流石は、選ばれし人やわー。ウチの剣より早く動くさかいに」
痛みで顔が苦痛に歪む。女性はその様子をみながら僕から剣を引き抜こうと近寄ってくる。
「だって。あんさんを連れて行くために、アレは攻撃してきたんでしょ。もちろんそれは辞めてあげたわよ。でも今の攻撃はウチ個人の考えでの攻撃さかい、あんさんの約束には入らないえ」
詭弁も此処までとは。長い剣が刺さっている胸元を見ると、白い煙いが出始めている。自分で抜くのは長すぎて無理がある。
「さて行きましょうかえ」
僕の胸に刺さっている剣の柄を握る女性。そのまま左右にぐるりと回す。
「がああ――ご」
口から鮮血が走り、女性の顔や胸のタオルに降りかかる。
顔にかかった血を指で拭うと自らの口へ持っていく女性。
僕の篭手をさすり手を引っ張ると女性の動きが止まる。
「フラン。何処にも行かせませんよ」
女性の首筋に細い剣を当てるファー。眼鏡が太陽の光でキラリと光った。その奥にある瞳は細く、微笑みしか見せなかった彼女の顔は今は真剣であった。女性の事をフランと呼び捨てにしている。
「あら。ファーランス、こんな場所までご苦労様え」
口から唾を吐きファーの顔へふきかける。一種のの隙を突いて僕の胸から無造作に剣を引き抜くフランと名前がわかる女性。
体の中を剣が抜ける感触が全身に伝わった。
四つんばいになり大量に血を吐く僕。顔を上げるとファーとフランが辺りを破壊しつつ攻防を繰り返している。
口数が多いフラン。そして無言で戦うファーと対称的である。
「ほら。ファーっ、お手手がお留守ですえ、何時まで立っても胸が成長しまへんのう」
一撃一撃がファーの体を的確に捉えていき、何時までもタオルで前を隠しながら戦うフランにファーの息が上がっていく。
「フラン。真面目に相手をしなさい」
「あらあら、ウチは何時でも大真面目よ」
侮辱された事に余計に怒りが増したのか、顔色は変わらずも剣先がぶれているのが僕からでもわかった。
傷か塞がってきたのか口からでる血は止まった。
目の前では肩で息をしているファーとフランが対峙している。フランが先に動いた、そう思えた瞬間。フランの背中にミントが飛び蹴りをかましているのが見えた。
「だあああああ、ヴェルにいはミントが守るもんー」
強力な一撃だったらしく頭から床に突っ込むフラン。お尻は高く上がっておりちょっとした四つんばいの形になっている。
遠くから、さらに女性の声が聞こえてきた。
「ファー。まってよー、いくらミントでもヴェルと一緒にお風呂はいるなんて無いからー、って何で壁が壊れてるのっ。あれ。え?」
青いマントをロープ代わりにしたマリエルが正装をしているファー。裸の僕、裸のミント、裸のフラン。四人を見て大きな声を上げる。
「な、なんで皆裸なのよっ」
「えーっと……湯浴みだからです」
何故か冷静に言える僕自身が心底おかしくなって、口から笑いが出た。




